《ロービア》にやってきた一行を出迎えたのは船着き場とそこに係留された大小様々なゴンドラだった。
「わあ…っ!凄い綺麗、ヴェネツィアみたい…!」
「これは…乗らないと転移門広場まで行けそうにないな」
アスナは明らかに船に乗りたいモードなので浮き輪で泳ぐという選択をするわけにもいかない。
幸い、まだ街開きを行っていないためどのゴンドラでも選びたい放題だ。
「ええっと、どれがいい?」
「んー、あのアイボリーホワイトのヤツがいい!」
「…すいませーん!ちょっと乗せてもらえますかー?」
キリトは船に乗っていた船頭に声をかける。船頭は陽気に挨拶を返してくれた。
「《ロービア》へようこそお二人さん!ペット込みでどこまで行っても五十コルだよ!」
「じゃあ転移門広場までお願いします!」
「あいよっ!」
「………おいテメェ!まさかペットってオレのことか!?失礼だぞ、失礼だぞ!!」
ドルモンは船頭に怒るが、彼はドルモンのことを無視して船を漕ぎだした。キリトは内心移動のたびに五十コル支払うのはかなり出費がかさむのではと不安が募る。
「あのー、この船って街の外にも出るんですか?」
「悪いがそれは無理だねぇ、俺の仕事場はこの街だからよぉ」
「…だったら他の船なら外に出られるんですか?」
アスナにそう言われた船頭は困った顔をする。
「………わりぃが、それは答えられねぇな」
(会話パターンに設定されてない質問だったのかな?)
ゴンドラはあっという間に街の中央にある転移門広場に着くと、船頭はにこやかに叫んだ。
「お待ちどうさんっ!また乗ってくれよー!」
「ありがとうおじさんっ!」
アスナは目をキラキラ輝かせながらキリトに笑顔を向ける。
「楽しかったね!」
「そ、そうだなぁ…」
「帰りも乗ろうねっ!」
「の、乗るしかないもんな…」
キリトは明らかにテンションのおかしい彼女に相槌しかできなかった。
第三層フロアボス討伐からおよそ一時間後、第四層の主街区《ロービア》は解放された。
《街開き》という一大イベントに参加するプレイヤーたちの動向は様々で、美しい街並みを観光する者はもちろんのこと、強力な武器目当てに商業エリアへ走るミドルプレイヤーやレアアイテム狙いの商人、珍しいところではスミスハンマーを持って素材探しに行こうとする鍛冶屋の少女もいた。
「…うっひゃー、見渡す限りヒトだらけだぁ…」
「……あ、そういえばドルモンは見るの初めてか、《街開き》」
「うん、こんな賑やかなんだね!」
こういったお祭り騒ぎも悪くはないが、ボス戦の疲労が溜まっている今は休息を取ることを優先するべきだろう。キリトはアルゴにフレンドメッセージで一つ頼みごとをしてから宿で仮眠を取る。
三時間後、一行は約束の時間に商業エリアへと向かい、アルゴを待つ。
「……ちょっとメシ買ってきていい?腹減ってきた…」
「そうね、第四層に来てから何も食べてないし…」
「……料理のラインナップもだいぶ変わってるな…。シーフードピザ、パニーニ、フィッシュフライと温野菜か…アスナとドルモンは何にする?」
「わたしパニーニがいい」
「オレピザー」
「オイラもピザー」
各々リクエストを聞いたキリトは要求が一人分多いことに気づく。
待ち合わせ場所に来たアルゴだ。キリトはパニーニを二つ買いながら自身の上司に軽い挨拶をする。
「……おーっすアルゴ、それともリーダーって呼んだ方がいいか?」
「ン、名前呼びがいいナ」
「つーか奢るとは一言も言ってないが?図々しいやつめ!」
「ヨヨヨ…酷いヨキー坊…。……今回の情報料倍額にしてもいイ?」
アルゴの脅しにキリトは全力ダッシュでチーズ増しのシーフードピザを買って献上した。
「……さ、三時間で調べさせてすんませんでした…。コレはお詫びのチーズ三倍シーフードピザでございます…」
「うむ、くるしゅーナイ」
「キリト、オレもチーズ三倍がいいな」
「んじゃドルモンのピザ買ったら食いながら話すか」
キリトたちがボリュームたっぷりの海鮮を堪能してから、アルゴはポーチから一枚のスクロールを引っ張り出す。
「今回は割り増し料金…と言いたいとこダガ、チーズマシマシに免じて通常料金で許してやるヨ。五百コル」
