ソードアート・オンライン+D   作:シャザ

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23話 激流を越えろ! ドルモンの意外な弱点

 キリトが第四層の扉の前で立ち止まっていると、不審に思ったのかドルモンに声をかけられた。

 

「キリト、行かないの?」

 

「あ、あー…。行くけどさぁ……」

 

「どうしたのよ、あなたベータテストでも同じレリーフは見てるんでしょ?…なにか書き足されてるとか?」

 

 アスナに聞かれたキリトは、頭をがりがりかきながら理由を説明する。

 

()()()()()()()()()()()()。ベータの時の第四層は、乾いた谷底を歩く旅人だった。でも、今は…」

 

 アスナがレリーフを見ると、そこには船に乗って移動している旅人が描かれていた。

 

「……ベータテストの時はどんなところだったの?」

 

「ええっと、フロア全体が枯れた谷で網目状になった谷底を歩くんだけどさ…。道が入り組んでて迷子になる上に地面が砂だからすごく歩きにくかったんだよな…」

 

「なるほど、レリーフの絵そのままね。…それが変わってるってことはようするに…」

 

 アスナが扉を押して開けてみると向こう側から大音量の水音らしき轟音が響いてくる。

 扉の向こう側に涸れ谷はなく、代わりに勢いよく流れる川と渓谷があった。

 

「……こういうことよね?」

 

 なぜか自慢げに言ったアスナに、キリトは曖昧な笑みで答えるしかなかった。

 

 

 第四層に到達したキリトだったが、すぐに自分のベータ知識が当てにならないことに気づいた。本来通るはずの道が大量の水で満たされているからだ。

 ここまでフィールドが変化するなんて今までなかったので、キリトは心底茅場に中指を立てたくなるが我慢する。

 

「ちょっと、また止まってるわよ!」

 

「わ、悪い…!ちょっとやばいことが起きてるんだよ、道が川になってるんだ!」

 

「そのくらい見ればわかるわ、普通に泳げばいいじゃない」

 

 アスナの提案にキリトは首を振った。

 

「アスナ、SAOで水泳したことは?」

 

「ないけど…」

 

「現実で泳ぐより難しいし、むっちゃ練習しても溺れる時は容赦なく溺れる。SAOの溺死はすごく怖いし苦しいんだ!」

 

「………どのくらい練習したの?」

 

「まともに泳げるようになるのに一時間、しかも水深1メートルの浅い場所で練習した。こんな流れが急な川で練習するのは文字通り自殺行為だ…」

 

 キリトの説明を聞いたアスナはしばらく考えてからため息をついた。

 

「なら、もうコレしかないわね。君は泳いで主街区を目指して、わたしは一度三層に戻って泳ぎの練習!」

 

 彼女は第三層に戻ろうと踵を返すが、ぎゅっとキリトがその手を掴む。

 

「ま、待った待った!少しは躊躇とかしないのか!?」

 

「え、だってわたしたち同じギルドにいるじゃない?パーティーを解散してもいずれまた組む機会はあると思うんだけど…」

 

「そ、そうだけどさぁ……。……なんかすっごくもやもやするんだよな、この状況…。だっていきなり水泳させるとか正気の沙汰じゃないし…」

 

 キリトがなんとか違和感を出力しようと頑張っていると、アスナは困惑した顔で言った。

 

「………キリト君、さっきからドルモンの姿が見えないけど何処にいるの?」

 

「………は?」

 

 思わぬところからボディブローを叩き込まれたキリトは慌てて周囲を確認する。ちょっとだけ離れた場所で水面をじっと見つめていたドルモンを見つけ、二人は首をかしげながら話しかけた。

 

「おーい、何やってんだドルモン」

 

「あ、キリト。ここからは水の中を進むんだよね!」

 

「そうだな…お前ほんとに大丈夫か?」

 

 尻尾をぶんぶん振っている相棒に、キリトはそこはかとない不安があった。

 

「心配しないで、お風呂で水には慣れてる……ハズ!行くぞーッ!!」

 

 気合を入れたドルモンが川の中に飛び込み…あっという間に沈んでいく。

 

「ごぼぼぼぼぼ…………!」

 

「…………溺れてるじゃん!!」

 

 

