まごころを、ぼくに   作:赤坂緑語

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※エヴァンゲリオンに対して独自解釈があります。ご了承ください。


まごころを、全部ぼくに

 

「はじめまして、碇シンジ君。私は赤木リツコ。あなたの適性試験を担当させてもらうわ」

「赤木さんですね。はじめまして、碇シンジです。よろしくお願いします」

 

ぺこりと頭を下げた後、微笑。

春休みの予定を潰されかねない状況の為、屈託ない笑顔を浮かべる余裕はなかったが、それでもその微笑は魅力的だった。

 

赤木リツコは見た目麗しく、礼節に富み、魅力的な笑みを浮かべる少年を複雑な心境で眺めていた。

 

(この子が、あの人と……碇ユイさんの息子。似てるわね、ユイさんに)

 

「さて、早速だけどシンジ君。あなたにはこれから適性試験を受けてもらうわ。まずはそこの更衣室でこのプラグスーツに着替えて」

「プラグスーツ……あの、適性試験っていうのは具体的に何の適性を測るんですか?」

 

困惑した表情でリツコから手渡されたそれを見ながら尋ねる。

小学校を卒業したばかりにしては随分と難しい語彙を使う。

リツコは頭脳も碇ユイのものを引き継いでいるのかと密かに戦慄しつつ、真っ暗な窓の外を指さした。

 

「あれよ。初号機、ライトアップ」

 

了解。簡潔な返事と共に光に照らされる紫の巨神。

 

「う、うわぁ⁉」

 

まぁ、そういうリアクションになるわよね。

驚きで落としたプラグスーツを拾ってあげながらミサトは内心で同意する。

 

「ろ、ロボット⁉」

「いいえ。これは人が造り出した究極の汎用人型決戦兵器。その名も人造人間エヴァンゲリオン。その初号機よ」

「エヴァンゲリオン……」

「シンジ君。あなたにはこれからこの兵器に適性があるかどうかをテストしてもらいます」

 

淡々と告げるリツコ。

シンジ少年は唖然と紫の巨人を見つめ続ける。

 

「えっ――」

 

不意に、そんなことあるはずがないのだが、不意に、

 

紫の巨神と目があった気がした。

 

 

 

 

 

 

『第一次接続開始――』

 

あの後、大人しい態度をかなぐり捨てて駄々をこねまくるシンジ少年をなんとか説得し、起動実験までこぎつけることができた。

 

「……真面目にやってくれるかしら、彼」

「さぁ? 帰らせろの一点張りだったものね。今も早く実験を終わらせてやろうと思っているんじゃない?」

「……暴れ出した時のことも考えた方がいいかもね。彼、思っていたよりも激情家みたいだから」

「しかも頭の回転も悪くなさそうね。さっきの言葉はなかなか効いたわ」

「そうね……」

 

これが中学生に対して大人のやることかよ! あっ、入学式まだだから小学生でした!

 

実に耳に痛い言葉だった。

的確にこちらが言われたくないことで攻撃してくる。

口喧嘩はしたくないな、とミサトは思った。

 

『エントリープラグ注水』

「シンジ君。今注水しているのはL.C.L.という液体で、肺の中に満たすことで液体呼吸を可能とするわ。エヴァンゲリオンの操縦にあたって必要なものだから、怖がらずに飲み込んで息をしてみてちょうだい」

「……はい」

 

画面の向こうで拗ねたような表情で小さく頷くシンジ少年。

 

「あちゃー、ご立腹ね」

「仕方ないわよ。指示に頷いてくれるだけ良しとしましょう」

「あら、子供の駄々に付き合っている暇はないわ、って普段のリツコなら気にもしなさそうなのに。シンジ君のこと気に入ったの?」

「そんなんじゃないわよ。寧ろあなたの方じゃないの? シンジ君のことを気に入ったの」

「……まぁ、嫌いではないわね。素直だし、可愛いし」

「妙な罪で捕まらないでよ」

「しないわよ!」

 

ミサトとリツコが仲良く喧嘩をしている間にも実験は淡々と進捗する。

 

『第二次接続開始』

 

「思考言語は日本語をベーシックにフィックス。初期コンタクト、全て問題ナシ」

 

『双方向回線開きます。シンクロ率25.4%!』

 

「なかなかの数字じゃない! シンジ君やるぅ!」

「……そうね」

 

葛城ミサトは素直にその数字を称賛した。

一方、エヴァンゲリオン初号機の秘密を知る赤木リツコは眉をしかめた。

 

(予想よりも……かなり低い。やはり自立心が育っているのね)

 

碇ゲンドウから直接この実験の意図を知らされたわけではないが、赤木リツコはその明晰な頭脳でどうしてシンジが急に呼び出されたのかを悟った。

 

(心が、エヴァンゲリオンを拒んでいる)

 

少年の心が強く育っていることはリツコも報告書で知っている。

 

急成長し、大人へと精神を進めている彼は確固たる自我を形成しつつあり、それがエヴァンゲリオンという異物を迎え入れることを拒絶していた。

 

