まごころを、ぼくに   作:赤坂緑語

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アスカ、緊急来日

 

エヴァンゲリオン弐号機のパイロットを務める天才少女、

惣流・アスカ・ラングレーは極めてご機嫌だった。

 

「どうした、アスカ。機嫌良さそうじゃないか」

 

それは、彼女の護衛を務める加持リョウジの目から見ても明らかで。

ここ数か月、初号機パイロットの輝かしい戦績に腹を立てていた様子が嘘のようだ。

 

空輸されている愛機を航空機の窓から眺めていたアスカは意中の人に声を掛けられ、パッと笑顔になってからその腕に纏わりつく。

 

「加持さ~ん! だって、もうすぐ私の晴れ舞台なのよ? ……急に来い、で呼び出されるのは気に食わないけど、初号機が情けない醜態を晒したんじゃあ、仕方ないわよね」

 

もう一度繰り返すが、惣流・アスカ・ラングレーは極めてご機嫌だった。

 

零号機は使い物にならず、初号機は情けなくも敗北し、負傷。

これはどうにもならないと本部がドイツ支部に泣きついたため、緊急で弐号機と共に日本まで飛んでいるのだ。

 

まさに望まれた出陣。

真打登場である。

 

己の力をエヴァンゲリオンで証明したい彼女にとって、これ以上の機会はないだろう。

 

「加持さんもちゃんと見守っていてね!」

「もちろんさ。あっ、そうだ。アスカが要求していた初号機パイロットの戦闘データ、届いたぞ」

「本当⁉」

 

本当さ、とウインクで答えながら加持はアスカにUSBを手渡した。

 

「機密情報だから、取り扱いは慎重にな」

「は~い」

 

無邪気に返事をしながらアスカは手渡されたUSBを眺める。

 

初号機が使徒2体を相手に完封勝利を収めたという情報はドイツ支部にも届いていた。

というよりも、ここ最近はその話題で持ちきりだった。

 

もちろん、アスカにとって面白い状況ではない。

 

どうせ雑魚の使徒だろうと映像資料を要求したが、何故かNERV本部は情報の開示を拒否。

聞けば、以前より本部とドイツ支部の間には確執があり、簡単に情報を開示するのは云々かんぬん……。

 

ようするに、しょうもない大人の小競り合いがあったらしい。

 

当然、さらに腹を立てたアスカだが、自分から見せろと執拗に要求するのは初号機パイロットのことを気にしているみたいで何となく気に食わない。

結局、興味ない素振りをしながら訓練に励んできたアスカだが、ここに来て立場は一気にドイツ支部が上になった。

 

本部側に負い目がある以上、易々と要求を通してくれると踏んだアスカはこれから共闘する仲間のことは知っておくべき……という名目で戦闘データの開示を要求。

 

結果としてあっさりと申請は通り、こうして加持経由で手渡されることとなったわけだ。

 

渡されたデータを意気揚々と航空機内の自室に持ち込んだアスカは、パソコンを立ち上げてUSBを差し込んだ。

 

(サード……ぽっと出のチルドレンが随分と調子に乗ってるみたいじゃない)

 

約1年前に登録されたというサードチルドレン。

アスカは彼のことが気に食わなかった。

無論、面識なんてないし、顔も知らないが、非常に気に食わなかった。

 

まず、その苗字だ。

『碇』。それがNERV本部の最高司令官の苗字であることくらい知っている。

 

世界を救う英雄に、自分の息子を推薦した。

アスカはそういう風に捉えていた。

七光りめ。

出会って情けない奴だったらそう呼んでやろうと企んでいるくらいだ。

 

後は、訓練期間が1年というのも気に食わなかった。

その年月がどうだというのだ。

アスカが過ごしてきた血の滲むような年月の、何分の一だと思っているのか。

 

だというのに――初号機のパイロットは上手くやっている。

 

使徒2体を相手に完封勝利。

聞けば、被弾すらなかったという。

 

アスカは悔しかった。

 

自分がその場に居れば。

自分のところへ使徒が来てくれれば!

その名声は自分のものだったというのに……!

もっと上手くやれる自信があるのに!

