ソードアート・オンライン+D   作:シャザ

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26話 水運ギルドの悪意

 キリトたちが仮眠を取ってから三時間後、クエストログが更新された音がキリトの耳に聞こえてきた。

 

「…お、今クエストが進んだな。おい、起きろ二人とも!朝…ではないけどゴンドラができたみたいだぞー」

 

 キリトがアスナの肩を軽く揺らすと、彼女はビクッと目を見開いた。

 

「わぁっ!?…あ、おはよう…」

 

「おはよう、いい夢は見れたか?」

 

「うん、これからできる船に乗ってロービアを周る夢だったわ。……正夢になるのが楽しみっ!」

 

 アスナは勢いよく外に出ようとしたが、キリトに慌てて止められる。

 

「ちょっと待った、何処に行く気だ!?」

 

「え?だってクエストログには【注文した船が完成したようだ。船匠の工房に向かえ】…って、そっかここが工房だった!」

 

「……おかしくない?じいちゃんも戻ってこないしここ以外に部屋ある?」

 

「じいさんが入っていった物置エレベーターで移動した先に行けってことじゃないか?」

 

 キリトたちが物置部屋に入ると、壁にレバーを発見する。それを引いてみると大きな振動と共に小部屋は降下を始めた。

 振動が終わった後彼らを出迎えたのは、水路に浮かんだ優美なフォルムのゴンドラ。その近くにはロモロ老人の姿もある。

 

「わぁっ…!」

 

 アスナはアイボリーホワイトの船に駆け寄る。船べりや船首は深みのある緑色、座席などの内部は落ち着いたブラウン系。船首の下に付けられている衝角は水の反射で隠れている。

 

「ありがとうロモロさん、この船とっても素敵です!」

 

「……フン、礼を言うのはワシの方じゃ。良い船を造らせて感謝しとるよ。……じゃが!」

 

 ロモロは満足そうに呟くものの、不意に語気を強めて釘をさす。

 

「コイツをうっかり沈めてみろ、ワシがノコギリ片手に地の果てまで追いかけてやるわ!!」

 

「沈めませんっ!」

 

 アスナはすかさず答える。四層に来てからというもの、彼女はすっかりはしゃいでいた。

 

「わたしたちもこの船の材料を命がけで集めたんですから!大事に乗ります、本当にありがとうおじいちゃんっ!」

 

「……フン、これからこの船はお前さんらのものじゃ。水門を開けてやるからどこへでも漕ぎ出すがよかろう」

 

「ハイッ!お世話になりました!」

 

 キリトたちは船に乗り込んでから、大事なことに気づく。船頭の姿がどこにも見当たらないのだ。

 

「……あ、あれ?じいさん、この船の船頭はどこにいるんです?」

 

「船頭?そんなもんはおりゃせんわい」

 

「え、ええ!?じゃあコレ誰が漕ぐんですか…!?」

 

 老人は愉快そうに笑みを浮かべた。その笑顔を見てキリトは嫌な予感がする。

 

「…お前さんがそこに立って(かい)を握ればよかろう?」

 

「は?……はぁ!?」

 

「なるほどねー…頑張れキリト、お前の仕事だぞっ!」

 

 気楽に言うドルモンの頭をぺしっと叩いてから、キリトは操船方法のマニュアルを読む。本来ならば漕ぐのは大変だろうが、いい感じに簡略化されているためキリトでもなんとかなるだろう。

 しかし、キリトが船に乗ったのは小学生のころの手漕ぎボート以来なので彼はおっかなびっくりに櫂を握っていた。

 

(……でも、簡単なのと俺の操縦の上手さは関係ないよなぁ…。いきなり大破轟沈させてじいさんにキレられそうで不安だ…)

 

「……では、()()()()()()。開けるぞ!」

 

 櫂を何度も握り直すキリトをよそに、ロモロは水門の開閉レバーを引く。大扉が開くと既に夜が明けているのか朝日と朝靄が工房に入り込んだ。

 

「それじゃ、行くぞっ!二人ともしっかり掴まってろよ!」

 

「「はーい!」」

 

