まごころを、ぼくに   作:赤坂緑語

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鳴る必要ないよね、電話

 

葛城家の朝は早い。

 

高給取りであり、さらにシンジ少年によって財布の紐をガチガチに絞められていることから経済的な余裕が(原作よりも)ある葛城ミサトはNERV本部近くの高級マンションをローンで購入し、色々な出来事があった末にシンジ少年と共同生活を始めることとなった。

 

2人で住むには広すぎる家の中に目覚ましベルの音が鳴り響く。

 

サッと目覚めの良いシンジ少年がボタンを叩いて喧しい音を黙らせ、大きな欠伸をしながら起き上がった。

着替え、歯磨き、洗顔、寝ぐせ直しを手際よく済ませていき、今日の食事当番である彼は台所に立つ。

 

「今日は洋食か……うん?」

 

同居人と共有しているカレンダーには洋食のマーク。

その下に「パンケーキ食べたい!」と汚い字でコメントが追加されているが、昨日の夕飯時点ではなかったはずなので、シンジ少年が眠った後に付け加えたのだろう。

 

「まーた、急に無茶言って」

 

呆れたように呟きながらも念のため、調理棚を確認する。

 

「えぇと……ホットケーキミックスが……ないな。よし、無視」

 

薄力粉から作っても良かったが、流石に手間だったのでシンジ少年はあっさりと同居人の希望を無視することにした。

普段は世話焼きな性格だが、流石に前日から予告されていないものを頑張って作る気にはなれない。朝だし。

 

トーストを2枚焼き、目玉焼きを4つ焼く。

トマト、レタス、アボカドを切って特製ドレッシングをかけたサラダを用意。

最後に冷凍のブルーベリーを取り出し、ヨーグルトと蜂蜜を投下すれば簡単な朝食の完成だ。

 

「おはよ~」

 

手際よく準備を終わらせた頃、同居人が起きてきた。

ぬるっと台所に立つシンジ少年に背後から抱き着く。

 

「おはよう。今日は朝練ないから軽めにしといたよ」

「ありがとう~」

 

べったりとくっつきながらお礼を言う保護者。

ひとしきりシンジ少年エキスを堪能したのか、名残惜しそうに離れたミサトは食卓を見て悲鳴を上げた。

 

「ちょっと~、パンケーキは⁉」

「ホットケーキミックスがなかったんだよ。もっと早く言ってくれれば昨日の夜スーパーで補充しておいたのに」

「寝る前に急に食べたくなったのよ! もう、今日はこれを楽しみに起きたのにぃ~!」

 

あぁ、それは申し訳ないことをしたな、と自分は一切悪くないにも関わらず、元来の人の好さで罪悪感を抱くシンジ少年。

ただまぁ、もう朝食は作ってしまったし、無理なものは無理だ。

 

「僕も食べたくなってきたし、明日の朝は()()()がパンケーキ作ってよ。ちょうど当番だし」

「えぇ~、シンちゃんのパンケーキが食べたいのにぃ~。それに、あたしのはまだちょっと自信ないし……」

「この間、めっちゃ練習したのに……僕はどんな味でも気にしないから、また作ってよ」

「うーん……気が向いたら、ね?」

「じゃあ、明日の朝はミサトのパンケーキで確定ね」

「あたしの気持ちは⁉」

「頑張って。必要なら手伝うから」

 

その後も、あーだこーだとダラダラ言い訳していたミサトだが、

シンジ少年渾身の

『僕、ミサトのパンケーキ食べたいよぅ……』(うるうる)を前に撃沈。

明日の朝ご飯は彼女特製のパンケーキに決定した。

 

にぎやかな朝食を終え、準備を済ませた2人は今日の予定を確認してから各々の仕事先へと出発した。

 

「「いってきます」」

 

今日も1日が始まる。

 

 

 

 

 

小学校を卒業し、春休みの間に強引にエヴァンゲリオンのパイロットにされたシンジ少年は予定していた中学校への進学を諦め、第3新東京市立第壱中学校へ入学することとなった。

