まごころを、ぼくに   作:赤坂緑語

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今回より原作開始です。



原作開始:MAGOKORO編
使徒、瞬殺


 

セカンドインパクトより15年後。

何の予兆もなく――いや、一部の人間にとっては預言通りにそれは現れた。

 

第3使徒:サキエル

 

巨大な人型のような怪物。

既存兵器が全く通用しない未知の生命体。

 

結果、地形を変えるほど莫大な威力を持つN2地雷が使用されたが、それでもなお生き残る驚異の生命力。

さらに自己修復機能まで有し、再度進行は時間の問題とされる絶望的な状況。

 

国防省の重役は鉛筆と共にへし折られた心で告げた。

 

「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう」

「了解です」

「……碇君。我々の所有兵器では目標に対し、有効な手段はないことは認めよう。だが、君なら勝てるのかね?」

「そのためのNERVです」

 

自信に満ちた不敵な笑みで答えるNERV最高司令官。

非常に業腹だが、こうなってしまっては彼らに託すほかない。

 

「……期待しているよ」

 

苦々しい表情で告げ、国防省の重役たちはその席ごと引き上げていった。

厄払いが済んだゲンドウは後ろを振り返り、自身に注目する司令室の面々の顔を見渡した。

 

「さて、諸君。これより先はNERVの管轄だ。どのような手段を使っても構わん。使徒を殲滅したまえ」

「「「「「はっ!」」」」」

 

士気高く答えるNERVの職員たち。

この時を待っていた。

穀潰しと蔑まれ、来るはずがないと言われ続けた使徒を倒すために、ただ耐えて、耐えて……耐え続けて、待っていた。

 

全ては今日から始まる負けられない戦いの為に。

 

「碇司令」

 

司令が座る席に一歩を踏み出す女性がいた。

葛城ミサト。

異例の若さで昇進を繰り返し、今や作戦課の部長まで上り詰めた逸材である。

 

「なんだね、葛城一尉」

「手筈通り、これより先は作戦課が指揮を執るということでよろしいですね?」

 

この1年。

エヴァンゲリオンのパイロットを2人抱えているNERV本部では組織再編が行われ、葛城ミサト自身の暗躍もあり、作戦課の力は増していた。

特にサードチルドレンのトレーニングコーチ兼、保護者も務める葛城ミサトは、作戦課そのものともいえる権力を有している。

 

「あぁ。君に一任するよ、葛城一尉。我々には使――」

「ありがとうございます。では、これより正式に作戦課が指揮を執ります。各位に通達! 手筈通り、エヴァンゲリオン初号機出動! 使徒が動きを止めている今を逃すな!」

 

ゲンドウより正式に許可を貰った瞬間である。

最高司令官の台詞を遮りながら葛城ミサトが譲渡したばかりの指揮権を行使した。

一斉に動き出すオペレーターたち。

 

()()()()()()()、間もなく現場へ到着します」

「待て、空輸中だと? いつの間に……一体どういうことだ?」

 

先程まで国防省との折衝で忙しくしており、事情を把握しきれていない冬月が尋ねる。

くるりと振り向いた葛城ミサトは何食わぬ顔で答えた。

 

「先ほどまでエヴァンゲリオン初号機は空輸時の電源確保問題に関する実験を実施しておりました。空輸機に大型のバッテリーを積み飛行していたところ、()()()()()使()()()()()()()()()()、そのまま出動させている次第です」

「なっ――!」

 

()()()。冬月はすぐに事情を悟った。

 

「お、お前たち! まさか、国防省から許可が下りる前に初号機を出動させたのか⁉」

 

駄々をこねる国防省が指揮権を手放すまでそれなりの時間を要した。

だが既に空輸中ということは、彼らがあーだこーだと頭を抱えている最中にエヴァを航空機に搭載して動かしていたということに他ならない。

 

「いいえ。空輸中だとお伝えした通り、出動はさせていません。ただ、実験中に使徒が出現したので初号機を投下するだけです」

「な、なんということを……!」

 

冬月は頭を抱えた。これがバレればまた国防省の連中からグダグダとお説教を貰うことになってしまう。

最高司令官の碇ゲンドウは使徒さえ倒せればいいのか、特に反対している様子がないことも冬月の苛立ちに拍車をかけている。

 

だが、出動してしまったものは仕方ない。

大人しく見守るほかないかと両手を後ろに回した冬月だが、ふと気になることがあった。

 

(このタイミングでもう使徒付近まで空輸済みだと? ……まさか!)