 キリトはなんの動きもないまま沈んだドルモンを慌てて引き揚げた。ケロッとなんともなさそうな顔をしているドルモンに、キリトは呆れた顔で聞く。

 

「…どうして泳げないのに自信満々に水へ飛び込んだんだ?」

 

「行けるとおもったんだ…」

 

「ちょっと、どうするのキリト君…。ドルモンが泳げないんじゃ、あなたもここで足止めをくらうことになるわよ?」

 

「……そうだな。さて、なんか状況を変えられるものはないか…?」

 

 キリトはキョロキョロと周りを見渡し、一本の樹に注目する。

 

「……あれは…?」

 

「なにかあったの?」

 

 キリトたちがその樹に近づくと、不思議な形の小さな果実がぶら下がっていた。中央に丸い穴の空いた楕円形の実だ。

 

「あ、かわいい形!……でも、今はおやつを食べてる時間はないんじゃ…」

 

「……とりあえず実を落としてみようぜ。そりゃッ!」

 

 キリトは単発体術スキル《水月(スイゲツ)》を発動し、樹に思いっきり水平蹴りを叩き込んだ。大木は衝撃で大きく揺れ、三つの《輪っかの実》が落ちてくる。

 三つともうまくキャッチしてニヤリと笑ったキリトに、アスナはあきれ顔で肩をすくめた。

 

「もう、もし樹が折れちゃったらどうする気だったのよ!キズメルに怒られちゃうわよ?」

 

「わ、悪かったよ…」

 

「それでそのドーナツの実どうするの?食べるなら黄色がいいわ」

 

 キリトが落とした実の色はコバルトブルー、淡いレモン色、青々しい緑色。たしかに食べるなら黄色一択だろうが、落とした本人は食べるつもりなど初めからなかった。

 

「いや、これドーナツじゃないと思うぞ。……まぁ見てなって!」

 

 キリトはコバルトブルーの実のへた部分に口をつけると、息を強く吹き込んだ。ポーンと大きな破裂音を響かせた実は手でつまめるサイズから一気に一メートル近い直径に巨大化する。

 その大きさと特徴的な形に、アスナはあっと驚きの声をあげる。

 

「それって浮き輪!?」

 

「正解っ!これがあればアスナもドルモンも安全に泳げるはずだ!」

 

 アスナは放り投げられた黄色の実を受け取り、キリトの真似をして浮き輪を膨らませた。ドルモンは楽しそうに緑の浮き輪をポーンポーンと弾ませている。

 

「おー、変な触り心地でおもしろーい!」

 

「浮き輪を使って泳ぐなんて何時ぶりかなぁ…。それじゃさっそく…」

 

 アスナは浮き輪の実を腰に着けて水の中に入ろうとするが、それを見たキリトが待ったをかけた。

 

「待った、泳ぐ前に念のため重い装備は外しておこうぜ!」

 

「あーそっか、武器とか金属製だから沈みそうね…。どこまで外せばいいかしら」

 

「……まず武器とブレストプレートだろ、フーデットケープはもちろんだし、ブーツとグローブとベストとレザースカートは革製で意外と水を吸って重くなるから外すべき……」

 

 アスナは顔を赤くしながらダメージがギリギリ入らない程度にキリトをひっぱたいた。

 

「………そこまでいったら装備全部脱いでるじゃない馬鹿!そっちもその黒いのとか黒いのとか黒いのとかぜーんぶ脱ぐんでしょうね!?」

 

「い、いや俺は別にスケベ心で言ってるわけじゃないぞ!?安全面を考慮してだなぁ…」

 

「………まぁ、軽量化しなきゃいけないのはわかったけど…さすがに下着だけで泳ぐのは嫌だからチュニックは着たままでいい?」

 

「あ、うん…。それくらいなら大丈夫なんじゃないか?」

 

 アスナは装備を解除するためにキリトから見えない位置へ移動する。キリトも装備を外しているとドルモンと目線があった。

 

「…アスナも大変だねー」

 

「……ちょっと失言だったかな…」

 

 キリトが自分の発言に反省していると、彼の後ろを見た相棒が急に笑い出した。

 

「……ぷひゅっ、あはははは!!き、キリトなんだそれ!?」

 

「え?…急に笑い出してどうしたんだ?」

 

「後ろ、後ろ!あはははっ!!」

 