 

小学校時の友達と別れるのは辛かったが、どこでも住めば都という格言もある通り、今の中学校は決して悪いところではなかった。

 

エヴァのパイロットと両立しながらの生活は時にしんどさを感じることはあるが、今のところは上手くやり繰りしながら充実した日々を送っていた。

 

(けど、こうして普通に登校していると一昨日のことが嘘みたいだ……)

 

幾ら訓練を重ねていたとはいえ、シンジ少年はまだまだ(ちょっと自己肯定感が強すぎるだけの)普通の少年だ。

表情には出さないようにしていたが、出撃時は死ぬほど緊張していたし、使徒撃破の直後も軽い放心状態にあった。

 

だが、登校と言うのは思いのほか重要な行為だったらしい。

無心で普段の通学路を歩くだけで心が落ち着いていくのを感じる。

非日常へ傾いていた精神が日常へと帰還する。

 

彼の保護者があれほど通学を進めていた理由が少しだけ分かった気がした。

 

「よう、碇」

「おはよう、ケンスケ」

 

そんなことを考えながら登校したシンジ少年はクラスメートたちに挨拶しながら席についた瞬間、待っていましたとばかりに友人の相田ケンスケに話し掛けられた。

 

「あれ? トウジは?」

「もうすぐ来るんじゃないの? それよりもさ、一昨日は大変だったな」

 

ニヤニヤと意味深に笑いながら探りを入れてくるケンスケ。

シンジ少年は決して頭の回転が鈍いわけではない。すぐに彼が聞きたいことを察し、何食わぬ顔で答えた。

 

「あぁ、大変だったよ。急に親戚が入院しちゃってさー。昨日も病院で付きっきりだったよ」

 

その答えが気に食わなかったのか。相田は眉を顰めた。

こっそりシンジ少年に顔を寄せ、ヒソヒソ声で言う。

 

「……なぁ、碇。秘密にするからいい加減に教えてくれよ。お前、アレのパイロットなんだろ?」

「あれ?」

「エヴァンゲリオンだよ」

「なにそれ?」

「知らないはずないだろ」

「だから、知らないってばー」

「ちぇっ! ケチだな~」

「アハハ……」

 

誤魔化すように苦笑いしながら追及を逃れたことに安堵するシンジ少年。

 

この会話からも分かる通り、相田ケンスケはかなり早い段階でシンジ少年がエヴァンゲリオンのパイロットであることを悟り、こうして頻繁に探りを入れてきているのだった。

 

自己承認欲求の塊のようなシンジ少年だが、流石に機密事項をペラペラと話すほど組織人としての自覚が低いわけではない。

この1年でみっちり矯正されたともいう。

 

(まぁ、陰で戦う秘密組織の構成員みたいな感じだから、これはこれで悪くないけどね)

 

なんでもポジティブに捉えるシンジ少年らしい思考回路である。

まぁ、彼が上手く隠し通したところで別の場所からNERVの情報が駄々洩れなのだから、情報管理杜撰過ぎない? と思わなくもないのだが……

 

(僕が気づいているくらいなんだから、諜報部の人が知らないわけないよね)

 

どうせ誰かが何とかするだろうと投げやり的な思考で放置していた。

 

(それに、何かの間違いで使徒との戦いをケンスケが外部に流してくれる可能性もあるし)

 

エヴァのパイロットとして大人たちから敬われる生活を気に入っているシンジ少年だが、唯一気に食わないことがあるとすれば、努力した全てが非公式としてメディアに流れることがない点だろう。

 

(ネットの発達は凄いと聞くし、一度流出してしまえば全部を消すのは難しいよね。そうなれば皆がこの僕のことを知る。エヴァンゲリオン初号機のパイロットである僕のことを!)