「……ティルネル号、発進!!」

 

 

 キリトは勢いよく発進とは言ってみたものの、ゴンドラはフラフラと酔っぱらっているかのような不安定な動きをする。

 

「き、キリト君もっと左!違う、そっちじゃない!!」

 

 ガリッという嫌な音がする。どうやら衝角が壁を擦っているらしいと気づいたキリトは顔が青くなった。

 

「……やっべ」

 

「キリト、落ち着いて!慌てるとまたぶつけちゃうよ」

 

「お、おう!落ち着いて、落ち着いて……」

 

 キリトはひとまず深呼吸してから(仮想世界で有効なのかはともかく)ゴンドラを慎重に操作して水門を通過する。

 

「おじいちゃん、また来ますねー!」

 

 アスナに老人への礼を任せ、キリトはゴンドラを動かすのに集中する。しばらくすると操作にも慣れてきたのか船はどんどんスピードを上げていった。

 

「わー、気持ちいいねー!このまま街の外まで行きましょう、ゴンドリエーレさん!」

 

「な、なにそれ?」

 

「ゴンドラの船頭さんのことよ!」

 

「そうか、初めて知った…。でも俺はもうちょっとロービアの水路で練習させてほしいかなーって…」

 

 キリトの提案にアスナは軽くため息をつくが、おぼつかない手つきで不安を覚えたのかこっくり頷いた。

 

「……しょうがないなぁ…。じゃあ街を見て回りましょうか」

 

「アイアイサー」

 

 と、キリトが答えたその時前方から大きな観光用ゴンドラが近づいてくる。慌てて避けるとあちらに乗っていたゴンドリエーレが罵声を浴びせてきた。

 

「気を付けろクソガキッ!!(おせ)ぇんだよ!!」

 

「さ、さーせん…」

 

 キリトは謝罪するが、ゴンドラは無視して先に進む。相手側の酷い態度に、アスナは眉間にしわを寄せた。

 

「…なによアレ!あっちの方が大きいからってあの態度はないでしょ!」

 

「ま、まあまあ…。よそ見していたこっちが悪いんだし…」

 

 今度は後方からやってきた小さいゴンドラが猛スピードで追い越してくる。

 

「チンタラ走ってんじゃねぇ、ぶっ殺されたいか!!」

 

「…………よし、あのゴンドラ《メタルキャノン》で沈めろドルモン!俺が許す!!」

 

「キリト君、お座り!気持ちはわかるけどお座りっ!」

 

「そうだよ、落ち着いてキリト!」

 

 キリトはしばらく遠ざかっていくゴンドラを睨んでいたが、もうどうにもならないことを悟ってため息をついた。

 

「……なんなんだよ…。そりゃ自前の船で移動されると商売あがったりだろうけど、あんな邪険にしないでもいいじゃないか…」

 

「オイ、そこのガキ船を止めろ!」

 

「……?な、なんでしょう?」

 

 キリトは近くにやってきた小型ゴンドラの船頭に怒鳴りつけられ首をかしげる。船頭の頭上にはNPCを示す黄色のカーソルが浮かんでいた。

 何かイベントが始まったのだろうか。

 

「てめぇ、誰の許しがあって船を動かしてやがる?この水運ギルドに挨拶もなしとは舐め腐りやがって!!」

 

「……!水運ギルド!?」

 

 アスナはその団体に聞き覚えがあった。たしか、ロモロ老人から船の材料を根こそぎ奪っていった連中である。

 

「……それで?その水運ギルドとやらが俺たちに何の用です?」

 

「その船から降りろ。二度と船を動かさないと誓えば、船の没収で勘弁してやるぜ」

 

「……嫌だと言ったら?」

 

「船ごと水路の底に沈めてやるッ!!やれお前ら!!」

 

 船頭の合図でゴンドラに座っていたガラの悪いNPC二人がそれぞれ槍と両手斧を構える。さらにゴンドラの席に無造作に置かれていたオブジェが動き出して亀のような姿のデジモンになった。

 

「ゲヒヒ、この斧で船ごとバラバラにしてやらァ!」

 

「カメー」

 

「え、ちょ…圏内で戦闘っ!?」

 

 船に乗っている三人とデジモンのカーソルが赤に変化した。

 キリトは超展開に動揺する。船ごと沈めてやるだのバラバラにしてやるだの、どこまで本気にしていいのかわからなかったからだ。

 

(HPを削られるわけない…と高を括るのは流石に楽観的過ぎるか!)

