野営地までの道のりは快適なものだった。ベータテストの時、キリトと仲間たちは半分迷子の状態で森をふらついていたが、今回は
道中で出くわす敵は立ちふさがった瞬間彼女が斬り捨ててくれたのでとても助かった。
「移動を始めてから十五分しか経ってないのに、もうついちゃったのか…」
野営地の前でぼそりと呟くキリトに、アスナは怪訝な顔をする。
「はやく着く分にはいいんじゃない?少なくとも迷子になって彷徨うよりはマシよ」
「……そうだな」
キリトたちは
「では、これからも力を貸してほしい。………そういえば、まだ名も聞いていなかったか」
「俺はキリト、こいつはドルモンだ」
「わたしはアスナ」
「……うむ、キリトと、アスナ、ドルモン…で大丈夫か?ドルモンはともかく、人族の名は発音が難しいな…」
「(…今のは、発音調整シークエンスか?)ああ、大丈夫だ」
彼女はきりっと表情を引き締めると、自身も自己紹介を返す。
「私はキズメル、リュースラ王国近衛騎士団が一つ《エンジュ騎士団》の末席に名を連ねる者だ。以後、よろしく頼む」
キリトたちは思わず頭を下げた。
「「は、はい!よろしくお願いします!」」
「か、カッコイイ…」
「では、作戦の開始時刻はそなたらに任せる。この野営地の設備は自由に使ってもらっても構わないし、疲れたなら天幕で休んでからでもいいだろう」
ふと、キリトはここで提供される天幕は持ち主の死亡に伴って空いた、つまりキズメルが使っていたものだと思い出す。
そんな裏事情など知らないアスナは一休みしてからクエストを再開するつもりだった。
「なら、お言葉に甘えてお借りします。気遣ってくれてありがとう、キズメルさん」
「ふふ、礼には及ばないさ。なぜなら客人用の天幕を用意する余裕はないので、私の天幕を一緒に使ってもらうことになるからな。多少狭いが寝るだけならば充分な広さではある」
(……やっぱりそうなるのか…、そりゃそうか持ち主生きてるもんなぁ…)
キリトはがっくりと肩を落とす。美人二人と一緒の天幕で寝泊まりは、十四歳の少年には刺激が強すぎた。
キズメルの天幕に入ると、アスナは足で線を引き始めた。ドルモンとキリトはその奇行に何をやっているのかと首をかしげている。
「キリト君、ここから向こうはあなたのゾーンね。この辺りが国境だと思ってくれるとうれしいわ」
「……あの、国境侵犯したらどんな目に遭わされるんでしょうか…」
「………どうなると思う?」
アスナは無表情でキリトをじっと見つめていた。ただそれだけなのに威圧感でなにをするかが容易に想像できてしまい、キリトは目を逸らす。
「逆らわないようにしようね」
「……ソウダネ」
アスナは装備を部屋着に変えると床に敷かれた毛皮の上に座る。
「そういえば、クエストの事について聞きたいことがあるんだけど…」
「…どうしたんだ?」
「このクエストって他の人も受けられるのよね?
「ああ、そこんところは大丈夫。だってエルフの野営地はどっちもインスタンスだからな」
「……インスタンス?」
キリトはアスナとドルモンに説明を始める。
「まず、俺たちはどこにいると思う?」
「え、そりゃ三層だろ?」
「ブブー、不正解!ここは《
「………トンチか?ふざけてると噛んじゃうぞ!」
ドルモンはキリトにじりじりとにじり寄る。キリトは慌てて説明した。
「待て待て!ふざけてるわけじゃないんだよ、この野営地はクエストを受けたことで
「ようするに他のプレイヤーと出会う可能性はないってこと?……微妙に納得いってないけど」
「今はそういうもんだと思っててくれたらいいよ、クエストを進めてるうちになんとなくわかるからさ」
そんなことを話していると、キリトはお腹が空いてきた。
「……とりあえずご飯食べにいかないか?」
「そうね、案内してくれる?」
アスナは『しょうがないなぁ』と言わんばかりに苦笑いをしながらキリトについていった。
食堂は、
「キリト、アスナ!よければ一緒に食べないか?」
「キズメルさん!ええ、喜んで!」
アスナは食事をしながら、キズメルと楽しく会話をし始める。
「キズメルさん、ご飯を食べた後なにか用はありますか?」
「そんなにかしこまらないでいい、我々は今仲間なのだから。この後は…湯あみにいきたいが、任務へ赴くならばそれに付いていこう」
アスナは目を輝かせながら湯あみという単語に反応する。
「……お風呂があるんですか!?」
「ああ、もちろんあるとも。
「わ、わたしも一緒に入って大丈夫ですか?お風呂大好きなんです!」
「大丈夫だけっこう広いぞ。簡易的なものだが、疲れを取るには充分だ」
アスナとキズメルが仲良くお風呂タイムに入っている中、キリトは風呂の天幕の前で座禅を組んでいた。
「キリト、入らないのか?」
「…ドルモン、たしかにここのお風呂は混浴だ。だがな、男女でお風呂に入っていいのは小さいころだけなんだ。大きくなると事件になるんだ…!」
「……へー」
ドルモンはあくびをしてからキリトの膝の上で丸くなる。
「そういえばお前さ、性別どっちだ?オス?それともメス?」
「デジモンに性別はないよ」
「……そ、そっか…」
ドルモンがすやすやと寝息を立て始めたので、いよいよキリトは困ってしまった。天幕からキズメルたちが楽しそうに話しているので余計に肩身が狭い。
(…早く上がってくれないかなぁ…)
お風呂から上がった三人(ちゃんとキリトとドルモンも入った)は、天幕でぐっすりと眠りにつく。
それからすやすやと眠っていたキリトは何かの物音で目が覚めた。
「………ん…?」
彼は寝直そうとするが、一度覚醒してしまった脳は眠気を吹っ飛ばしてしまった。天幕をぐるりと見渡した彼は、天幕にキズメルがいないことに気づく。
(…どこに行ったんだ?まさか、クエストに一人で出発した…?)