しかし、予想よりも低いとはいえ、初めてにしては高い数字であることに変わりはない。

やはり、初号機の中の碇ユイが――

 

(いえ……自立し、充足感を得ているシンジ君も、心の底では求めているのかもしれないわね。母を)

 

きっとそれは、幼子が逃れることのできないものなのだろう。

湧いている司令室の声を聞いて実験の成功を悟り、段々不機嫌になっていく碇シンジの表情を観察しながらリツコはそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

「絶っ対に嫌ですッ!」

「……まぁ、そうなるわよね」

 

案の定と言うべきか。

シンクロテストに合格したと告げられた瞬間、シンジ少年は激昂した。

 

「未成年を強制的に働かせるなんて違法だ!」や「警察に通報してやる!」と自分の身を守ることに必死だが、相手が悪かった。

 

「ごめんなさいね、シンジ君。実は碇司令が直接、あなたをサードチルドレンに指名したの。普通であれば拒否権があるものなんだけど……未成年のあなたの親権を碇司令が持っている以上、断るのは難しいわ」

 

()()

たとえ、親権を持っている親であろうとも未成年に就労を強いる権利など有してはいない。

だが、赤木リツコにはそう伝えるよう碇ゲンドウから指示が出ていた。

幼い子供相手に大人げないとは思うが、彼の命令に逆らえる彼女ではない。

 

「そ、そんな……」

 

流石にショックだったのか。今にも泣きそうに表情を歪めるシンジ少年。

 

彼は物言わぬ人形ではない。

ただ、貴重な幼少期を謳歌していたただの――子供なのだ。

 

純粋で素直な性格の持ち主であることがこの短時間でも皆に伝わっていたのか。

彼の絶望に満ちた表情は大人たちの心を抉った。

 

人類の為に――

 

その耳に心地よい言葉によって安易に人生を潰される様を目の前で目撃しているのだ。

これが大人であったのならまだ割り切りようもあっただろう。大金を積んで何とか納得させることもできただろう。

だが、彼らが少年から奪おうとしているのは決して金で買うことは出来ない貴重な時間なのだ。

 

葛城ミサトは無意識のうちに強くロザリオを握りしめていた自分に気が付いた。

まただ。困った時はこれを握りしめる癖が抜けていない。

指を一本ずつ動かし、何とかロザリオを手放したミサトは真っすぐにシンジ少年と向かい合った。

 

これは罪だ。

それも、償いようのない大罪だ。

自身の薄暗い復讐のために、未来ある少年を地獄に放り込もうとしているのだから。

だから、ミサトが逃げるわけにはいかない。

 

「あのね、シンジ君……」

 

動揺しているシンジ少年の両肩に手を置き、彼が選ばれた使命の重要性について語ろうとしたその時、

 

「碇シンジ。子供の駄々に付き合っている暇はないといったはずだ。お前は今日、この刻を持ってエヴァンゲリオン初号機のパイロットとなったのだ。その自覚を持て」

「父さん……」

 

眼を大きく見開き、掠れた声で呟くシンジ少年。

突如実験ルームに現れた碇ゲンドウは冷たい表情で息子を見下ろしている。

 

「――連れていけ」

「ちょ、ちょっとこの人たちは誰⁉」

「明日から訓練を開始する。お前はパイロット専用の部屋に住むことになる」

「父さん!」

 

ゲンドウが引き連れていた黒服の男たちがシンジ少年を両側からがっちり拘束する。

まるで、犯罪者を更迭する警官のようだ。

 

「碇司令!」

「なんだ」

「彼が正式にサードチルドレンになったのであれば、指揮権は作戦課にあるはずです! ここは我々に――」

「葛城一尉。赴任したばかりとはいえ、君の能力を疑っているわけではないが、これは既に決定事項だ。パイロットとしてものになるまで徹底的に鍛え上げることにする。連れていけ」

「シンジ君!」

 

必死に彼を庇おうとしたミサトだが、最高司令官は聞き入れることもなく無視し、冷徹に告げる。

ミサトにできることは、青白い表情のまま連行されていく哀れな少年の名を呼ぶことだけだった。

 

 

 

 

 

 

「明日の6時に迎えに来る。必要な生活品があればあそこの事務室から貰え。以上だ」

「ちょっ――」

 

扉が閉まる。

取り残されたシンジ少年は溜息をついた後、ぐるりと押し込められた部屋を眺めた。

えらく殺風景な部屋だ。

 

「……まいったな」

 

逆らえない流れに流されるまま、気が付けば独房じみた部屋だ。

取り敢えず荷物をそこら辺に放り出し、ベッドにダイブする。

 

「疲れた……」

 

流石に今日一日で色々と起こり過ぎた。

処理しきれない情報ばかりでシンジ少年は疲れ果てていた。

 

このまま寝落ちしてしまいたいが、シンジ少年の美意識がシャワーも浴びず、スキンケアもせず眠りにつくことを許さなかった。

 

無理やり気合いでベッドから起き上がると、着替えを引っ張り出し、シャワールームへと繋がっている洗面所へ向かった。

 

「えっ」

 

