攻略会議の最初の議題は、キバオウとリンドが二つのギルドを作ったという報告だった。
リンドの率いる《ドラゴンナイツ・ブリゲード》と、キバオウの率いる《アインクラッド解放隊》。受け継いだものは違えど、彼らはディアベルの遺志を継いだ者たちだ。
「んで、本格的な会議を始める前に…お互い、
「……そうだな。先に話題に出したそちらから言うのが筋だと思うが」
「……んじゃ、先に言わせてもらうわ!ワイら《アインクラッド解放隊》ことALSの新しい仲間を紹介させてもらうで、来いアグモン!」
キバオウが呼んだのは、右腕に緑の腕章を付けた黄色のトカゲデジモンだ。アグモンはどや顔をしながらキバオウの足元にやってきた。
「へっへっへ、おいらはアグモン、キバオウの相方だ!今後ともヨロシク!!」
「あの子、キバオウさんのパートナーだったのね…」
「でも、なんか普通に慕われてるみたいだな」
キリトとアスナはアグモンが付けた腕章に浮遊城アインクラッドが刻まれていることに気づく。そのギルドマークはキバオウなりの信頼の証なのだろう。
リンドはその様子を見て何を思ったのか、眉間にしわを寄せながら自分のパートナーを呼んだ。
「……来い、ベタモン」
「は、はい…」
「もっと大きく声を出せ!それでもDKBのメンバーか!?」
「は、はいぃ!!べ、ベタモンですぅ!!」
オドオドしながら会議の場にやってきたのは、ディアベルのパートナーと同じベタモンだった。キリトはディアベルに近づいていくリンドの意図を掴みかねていた。自分の相棒にベタモンを選んだということは、つまりそういうことなのだろうか。
(…あいつ、どこまでディアベルに似せるつもりなんだろう…。さすがにディアベルに
「なんやアイツ…。ベタモン連れとるんはまぁええけど、あの態度はアカンやろ…」
キバオウはリンドに冷ややかな目を向けている。当のリンドはキバオウから顔を逸らしながら会議に集まった四十人に話をし始めた。
「さて、我々DKBとALSはギルドメンバーを募集している。もちろん、可能な限り門戸は広く取りたい。DKBはレベル10に達していることが最低条件だ」
「ALSはレベル9や!」
リンドは横やりを入れたキバオウにイラッとしたが、すぐに落ち着きを取り戻して説明を続ける。
「この会議に参加していてギルドに入ってない人は、当然どちらのギルドも参加条件は満たしているはずだ。……だが、一つ問題がある」
そう言いながら、彼はキリトたちに目線を向ける。キリトはその瞬間リンドの言いたいことが手に取るように分かった…気がした。
(ははーん?さては『おまえなんかギルドに入れてやらねーよバーカ!』とでも言いたいんだな?)
キリトは一人納得したのかうんうんと首を縦に振りながらリンドに自分の意見を言おうとした。
「お前の言いたいことはわかった、俺は《ビーター》だからな…」
「…キリトさんとアスナさんのことだ」
「……は?」
キリトはアスナの名前が出たことで眉をひそめた。悪名高い《ビーター》である自分の名前だけならばまだしも、なぜ暫定パートナーの名前が出てくるのだろうかとキリトは不思議でたまらなかったのだ。
「二人の実力は攻略組の中でもトップクラスだろう。一応成立しているギルド同士の均衡を守るためには…二人を同じギルドに入れるわけにはいかないんだ」
「……何の、話をしてる…?」
キリトには訳が分からなかった。この状況も、リンドの心理も…相棒のアスナがなぜ何も言わないのかも。
彼は怖くてアスナの方を向けなかった。…だが、結果的にはそれは正解だっただろう。彼女の顔は、かつてないほどの怒りで彩られていたのだから。
「…つまり。
「………はぁ!?それどういう意味!?」
「……ひえぇ…」
アスナがとうとう口を開いた。キリトの肩に乗っていたドルモンはアスナがガチギレしているのを初めて見て震えあがっているようだ。