 

自己承認欲求モンスター降臨。

 

自分が英雄として大々的に祭り上げられたいという密やかな願望の為、彼はケンスケを見逃していた。

つくづく、自己承認に余念がない人物である。

 

「おう、おはようさん」

「おっ、トウジ。どうしたんだ? 今日は遅いじゃないか」

「妹の送迎や」

「あー、一昨日のあれか」

「一昨日の()()?」

 

不穏な単語にシンジ少年が眉を顰める。

一昨日にあったことといえば、アレが真っ先に思い浮かぶ。

 

「実は、うちの妹が避難警告出ていたのにふらーっとそこら辺をほっつきまわってたみたいでな……」

「えっ、妹さん怪我でもしたの?」

 

流石に動揺を隠せないシンジ少年。

街中から離れた場所で戦っていたが、N2地雷投下前は街中で戦闘があったことから市民が巻き込まれていてもおかしくはない。

 

直接関係していようがなかろうが、市民を守るエヴァンゲリオンのパイロットとして責任を感じてしまう。

もし入院でもしているのであれば、NERVに掛け合って入院費を負担することまで考えていたシンジ少年。

だが、トウジは笑いながら手を振って否定した。

 

「ちゃうちゃう。怪我はしとらん。ただ、必死に探し回ってたうちのオトンがえらい怒ってなぁ……勝手にどこぞへ行かんよう、しっかり見張っとけ言われとんや」

「見張っとけっていうのはどうかと思うけど……でもまぁ、無事でよかったね。暫くは妹さんの送迎で大変だろうけど」

「ホンマに勘弁してほしいわ……ま、そのうち仲直りするやろ。それまでは我慢や」

 

そう言って特に苛立った様子も見せず席に着くトウジ。

こういう割り切った大人な部分はシンジ少年も高く評価していた。

 

「なぁ、碇。さっき、随分と動揺していたじゃないか。やっぱりお前――」

「誰でも知人の家族が負傷したらビックリするでしょ?」

「上手いこと逃げるなぁ」

 

安堵で胸を撫で下ろしたシンジ少年だが、彼の反応を目ざとく見ていたケンスケが眼鏡を怪しく光らせながら追及を再開する。

 

「なんやケンスケ、まーたシンジに突っかかってんのか?」

「トウジ! 俺はもう殆ど証拠を掴んでいるんだ! なのに碇の奴が一向に認めようとしないからさぁ!」

「何のことか良く分からないな」

「白を切っても無駄だぞ! 大人しく白状するんだ」

「記憶にございません」

「悪徳政治家か!」

 

なかなかにしつこいケンスケだが、トウジのツッコミが入った時点で真面目に追及する気は失せていた。

それをシンジ少年も感じ取ったのか、適当にいなしていく。

結局、いつも通りの漫才じみたやり取りをしているうちにチャイムが鳴って最初の授業が始まった。

 

先生に注意されながらケンスケが席に戻り、トウジが委員長と口論しながら席に着く。

 

平和だな、とシンジ少年は微笑む。

己の為にエヴァンゲリオンに乗っている彼だが、それでもこの平和を守れたという実感は確かに彼の喜びに繋がっていた。

 

 

そして3週間後。

再び平和を脅かす使徒が現れた。

 

 

 

 

「前回の使徒から3週間後ですか……また急ですね」

「そうね」

 

冷たい声で端的に返しながら画面を睨む葛城ミサト。

日向は使徒戦となった途端に豹変する自身の上司に未だに慣れずにいた。

普段が親しみやすい分、余計にその冷徹さや鬼気迫った緊張感に驚く。

 

「委員会よりエヴァンゲリオンの出動要請が来ています!」

「了解。ただ、現時点では敵の情報が少なすぎるわ。航空隊に威力偵察を申請して」

「し、しかし! 現時点で迎撃ミサイル等が全く効いていませんが……」

「敵の情報が必要なのよ。ギリギリまで戦わせなさい」

「は、はい」

 

まるで、彼女が溺愛するパイロット以外はどうなってもいいと言わんばかりの態度。

その結果として人に恨まれようとも、彼女はあの少年が無事なら嬉しそうに笑うのだろう。

 

自身を顧みない、無償の愛。

 

日向は初号機への搭乗準備を進める美しい顔立ちの少年に苛立ちのようなものを感じ――慌てて感情に理性で蓋をした。

 

(馬鹿か、俺は……! 相手はシンジ君だぞ! 俺たちの為に命懸けで戦ってくれている14歳の少年なんだ! そんな思い、抱くのも烏滸がましい!)

