キリトがモルテと
《鷹使い》の反撃で鎧の一部を破壊されたキズメルは、ギリッと歯を噛みしめた。
「おや、失礼」
「……ぐ、ぅ…」
「いやぁ、あのエンジュ騎士団も墜ちたものですねぇ!
鷹使いはニヤニヤと気持ち悪い笑みをキズメルに向けている。キズメルは無言で睨みつけた。
「妹さんとやらも、今思い出してみれば殺してしまうにはちょっと惜しかったですからねぇ…」
「…フン、案ずることはない。貴様に心配されずともなかなかいい新入りがいてな、我が騎士団は絶好調だとも」
「それはそれは。ぜひ、一度ご挨拶申し上げたいですねぇ…」
キズメルは額に青筋を立てながらボソリと呟いた。
「ほう?では今すぐに紹介してやろう……
「…は?今なにかい「せりゃあああッ!!!」……って!?」
アスナが鷹使いの真横からアンブッシュを叩き込む。
「ふ…っとべえッ!!」
「が、アアアアッ!!?」
細剣なのに下手な両手武器よりも強い《シバルリック・レイピア》は、エリートクラスの《鷹使い》すら吹き飛ばすほどの衝撃を生み出した。
2、3回ほど地面にバウンドしながら天幕に吹っ飛んでいく《鷹使い》を横目に、アスナはキズメルに笑顔を見せた。
「キズメル、不意打ち大成功ね!」
「……あ、ああ…よくやったなアスナ」
キズメルはアスナの見事な不意打ちに引いていた。アルゴは表情豊かなキズメルを見て目を丸くする。
(…NPCでもドン引きすることあるんダ…)
天幕がたいまつの火でメラメラと燃え上がり、近くにいた敵兵士たちが何事かと集まってくる。
「た、鷹使い殿!ご無事ですか!?」
「あっちゃー…ぞろぞろと集まってきたナ。アーちゃん、戦うのは任せたゼっ!」
アルゴはフローラモンを連れて安全な場所に避難する。
慌てふためく兵士たちを無視し、鷹使いはよろよろと立ち上がった。
「……どうやら、人族には過ぎた業物を手に入れたようですね。…ですが、二度目はありませんよ」
「たかが二人、数で押し切れ!」
新たに現れた
「おや、多勢に無勢と言ったところか?」
「……雑兵でしょ?別に問題はないわ」
キズメルは緊張など欠片もしていない様子のアスナに一瞬驚いた顔をするものの、すぐに笑みを浮かべた。
「……本当に、そなたがいて助かったな。おかげで仇の前でもある程度冷静でいられる。…まさか、意図してやっているのか?」
「うふふ、なんのことかなー?」
「……では、一つ問題だ。敵地に置いて味方より多い敵を相手取るときに採るべき戦術はわかるか?」
「もちろん!まずは…」
アスナとキズメルは敵とは別の方向に走り出す。
「……………は?」
「一時撤退!」
アスナたちはアルゴとフローラモンの潜んだ天幕に入ると、そのまま彼女らと共に出入口とは反対の方向から外に出た。
「……と、見せかけて」
天幕に突入した二人の兵士は中に入っていったはずなのにもぬけの殻の天幕に首をかしげる。
「……い、いない!?」
「……オイ。アレ…」
「分散させた敵を各個撃破!!……でしょ?」
「合格!さぁ、刈り取りの時間だ!!」
キズメルとアスナは数的有利を失った雑兵を文字通り薙ぎ払う。相手の反撃を全く許さず圧倒する二人に、アルゴはくぎ付けになった。
二人の美女が楽しそうに剣を振るうその姿は、同性のアルゴも見惚れるほど美しい。
「……す、スゲェ!…ったく、こんな綺麗な光景を独り占めとか…いい趣味してるゼ、キー坊…」
倍の数いた敵を片付けたキズメルは、少し離れた場所で高みの見物をしていた鷹使いを睨みつけた。
「……さて、
「ちっ!仕留めるとはいかずとも消耗すらしないとは…うちの兵士は愚図ばかりですねぇ!!」
「キィイイイイイッ!!」
アスナはごくりと唾を飲んだ。鷹使いとアクィラモンが繰り出す空と地上からの連携攻撃は脅威以外のなにものでもない。
アクィラモンのかぎ爪を受け止めたアスナは心配そうに視線を向けるキズメルに大声で叫んだ。
「大丈夫よ、キズメル!こいつと指令書はわたしが引き受けるわ、だから…貴女は!」
そう言いながらアスナは巨鳥の胴体に鋭い蹴りを放つ。
「
「ククク、ずいぶん威勢がいいですが…本当に大丈夫ですかねぇ?言っちゃなんですが、コイツは柔らかい肉が大好きでして。……ホラ、ちょうど目の前に柔らかそうな小娘がいていかにも美味しそうだ…」
鷹使いはキズメルの動揺を誘おうとするが、もはやその程度の言葉で彼女の心は揺らがない。
「
一呼吸おいて、キズメルは堂々と名乗りを挙げた。
「我が名はリュースラ王国近衛騎士キズメル!!鷹使いよ、貴様を討つ者だ!!」
アスナは空中を自在に飛行するアクィラモンの攻撃パターンをよく観察する。
(急降下からのかぎ爪で拘束の後は、確定でクチバシ攻撃…。急降下の前に鳴いたら突撃、頭に生えた角に注意しなきゃ…)
「キエエエエエエッ!!」