それを聞いていたエギル(彼もALSとDKBには加入していないはぐれ者)は冷静に質問する。
「ちょっと待て。それはつまり…ギルドに所属していなければこれからのボス攻略を締め出すってことか?」
「…いや、そういうわけではないが…」
「な、ならギルドに入らないって選択もあるわけだろう?」
キリトのその言葉をある程度予測していたのか、リンドは冷静に質問をしてきた。
「……その決断の理由を聞かせてほしいんだ。なぜ、
「……なんて??」
訳が分からないキリトに、ため息をつきながらアスナは助け船を出してくれた。
「……はぁ…。これだからニンゲンって連中はぁ…!……キリト君、この人が言いたいことをわかりやすく《翻訳》してあげる。……あなた、
「……へ?ぎ、ギルドぉ…?」
「……そう、ギルド。《DKB》でも《ALS》でもない、
キリトはアスナが冗談を言っているようにしか聞こえなかった。…だが、そのまなざしに真剣なものを感じたキリトは茶化すわけにもいかず、真面目に答える。
「……ない、な。今のところギルドを作って誰かを統率する予定はない」
「……そう、か」
リンドはホッとしたように胸をなでおろす。…つまり、アスナの翻訳はかなりの精度だったということだ。
「なら、もうキリトさんに用はない。みんなの前でギルドを作らないという言質を取りたかっただけだからな」
「……そ、そっすか」
「…回りくどいにも程があるやろ」
「………では、アスナさん。貴女は《DKB》に入るつもりはないか?貴女ほどの実力者ならば幹部対応も考えよう!」
アスナはめんどくさいと言いたげな顔でリンドを見た。
「…なーんでわたしがあなたたちのギルドに入らないといけないわけ!?」
「なら、逆にこう返そうじゃないか!貴女はなぜこんな男と行動を共にしている!!こう言うのもなんだが彼に義理立てする必要はないだろう!?」
彼はアスナの腕を掴み、語気を強める。
「それとも何か弱みを握られているのか?なぜこちらを拒むんだ!!」
「離してっ!!」
「………ッ!!」
このままではアスナは無理やりDKBに参加させられてしまうだろう。だがキリトの足は地面に括りつけたかのように動かない。
…そこにいたのは命をかけて戦う剣士キリトではなく、他人との交流に怯え逃げ続けた
(でも、それは仕方ないことだ。だって俺はギルドに関わることをやめてしまった。そんな臆病者に彼女の手をとって逃げる権利なんてあるわけがない…)
和人の心が無力感と絶望で沈む…その寸前だった。
「キリトッ!前を向け!!お前はもっとワガママでいいんだ、自分の意思を貫き通せッ!!」
「………あ…!」
キリトは身体が動くことを確認すると、アスナの元に一直線に向かった。そのまま彼は彼女を掴んでいるリンドの腕を思いっきり掴む。
「……なんのつもりだ」
「…悪いリンド、前言撤回する。……アスナ、一つだけ聞いてもいいか?」
「キリト、君…?」
不安そうなアスナに、キリトは深呼吸をして心を落ち着けた。
「スー、ハー…。…アルゴが、ギルドを作るって言ってたんだ。…よければだけど…俺と一緒に入らないか?」
「「「な…なにいいいいぃ!?」」」
会議が始まる、ほんの数分前。アルゴは小さな声でこんなことを言った。
『…ギルドを作りたいんダ。攻略を進めるフロントランナーとそれに追いつこうと努力するミドルプレイヤーを支援する、そんなギルドをネ』
もしそれが実現したならば、二大攻略ギルドを取り持つ緩衝材や最前線を目指す誰かの希望になれるかもしれない。最初、キリトは彼女のギルドに入るつもりはなかった。
…が、アスナやドルモンと過ごした日々は、キリトにとって予想以上に大きなものだったらしい。
(…きっとこれは俺のわがままだ。アスナと一緒にいたいなんて、個人の感情で彼女を自分のいるところに縛り付けようとしている…。でも、それでも…!)