 

彼女とシンジ少年の根底にある“復讐”という暗い結びつきを知らない日向は14歳の少年に嫉妬心を感じた自分を罵倒する。

 

自身に恋慕する部下が葛藤を抱いていることなど露知らず(仮に知っていたとしても今のミサトならどうでもいいと切り捨てただろう)。

冷徹なる指揮官は使徒の様子をじっと観察する。

スーッと地面を滑るように移動する昆虫のような、イカのような、何とも形容しがたい容姿の使徒。

 

「攻撃手段が気になるわ。火力を胸部のコアに集中させて」

「了解! 航空部隊へ通達――」

 

露出しているコア目掛け、地上から雨あられとミサイルが、さらに出動した航空機から誘導ミサイルが殺到する。

当然、ATフィールドによって守られた使徒の肉体に到達することはないが、流石に目の前をちらつく大量の火薬を鬱陶しく思ったのか、使徒はぬるりと立ち上がって光の鞭のようなもので既存兵器たちを一蹴した。

 

「VTOL機、3機撃墜!」

「固定砲台も5台やられました!」

「攻撃手段は割れたわね。可能な限り攻撃を続行させて」

「……了解」

 

物言いたげなオペレーターの視線を無視し、ミサトは通信回線をエントリープラグ内に切り替えた。

 

「初号機パイロット。今の映像の通り、敵の武器は光の鞭よ。なかなか飛距離がありそうだから、中距離でパレットライフルを連射していても意味がないと思うわ」

『同感です』

 

初号機のエントリープラグ内で映像を確認していたシンジ少年は上官の考察に同意する。

 

ATフィールドを中和しながら中距離から連射できるパレットライフルは確かに便利な武器だが、両手が塞がるうえに決定打に欠けるところがある。

おまけにあの鞭を使われればあっという間に武器を破壊されかねないことは、あらゆる種類の武器訓練を受けたシンジ少年にも容易に想像がついた。

 

「装備をシールドとスピアに変更。シールドで鞭を防ぎながらじりじりと接近して、スピアでコアを貫く戦法でいきます」

『了解』

 

指揮官の指示に合わせ、急ピッチで初号機の装備が準備されていく。

ちなみにスピアとは、その名の通りただ頑丈なだけの槍だ。

プログナイフのように特別な機能はないが、エヴァの身長に合わせて作られたそれは、シールドと合わせることで絶大な効果を発揮することが見込まれている。

 

「初号機パイロット。準備はいい?」

『いつでもどうぞ』

 

気負いなく、だが戦意を滾らせながらシンジ少年が答える。

 

この1年、心理療法士とタッグで作り上げた戦闘用のメンタルだ。

彼なりに上手くコントロール出来ているらしい。

 

短時間ではあるが、皆が尽力し、やれることは全てやったはずだ。

後はあの少年を信じ、全力でサポートすることしか出来ない。

 

(……お願い、シンちゃん。勝って来てね)

 

万感の思いを込めて、葛城ミサトは号令を出す。

 

エヴァンゲリオン初号機、発進ッ!

 

 

 

 

使徒の進行方向に立つとすぐに攻撃に合う危険がある為、使徒の様子を見ながらゲートを切り替え、エヴァンゲリオン初号機は使徒の背後より出撃した。

 

『8番ゲートと、7番ゲートからシールドとスピアを受け取って』

「了解」

 

初号機の出撃に合わせて展開されたシールドとスピアを受け取ったシンジ少年はその直後、咄嗟の判断でその場を飛びのいた。

彼の判断は正しく――先ほどまでシールドとスピアを収納していたゲートが一瞬で切断されていた。

後ろを向いていたはずの使徒が初号機目掛けて光の鞭を振るっていたのだ。

 

(いきなり……⁉ いや、もしかするとATフィールドに反応したのか?)

