アインクラッドは百の階層に分けられているが、実は一層ごとに異なるテーマがある。第一層はあえて言うならアインクラッドという世界そのもの、第二層は牧場といったところか。
では、キリトたちが歩いている第三層のテーマはというと…、シンプルに森ということになるだろう。
「……ねえキリト君、ちょっといい?」
「なんだ?」
「今って主街区に向かってるわけじゃないのよね?」
「そうだな、ちょっと用事があって…」
眉をひそめた彼女はキリトに質問をする。心なしか苛立っている様子だ。
フロアボスと戦ったばかりなので、もう疲れるようなことをしたくないのだろう。
「フロアボスとの戦いでものすごく疲れてるのに、まだ何かあるの?」
「主街区に行く前に受けておきたいクエストがあるんだ。それが終わったらすぐに街に向かうよ」
キリトはそう言いながら歩き続ける。ドルモンは首を傾げながら何を探しているのか彼に聞いてみた。
「キリトは何を探してるんだ?道具?それとも人?」
「物音だ。……話は変わるけど、アスナは耳に自信あるか?」
「え、いきなりどうしたの?キリト君って耳フェチ!?」
アスナは彼がいきなり性癖の話をしてきたのかと思って耳を手で覆い隠す。
あらぬ誤解を受けたキリトは慌てて訂正する。
「ち、違う違う!ここで言う耳は聴力の事だよ!!性癖の話じゃなくってだなぁ…!」
「もう、ややこしいこと言って…。それなら、聴力は関係ないんじゃない?だって、今のわたしたちはナーヴギアから音を直接脳に情報として送られているんだから!」
「……それもそうだな。でもそのポーズはどうかと思うぞ俺は!」
キリトは耳に手を当てて音を拾おうとしているアスナに苦笑いをした。暫定相棒に呆れられていると気づいた彼女はコホンと咳払いで誤魔化してから続きを促す。
「そ、それでどんな音なの?落ち葉が落ちる音とか言われても無理よ?」
「ああ、それは大丈夫。そういう自然音じゃなくて金属音…具体的には剣同士がぶつかる音だから、注意して聞けばわかるよ」
「あ、さっきから聞こえてくるキンキンした音って武器がぶつかる音かぁ!ちょっとうるさいなとは思ってたんだよね…」
ドルモンがそんなことを言うので、キリトは音のする方向を聞いてみた。どうやら、耳が結構いいらしい。
「ドルモン、どっちの方向かわかるか?」
「えっと、あっち!」
ドルモンの指さす方向に進んだキリトたちは、二人の騎士が切り結ぶ光景に出くわす。白い男の騎士と、黒い女騎士が戦っていた。
アスナは戦ってる騎士たちの耳が長いことに気づき、思わず声を出しそうになった。……ようするに、エルフ耳というやつである。
「あ、あれってエルフよね?本当にプレイヤーじゃなくてNPCなの!?特殊メイクしたハリウッドスターみたい…!」
「より正確にはモンスターだぜあいつら。…ほら、連中の頭上見てみろよ」
「あ、クエストマークだ!……なんか二つもついてるけどどういうこと?」
キリトはニヤリと笑いながら説明する。
「彼らがくれるクエは今までの単発じゃなくって、層をまたいで発生する大型キャンペーンクエストなんだ。…なんと、終了するのは九層だぞ!」
「……それってなかなか終わらないヤツじゃ…」
「それだけじゃないぜドルモン。途中でミスっても受け直しはできないし、一度始まったら対立ルートには進めなくなる!ノンストップで続けることになるわけだ」
「……た、対立ルートぉ…?」
「そ、どっちかを手助けして選ばなかった方と戦うんだ。…
アスナは呆れた顔をする。選ぶまでもなかったからだ。
「……じゃあキリト君が選んだほう、黒いエルフのお姉さんにするわ。男に味方して女の人に剣を向けるのも気が引けるし…」
「わかった。………アレ、俺ベータの時に選んだ方言ってないよな…?なんでわかったんだ?」
「だってキリト君があの真っ白い騎士に味方する理由が一つもないもの。どうせ
「……ハイ。でも黒かったからだよ、お姉さんだったからじゃないよ」
キリトが言い訳をしているが、アスナは苦笑しながらそれを流した。
「じゃ、これから黒騎士に味方して白騎士を倒す…でいいんだな?」
「ああ…でも、その前にすごく大切なことを伝えなくちゃいけない。いいか二人とも、これから戦う《フォレストエルブン・ハロウドナイト》と味方する《ダークエルブン・ロイヤルガード》は本来七層で戦うエリートクラスの敵だ。…今の俺たちじゃ装備もレベルも足りていない」
「え、ええぇ!?それって勝てないってこと!?」
「大丈夫大丈夫、俺たちのHPが半分減ったら加勢した方が奥の手を使って倒してくれるんだ。だからガード専念で攻撃しない方がいい」
アスナは奥の手という単語に不穏な雰囲気を感じたのか、眉にしわを寄せる。
「……具体的には、何をするの?」
「………自爆攻撃で、相打ち」