 

「キリト君、判断は任せるわ!逃げるか、戦うか!」

 

 キリトはアスナの言葉に決意を固める。

 

「…戦うぞ!アスナ、ドルモン、俺は操作に専念する!奴らの相手は任せた!」

 

「おう、任せてっ!」

 

 

 アスナは両手斧のゴロツキの攻撃を受け流す。両手斧と細剣、重量差があるのに対抗できている理由は単純に《シバルリック・レイピア》の性能の高さのおかげだ。

 しかし、彼女の腕にはしびれが残った。

 

「お、重たい…!」

 

「ケケケ、今度はこいつだぁッ!」

 

 槍使いがアスナを刺し貫こうとするが、ドルモンが咄嗟に《メタルキャノン》で槍の軌道を逸らす。

 

「あ、危なかった…」

 

「ありがと、ドルモン!……キリト君、この人たち意外と強いかも!」

 

「わかってる!俺も戦いたいけど、ここで櫂を手放すわけにもいかないからな…」

 

 キリトは敵船に乗るデジモン、《カメモン》をにらみつけた。こちらに積極的に攻撃はしてこないが、船へ攻撃をしようとすると背中の甲羅で守る素振りを見せてくる。

 

「カメー」

 

(きっとゴンドラを破壊できればこの戦闘は終わる!まさかアレをこんな速く使うことになるとは思わなかったが……!)

 

 敵にもちゃんと聞こえるようにキリトは声を張り上げる。

 

「二人とも、敵のゴンドラをぶっ壊せ!!」

 

「わかった!《メタルキャノン》!!」

 

 ドルモンは即座に船底に穴を開けようとする。その指示を聞いた敵は動揺し始めた。

 

「な……このクソガキ!何しやがる!?」

 

「ごめんなさい…でも先に襲ってきたのはそちらなので!」

 

 アスナも一瞬悩む素振りを見せたものの、こちらのゴンドラを破壊されては本末転倒だと気づいたのか《パラレル・スティング》で敵船を攻撃する。

 水運ギルドの組員たちは距離を取ろうとするが、それこそがキリトの狙いだった。

 

「こ、これならあの怪物の鉄球はともかくガキの攻撃は届かん……」

 

「いや、これで詰みだ!!」

 

 キリトは方向転換しようとする相手の船の側面に衝角を激突させる。元々はヌシ熊に生えていた角は、ゴンドラを真っ二つにした。

 かつてのマグナテリウムは大木を軽々とへし折っていたので当然の結果である。

 

「ば…馬鹿なーっ!!?」

 

「カメー!?」

 

 破壊されたゴンドラから落ちた水運ギルドのメンバーは、武器を捨てて水路を泳いで離脱する。

 

「に…逃げろっ!」

 

「お、覚えてやがれ!!」

 

「そのツラ覚えたからなぁ!!」

 

「カメカメー」

 

 悪態をつきながら逃げていく彼らを見送りながら、キリトはホッと安心して座り込んだ。海戦など初めての事だったが、なんとか撃退できたらしい。

 

「よ、良かった…。なんとかなった…よな?」

 

「多分ね。………なんだか、思い出が台無しにされた気分だけど!」

 

「まさか襲いかかってくるとは思わなかったからな…。あいつら水運ギルドにとって商売敵になるとはいえ、やりすぎ……」

 

 キリトはそこまで言って口を閉ざす。あの老人の意味深な発言を思い出したからだ。

 彼は衝角のことを『必要なものでもあり、無用の長物でもある』と言った。…もしかしたら、ゴンドラを造るとこうなるであろうことを初めからわかっていたのではないか?