 

使徒の行動原理を考察するシンジ少年だが、使徒の連撃が思考する間を与えない。

横に飛び、受け身を取りながら上体を起こしたエヴァに再び振り下ろされる光の鞭。

初号機は左腕に装備したシールドを掲げた。

頑丈な兵装ビルをあっさりと両断した光の鞭だが、強固なATフィールドを纏ったシールドに弾かれ、使徒の攻撃は失敗に終わった。

 

「良し!」

 

三週間前の使徒と比べ、初手から緊迫した展開が続いていたが、初号機がシールドで光の鞭を弾いた瞬間、管制室で歓声が起きた。

 

彼らの希望であるパイロットの動きは見事で、無駄がない。

 

「兵装ビル、捕獲ワイヤーとミサイルの準備を進めておいて」

「りょ、了解」

 

少し浮ついた空気に釘をさすように葛城ミサトの指示が飛ぶ。

画面を見る彼女の瞳は静かで、揺らぎなく――初号機パイロットへの信頼に満ちている。

 

この程度で驚かれては困る。

ミサトが育て上げた少年はこんなものではない。

 

(見せてやりなさい。貴方の力を)

 

訓練を始めてかれこれ1年が経過するが――シンジ少年のシンクロ率は、伸び悩んでいた。

 

無論、初めて乗り込んだ時と比べれば格段に上昇しているが、それでもドイツにいる“天才”と噂のセカンドチルドレンには遥かに及ばないというのがNERV本部の見解だった。

 

その原因がどこにあるかは分からない。

単にエヴァンゲリオンとの相性が悪いのか、もしくはシンジ少年自身が根底で得体の知れない兵器とのシンクロを拒んでいるのか……

 

だが、泣き言を言っていても始まらない。使徒は再び来るのだから。

 

シンクロ率が伸びないのであれば……他のもので補う他ない。

 

真剣にシンジ少年と向き合い、二人三脚で訓練メニューを考え続けてきた葛城ミサトは決断した。

 

徹底的に彼の“反射神経”と“戦法”、そして“ATフィールド”を鍛え抜くことを。

 

まず、反射神経はどんな戦いにおいても重要なことだ。

敵の攻撃を避ける。これ以上に生存率を上げる方法はないだろう。

仮にシンクロ率の問題でエヴァがシンジ少年の反射神経に追いつけないとしても、致命傷を避けることくらいは出来るはず。

 

ミサトはシンジ少年のトレーニングに()()()()()とダンスを追加した。

反射神経を鍛えるには上記の運動が最も適しているからだ。

それに、大人びているとはいえ13歳の少年だ。少しでも楽しみながら鍛えられた方が良いだろうという配慮もあった。

 

元々チェロを習っており、音楽的な素養があったことからダンスのトレーニングを楽しみながら受けていたシンジ少年だが――意外なことに彼はボクシングのトレーニングを気に入った。

 

彼とて男の子だ。ボクサーへのちょっとした憧れはあったし、自分が強くなっていく感覚を気に入っていた。身体の形を綺麗に保つことも出来るし、素晴らしい運動だ。

敵と戦う闘争心を鍛える意味でもこれほど適したトレーニングはない。

 

本人の希望もあり、シンジ少年の訓練はボクシングが中心となった。

時には本物のプロボクサーを呼び、彼への指導を依頼。

また、見ているだけではいけないとミサトもボクサーから指導を受け、元来の凄まじい戦闘センスで技術を習得。

シンジ少年と阿吽の呼吸でミット打ちをするほどまでになった。

 

“何が何でも敵の攻撃は避ける”

“急所を守る”

 

シンジ少年はこの2つを徹底的に、骨の髄まで叩き込まれ、弱冠14歳にして素晴らしい反射神経を手に入れたのである。

 