「…………!!……そんなのいやよ」
「そりゃ気持ちはわかるよ。でも、本を何度読み直しても内容が変わらないように筋書きは決まってる。どうあがいても彼らはここで死んで、エルフクエストはプロローグを紡ぐんだ」
キリトの言葉を聞いたアスナはしばらく考えていたが、決意を固めた目でパートナーを見つめた。
「……そんな筋書きは認められないわ、リテイクよリテイク!」
「…へ?」
二人の騎士は第三者の少女に気づくと、警告ともとれるセリフを発した。
「人族がこの森で何をしている!」
「邪魔立ては無用だ、巻き込まれる前に去れ!」
もちろん、ここで去ってしまえばクエストは受けられない。キリトは最後の説明をする。
「ここで白い方に剣を向ければ
「やるわよ。……別に恨みとかないけど、あなたを倒させてもらうわね」
アスナに剣を向けられた
「愚かな、
「ふ、道理のわかる人族もいるということだ…!…我が方より奪い去りし《
「……よかろう、ならば
ハロウドナイトのカーソルが、赤を通り越して真っ黒に近いダーククリムゾンに染まる。今までそんな色を見たことがないアスナは一瞬息を吞むが、負けじと叫んだ。
「消えるのはそっちよDV男!わたしたちは、絶対に負けないんだから!!」
(……コレ、DVで合ってるかなぁ…)
キリトの疑問をよそに、アスナはやる気充分のようだ。こうなってしまえばもはや勝つつもりでやらないと彼女に怒られてしまうと、少年は腹を括る。
「キリト、来るぞ!」
「おう、こうなったら一か八かだ!!」
キリトたちとハロウドナイトの戦いは二十分も続いた。エリートクラスの騎士が味方についているとはいえど敵も同じエリートMOBだ。
だが、
「ば、バカな…!?人族に、ここまでしてやられるとは……」
「か、勝った……のか?」
キリトも驚きを隠せなかった。まさか、七層クラスのエリートクラスであるハロウドナイトを倒せるなどとは思ってなかったのだ。
何度かみんなのHPを確認したものの、ギリギリ半分以上残っている。
ドルモンは倒した白騎士に悪態をついた。
「うっへー、死ぬかと思った…。なんなんだよアイツ、やたら硬いし攻撃痛いし速いしもう二度と戦いたくないね!!」
「いや、まったくだ。ここからどうなるんだろうな、こんなルート多分アルゴも知らないだろ…」
消えゆく
「……実に、無念だ…」
彼は、最後の力を振り絞って包みを空に高く掲げる。
「貴様、なにを…!?」
「……まさか、キサマに
彼女は包みを奪い取ろうとするが、上空から大きな影が飛来して彼らを遮った。
真紅の翼を持った巨鳥が、包みをハロウドナイトから奪い取ったのだ。エリートガードの視線が上に向くと、そこには人影があった。
「キエエエエエッ!!」
「まったく、どうして騎士という連中はこうも気位が高いんでしょうねェ」
木の上に、
「アイツは、《
「気を付けろキリト!あ、あいつが連れてるデカい鳥…今まで出会ったデジモンで一番強い…!」
鷹使いの近くの枝に止まる大鷹《アクィラモン》の鋭い眼光が、キリトたちを見据えている。
「……ですがまぁ好都合です、よくやりましたアクィラモン。おかげで
「……赤い、巨鳥…。……貴様が、《鷹使い》ッ…!!」
(なんだ今の…あいつが出てきた瞬間、彼女の気配で悪寒が走ったぞ!NPCが殺気を放つなんてあるのか!?)
鷹使いの後方から、複数の
「……はて、どこかでお会いしました?敵といえどここまでの美人、忘れることはなさそうですが…。……ああ、いや。そういえば前に、《
騎士は鷹使いを斬り伏せようとするが、ひょいと軽く避けた鷹使いは三日月のような笑みでアスナに接近する。
「すいません、
「……ッ!!」
アスナは遠ざかろうとするが、アクィラモンのかぎ爪が彼女を掴み取る。
「しまっ……!!」
無防備な彼女に、鷹使いの凶刃が迫る。
その時、一陣の風が吹いた。漆黒の風はアクィラモンを切り裂き、その背中に
「……ずいぶん遅いじゃないか。では、ヤツを仕留めるのは任せるぞ
「ありがとう、
突然乱入してきた《
「とうとう見つけたぞ、我が妻の仇《鷹使い》ッ!!ぶっ殺すッ!!」
アスナは突然始まった狼使いと鷹使いの戦いに困惑する。
「な、なにが起きてるの…!?」
「知らん!だが、確実に言えるのは、俺たちは《彼らの戦い》に盛大に巻き込まれたってことだ!!気合入れろアスナ、ドルモンッ!」
<キリトメモ>
《アクィラモン》
エリートクラスの《鷹使い》が使役する巨大な鳥型デジモン。とてつもない速さで戦場の空を駆け、敵を頭に生えた角で串刺しにする。
この深紅の巨鳥は《鷹使い》に忠実であり、自身が拘束した敵を《鷹使い》がトドメを刺すという連携も容易くこなす。
必殺技は上空からの突進《グライドホーン》、リング状の光線を放つ《ブラストレーザー》。