 

「N2地雷投下直後に出動させたというのか!」

 

百歩譲って国防省ではどうにもならないと判断した瞬間にエヴァを動かし始めたのなら納得はできる。

だが、既に使徒付近まで移動済みとなると、それは国防省が切り札を切ったその直後でなければ間に合わないはずだ。

 

「実験はN2地雷投下後に予定されていましたので、予定通り実施した次第です」

「N2地雷投下直後に実験を開始する馬鹿がどこにいるッ!」

 

激昂するNERV副司令官。

だが、ミサトは鉄仮面を崩すことなく淡々と告げる。

 

「申し訳ありません。しかし、使徒が活動を停止している今が好機です。この機を逃すわけにはいきません」

「しかし!」

「冬月。責任は使徒を倒せなかった時に取らせればいいだろう。現場の状況判断は葛城一尉に一任してある」

「……使徒を倒せずして、明日が来るとは思えんがな」

 

最高司令官に宥められては流石に怒り続けることもできない。

何とか怒りを収めた冬月はじろりと葛城ミサトを睨みつけてから定位置に戻った。

 

(嫌われちゃったわね)

 

それも組織のNo2にだ。

これでは今後の昇進も難しくなる可能性がある。

 

だが、葛城ミサトにはそんなことどうでも良かった。

 

彼女の頭にあることは二つだけ。

 

一つは使徒を殺すこと。

そしてもう一つは、この1年家族同然に過ごしてきた、誰よりも愛しい少年を死なせないことだ。

 

彼女に出来ることは少ない。

少しでも死亡リスクを減らすために、やれることは全てやって見せる。

 

「準備は良い? 初号機パイロット」

『いつでもどうぞ。葛城一尉』

 

敢えて他人行儀な呼び方をするのはこの一年の間に決めた二人の約束事。

任務に私情を持ち込まないための工夫の一つだった。

ミサトの強引な出動方法を見るに、効果が発揮されているのかはいまいち分からないところではあるが……。

 

(始めるわ……父さん。私の復讐と、人類の為の戦いを)

 

少しだけロザリオを触って……すぐに離す。

顔を上げた葛城ミサトは凛とした声で命令する。

 

エヴァンゲリオン初号機、発進!

『了解。エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ』

 

ミサトの号令を受け、空輸していたパイロットがエヴァンゲリオン初号機を空中で切り離した。

ちなみに、空輸時のバッテリー試験というのも完全な嘘ではない。

この1年、エヴァンゲリオンの欠点を補うことに執心していた葛城ミサトによって移動時の電源問題を解決するための試験が多数実施されていたからだ。

もっとも、現在空輸に使用しているバッテリーは3か月前に実用性が実証されていたので今更試験をする必要なんて全くないのだが。

 

「試験用空輸バッテリーパージ。内部電源に切り替わります」

「残り活動時間5分」

「使徒の反応は確認できず」

「初号機の装備はプログレッシブナイフ、パレットライフル」

「五秒後に接地」

 

使徒の怪光線を警戒し、視界に映らない地点で切り離されたエヴァンゲリオン初号機が暫くの浮遊の後、森林を破壊しながらではあるが、鮮やかに地面に着地した。

 

『エヴァンゲリオン初号機、タッチダウン。アンビリカルケーブル接続完了』

「電源確保を確認」

『……使徒に接近します』

「了解」

 

画面の向こうではパレットライフルを構えた初号機が使徒の正面に立たないよう気を付けながらN2地雷によってできたクレーター周りを移動している。

それを見ながらミサトは腹心の部下である日向に耳打ちする。

 