アクィラモンの拘束攻撃を回避したアスナは敵が飛び立とうとする前に《リニアー》を発動する。その正確な一撃はアクィラモンの胴体に突き刺さる。
「ギ、ィ…!?」
先日戦った際には感じなかったはずのダメージに、アクィラモンは動揺を隠せない。バサリと距離を置く巨鳥にアスナは微笑んだ。
「……取るに足らない小娘に怪我をさせられて怖い?この前戦った時の借りを百倍にして返してあげるわ…!!」
「ピィッ…!キャオオオオオッ!!」
アクィラモンは上空に飛んだ後自身の必殺技《グライドホーン》でアスナに突進するが、彼女はひらりと巨鳥の背に飛び乗りながら回避する。
「よっとと…、さすがにここは攻撃できないわよね!?」
アスナはちょうど首のところに生えた茶色の羽毛を掴み、暴れるアクィラモンから振り落とされないようにする。彼女を背中から落とすために急上昇したアクィラモンだったが、アスナはその状況を少しだけ楽しむ余裕すらあった。
「………わぁ…っ!」
巨大な鳥にしがみつきながら大空を飛ぶだなんてきっと家族が知れば驚くだろうなとアスナは頬を緩ませたが、すぐに気を引き締める。なぜなら今乗っているアクィラモンは敵だからだ。
「くらいなさいっ!!」
アスナは二連撃ソードスキル《パラレル・スティング》でアクィラモンの胴体を刺し貫く。攻撃力と素早さに優れたアクィラモンだがその分防御力はあまり高くはないため《シバルリック・レイピア》なら充分ダメージを与えられるのだ。
「ギ、ィ…!?」
アクィラモンはフラフラと地面に墜落していく。このまま地面に激突させればと考えたアスナだったが、下で見覚えのある連中が未だに言い争いをしていることに気づく。
「……あ。………ちょっと、そこ危ないわよっ!?」
アスナの忠告が聞こえたのか彼らは慌てて着弾地点から離れる。キバオウとリンドを含めたプレイヤーたちは落ちてきたデカい鳥とアスナに口をあんぐりと開けるしかなかった。
気絶しているアクィラモンにトドメを刺そうとしたアスナは巨鳥がかぎ爪で掴んだままの指令書に気づく。
「…あ、忘れるとこだった。んー…んんー?」
アスナは指令書を取ろうと頑張ってみるが、どうにもうまくいかない。困ったなぁと首を振るアスナを見かねたプレイヤーたちが彼女に声を掛ける。
「えーと、手伝いましょーか?」
「俺、筋力パラには自信あるっす!」
「……はぁ…?手伝ってくれるんならたしかに助かるけど…」
「「「せーの、よいしょー!」」」
アスナは両ギルドのメンバーに手助けされながら指令書をなんとか手に入れた。
「ど、どうも…」
「「「どういたしましてー!」」」
「はー、危ないとこだったー…。よし、後はコレを持っていくだけね」
その時、キバオウが指令書をポーチに入れようとしたアスナに気づき思わず怒鳴った。
「あーッ!!ちょ、待てや!それ《指令書》やろ!?」
「うん」
「『うん』ちゃうわっ!!なんで《
「別にわたしたちが
「うぐ……。な、なんでもええやろがっ!とっととソレ渡せや…」
アスナに指摘されて一瞬言葉を詰まらせたキバオウは逆ギレしながら近づいたが、その時後ろに配置されていた天幕が斬り裂かれ二人分の影が躍り出てきた。
「……な、なんやぁ!?」
キバオウが慌てて下がると、彼らはアスナとキバオウのちょうど中間地点を走り抜ける。キズメルと鷹使いであった。
「な、なんやあいつら!?」
「美人の方はわたしの仲間よ!リュースラ王国の近衛騎士、女王陛下の剣!」
「なな、なんやそれッ!?お前らがやっとるのホンマにエルフクエか!!?」
「だからエルフクエだって言ってるでしょ!」
言い争う二人を気にする者はいない。
ALSのメンバーは戦っているキズメルと鷹使いが自分たちよりヤバいことに気づきどよめいている。
「あいつらなんなんだよ!!カーソルが赤通り越して真っ黒じゃないか!?」
「最初のエリートクラスエルフより強いだろアレ…どうする?」
「…………いや、放置でいいんじゃね…。あんなの巻き込まれたら死ぬって…!」
実際、黒エルフ側のALSが助太刀せずともキズメルの方が優勢だった。鷹使いはアクィラモンと共に行動するためかステータスが低めに設定されているため、純粋な実力ではキズメルの方が上なのだ。
鷹使いが不利だと悟った
「た、鷹使い殿をお助けするのだッ!!このままではいかん!」
それを聞いたリンドは苦痛に満ちた顔をする。『お助けしろ』とは、ようするに黒騎士に斬られて鷹使いの攻撃の隙を作れということにほかならないからだ。
「リンドさん、あんなの勝てるわけないでしょ!?」
「……ぐ、ぐぐ…!四の五の言うな、クエストを放棄するわけにも…!」
キズメルはこちらに向かってくる敵を一瞥すると、先にそちらを倒すことにしたのか距離を詰める。…その速さにリンドは反応できず、気づいた時には彼女は目の前にいた。
(……あ、死んだ。これ死んだ……胸でっっっか!?)