 そこまで考えてから、キリトは完了したとばかり思っていた造船クエスト《昔日の船匠》のクエストログを開く。

 

「あ、アスナ!ちょっとコレ見てくれ!」

 

「ど、どうしたの?」

 

「…クエストログが更新されてるんだ。『水運ギルド所属の船の様子がおかしい。船匠に話を聞きに行け』…だって」

 

 アスナも驚いてクエストログを開いてみると、確かにそんな文章が残っている。

 

「なるほど、じゃあ一度おじいちゃんに話を聞かないとね。…連中が何を企んでるのか」

 

 ロモロのいる工房に戻ってきたキリトたちは、彼に海運ギルドの船に襲撃されたことを伝えた。老人はため息をついてから、またもや妙なことを語りだす。

 

「……連中が何を企んでおるか知りたいなら、客でなく木箱を載せた大型船を気取られずに後をつけてみるがええじゃろう。夕方に街の南東から出航するはずじゃ」

 

「木箱を載せた大型船?水運ギルドはどこかと交易してるんですか?」

 

「……言っとくがワシが知っとるのはそこまでじゃ。…あの船には荒っぽいゴロツキが何人も乗っておるが、まあヌシ熊を倒せるならたいして問題にはならんか」

 

 

 老人の工房から出た一行は困ったように顔を見合わせた。

 

「…変な話だったね」

 

「でもクエストはまだ続いてるっぽいんだよな…。目的のゴンドラは手に入ったし、続きを進めるかはアスナに任せるよ」

 

「もちろん続けるわ、やり残したことがあるとモヤモヤするじゃない!」

 

 ゴンドラに乗ったアスナはあくびをする。その様子を見ていたキリトも眠気がきたのか目をゴシゴシとこすった。もう六時前なので夜型のプレイヤーが戻ってきたり朝型のプレイヤーが活動し始めていてもおかしくない。

 

「アルゴに中途半端な情報渡すと後で怖いからな…。んじゃ、眠たいし宿屋に行くか…」

 

 キリトはティルネル号を船着き場に近づけると、舫い綱をビットに繋ぐ。

 

「これで船が勝手に何処かに行くことはないな」

 

「でも他の人が舫い綱取って盗むことはできそうだけど…」

 

「あ、それは大丈夫。固定状態は所有者以外は解除できないってマニュアルに書いてあったよ」

 

「よかった…だったら安心して休めるわね」

 

 なんだかんだでほぼ二十四時間ぶっ続けで戦ったり泳いだりしていたため、一行の疲労は限界まで溜まっていた。

 

「……集合は何時にする?」

 

「あー…十、いや十一時でお願いします…。もう限界なんだ…」

 

「りょうかーい…ふぁあ…」

 

 二人は寝ぼけまなこで宿屋に向かう。ドルモンはもはや起きているのがつらいのかキリトの肩に乗ったまま居眠りしていた。

 宿のベッドに倒れ込んだキリトは気絶したのかと思うくらい熟睡する。アラームで起きたキリトが最初に目にしたのは、ベッドの上でぴょんぴょん飛び跳ねるドルモンの姿であった。

 

「おっはよー!お腹空いた、ごはん食べに行こうキリト!!」

 

「………寝たらすぐに元気になりやがって…。おはようドルモン、今日も頑張るかぁ…」

 

 キリトは伸びをしてからメニューウィンドウに表示された12月22日という日付を見て首をかしげる。

 

(……あれ、なんか忘れてるような…)

 

「キリト、早く行こう!オレお腹ペッコペコ!!」

 

「お、おう!すぐ行くから待ってろ!」

 

 キリトは『まあ大したことじゃないだろう』と日付について考えるのをやめ、部屋を出た。




<キリトメモ>

《カメモン》
マウスのような甲羅を背負った亀型デジモン。頭にはヘルメットを被っていてその防御力は中々侮れない。ロービアの街では人間たちと共に働く彼らの姿を見ることができる。
必殺技は目標に当たるまで誘導する矢印の形の飛び道具《ポインタ・アロー》、腹部のボールを転がして体当たりする《メットタックル》。また、全身を甲羅の中に収める《コーラガード》は生半可な攻撃を跳ね返してしまう。
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