 

だが、今日で苦汁の日々は終わりだ。

主役に抜擢されたのは自分。

序盤活躍したサードチルドレンは脇役へ降格。

弐号機の踏み台となるのだ。

 

(よく言うわよね。ヒーローは遅れてやってくるって)

 

猛獣のように笑う紅蓮の少女。

 

「さて、七光りのサード君はどんな子なのかな~?」

 

アスカは手慣れた様子でパソコンを弄りながら初号機パイロットのデータを開く。

パッと画面に映し出されたのは、随分と見た目麗しい、線の細い少年だった。

 

「えっ、これがサード?」

 

意外だった。

妄想力豊かなアスカは厭味ったらしい顔で嗤う、七三わけのお坊ちゃんを想像していたのだが、予想と全然違う顔立ちだ。

 

カメラを真っすぐに見据えて微笑む表情は愛嬌があり、顔立ちは完璧に整っていて、短い髪型も相まって非常に清潔感がある。

 

なんか、普通に爽やかな美少年であった。

アスカをして、まぁ、悪くないわねと思うくらいには。

 

だが――

 

(顔が何だっていうのよ。大事なのは、コイツの実力でしょ?)

 

すぐに写真を閉じたアスカはファイルの中を漁り、次に彼のシンクロ率を記したデータを見つけた。

クリックして開こうとしたアスカの指が止まる。

 

「……」

 

もしも。

多分あり得ないが、もしも。

サードのシンクロ率が、自分を上回っていたとしたら?

 

それはとても恐ろしいことのように思えた。

 

アスカがここまで到達するまで、どれほどの努力を重ねてきたと思っているのか。

だが、確認しないという選択肢はなかった。

 

彼女は立ち向かうことだけが勇気と勘違いしていたから。

 

「えっ――」

 

 

意を決してページを開いたアスカは驚愕した。

 

 

「低っ」

 

 

そのシンクロ率のあまりの低さに。

マウントを取り、嘲笑うという目的も忘れてパソコンの画面を睨みつける。

何かの間違いかと思って目をこすってみたり、前のページと行ったり来たりしてみるが

表示されている数字に変化はない。

 

しかもシンクロ率に安定性がなく、酷い日なんてアスカの半分程度の数字しかない。

あと、コメントもふざけていた。

 

『今日はエヴァンゲリオンが馴れ馴れしい気がしました。気持ち悪かったのでシンクロが上手くいきませんでした。常識がない人は嫌いです』

 

なんじゃそりゃ。

アスカは頭が痛くなってきた。

もうダメだ。シンクロ率がアスカに及ぶまでもないということを確認できただけでも良しとしよう。

 

一旦、クソみたいなコメントを忘れることにしたアスカはそのページを閉じ、彼女が本当にみたいデータを探していく。

どうでもいいコメントを読み流しながらデータを探すこと暫く。

 

「……見つけた」

 

小さく呟くアスカの口元には意地の悪い笑みが浮かんでいる。

画面に映っているのは本命である使徒との戦闘を記録した映像データだ。

 

さてはて、どうやってサードチルドレンをこき下ろしてやろうかと難癖付ける前提で再生ボタンを押す。

 

 

第3使徒:サキエル

 

 

15年ぶりに出現した使徒に対し、NERV本部及び初号機は冷静だった。

N2地雷によって疲弊した隙を逃さず奇襲を仕掛け、堅実な立ち回りと無駄のない動きで使徒を完璧に制圧。

1発の被弾もなくコアを貫いて殲滅した。

 

 

「…………」

 

 

第4使徒:シャムシエル

 

 

前回の使徒から3週間後。

突如出現した使徒に対し、やはり初号機は冷静だった。

出撃直後に奇襲を受けるも、華麗に回避。

その後はシールドとスピアを駆使し、堅実そのものの立ち回りで使徒と戦い、

最後には機転を利かせた特攻で止めを刺した。

無駄なんて一つもない、合理性の塊のような戦闘だった。

 

「…………」

 

あっという間に視聴を終了したアスカは――もう一度、最初の使徒戦から再生ボタンを押した。

 

画面を睨みつけながらその映像を脳に焼き付ける。

じーっと見ているうちに、またあっという間に2つの戦闘映像を見終わった。

 

備え付けの冷蔵庫からジュースを取り出し、チビチビと飲みながらもう一度再生する。

あっという間に見終わる。

 

自身のリュックの中から紙とペンを取り出し、何となく思ったことを書き連ねながらもう一度映像を見る。

あっという間に見終わった。

 

最後に、腕を組みながらいい加減に脳みそが覚えた映像を再生する。

 

やはり、あっという間に見終わった。

 

(……………………まぁ、あれね)

 

 