「………後ろぉ?………なんじゃこりゃぁあああ!?」

 

キリトは自分のトランクスの後ろにでっかくプリントされたゴールドの牛印に絶叫する。その悲鳴を聞いたアスナがチェニックと浮き輪だけの姿で走ってきた。

 

「キリト君なにかあったの!?」

 

「あんの牛ども絶対に許さないぞ…!なんでドロップがどれもこれもネタ装備なんだ!!」

 

「……ぷふっ、あははははは!」

 

 アスナはすぐにキリトの尻にプリントされたゴールデン牛マークに気づき噴き出した。しばらくドルモンと一緒に大爆笑していた彼女は、からかうような口調で言う。

 

「はー、はー…。キリト君、そのトランクスどうしたの?」

 

「……第二層の元フロアボス《バラン将軍》のラストアタックボーナスだよ。てっきり無地だと思ってたのに…」

 

「あらら、災難ね。……ラストアタックボーナスってことは、なにか特殊効果でも付いてるの?」

 

「STRがそこそこ上がるし、病気や呪い系のデバフにちょっと耐性がつくんだよ…」

 

 ステータスを底上げできる装備を今後も装備できるか悩んだキリトを見て、アスナは肩を軽く叩いた。

 

「まぁまぁ、今度新しい下着をプレゼントしてあげるからそれ以上落ち込まないでよね!」

 

「あ、あざーっす…。んじゃ、頑張って泳ぐとするかー…」

 

「「おーっ!」」

 

 

 キリトたちは浮き輪の力を借りながらバタ足で主街区へ泳ぎ出す。アスナは水の抵抗に違和感があるのか苦戦していた。

 

「うわ、ホントに難しいわね…」

 

「アスナはお風呂好きだから知ってるかもだけど、まだまだVRMMOの水の表現は改善の余地がありそうだよな。今回は浮き輪もあるしベータの時より違和感は少なめになってるからなんとか泳げてるけど…」

 

「ねーキリト君、ちょっと失礼!」

 

 アスナはそう言いながらキリトの身体と浮き輪の間に腕を突っ込んで『連結』させる。

 

「こうしておけばはぐれずに済むわ、あなたもやっておいたら?」

 

「お、おう……。ドルモン、お前もこっちこいよ」

 

「はーい」

 

 キリトたちは浮き輪を腕で連結させたまま流れに身を任せる。

 

「地形そのものは変わってないっぽいな。あの岩見覚えがあるし…」

 

「……いまさらだけど、どうして涸れ谷に水が湧いたのかしら」

 

「うーん、ベータの時は水の表現が満足いくレベルまで完成してなかったからじゃないかなぁ…。ベータテスト後のおよそ三ヶ月間必死に調整したんだろうなって……」

 

「……なんか風情もへったくれもない感じね」

 

 アスナはふくれっ面で少年の顔をじっと見つめる。ドルモンは水の湧いた理由などどうでもいいので周りの風景を見て楽しんでいた。

 

「………ん??」

 

 ドルモンは水しぶきの音の中に妙な音が混ざっている気がして後ろを振り向く。…十メートルほど後ろに巨大な背びれが見えた。

 

「……キリト、アレ何?」

 

「なんかの背びれだろ」

 

「ちょっと!あいつこっちに向かってきてない!?」

 

 背びれが近づくと、見事に赤いカーソルが表示される。キリトの脳内でサメ映画によくあるBGMが再生され、彼は青ざめた。

 

「………あ、あれもしかしてサ…」

 

「に…逃げろぉおおおおッ!!」

 

 キリトとアスナは全力で足をばたつかせる。武装していない状況でサメと交戦なんかしたらパックリと食べられてしまうことは容易に想像できる。

 

(主街区までもう少しなんだ、さすがに陸上まで追っては来ないはず…!)