「……キリト君、前にあなたが言ったこと覚えてる?」
「……へ!?」
前に言ったこととは何ぞやという顔をしたキリトに、アスナは呆れた顔をする。
「一層ボスを倒したあの後、『信頼できる誰かにギルドに誘われたら断らないでくれ』…って。わたしは、リンドさんやキバオウさんよりキリト君を信頼してるのよ?」
「そ、それじゃあ…」
「とりあえず、アルゴさんに入りたいって言わなくちゃいけないわね。どうせキリト君アルゴさんに前もって伝えてないでしょ?」
彼女の言葉に、キリトの脳内は数秒フリーズする。彼はなんとなく断られるだろうと思っていたからだ。
「い、いいのか!?」
「ええ、DKBに入るよりかは、アルゴさんの手伝いがしたいもの」
キリトは内心嬉しい気持ちでいっぱいだったが、その気持ちを抑えて会議に参加しているハズのアルゴを探す。アルゴは苦笑いとも呆れてるとも取れる顔でキリトを迎えた。
「…キー坊、やってくれたナァ…!?会議の最後にサプライズとして発表する予定だったんだゾ、責任取レ!!」
「す、すんません…。勝手にギルド入るって言ったけど、まず入れてくれるか聞くべきだったよな…」
「いいヨ!つーか誘っても来ないだろうなって思ってたのニ、いったいどんな心の変化ダ!?」
「ありがとうございますアルゴさん!ところで、ギルドの名前とかは決まってるんですか?」
アスナの質問に、アルゴはその言葉を待っていたのかニヤリと笑った。
「モチロン決まってるサ。……んじゃ、そこで騒いでる奴らに堂々と名乗りを挙げてやろうゼ!!」
リンドとキバオウが話し合い(というよりも半分口論)をしているところに、アルゴの宣言が響き渡る。
「耳をかっぽじってよーく聞ケ、フロントランナー!我らはプレイヤー補助ギルド《アルゴ・ノーツ》!!英雄を導き、アインクラッドという大海原を往く大船ダ!!」
「ぷ、プレイヤー補助ギルド…?なんだ、それは…」
「これからは情報屋としての仕事だけじゃなく、アイテムなんかも売買したりするってことサ。武器や防具は攻略していくんならどのみち更新しなきゃいけないだロ?その使わなくなった装備をオレッちのギルドで買い取って今必要なプレイヤーに売りつけるんダ」
リンドとキバオウは難しい顔をする。彼女の言っていることはきれいごとでしかない。
「…今のワイらにそこまで余裕があるわけないことはわかっとるよな?」
「そうだな…今は攻略で手一杯、装備の更新も頻繁にするわけでもない。我々が協力する意味は…」
「にゃっはっは、考えが浅イ!NPCに直接アイテムを売ると安値で買い叩かれちまうだロ?そう、ロスが出てもったいないのを改善するには、プレイヤー同士で直接売買するシステムを
ギルドの長たちはハッと目を見開いた。SAOのシステムは売値を意図的に低く設定している節があることには彼らも気づいてはいた。
だが、ゲームなんてそんなものだと思っていたのだ。RPGの常識に思考を狭めていたと言ってもいい。
「……できるのか、そんな夢物語が」
リンドの疑問に、アルゴは大胆不敵な笑みを見せる。
「……できる、じゃなくて
「「………」」
キバオウとリンドはしばらく悩んでいたが、彼らはいきなりクククと笑い声を漏らす。
「……おもろいやないか」
「…ああ、確かに面白いな。もし成功すれば茅場晶彦の思惑から外れることができるということだ。…やり方は任せるぞ、情報屋」
「ヘヘ、任せロ!できるだけみんなが益のある交渉をできるようにしてやるゼ!!」
彼らが未来に希望を持って話し合いをしているのを、遠目から一人の男が見つめていた。薄く笑みを浮かべている彼にどこからか少年らしき声が話しかけた。
「……楽しそうだね、《ヒースクリフ》」
「ああ、彼らの話はなかなか興味深い。二つの相反する思想を持つ攻略ギルドと、それを繋ぐ一つの冒険者補助ギルド…か。これからが楽しみだよ」
ヒースクリフと呼ばれたその男は、鋼の意志を感じるその目でギルドの長たちを見据えている。…彼の出番は、まだまだ先のことだった。
<キリトメモ>
《アグモン》
二足歩行をする黄色の小型恐竜型デジモン。一部のプレイヤーからは黄色いトカゲ型デジモンではないかと言われており、議論は絶えない。
よく言えば勇敢、悪く言えば無鉄砲な性格で格上の相手にも果敢に挑みかかるガッツの持ち主。必殺技は口から火球を吐く《ベビーフレイム》。
…今回アルゴがギルドを作ったんですが、まさかの一月に発売されたばかりの外伝作品とネタが被ってしまいました…。
まぁ気にしない方向でいきます。ギリシャネタなんか被って当然なとこあるしね!!