「……航空隊にも出動要請を出しておいて」

「しかし、先ほど既存の兵器では太刀打ちできないと確認ができたはずでは……」

()()()()()()()()()()()()? 初号機を少しでもカバーできるならやらせるべきよ」

 

暗にエヴァンゲリオン初号機以外はどうなってもいいと言わんばかりの態度に戦慄する日向。

しかし、上司の命令に逆らうわけにはいかない。

それに、彼女の命令は極めて合理的だった。

 

「了解しました。NERV航空部隊、出動を要請――」

「……さぁ、お願いシンちゃん。勝って」

 

ポツリと漏れた偽りのない本心。

画面の向こうではエヴァンゲリオン初号機が背後から奇襲を仕掛ける形でパレットライフルを発砲していた。

 

 

 

 

場面は変わって葛城家。

テーブルの上には唐揚げ、アヒージョ、ポテトサラダ、肉じゃが、等々……様々な料理が所狭しと敷き詰められている。

 

シンジ少年以外の皆の手の中にはビールが握られている。

 

「それでは皆さん、お手元のグラスを拝借」

 

音頭を任せられた葛城ミサトがかしこまった様子でグラスを掲げる。

赤木リツコ、伊吹マヤ、青葉シゲル、日向マコト、そして本日の主役であり碇シンジがそれに合わせて同じようにグラスを掲げた。

 

「使徒撃破を祝して~」

 

「「「「「乾杯ッ‼」」」」」

 

グラスを重ね合わせ、涼やかな音が響き渡る。

和やかな雰囲気の中で打ち上げは始まった。

 

「いやー、シンジ君、見事な戦いぶりだったよ!」

「本当! あんなにあっさりと決着がつくなんて!」

「訓練の成果が生かされたな」

「ありがとうございます。……でも、僕が言うのもなんですけど、本当にあっさりでしたね」

 

そう。

シンジ少年の言う通り、使徒との戦いは実にあっさりとしたものだった。

 

というかぶっちゃけ、()()()()()

 

 

 

遡ること五時間前――

 

パレットライフルを連射しながら様子を窺うエヴァンゲリオン初号機。

ただでさえN2地雷で疲弊していた使徒は反応が遅れ、急ぎATフィールドを展開するも、数十発を被弾。

さらにエヴァンゲリオン初号機が距離を詰めながらATフィールドを中和したことにより、反撃もできず一方的に防御を固めるしかできない状況へと追い込むことに成功した。

 

こうなってしまえば後はこっちのものだ。

これはいけると判断したシンジ少年はATフィールド中和、パレットライフルの連射を継続しながら一気に使徒へと肉薄。

 

近接戦闘の距離まで到達するとパレットライフルを放棄し、プログレッシブナイフを装備。

あっさりと露出していたコアを貫き、使徒は活動を停止した。

 

エヴァンゲリオン初号機に損傷なし。

接敵から僅か32秒での撃破。

正に完封勝利だった。

 

使徒の死体回収や、N2地雷による地図の書き直しなど仕事は多数残っているが、それでもエヴァンゲリオン初号機の実用性をハッキリと示したことは非常に大きい。

 

特に、本当に来るかどうかも分からない使徒の為に大金を費やし、これまで穀潰しと蔑まれてきたNERV職員一同はこれまでの努力が報われたようで、非常に清々しい気持ちだった。

 

シンジ少年も職員一同から褒め殺しにされ、かなりご満悦の様子。

みんながハッピーな状態だった。

 

「それだけ、シンジ君が優秀だったってことだよ!」

「そうそう! みんな分かってるよ。シンジ君がこの1年、必死で訓練に打ち込んできたこと」

「ありがとうございます。他の使徒もこんな感じなら楽勝なんですけどね」

 

謙虚なふりをしているが、溢れ出る慢心が隠しきれていない。

この1年、二人三脚で暮らしてきたミサトには手に取るように彼の心境が分かる。

 