リンドは思わずキズメルの胸に視線を向けてしまい、それが最期の光景になることを覚悟する。が、何時まで経っても彼の首が落ちる様子はない。
彼が不思議そうに振り向くと、斬り伏せられていたのは
「……な、なんで助かったんだ…?」
「…リンドさん、そんなの些事っす。……あのヒトすっげーいい匂いした…」
顔を赤くしながらとぼけたことを抜かす仲間に呆れた目を向けるリンドであったが、本人もちょっとその気持ちがわかるので言葉にはしなかった。
…実際のところ、キズメルがDKBのメンバーを斬らなかった理由はお風呂でキリトと話して彼らが何者かに扇動されていると聞かされていたからだ。
憎むべきは同士討ちを狙ってエルフの戦いに巻き込んだ誰かであって、二つの団体はどちらかと言えば被害者だ。キズメルは自身に怯える相手を斬るほど非情ではない。
アスナはキズメルがDKBを殺さなかったことに安堵する。
「……キズメル、ありがとう…!」
アスナが気絶したアクィラモンの方を見ると、既に気絶から立ち直り空に飛び立とうとしていた。
「キュアアアアッ!!」
怒りで目が血走っているアクィラモンは上空からリング状の光線《ブラストレーザー》を手当たり次第に乱射し始める。火の手が上がっている野営地はさらに破壊された。
「ちょ、ちょっと!?自分の陣地を壊すなんて何考えてるのよ!」
アスナは光線を回避しながら空中で飛ぶ敵にどうやって攻撃を当てるべきかを必死に考え続ける。
「…………
彼女が注目したのは
(ここからジャンプして空中ソードスキルを使えば、あいつを撃ちぬける…!)
アスナは深呼吸をしてからアクィラモンに向けて挑発する。
「どこを狙っているのかしら、わたしはここにいるわよ」
「……ギギギッ」
アクィラモンは無差別攻撃で多少のうっ憤を晴らしたが、そもそも自分が苛立っているのがあの小娘のせいだと気づきまたストレスを溜めた。本来なら狡賢い鷹使いが諫めるべき場面だが、分断されたことで巨鳥は冷静な判断ができない。
「キエエエエエエッッ!!!」
アスナをバラバラに引き裂いてやろうと考えたアクィラモンは自身が最も得意な技《グライドホーン》で突進する。
だが、それはアスナにとって起死回生のチャンスであった。なにせ敵が自分から突っ込んできたのである。
「はああッ!!」
アスナも突進技《シューティングスター》を発動し、アクィラモンを迎え撃つ。赤の巨鳥と青の流星がぶつかり合い、アクィラモンの角がバキンという破砕音とともに砕け散った。
ソードスキルはアクィラモンを文字通り射抜き、巨鳥の身体を真っ二つにする。
「ギ、ィ…!!??」
アスナはまだ残っていた天幕の天井に落ち、ギリギリのところで落下ダメージを防ぐ。
「……ふぅ、なんとかなったわね…」
VS
アクィラモン
アクィラモンに勝利したアスナだったが、気を緩めるわけにもいかなかった。目立つ場所で大立ち回りしながらアクィラモンを倒したことで
敵の指揮官が顔を真っ赤にしてアスナに剣を向ける。
「あの小娘を殺せッ!ヤツを仕留めた者には褒美を与えるぞ!!」
「うわ、いっぱい来たわね…」
アスナは再び逃げながら各個撃破しようとするが、逃げようとする方向の暗闇から敵の不意打ちが迫る。不意打ちでアスナに振り下ろされた剣を防いだのは、なんとリンドであった。
「……り、リンドさん?」
「大丈夫かアスナさん!」
「え、ええ…でも貴方
「な、な…!?どういうつもりだリンド殿!?」
「これより、我らDKBは
「クク、なんやかっこつけて…。んなら、ワシらもいっちょ噛ませてもらうで!」
リンドの宣言に苦笑いしながら、キバオウも味方を引き連れてリンドの隣で剣を構える。
「……え、これホントにどういう状況なの…?」
アスナは楽しそうな二人に困惑するしかなかった。