頭の中を整理するために、一息。

頭の中を覗き見る奴なんているはずないのだが、何となく周りを見渡してから、深呼吸。

 

(…………意外と、やるじゃない)

 

そして、()()()()()()()()()()()()()()

あの、アスカが。

 

無論、理由はある。

 

ケンスケも思った通り、間違いなく絵面は地味だ。

派手な爆発などなければ、基本的に相手の背後を取り、じりじりと間合いを測る戦い方で、見る人によっては「自分でもできるのでは?」と勘違いさせてしまうほどに、退屈な戦闘だ。

 

だが、アスカは同じエヴァンゲリオンのパイロットだからこそ分かった。

初号機のパイロットは責任感を持って“()()()()()()”を真剣にやっている、と。

 

特に彼女が評価したのは第二戦目の使徒戦だ。

 

一方的に使徒に光の鞭で攻撃されており、防御一辺倒に見えるが、その防御技術が凄まじい。

盾で防ぐ、鋭い攻撃を紙一重で躱す、槍で突く。

どれも簡単にやっているように見えるが、あれほどデカい図体のエヴァンゲリオンで、ミスなく実行することにどれほどの努力と技量が必要か。

 

さらに彼のシンクロ率はアスカよりも遥かに低いのだから、エヴァの動きは想定以上に鈍いはずだ。それでいてこの動き。

 

「……ま、エヴァのパイロットってことぐらいは認めてやってもいいわね」

 

自身が血の滲むような努力をしてきたが故に、アスカは素直に評価した。

初号機パイロットの努力と、エヴァの遅延も考慮した上で敵の攻撃を躱すという、その凄まじい反射神経を。

 

(だけど、絵面がちょっと地味ねぇ~)

 

――が、そこは豪華絢爛、電光石火を地で行くアスカ。

 

華麗に舞い、派手に勝つ。

それが信条であるからこそして、彼の戦い方は彼女にとって退屈そのものだった。

 

(私だったら、ほんの数秒で華麗にのしていたんだから)

 

それは過大評価でも何でもなく、ただの事実だ。

惣流・アスカ・ラングレーであればもっと華麗に、もっと派手に勝っていた。

 

自身がシンクロ率、操作練度の両方で勝っていることを確信したアスカは満足そうな表情でパソコンを閉じた。

 

「待ってなさいよ、サード。あたしが華麗な戦いってのを魅せてやるわ」

 

不敵な笑みを浮かべるセカンドチルドレン。

 

運命に導かれた2人の邂逅が迫っていた。

 

 

 

 

NERV本部から映像通信の連絡を受けたのは、初号機パイロットの戦闘データを眺め始めて十分ほど経過した時だった。

使徒戦に向けたブリーフィングが五分後に開始されると聞いたアスカは即座にプラグスーツに着替え、通信用の部屋まで赴く。

 

定刻通りに通信が始まり、映し出された画面の向こうにはアスカをして美人と認める懐かしい顔。

アスカは勝気な笑みを浮かべた。

 

「Hello~、ミサト。元気してた?」

『久しぶりね、アスカ。あなたが来てくれるっていうから、ようやく元気が戻って来たわ。急な呼び出しで迷惑掛けたわね』

 

葛城ミサトは朗らかな笑みを浮かべながら急に呼び出すことになったアスカに謝罪した。

 

「他のエヴァが使い物にならないんじゃ仕方ないわよ。週末の予定全部キャンセルしてきたんだから、感謝してよね」

『えぇ。ドイツ支部と貴女には使徒戦後、何らかの形で感謝を示したいと思っているわ』

「期待してるわよ」

 

通信モニター越しではあるが、久々の再会に会話を弾ませる2人。

だが、生憎と再会を祝っている時間はない。

アイスブレイクもそこそこに、葛城ミサトは雰囲気を切り替えた。

 

『では、ブリーフィングを開始します』

 

通信越しでも伝わるミサトの威圧感と冷たい声。

 

(あれ、ミサトってこんなに怖い人だったっけ……?)