「ちょっとシンちゃん。おだてられてデレデレするのはいいけど、使徒はまだ来るんだから油断しちゃダメよ?」

「はーい」

「本当に分かっているのかしら……」

 

保護者の忠告に適当な返事をしながらシンジ少年は褒め倒してくれるオペレーターたちとの会話を楽しんでいる。

呆れたように溜息をついたミサトに対し、隣にいたリツコは意外そうな表情で尋ねた。

 

「随分と過保護ね、ミサト」

「シンちゃん、あぁ見えてすぐ調子に乗るから心配なのよ……」

「あら、楽天的なのがあなたの長所じゃなかったかしら?」

「残念ながら、そのお株はシンちゃんに奪われそうね~」

 

グイっと久々のビールを喉に流し込む。

悲願だった使徒の討伐。

シンジ少年に厳しく管理されていた休肝日からの解放。

 

これほどビールが美味い日なんて一生に数回もないだろうに、ミサトの表情に満面の笑みはない。

 

「真面目な話、二人揃って楽天的だと足掬われそうで怖いのよ。多分、あぁやってふざけているだけで油断なんかしていないと思うけど、私が気を引き締めてあげないとね」

「驚いた……あなた、本当にミサト?」

 

人に擬態した使徒じゃないでしょうね?

本気で心配したリツコは胡乱な視線を親友に向ける。

パターン青、出てないかしら。

さり気なくパソコンを確認したい欲求を何とか抑え込む。

 

「あのねぇ、きっちり人間の葛城ミサトよ。……まぁ、この1年で少し変わったことは認めるけどね」

「少しどころではないと思うけど。それくらいシンジ君との同棲生活が良かったの?」

「そうねぇ……うん、幸せよ。とても」

 

柔らかい笑みを浮かべるミサト。

この1年、色々あって一緒に住むことになったシンジ少年とミサト。

その関係性を言葉で表すのは難しいが、分かりやすく表現するのであれば、ブラコン過ぎる姉と、姉ほど酷くはないがシスコン気味の弟といった感じに落ち着いていた。

 

(ふーん、かなりいいコンビね)

 

謙虚で慎重に見えて、実は大胆不敵でお調子者なシンジ少年と

楽観的で大雑把に見えて、実は繊細で心配性なミサト。

 

私生活ではこの立場が逆転するというのだから、見ていて飽きない二人だ。

上手くお互いを補完し合っているといえるだろう。

 

だが――

 

「ミサト。シンジ君とどういう関係を築こうが、あなたの自由だけれど……深入りすると辛いわよ。別れが」

 

彼女の言う“別れ”が喧嘩別れなどの生温いものではないことは分かっている。

エヴァンゲリオン初号機のパイロットである碇シンジとの別れとは、文字通り永遠の別れを意味している。

リツコは言外に警告していた。

彼がミサトの命令で死地に飛び込んで命を落とした時、ミサトは耐えられるのかと。

 

外面ほど葛城ミサトは精神的に強い女性ではない。

ぽっきりと折れてしまうことを親友であるリツコは懸念していた。

 

「……分かってるわよ」

 

ミサトの返事は素っ気なかった。

本当にリツコの言葉が響いているのかどうかも怪しい。

 

「ミサト!」

「心配してくれてありがとう。でも今は――」

 

今だけは。

 

「この光景を噛み締めていたいの」

 

驚くほど穏やかな笑顔で騒ぐシンジ少年と部下たちを見守るミサト。

彼女のこんな表情を見たことはあっただろうか。

長い付き合いのリツコだが、記憶にない。

 

彼女はいつも、何かに追われるように生き急いでいたから。

 

「それに、あの子が死なないようにサポートするのが私たちの仕事でしょ? 天才赤木リツコ博士に、出世街道のエリート指揮官葛城ミサト様が揃ってんのよ? 使徒ごときに負けるわけがないでしょう」

 

彼女らしい自分たちを鼓舞するための過剰な言葉に頬を緩ませつつ、リツコは煙草に火をつけた。

 