キリトは金貨を一枚アルゴに渡してからスクロールを開く。そこに描かれていたのは主街区全体の地図であった。
もちろんただの地図なら街をくまなく歩いてマップデータをコピーすれば同じものが作れるが、彼女の渡してきたスクロールにはあちこちに【!】マークが付けられている。
ドルモンは首をかしげながらキリトに聞いてみることにした。
「……このマークなに?」
「クエストNPCの場所だよ、一回街のクエストを俯瞰しておきたくてな」
「…キリト君、ベータ時代に全部クエストやってるわよね?わざわざ調べてもらう必要ってあった?」
アスナの言葉にキリトは苦笑しながら【!】マークの一つを叩く。
「まぁそれはそうなんだけどさ…。街がこんなに様変わりしていたらベータ時代にはなかったクエストが増えてるかもしれないだろう?」
「ホー?確かにそれはおかしくはねーカモ…」
幸い、町の構造自体は変わっていないのでキリトはカラカラに乾いていたころのロービアを思い出しながらクエストの内容を確認していく。
全て確認した彼は、街の北西の端にある【!】マークを指さした。
「……こいつはベータ時代にはなかったはずだ。次の目的地はここだな」
「ここに何があるの?」
「……多分、この第四層を攻略するのに必須のクエストだよ。……俺の予想通りなら」
「んじゃ、新クエストの調査よろしくナー」
ピザを食い終わったアルゴはそんなことを言いながらどこかへ去っていった。食事を終えたキリトたちが商業エリアの下にある船着き場を見ると、長い行列ができている。
その様子を見たアスナはやれやれとため息をついた。
「別に並ぶのはいいけれど、大きいのに一人だけ乗ったり団体さんが全員乗れなくて後ろに譲ったりで効率が最悪ね。どうにかならないかしら…」
夜のロービアの街並みは昼と負けず劣らず美しい幻想的な風景だ。それをぼーっと見ていたキリトだったが、ふといいアイデアを思いつきニヤリと笑みを浮かべた。
…ドルモンはその笑顔を見て嫌な予感がする。その顔にそこそこ見覚えがあったからである。
「…なんか馬鹿みたいな悪だくみしてない?」
「まーな!」
「………一応聞いてみるけど何やるつもり?」
「まあまあ、後で説明するからさ!」
キリトは笑顔のままアスナとドルモンを連れてゴンドラの停泊する反対側の岸壁に移動する。
下を覗き込むと、ランタンの光に照らされたゴンドラが浮かんでいる。アスナは彼が何をやらかすか予想したのか思わず後ずさった。
「ちょっと、わたしはやらないからね!?」
「………へー、怖いのか?」
キリトに軽く煽られたアスナはスンッと無表情になった。その後眼光を鋭くした彼女は指をキリトに突き付ける。
「………怖くないわ、こっちはAGI型でスピードタイプよ!あなたこそ足踏み外して水没しないか心配した方がいいんじゃない!?」
「お、言ったな!?五秒前からカウントするぞ!」
そんなことを言い合いながら、二人はやってくる大型ゴンドラに視線を向ける。
「5、4、3、2、1…ゼロッ!!」
二人は助走をつけて柵をジャンプで飛び越える。このままでは水路に落ちる…かと思われたが、彼らは大型ゴンドラの屋根に飛び乗ることで落水を防ぐ。
キリトたちが着地した衝撃で、ゴンドラに少なくない揺れが起こった。
「うおっ!?な、なんだ今の揺れは!?」
「悪い、ちょっと通るぜ!」
驚きの声を上げる観光客に謝罪しながらキリトは背後を確認し、アスナがちゃんとついてきていることを確かめる。
二つ目のゴンドラの観光客たちはニンジャよろしく真上を跳ぶプレイヤーに気づいたようで、ランタンに照らされながら跳躍するアスナに大きな歓声が上がっていた。
キリトがなんとか対岸に渡り切ると、一足先に渡っていたアスナが手を振って待ち構えていた。
「今回はわたしの勝ちよっ!」
「…………」
「ちょっと、なに黙ってるの?」
「……下にいる連中に見られてたんじゃないか?」
「…………は?………あ、あああ…!?」
アスナはキリトの言葉を理解すると、顔を羞恥と怒りで真っ赤にする。彼の話題はようするに彼女の下着の話だったからだ。