 

疑問に思いながらも自然と姿勢を正し、真剣な表情でアスカが耳を傾ける。

 

『まずは、この映像を見て』

 

画面に映し出されているのは美しい宝石のようなビジュアルをした巨大な物体。

だが、見た目に騙されてはいけない。

圧倒的な防御力で既存兵器をシャットアウトし、さらに有無を言わせない火力で人類を蹂躙するその姿。

 

(サードが戦ったどの使徒とも違う……厄介そうな敵ね)

 

既に使徒との戦闘を映像で確認していたアスカは鋭い目で今回の敵を睨みつける。

弐号機パイロットの戦意溢れる瞳を確認したミサトは説明を開始した。

 

『目標は、一定距離内の外敵を自動排除するものと推測。送った映像データの通り、エリア内に侵入した外敵を荷粒子砲で狙い撃ち。さらにATフィールドは相転移空間を肉眼で確認できるほど強力な為、接近戦は困難を極めるわ』

「……」

 

業腹だが、ミサトの言う通り、アスカが最も得意とする接近戦を簡単にやらせてくれる相手には見えなかった。

 

『そこで、今回は戦略自衛隊が開発していた陽電子砲と日本全国の電力を徴用。改造陽電子砲(ポジトロンスナイパーライフル)を用いて、目標の感知射程外から超長距離狙撃を実施します』

「日本全国の電力を徴用? それってつまり、日本中から電気を奪うってこと?」

『そうよ。一時的に全国を停電に陥れることになるわ』

「……また無茶な作戦考えたわねぇ」

『それだけ強力な敵ということよ』

 

ミサトは作戦の説明を続ける。

 

『作戦は明朝零時より発動。なお、本作戦を“ヤシマ作戦”と呼称します。以後、そのつもりで』

「了解」

『詳細な資料を今、データで送らせてもらったわ。資料にも記載がある通り、弐号機には砲手を担当してもらいます。本作戦においてはより精度の高いオペレーションが必要となる為、シンクロ率、操縦練度ともに高レベルな貴女の力が必要なの』

「了解。任せておきなさい」

 

精度の高いオペレーション。シンクロ率、操縦練度――高レベル。

(彼女指標で)百点満点の選出に、内心テンションが上がりまくるアスカ。

これまでの必死の努力が認められたようで、この上ない多幸感に包まれる。

アスカは今、幸せだった。

 

彼女の中でミサトの評価が急上昇しているが、説明に集中している本人は気づかぬまま手元の資料を読み上げる。

 

『そうだ、技術部から貴女にコメントがあるわ。えぇーと……陽電子は地球の磁場、重力の影響を受けて直進しません。その誤差の修正を忘れず、コア一点のみを貫くこと……とのことよ。詳細は資料に記載してあるわ』

「……」

『アスカ?』

 

ちゃんと聞いているのか。

画面の向こうではアスカが右手を動かして何やら画面をスクロールしている。

恐らくミサトが送った資料を読み込んでいるのだろう。

数秒後、アスカは軽く頷いた。

 

「うん。()()()()()。この程度ならマニュアル化する必要なかったのに」

『えっ――』

 

理解した? まぁ、細かいことは分からないだろうけど念のためにと提出した、複雑極まりないあの計算式をこの短時間で理解した?

 

ミサトは驚愕した後、思い出した。

この少女は単なるエヴァンゲリオンのパイロットではなく、14歳という若さで大学を卒業した真の天才であるということを。

 

本当は(諸々のリスクを考えて)シンジ少年に狙撃手を担当させたかったミサトだが、これは納得せざるを得なかった。

惣流・アスカ・ラングレー。

彼女は間違いなく、本作戦の狙撃手に相応しい人材だ。

 

『この短時間で理解するとは……流石ね。恐れ入ったわ』

「褒めても何も出ないわよ」

『あなたは成果を出すでしょ』

「……ミサト、人を褒めるのが上手くなったわね」

『貴女もね』

 

ニッコリと笑う葛城ミサト。

アスカはちょっとした気恥ずかしさを感じつつも、決して悪い気はしなかった。

 

「……ちなみに、敵が反撃してきたときは?」

 

数多の航空機と固定砲台を沈め、さらにATフィールドを展開した初号機をも中破に追い込んだ荷粒子砲の威力を目にしたアスカが問う。

 

ビビっていると思われては癪なので、何とも思ってない感じを装って。

 

『初号機とそのパイロットが貴女を守ってくれるわ』

 

ミサトの答えは簡潔だった。

巨大な盾を装備した初号機の写真が画面に映し出される。

 

「えー、頼りになるの? 使徒にやられて倒れてたんでしょ?」

 

嘲笑うようなアスカの口調。

 

愛しい少年を馬鹿にされたと感じた葛城ミサトの顔が歪む。

しかし電波の関係で通信画像が粗かったお陰か、アスカが気づくことはなかった。

 