「楽天的ね」

「希望的観測は人が生きていくための必需品よ」

 

そう言い切ってからミサトは笑った。

 

やっぱりその称号はあたしに相応しいわね、と。

 

 

 

 

 

翌日。

 

完璧な使徒殲滅の功績もあり、NERVからの配慮で休みを貰ったシンジ少年は入院している綾波レイのもとを訪れていた。

 

「――というわけで、あっさりと使徒は倒したよ」

「そう。おめでとう」

「ありがとう」

 

シンジ少年の報告に対し、淡々とした口調で祝福を述べる。

彼女のことを良く知らない人が見ればきっと、極めて素っ気ない態度に見えただろう。

 

しかし、この1年間、彼女をエヴァ職人先輩として師事し、慕ってきたシンジ少年は淡白な言葉と無表情の中に込められている感情を読み取れた。

だからこそ満面の笑みでお礼を返す。

 

「綾波も早く退院できるといいね」

「えぇ」

 

努めて明るい口調でそう言ったシンジ少年だが、実際のところ、彼女の怪我はかなり酷かった。使徒襲来の1か月前の負傷だが、まだまだベッドから立ち上がることも困難と見える。

 

零号機起動実験時による暴走事故。

シンジ少年はそれしか知らされていない。

 

彼が知った時には彼女は重症の状態で病院に運ばれており、そして彼の父はいつの間にか白い手袋とサングラスを着用するようになっていた。

リツコから聞いた話によれば、碇ゲンドウが火傷も厭わず無理やり彼女をエントリープラグから救出したというのだ。

 

その話を聞いたシンジ少年は素直に父親を称賛した。

案外やるじゃないか、と。

 

無論、その優しさが自分ではなく綾波に対して発揮されることに思うところがなかったわけではないが……。

 

「いつ頃退院できそうなの?」

「分からない。ただ、完治までは1か月以上掛かるかもしれないって言ってたわ」

「そう……」

 

1か月以上。

シンジ少年はその間、1人で使徒に立ち向かわなければならない。

 

(ま、仕方ないか。今ある戦力で立ち向かわないとね)

 

――が、別にそこまで悲観しているわけではなかった。

先程も報告したように最初の使徒はあっさりと撃破できたことが彼の自信につながっていた。

 

せっかくエヴァンゲリオンが2機あるのに、万全の状態で挑めないということに歯痒さのようなものを感じていただけである。

 

だが、綾波は彼の曇った表情を誤解した。

 

「……まだ怖いの? エヴァに乗るのが」

「えっ」

 

1年前のことだが、彼女の後輩がエヴァが怖いと言ったことを覚えていたらしい。

 

「いや、もう怖いっていう印象はないけど……でも、シンクロ率が思ったように伸びないんだよね。もう1年も訓練しているのに……」

 

慣れないのだ。自分の身体がもう一つあるような感覚に。

それに、深く潜れば潜るほど感じる、何かの気配。

こちらを柔らかく包み込むような――それでいて、どこか粘着質な気配。

 

「まだエヴァに心を閉ざしているからよ」

「エヴァに心か……ねぇ、これも1年前に聞いたことだけど、綾波は怖くないの? だって、得体が知れないものが搭載されている兵器とシンクロするっていうんだよ? しかも、綾波は――」

 

こんな大怪我しているじゃないか、と言い掛けてシンジ少年は慌てて口を閉じた。

流石に本人を前に無神経すぎる。

 

「怖くないわ。私はそのためにここに居るもの」

「前も言っていたね。やっぱり凄いな、綾波は……でも、身体は大事にね。今回の事故は仕方がないことだったと思うけど」

「どうして?」

「えっ、何が?」

「どうして身体を大事にしなくちゃいけないの?」

「どうしてって……」

 

まさかの質問に面食らうシンジ少年。

 

「普通、大事にするでしょ? だって、唯一無二の自分の身体なんだから」

「……そんなことないわ」

 

綾波レイは遠い目をしながら言った。

 