そして次に、戦法。

碇シンジ少年はたった13歳の少年であり、戦いに関しては、ずぶの素人だ。

だからまず、戦い方を教え込む必要があった。

しかし、使徒がどのような形態で、どのような攻撃手段を用いるのか全く見当がつかない。

 

だから葛城ミサトは彼におおよそ全ての戦い方をトレーニングさせた。

徒手空拳。射撃。剣技。棒術。

当然、1年でその全てを習得できたわけではないし、ほとんどが広く浅くで中途半端に終わってしまったが……今回の敵のように攻撃手段を切り替えながら堅実に戦う術を学んだ。

 

そして最後にATフィールド。

使徒との戦いにエヴァンゲリオンがどうしても必要な理由。

葛城ミサトはその力を軽視していなかった。

既存兵器の殆どを無力化するその防御力。

 

正しい鍛え方など分からない中、それでもミサトとシンジ少年はその力を使いこなそうと試行錯誤を重ねた。

そして、1つの回答にたどり着く。

シールドである。

 

ATフィールドがイメージや意志の強さに左右されることを知ったミサトはシンジ少年に盾の装備を提案。

そして、盾に添わせるような形でATフィールドを展開したところ――その強度が増していることが確認できたのだ。

 

そして、訓練開始から1年後。

 

回避と防御に特化した、堅実にして堅守堅牢。

隙を見せれば速攻カウンターを放つ厄介極まりない、生存に特化した戦士。

シンジ少年はエヴァンゲリオン初号機のパイロットとしてそんな戦闘スタイルを確立していた。

 

光の鞭をシールドで弾き――隙をついて顔面に繰り出された攻撃もまた軽々と躱す。

避けているだけではなく、スピアでコアを狙ってはみるものの、使徒も自分の得意な距離は把握しているのか、スーッと後ろに下がってスピアの間合いを取らせない。

 

お互いに決定打に欠く状況。

じりじりと間合いを測りあう均衡状態が続く中、シンジ少年は仕掛けることを決めた。

 

「……葛城さん。ちょっと誘いを掛けてみます」

『了解。都市迎撃システムが貴方をいつでもサポートしてるわ』

「ありがとうございます。3秒後に仕掛けます」

 

3……

 

    2……

 

        1ッ!

 

カウント後、シンジ少年は盾に隠すようにして持っていたスピアを逆手に持ち替え、投擲の体勢を取った。

 

当然、それを見逃す使徒ではない。

鞭が一瞬で肩に背負うようにして構えられた槍に絡みつき、シンジ少年から武器を奪おうとする。

 

シンジ少年は武器を奪われまいと踏ん張る――ことはせず、寧ろ鞭が絡みついたその瞬間に武器を手放し、シールドを前面に押し出して突進を仕掛けた。

 

「うおおおおおおおッ!」

 

鞭で迎撃するには絡みつけた槍を手放し、さらに振り下ろすという動作が必要になる。

その時間が使徒にとって致命傷となった。

勇猛果敢な突進を仕掛けた初号機は勢いそのままに使徒の懐に飛び込み、その頭部を下からアッパーカットのようにシールドで強打。

堪らず上体をのけぞらせ、コアを晒した使徒に対し、シンジ少年は突進しながら取り出していたプログナイフを構え、腰を捻りながら何度も繰り返した右ストレートのように使徒のコアへ突き立てるッ――!

 

「使徒沈黙。初号機、やりました!」

 

第4の使徒もまた、初号機への被害ゼロにて殲滅されたのであった。

 

 

 

 

 

 

「ど、どう……?」

「うん。美味しいよ!」

「ほ、本当⁉」

「嘘はつかないよ。良く知っているでしょ?」

「うっ……確かにそうね」

 

3週間前。

自作のパンケーキを散々こき下ろされたことを思い出したのか、ミサトは頭を掻いた。

だが、今回のは美味しいと言ってくれた。

形は歪だし、正直言ってシンジ少年が作った方が格段に美味いのだろうが、それでもミサトは嬉しかった。

 