『……初号機パイロットは優れた防御技術を持っているわ。シンクロ率は貴女に及ぶまでもないけど、これまで使徒を倒してきた実績もある。心配する必要はないと思うわ』

「ふーん。ま、映像見たけど確かに防御は得意そうね」

 

ミサトは驚いた。

こと、エヴァンゲリオンに関することでアスカが人を認めるような発言をしたことが意外だったからだ。

それだけ使徒との戦いが印象的だったのかもしれない。

シンジ少年が認められて嬉しいような、何となく気に食わないような。

 

複雑な心情を冷徹な指揮官としての仮面で抑えつけながらミサトはアスカに念を押す。

 

『えぇ。守りは彼に任せていいから、貴女は敵を一撃で仕留めることだけに集中して』

「はいはい……にしてもミサト、随分と初号機パイロットのこと気に入っているのね?」

 

ヘッドセットを弄りながら――あくまでも自然体を装いながら放たれたアスカの鋭い指摘。

 

そういえば、とミサトは思い出す。

報告書でも読んだが、彼女は異常なまでに他人と自分を比較する傾向があった。

 

自分より他人が評価されているのが許せない。

自分より他人が優先されるのが許せない。

自分より他人を見ているのが許せない。

……自分が見てもらえていないのが許せない。

 

無意識のうちにシンジ少年を庇いすぎたのだろう。

アスカはそれが気に食わないに違いない。

 

『貴女が命を預ける相手なんだから、少しでも情報量は多い方がいいかと思ったのよ。不安ならパイロットと直接話してみる? 今はポジトロンライフルの整備でリツコにこき使われているから、通信繋がるかどうか分からないけど……』

 

弐号機の到着がギリギリになることから初号機だけで準備を進めることになり、あれやこれやと指示されてはあくせく働いていた彼のことを思う。

シンジ少年が器用だからと、ポジトロンライフルの輸送のみならず、配線整備やら、トラックの移動やらと何から何までやらされていたのは気の毒だったが、不機嫌な赤木リツコの鬼気迫った表情を前にミサトは何もできなかった。

 

心の中で合掌。

使徒戦までにシンジ少年が過労死していないことを祈るのみだ。

 

「いえ、別にいいわ。話したところでどうこうなるもんでもないしね」

『分かったわ。……弐号機が予定通りに到着すれば、少しは話す時間があるかもしれないから、その時に話してみて』

「気が向いたらね」

 

素っ気なく答えるアスカ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。現地で会いましょう』

 

 

 

 

 

「月が綺麗だ」

 

誰に言うでもなく、一人呟くシンジ少年。

 

今宵は満月。

 

初号機と共に使徒戦の準備で酷使されたシンジ少年はエントリープラグを降り、優雅に月光を浴びながら休息を取っていた。

 

こんなことを言ってしまったのも、あまりに疲れていたからに違いない。

幾ら手先が器用とはいえ、シンクロ率が低い彼にとってエヴァでの細かい作業は苦行だった。

 

「……綾波、大丈夫かな」

 

何故か、こうして月を眺めていると彼女のことが浮かんでくる。

忙しくしていたせいで考える間もなかったが、やはり気になってしまう。

 

エヴァンゲリオンが全てと言っていた彼女。

どこか、他人には思えない彼女。

先輩で、友達で、家族かもしれない彼女。

 

もし、仮にシンジ少年の言葉で変に動揺してシンクロに失敗したのだとしたら――

 

(いや、ダメだ。今は止めよう。集中しなくちゃ)

 

マイナス思考に陥りそうになるところを慌てて止める。

彼は葛城ミサトに言われたことを深く反省していた。

 

そうだ。これは彼の為だけの戦いではない。

油断して彼が負けたとして、その失敗は後ろまで――彼が守るべき人々まで波及することになるのだ。

 

それだけは避けなくてはならない。

 

(綾波のことはこの戦いが終わってから考えよう。今は、集中だ)

 

優先順位を間違ってはいけない。

 

(そういえば、新しいエヴァとパイロットの人が来るんだったっけ)

 

戦いのことに集中するため、この後の段取りを頭の中で思い返していたシンジ少年は狙撃手を担当する新たな仲間の存在を思い出した。

 

(確か、小さい頃から訓練していて、めっちゃシンクロ率高くて、天才だとか何とか)

 

作業をしながら赤木リツコに教えてもらった情報を思い返す。

名前は確か…アスカ? だったか。

 