洗面所に向かったシンジ少年は着替えを椅子の上に置き、ふと顔を上げて視界に入った鏡を見て驚いた。

 

そこには、酷い顔色をした、線の細い薄幸の美少年がいたからだ。

その姿を見ているだけで胸が締め付けられる。

助けてあげたい気持ちにさせられる。

この健気な目をした美少年は、いったいどこの――あっ、僕だわ

 

もはやお家芸となった美少年ネタで速攻快楽物質が脳内に溢れるシンジ少年。

 

これだけで今日一日の疲れが吹き飛びそうなレベルまで精神状態が一気に回復する。

 

驚くほどタフなメンタル構造だ。

碇ゲンドウが知れば白目を剥いて卒倒するに違いない。

 

「ヨシ! まっ、取り敢えずシャワー浴びよ」

 

急に元気になったシンジ少年はきびきびした動きで服を脱ぎ、バスルームへ入った。

 

預けられている“先生”の家よりも断然狭いバスルームだが、特に不満はない。

丁寧に身体を磨き上げ、念のためと旅行カバン内に仕込んでおいた化粧水や乳液でお肌をケアしていく。

 

よく買い物をしている複合ショッピングモールの化粧品売り場の綺麗な女性と仲良くなったシンジ少年は、スキンケアの方法を彼女から伝授されていた。

 

“若さの上に胡坐をかき、スキンケアを怠れば未来で報いを受けることになる”

 

それが彼女の口癖だった。

シンジ少年は、未来永劫美しい容姿を保ちたいと思っているので、彼女のアドバイスを真摯に受け止め、毎日お肌の調子に気を遣っていた。

 

“世界が滅ぶ前日でもスキンケアを怠るな”

 

彼女の言葉に大いに共感しているシンジ少年は身体がくたくたなのも忘れてケアに没頭する。

凄まじい美意識である。

 

身体を洗い、ケアも終えてさっぱりしたシンジ少年はベッドにダイブした。

 

「知らない天井だ」

 

当たり前のことを呟きながら、ボーッとする。

先生の家であれば、ここから晩御飯の手伝いをしたり、もしくは彼自身が当番の日は自分で作ったりしていたが、今日は帰り際に手渡された不味そうな軍用の携帯食で耐えるしかないため、暇で仕方がない。

(明日、食堂を案内してくれるらしい)

 

「……1人か」

 

人と積極的に関わるようになってからはこうして本当の独りきりになる時間など殆どなかった。

沈黙が耳に心地よい。

人が好きな彼だが、偶にはこうして一人でいるのも悪くないなと沈黙に浸る。

 

ただ、良いことばかりでもない。

 

「エヴァンゲリオン、か……」

 

突如巻き込まれた壮大な話。

正直な話、シンジ少年は未だに現実感がなかった。

 

しかし、あそこにいた大人たちは皆真剣だった。

真剣にあのエヴァンゲリオンとやらを動かそうとしていて、真剣にシンジ少年のことを心配していた。

特に、葛城ミサトと名乗った綺麗なお姉さんの表情と言ったら――

 

ゾクり――

 

「????」

 

不意に、シンジ君の背筋に痺れが走った。

続けて脳内に分泌される快楽物質。

 

謎の感触に首を傾げるシンジ少年はもう一度さっきの光景を思い出した。

葛城ミサトが自分に向ける()()()()()を――

 

ゾクり――

 

またも同じ波動。

 

(あっ、そっか……)

 

シンジ少年は気づいた。

思い出すのは昔のこと。

 

砂のお城を作った。

誰かに見て欲しくて。

誰かに迎えに来てほしくて。

誰かに――心配して欲しくて。

 

(僕はただ、誰かに心配して欲しかったんだ……)

 

自分自身の努力と勇気によって人との繋がりを得た。

少しは大人に近づいたと思っていた。

でも、違ったのだ。

根底にある親に心配して欲しいという甘えは消せていない。

いや、こうして実の父親に理不尽な目に合わされている現状も相まってその気持ちはさらに強くなっていた。

 

心配して欲しい。

自分の身を案じて欲しい。

 

誰かに大切に思ってもらいたい。

 

そんな当たり前の欲求が、ここに居れば叶う?

 

「……やっぱり、僕、どこかおかしいのかな」

 

先程までは逃げたくてしょうがなかったのに、今はもう少し居てもいいかなと思い始めている。

きっと、自分は心がどこか壊れているのだろうと、らしくもない自分を貶めるようなことを考えるシンジ少年。

 

「……寝よ」

 

部屋の電気を落とし、目を閉じる。

 

その日の夜、シンジ少年は久しぶりに母の夢を見たのだった。

 

 

 




ナルシストは自分と人を比較し、マウントを取りまくるケースが多いようですが、元来の優しさと、集団社会に溶け込む中で色々と学んだシンジ君は人と比較せずとも勝手に自己陶酔と妄想で気持ちよくなれる特技を身に着けています。
つまり、最強メンタルというわけです(白目

この子の心を折るには、世界中の鏡を全て叩き割るしかないと思います。
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