「だって、私の代わりはいくらでもいるもの」

「えっ」

 

綾波レイの発言には常に理解を示してきたシンジ少年だが、流石にこの発言は意味が分からなかった。

自分の代わりがいる。それは、自分を愛してやまないシンジ少年にとっては想像もできないことだ。

 

「そんなこと、ないんじゃない?」

 

だから、否定する。

綾波レイが抱えている闇など知らない彼は、普通に否定する。

 

「どうして」

「だって、綾波は今、怪我をしているでしょ?」

「そうね」

「他に怪我している綾波がいるの? 君以外に」

「……いないわね」

 

少し考えてから綾波は答えた。

彼女の“代わり”たちがいるあの空間に、全く同じ怪我を負った個体はいないから。

 

「じゃあ、代わりなんていないじゃないか。綾波からしたら災難かもしれないけどさ、その怪我も、痛みも、綾波だけのものなんだから……」

「私だけのもの……」

 

屁理屈にも等しい話術だったが、綾波は深く考え込まされた。

怪我を負っている個体は自分だけ。

他の個体にはない特徴。

それは特権……いや、個性、なのだろうか。

 

悩む綾波レイにシンジ少年は語り掛ける。

心なしか恥ずかしそうにしながら。

 

「実は、僕も昔に似たようなことを考えたことがあってさ。別に僕なんていなくても一緒なんじゃないかって? 誰も僕を必要としないんじゃないかって」

「……」

「でも、そんなことはなかったんだよ。少なくとも絶対に一人は僕を必要としている人間がいたんだよ?」

「碇司令?」

「……違うよ」

 

残念ながらね、と寂しい表情で笑いながら否定する。

 

「じゃあ、誰」

「僕だよ」

 

碇シンジは目を丸くしている綾波レイに自信を持って告げる。

 

「他でもない、この僕が、僕を必要としていたんだ」

「……よく、わからないわ」

「だよね。でも、考えてみれば簡単な話なんだ。誰かに必要にされたいってことは、必要とされる自分が必要でしょ? 土台が必要なんだ」

「……」

「だから、僕は自分が必要だって感じて、それから自分のことを良く調べ始めた。そしたら色んな事が分かったよ。顔立ちが母親譲りだとか、意外と人と話すのが好きなんだとか、実は何でもそつなくこなせるとか、ね」

 

茶目っ気と自画自賛を交えながらシンジ少年は語る。

そんな彼をどこか眩しそうに見つめながら、綾波は何の気なく言った。

 

「あなた、自分が好きなのね」

「――――」

 

驚きで目を見開くシンジ少年。

 

今までそれを見破られたことは殆どなかった。

だって、謙虚に見えるようにふるまってきたから。

別に隠す必要はないのかもしれないけれど、急に人前で裸になるのは恥ずかしいくらいのノリで本性を隠してきたから。

 

だが、見破られたのであれば仕方がない。

シンジ少年はどこか清々しい気持ちで頷いた。

 

「うん。大好きだよ」

 

まごころをこめて、自分に。

 

「僕は、自分が大好きだ」

 

美しい顔をしているところも

人が好きなところも。

優しいところも。

努力家なところも。

客観的に見ると何故か薄幸なところも。

 

全部好き。大好き。

 

キラキラと輝くシンジ少年の瞳には自愛の光と、積み上げてきたものへの自信に満ち溢れている。

 

綺麗だな、と綾波は思った。

 

だが同時に思った。自分にはそんな瞳は出来ないだろうとも。

どこか暗い表情で俯きながら綾波はずっと気になっていたことを尋ねた。

 

「碇君は……どうして、私に構うの?」

「それは――」

「私があなたにアドバイスをしたから? 私が怪我をしているから? 私が……碇司令と仲が良いから?」

「……」

 

言い淀むシンジ少年。

彼は告げるべきか悩んでいた。

 

自分が……()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。

 

別にシンジ少年からしてみれば突拍子もない考えと言うわけではない。

彼女と初めて顔を合わせた時から感じていたことだ。

 