(あぁ、あと美人だって言ってたな。前から思っていたことではあるんだけどやっぱり――

エヴァのパイロットって顔採用なんだな

 

断じてそんなことはない。

そんなことはないが、現状世界に3人しかいないパイロット全員が美形となれば、そういうことを考えてしまうのも仕方がないこと……なのかもしれない。

 

機嫌が悪い彼女からそれ以上の情報を聞き出すのは憚れたので、頭の中に残っている情報はそれくらいだ。

 

(どんな人なのかな……っと、ダメだ。人のことばかり考えている場合じゃないな。自分のことに集中しないと)

 

チラリと初号機に目を向ければ、普段装備しているものよりも遥かに巨大な盾が見える。

シンクロ率、操縦練度共にセカンドチルドレンに劣るシンジ少年の役割は単純で、防御だ。

 

何事もなければただの幸運の置物。

だが狙撃手が失敗すれば最後、死ぬ気で動けない狙撃手とポジトロンライフルを守らなければならない危険な役割だ。

 

ミサトが非常に苦々しい表情をしていたが、シンジ少年からすればこっちの方が性に合っていた。

 

狙撃の成績がそこまで良くない上に、日本中の電気を預かるという、尋常ではないプレッシャーが掛かる狙撃手など冗談ではない。

だったら、やりなれた防御役の方がいい。

そんな感じだった。

 

――と、そんな風に戦いのことを考えていると、後方より巨大な風切り音が聞こえてきた。

 

振り向くと、数台の航空機によって吊るされながら輸送されてきたエヴァンゲリオン弐号機の姿があった。

時間を確認するが、なかなかギリギリの到着だ。

 

ほぼ一日前に移動を開始して遥々ドイツから来てくれたというのだから、これでも早い方なのかもしれない。

 

(へぇ~、弐号機って赤いんだ)

 

忙しくしていたため、弐号機の情報を何も知らされていなかったシンジ少年は立ち上がり、初号機の隣に降ろされていく様子を見守る。

 

(なんで眼が4つあるんだろ? なんか、追加機能とかあったりするのかな?)

 

弐号機という名前からしてシンジ少年が搭乗する初号機の後継機であることは間違いないのだから、何か追加機能があっても不思議ではない。

 

そんなことを考えながらボーッとしていると、弐号機のエントリープラグが開く音がした。

 

カンッ、と何者かが降り立った音。

颯爽と迷いのない足音が近づいてくる。

 

そして、エヴァの影から現れた彼女。

 

月光の下、エヴァンゲリオンと共に2人は出会った。

 

 

 

 

「初号機パイロットの碇シンジね。私、惣流・アスカ・ラングレー。よろしく」

 

最初の印象は、“赤”だった。

それは弐号機と同じく真っ赤なプラグスーツが目立っていたのもあるが、それ以上に彼女が身に纏うオーラのようなものが、シンジ少年には赤色に見えたのだ。

 

夜風で赤みを帯びた金髪が艶やかに靡く。

和洋折衷の美しい顔には自信に満ちた表情が浮かび、赤と相反する蒼の瞳がギラギラと輝きを放っている。

 

夜の闇を引き裂くように君臨する、眩いばかりの存在感。

 

これまで出会ったことがない、鮮烈な印象を与える絶世の美少女であった。

 

「うん。僕が碇シンジだよ。よろしくね、惣流・アスカ・ラングレーさん」

 

見惚れていたことを悟られぬほどスムーズにハキハキと返答するシンジ少年。

日本生まれのシンジ少年にとって彼女の名前は些か長かったが、驚くほどすんなりと脳にその名前が刻まれた。

 

 

 

(これが……初号機パイロット)

 

一方のアスカもまた、(彼女は絶対に認めたがらないだろうが)少し見惚れていた。

 

顔写真を見て整った顔をしているなとは思っていたが、実物は想像以上だった。

 

横顔はどこか儚く物憂げで、月光も相まって神々しい印象さえある。

 

だが実際に正面から向き合えば、彼が健全な生命力に満ちた少年であることが分かる。

キラキラと輝く瞳は眩しくて、美しい声は通りが良く、ハキハキと話すお陰で日本語も聞き取りやすい。

 

儚い印象に反して生命力があり、

繊細に見えて図太そう。

 

見た目に反するギャップを多く抱えた少年。

それが碇シンジだった。

 