そりゃ、下にいる観光客が騒ぐわけである。
「ば……馬鹿ー!!」
「へぶッ!!」
アスナの平手打ちが余計なことを言ったキリトの頬に炸裂した。
目的地である北西部に行くには、やはりゴンドラを使わなければならない。ゴンドラの船首側の席を確保したアスナはすぐに機嫌を直して鼻歌を歌っている。
「あ、見てキリト君あの家売り物みたい!」
キリトがアスナの指さす方を見てみると、確かに二階建て物件の扉には《FOR SALE》と書かれた木札が下がっている。
「本当だ、いわゆるプレイヤーハウスだな」
「どのくらいの値段なのかな…」
目をキラキラさせる相棒にキリトは苦笑した。
「かなり高価だから知らない方が幸せだと思うぞ…。というかロービアは生活するって考えたらちょっと移動が大変だよ」
「……まあ、そうね…。もしこの世界で一軒家を買うなら湖が見える普通のとこにするわ」
「オレはちょっと水辺に近いところの家は止めてほしいかなぁ…」
「なにちゃっかりアスナの家にお世話になる前提なんだお前…」
アルゴのマップの座標に着くと、そこにあったのは何故か水路側にも大きな扉がある民家だった。奇妙な構造の建築物に首をかしげながら中にお邪魔すると、禿げあがった老人のクエストNPCがパイプを吸いながらじろりとにらみつけた。
「……なんじゃおぬしら」
もう一方の手に酒瓶を持って椅子に揺られる筋骨隆々の老人は引退して酒に呑んだくれている船乗り…といった印象をキリトに与えた。ぶっちゃけ関わりたくないがクエストの為にも話しかけないわけにもいかない。
「おじいさん、なんか困ってたりしてません?俺たちが手伝いますよ」
「別に困っとらんわ、用がないなら帰れ」
(定番のクエスト起動ワードに反応しない…。専用のセリフを言わないとダメなタイプか、厄介だなぁ…)
おそらく街のNPCから話を聞いて、初めてクエストを見つけることができるタイプのNPCなのだろう。アルゴは持ち前の嗅覚でこの老人を発見したが故に、キリトはクエストを受けるために必要なキーワードに見当がつかない。
キリトは長丁場になることを確信してため息をつき、周りを見渡すアスナに声をかけた。
「アスナ、ちょっと家探しの時間だ。このおじいさんが何者かわかれば、自ずとクエストを発生させるために何を言えばいいかわかる……といいなぁ」
「そこは断言した方がよかったんじゃないかしら…?」
「……勝手に物を盗っていくんでないなら好きにせい」
老人の許可をもらったキリトたちは家の中をじっくり探す。巨大な魚の魚拓、何かの毛皮が掛けられた壁、錆びついた銛…。
「なんだこりゃ、物が散らばってて何が何だかわかんないぞ…」
ぶつくさ言うキリトを無視し、アスナは本棚の中の本を調べてみる。中身は汚い字で数字や単位らしきものが書き殴られており、読み解くのにかなりの時間がかかりそうだった。
「……うーん…、周りの道具とかこの本を見るに漁師さんだったりするのかしら…」
ドルモンは床に落ちているガラクタに目線を向けた。ちょっと埃っぽいしあちこちに空き瓶が転がっていて気を付けなければ踏んで転びそうだ。
「……ん、なんだこれ??」
ひょいとドルモンが拾い上げたのは細長く加工された鉄だった。投げ針にそっくりだと考えたドルモンはさっそく相棒のキリトに見せてみることにした。
「見てキリト、こんな場所に投げ針が落ちてたよー」
「……投げ針?」
キリトはドルモンからその投げ針らしき物体を受け取り、じっくりと眺める。断面が四角く加工されたそれを、彼は現実世界の博物館で見たことがある。
「……これは投げ針じゃないよ」
「じゃあそれって何に使うもの?」
「……船を造るときに使う釘だ。普通の釘よりも面積…接地する面を増やして抜けにくくしているんだ」
ドルモンにもわかりやすく説明しながら、キリトは老人が何者なのかをほぼ確信する。
老人の目の前に立ったキリトは、大きく息を吸ってから言った。
「おじいさん、俺たちに船を造ってください!」
キリトたちがパニーニを食ってる時、フローラモンはアルゴが借りてる宿の近くでひなたぼっこをしてました。