あまりにも似ている顔立ち。

誰にも心を開いていなさそうな父が唯一心を開いている女の子。

なんか世間知らずっぽい。

“先生”から、シンジ少年はよく母親似だと言われていた。

 

これらの要素を加味した結果、シンジ少年は一つの結論を導き出した。

それ即ち――

 

綾波レイ、母親が碇ゲンドウと結婚する前に別の男性との間に生まれた連れ子説

 

妙に生々しい説だが、シンジ少年はこの説に結構自信があった。

 

(父さんは今まで僕に兄妹の存在を明かすことはなかった。それはどうしてか? それはきっと、綾波が父さん以外の男の人との間にできた子供だからなんだ。いわゆる、元彼か……もしくは、元夫か。きっと、僕が産まれるよりも先に母さんには子供がいたに違いない。そしてそれが、綾波レイ!)

 

妄想力豊かというか。ドラマの見過ぎというか。

実親のことを何も知らないことをいいことに、好き勝手に過去を妄想するシンジ少年。

彼の勘違いは続く。

 

(きっと父さんは、母さんの忘れ形見である綾波のことを複雑に思いながらも、見捨てられずにいるんだ……そして本当の父親ではないからこそ、綾波に優しくしようとしているに違いない)

 

実態は、綾波レイに碇ユイを重ねているという、もっとグロイ真実があるのだが、流石にシンジ少年といえどもそこまで妄想豊かではない。

 

(世間一般的に父親は息子に厳しいらしい。半面、娘は甘やかす傾向にあるとか何とか……まさに今の僕と綾波そのものじゃないか!)

 

自分が父にいまいち愛されてなさそうな理由を一般論に求めたシンジ少年。

それはそれで悲しいことなのだが、その一般論を知った瞬間に「なんだ、そういうことだったのか」と納得してしまうあたり、父親と同レベルか、それ以上に色々とおかしい。

 

 

閑話休題。

 

 

ともかく、シンジ少年が綾波に優しく接しているのは彼女に恩義があり、そして彼女のことをエヴァの先輩として慕っているからなのだが……彼女のことが妙に気になるのは、自分と血の繋がりがある、姉弟だからかもしれないからだ。

 

しかし、こんなとんでもない憶測を急に言っても彼女を混乱させるだけだろうし、何より証拠がない。

 

それに今、彼女に返すべき言葉は一つだけだろう。

 

「君が、綾波レイだから。代わりのいない、ただ1人の」

「――――」

 

シンジ少年は急に恥ずかしくなって顔を赤くしながら俯いた。

どこかこそばゆい沈黙が続く。

ちらりと時計を見たシンジ少年は、もう夕方になっていることに気が付いた。

そろそろお暇した方がいいだろう。

 

「え、えぇと……今日はもう行くね。明日また、来るよ」

「……うん」

「じゃあね。綾波」

「うん」

 

ぎこちなく……だが、決して悪い雰囲気ではないままシンジ少年は病室を後にした。

 

 

 

405病室には妖精がいる。

NERVの病院内でまことしやかに囁かれている噂だ。

 

もちろん、実際のところ妖精など存在しておらず

ただ世間知らずな女の子が一人いるだけだ。

 

かねてよりその噂を馬鹿馬鹿しいと切り捨てつつ、しかしその非人間的な美しさに困惑していた医師は彼女の病室を訪れて、驚いた。

 

苦痛に耐える表情か、無表情しか見てこなかった彼女の顔に、微笑が浮かんでいたから。

 

(なんだ。やっぱり、妖精なんていないじゃないか)

 

夕焼けに照らされた彼女の横顔は美しくて――どこか人間的だった。

 

 




シンジ少年、綾波レイを身内(血縁者)と判定。(勝手に)

ミサトさんのキャラ変や、シンジ少年とどんな1年(イチャイチャライフ)を過ごしていたか描写していきたいですが、本編に上手く盛り込めなかったら番外編で出させてもらいます。
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