「ふん……時間がないから端的に聞くけど、役割は分かってるわよね?」

 

僅かでも見惚れていた自分に無意識のうちに腹を立てたアスカは、誤魔化すように高圧的な態度で尋ねる。

察しの良いシンジ少年はすぐに彼女の質問の意図を悟り、頷いた。

 

「うん。僕が防御で、君が攻撃でしょ」

「そう。せいぜい、私の邪魔はしないでね」

 

挑発するアスカ。

これは彼女なりの宣戦布告であった。

エヴァンゲリオンのパイロットとして負けるつもりはないという、彼女なりの。

 

一方、いきなりジャブを打たれたシンジ少年はというと、普通に困惑していた。

彼からすれば、同じパイロット同士で仲良くするのが普通だと思っていたからだ。

綾波レイと良好な関係を築いている影響もあった。

 

(まぁ、海外ドラマとかでよくある、皮肉の応酬みたいなもんかな?)

 

勝手に文化の違いと解釈したシンジ少年は、

 

「もちろん。今回は幸運の置物に徹するよ」

 

ジョークを交えてそんな回答をした。

 

挑発を軽くいなされたアスカはムッと顔を顰める。

言い返せば口喧嘩になる以上、シンジ少年の回答が一番正しいのだが、なかなか理不尽な少女である。

 

(あれ、回答滑った……?)

 

一方、出会って早々不機嫌そうな彼女に焦るシンジ少年だが、悠長に会話を楽しんでいる余裕はなかった。

プラグスーツに埋め込まれている簡易時計がピーピーと音を鳴らす。

タップしてその音を止めたシンジ少年は顔を上げて告げた。

 

「時間だね」

 

先程までの穏やかな顔つきから一変。

彼は鋭い目つきに――戦う者の眼になった。

 

その急激な変化に戸惑いつつ、アスカもまた覚悟を決めた。

 

いよいよ始まるのだ。

彼女の人生を掛けた――自己証明の戦いが。

 

「惣流さん!」

「……なによ」

 

気分が向上したのを良いことに、勢いのままエントリープラグに向かおうとしたアスカを呼び止める声。

不機嫌そうに振り返るアスカ。

 

シンジ少年は時間がないながら、少しでも不和を解決しておこうと口を開いた。

何となくだが、こういう作戦でパイロット同士がいがみ合っているのはまずい気がしたので。

 

「同じエヴァのパイロットとして色々聞いてみたいこともあるしさ、戦いが終わったら話そうよ」

「……気が向いたらね」

 

素っ気なく答える彼女。

シンジは笑って言った。

 

()()()()()()()()()()()()

「アンタ、それ……まぁ、いいわ。せいぜい祈ってなさい」

 

ひらひらと手を振りながら適当にあしらうアスカ。

明らかに邪魔者を追い払う時の仕草だが、ポジティブなシンジ少年は笑顔で手を振り、

 

「じゃあ、また後で!」

 

そう言って初号機に乗り込むべく、エントリープラグの入口へと向かった。

 

「……なんか、変わった子だったわね」

 

とにかく、挑発しても手応えがないというか。

だが、噛みついてきてもそれはそれでムカついたというか。

釈然としない思いはあるが、何にせよ戦いの時はすぐそばまで迫っている。

 

弐号機へ乗り込むべく、歩き出したアスカはふと、空輸されている最中にエントリープラグ内から見た光景を思い出した。

 

初号機の隣に座り、ボーッと月を眺めていた少年の姿を。

まだ少しだけ時間はある。

何となく気になったアスカは振り返り、空を見上げた。

 

(月が綺麗ね……)

 

あの少年が見上げていたのも良く分かる。

 

暫く月光を浴びていたアスカだが、すぐに気を引き締めると月に背を向けた。

 

彼女はここへ月光浴をするために来たわけではない。

己の価値を証明する為にやって来たのだ。

 

 

「……行くわよ、アスカ」

 

一人、呪文のように呟き、今度こそエントリープラグに乗り込んだ。

 

 

ヤシマ作戦が、始まる。

 




  予告

遂に始まったヤシマ作戦。
急遽駆けつけた弐号機とそのパイロット、惣流・アスカ・ラングレーと共に
決戦に臨む初号機と碇シンジ。
順調に作戦が進む中、思いも寄らぬ事態が2人を待ち受けていた。
決断を迫られる葛城ミサト。
そして、碇シンジは――


  次回
決戦、第3新東京市

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