 

 ラストパートをかけようとしたキリトは一瞬だけ後ろを向いてすぐに後悔する。背びれは五メートル付近まで接近し、想像しているサイズから考えて彼らの足元にその(アギト)は迫っていることになるからだ。

 

「ちょっと、今後ろどうなってるの!?」

 

「絶対に気にするなッ!!今は全力で足を動かせ!!」

 

「キリト、もうあれ攻撃していいんじゃないかな!?」

 

 ドルモンはいつも通り《ダッシュメタル》を撃つが、波に揺られていたせいか鉄球は見当違いの方向に飛んでいった。

 

「こんにゃろおおおおッ!!」

 

 キリトたちはつま先が砂浜に着くと同時に走りぬく。背びれとの追いかけっこに勝ったキリトは十メートル以上走り続けてから後ろを振り向いた。

 

「にがさねぇぞおおおお」

 

 背びれの持ち主はそう言いながら水面から高々と飛び上がる。

 

「……ま、マジかよ」

 

「う、うそ…!」

 

「はーはっは!怖いかニンゲンども!このおれ様の威光にひれふ……げほっ!」

 

 背びれの正体は、頭のトサカがやたらと大きい色違いのベタモンであった。飛び上がったのはいいものの、トサカが大きすぎて横向きになったまま起き上がれないらしい。

 

「………んー、ほっ!よッ……。ぜー、ぜー………ゴメン、ちょっと待ってくれる?」

 

 ベタモンは挙句の果てに命乞いを始めた。

 アスナは間抜けな両生類デジモンにかわいそうな目を向ける。

 

「……あの、助けた方がいい?」

 

「…アスナの好きにすればいいよ」

 

「ねぇ、お互い追いかけっこして疲れたでしょ?起き上がるの助けてあげるから今日はこのくらいにしない?」

 

 黄緑色のベタモンはぜーはーと荒い呼吸をしていたが、大きくため息をついた。

 

「……もうそれでいいや…。追いかけてゴメン…」

 

 アスナがベタモンを助け起こすと、ベタモンは軽く会釈してから川に戻っていく。

 

「……おれ様、仲間にこれからはニンゲンを襲うなって伝えるよ。このくらいしか助けられた恩返せないからさー」

 

「あら、そう?」

 

「このトサカが一番おっきい奴がおうさまなんだぜー!じゃーなー!」

 

 ばしゃばしゃと音を立てながら、ベタモンはどこかに泳いでいった。キリトは緊張の糸が切れたのか砂浜に寝転がる。

 

「……お、驚かせやがって…」

 

「なんだったんだあのベタモン…散々追いかけといて助けられるってアホかよ…」

 

 ドルモンもあきれた顔をするしかない。一方アスナは苦笑いしながらもどこか楽しげだ。

 

「まぁまぁ!とりあえず装備を戻して主街区に行きましょ!」

 

「そうだな、あんまり印象の残る街じゃないからささっと準備して第四層の攻略するか」

 

 キリトはベータ時代の主街区《ロービア》の街並みを思い出す。構造も素材もごく普通なのに何故か建物の入り口が二階部分についていて出入りに酷く苦労した記憶があった。

 

(…またあの階段を上り下りすると思うとめんどくさいなぁ)

 

 そんなことを考えながら歩くキリトをよそに、アスナは軽やかに主街区の門をくぐり抜けはしゃぎ声をあげた。

 

「わぁ、綺麗……!」

 

「………綺麗?」

 

 不思議に思ったキリトも門をくぐると、地味だった《ロービア》の街全体は宝石のように光り輝いている。真っ青な水面に午後の日差しが差し込み、かつて石畳の道だった場所が水路と化していたのだ。

 建材の色もくすんだ灰色から純白に変わっていて、もはや水の都と呼んでもいいくらい美しい街にキリトも思わず感動した。

 

「……そうか、ベータ時代に間に合わなかったから涸れ谷になっていただけで、完成品は元々こうなる予定だったんだな…。二階に玄関があったのもそのせいか!」

 

「ほらほら、キリト君、ドルモン!こっちこっちー!」

 

「はーい!キリト、冒険の前に観光しよう!」

 

 なんか子どもが二人に増えたなぁという曖昧な笑みを浮かべ、キリトはだいぶ様変わりしたロービアを見て回ることにしたのだった。




<キリトメモ>

《モドキベタモン》
沼地や渓流などでごくまれに発見されるベタモンにそっくりな両生類型デジモン。モドキと呼ばれてはいるが体色が黄緑色であること以外はベタモンと生態が同じで、生息域も被っているためベタモンの群れに一匹混ざっていることがある。
必殺技は小さな水の竜巻を繰り出す《アクアタワー》と、頭部のトサカから衝撃波を飛ばす《ブレードフィン》。
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