胸に暖かい気持ちが広がっていく。

 

「シンちゃ~ん!」

「うわっと! 急に抱き着かないでよ……」

 

お行儀よくパンケーキを切り分けながら食していたシンジ少年に後ろから抱き着くミサト。

言葉では迷惑そうにしているシンジ少年だが、別段嫌がる素振りもなければ、振り払おうともしておらず、ただ彼女の抱擁を受け入れている。

 

そんなところにまた胸が熱くなりつつ、首元に腕を回しながらミサトは彼の耳元でそっと囁いた。

 

「……ありがとね」

「なにが?」

「全部。ぜーんぶよ」

 

その言葉と纏う雰囲気で彼女の感情を察したシンジ少年は静かに彼女の手に自分の手を重ねながら微笑んだ。

 

「どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

「おーい、シンジ!」

「おはよう、ケンスケ。通学路で会うなんて珍しいね」

「確かに。いっつも登校時間バラバラだからなー。ところでそれ、何聞いてるんだ?」

 

ケンスケに声を掛けられたと同時に耳からイヤホンを外したシンジ少年に尋ねる。

 

「ん? あー、ロッキーのテーマ曲。モチベーション上がるんだよね。ボクシングの」

「ボクシング? 碇、ボクシングやってるのか?」

「あー、ちょっとね」

「ふーん。意外と……似合いそうだな」

 

珍しく口を滑らせたシンジ少年だが、まさかボクシングがエヴァの訓練に結びついているとは想像がつかなかったのか、ケンスケは珍しそうな表情を浮かべるのみだ。

 

「それよりもさ、昨日はありがとうな」

「? 何の話?」

「とぼけるなよ。怪獣退治の話さ」

「……やっぱり何の話だか分からないよ」

「まーたとぼけちゃって。――ただ、本当に感謝してるってことを伝えたかったんだ。マジでありがとうな。戦ってくれて」

「……何の話か分からないけど、どういたしまして」

 

お互いに何があったのか何となく察しつつも、核心には触れないやり取り。

 

シンジ少年が何となく察している通り、ケンスケ(とトウジ)は昨日のエヴァと使徒の戦闘を目撃していた。

こっそり避難所から抜け出してである。

 

そうまでして念願のエヴァンゲリオンと使徒を鑑賞したケンスケの感想だが――

(シンジ少年が知れば激怒するだろうが……)

 

思っていたより地味だった……!

 

それだけシンジ少年が堅実に戦ったということではあるが、派手な爆発もなく、じりじりと間合いを測りあう攻防戦は、普段ボクシングなどみないケンスケにはあまり面白いものには映らなかった。

 

ただ、巨大なビルが軽く切断される様子、一瞬の気も抜けない戦いは確かにトウジとケンスケの目に焼き付いた。

 

そしていざという時、自分たちがあの市街地にいたとしても助けてはもらえない――というよりかは、エヴァと使徒の巨大さのせいで気づいてもらえないことも分かった。

 

今回の戦闘で多少のガッカリ感はありつつもそれなりに満足できたケンスケは、上手く撮影できたデータを大事に保管しながら、暫くは使徒が出現しても大人しくしていることに決めたのだった。

 

ただそれはそれとして、いい加減に友人にはエヴァンゲリオンのパイロットであることは認めて欲しいところである。

 

「なぁー、碇。そろそろ認めたらどうなんだよ~」

 

熱い日差しが眩しい。

だらだらと話しながら歩いていると、すっかり見慣れた第3新東京市立第壱中学校が見えてくる。

今日もトウジは妹の送迎で遅れるのだろうか。

委員長、事情が事情だからあんまり怒らないであげて欲しいな。

綾波も登校できるようになったと聞いたから、教室で会えるのだろう。

 

 

非日常に傾いていた精神が日常へと帰還する。

 

「記憶にございません」

 

シンジ少年はニッコリと笑った。

 

今日も第三新東京市は平和である。

 

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