キリトはそこまで考えてから、まさかと首を振る。クエストはプレイヤーが関与していなければ進行しないのだ。
クエストNPCが勝手にクエストを進めるなどというむちゃくちゃなことが起こるわけがない。天幕から出ようとしたキリトに、いつの間にか起きていたドルモンが声をかける。
「……おはようキリト、早起きだね」
「お、おう…。キズメルがどっか行ったから探しに行くんだけど…お前もくるか?」
「んー、暇だからついてくよ。アスナを起こさないように静かにね?」
野営地は見張りの兵士が巡回する以外動くものは見当たらない。
「どこに行こう?」
「……これだけ静かなら、施設でなにか用事ってわけじゃなさそうだな…」
ふと、キリトは野営地でまだ行ってない場所があることを思い出す。ベータ時代には小さな樹が生えているだけでイベントがなにもなく、何の意味があるのかわからない空き地。
彼らがそこで見たのは、何本もの剣が突き刺さった奇妙な景色の一角で座るキズメルとそばに寄り添うガルルモンだった。
「……なんだここ、変な場所…」
(…これは、墓標だ。
キリトがキズメルに近づくと、彼女は顔を上げてキリトに微笑んだ。
「……キリトか、しっかり休まなければ明日に響くぞ」
「大丈夫、いつもよりしっかり眠れたから。……天幕貸してくれてありがとう」
「いいさ、今の私にはあの天幕は広すぎる。……ほら、座ったらどうだ」
キリトは促されるままに墓の前に座る。目の前の剣には二つの指輪が掛けられていた。
「ここには、妹のティルネルとその夫が眠っている」
「妹さんは、どんな人だったんだ?」
「…薬師をしていた。あの狼使いとは本当に仲が良くて、嫉妬するほどだったよ。……だけど、先日の戦であの鷹使いに襲われ命を落としてしまった」
キズメルは液体の入った水筒らしき革袋をキリトに手渡す。彼がそれを口にすると、中身は少し甘酸っぱい味の液体だった。喉を強く灼くような酒精でキリトはむせてしまう。
「ゲホッゲホッ!?キズメル、これ結構強い酒だな!」
「妹の大好物だった
……今では、そのどちらも叶わなくなってしまった」
「ねーキズメル、オレも飲んでみていい?」
ドルモンは興味津々にワインの入った革袋を見ている。キズメルは苦笑混じりの微笑みで答えた。
「ああ、もちろんいいとも。だが、少しだけでいいから残してくれないか?二人の墓にも注ぎたい」
「ありがとう!」
ドルモンは中の月涙草のワインを飲むと、ピョンピョンと跳ね出した。どうやらその味に感動しているらしい。
「うっわー!コレすっごく美味しいよ!妹さん良い趣味してるねー」
「………酒飲みの才能あるよお前」
キリトはドルモンにちょっと呆れながら革袋をキズメルに返す。彼女は三分の一ほど残った酒を余さず妹と狼使いの墓に注いだ。
「昨日の
キズメルのオニキス色の瞳に見つめられ、キリトはドキッとする。キズメルと共闘したのはたまたまだった。
最初の選択次第では彼女と剣を交えて殺し合っていたかもしれない。そんな事を考えながら、キリトは一つ後悔をする。
(…俺は、間違っていた。彼女が自分の命を
命が一つしかないのはプレイヤーの俺もアスナも、この世界の住人のドルモンやキズメルだって同じだろう!先の展開を知っていようが、あの時俺も全力で戦うべきだったんだ…!)
キリトは首を振った。あの場所でキズメルと出会い共闘したのは決して偶然ではないからだ。
「運命じゃないよ、俺たちは自分の意志であそこにいた。だから、敵討ちも任務も最後まで手伝わせてくれ。キズメルがちゃんと家に戻れるまで」
「そうだよ、あの鷹使いも鳥もやっつけて、死んじゃった二人にいい報告をしよう!」
キズメルはキリトたちに小さく微笑み、頷いた。
「…ああ、ならば私もそなたらを守ってみせる。その道が分かれる時まで」
キリトたちが天幕に戻ると、熟睡中だったはずのアスナが出発の準備を終えて待機していた。彼女は何の準備もしていないキリトにため息をつきながら呆れた声を出す。
「…もう、こっちは準備できてるわよ?五分あげるから支度を整えてちょうだい!」
「ご、ごめんなさい…」
キリトが慌てて装備を整えているのを見ながら、キズメルは苦笑いしてアスナに話しかける。
「アスナ、キリトをあまり責めてやるな。まだ日も登っていないのにそなたが準備を終えていて驚いたのだろう」
「キズメル…。わたし、頑張るからね」
「…?やる気があるようでよかった」
野営地を出て《迷い霧の森》に出ると、月光と霧、苔むした大樹の幻想的な風景が一行を出迎える。昼間とはまた違う顔を見せる森に、キリトも小さくため息を漏らす。
(前に来たことあるけど、やっぱり何度見てもいい景色だな…)
「……綺麗」
アスナはその風景をじっくりと眺めている。たっぷり三十秒近く風景を堪能した彼女にキズメルは微笑みながらこんなコメントを残した。
「あの子も、夜の森が好きだった。…さて、行こうか」