キリトは宿屋の一階にいたアスナと合流すると、そのまま宿を出て転移門広場近くの屋台へと向かう。
もう十一時なので朝食というか昼食を何にしようかとキリトとドルモンが悩んでいると、アスナに袖を引っ張られた。
「……ねぇ、何かしら?」
「何が?今日は魚フライでも食おうかなって思ってるけど、他に気になるメニューあったか?」
「違うわよ!あっちの方向、人が集まって騒いでない?」
キリトがアスナの指さす方を見ると、確かにざわめきが聞こえてくる。人が集まっている西の方角に屋台はないはずなので、人気店があるわけでもないだろう。
「……というかあそこ、オレたちの船を置いてる船着き場じゃない?」
「…………すっごい嫌な予感がするのはわたしだけかしら…?」
「……俺も」
キリトたちが船着き場に到着すると、案の定人だかりができていたのは彼らのゴンドラであるティルネル号だ。…しかし、人混みの原因は桟橋で言い争いをしている二つの集団だった。
「何べん言うたらわかるんや!先にこの船を見つけたんはワシらや、ならこっちが先に調べるんが道理と違うんか!?」
「何が先に見つけた、だ!責任者のアンタがここに来たのはおれより二分後だっただろう!調査を先に始めてたのはこちらだ、難癖をつけるな!!」
「なんやとこの野郎!!」
そう、ALSとDKBである。いつも通り喧嘩をしている彼らにキリトたちはうんざりした。
「「うへぇ……」」
もうこれだけでやる気がそがれるが、彼らが言い争いをしている今のうちにこれからどうするか決めなければいけない。
「……とりあえず解決策を考えなきゃな…。……うーん、提案その1、一旦見なかったことにして屋台で飯食ってから、ほとぼり冷めるころにコッソリ出航。その2、言い争いをしてるあの連中に造船クエストのこと全部説明する」
「…………あいつらのほとぼりが冷めるなんてことある?」
「ないな…。じゃあ連中にクエストの事を説明しなきゃいけないのか…」
キリトは腹をくくったが、その提案にアスナはため息をついた。
「……それ、その後の展開がなんとなく想像できちゃうのよね…」
「…というと?」
「ジブンらだけ抜け駆けで攻略なんぞ許さへんで!ワシらの船ができるまでクエスト手伝えや!……って展開」
アスナのキバオウのモノマネは中々の完成度で、それを聞いたキリトは冷や汗と引きつった笑みをするしかない。
「……うへぇ、地獄か…?俺たちの時間だって有限なんだぞ?大型船探ししなきゃいけないのに連中の熊狩りやら木こりの手伝いなんかやってられるか!!」
「……それに、もう一つ気になっていることがあるの。今ティルネル号は誰も動かせない状態だけど…
「……衝角オプションが存在するからな…」
そもそも早朝に水運ギルドの船乗りに襲われて、衝角で返り討ちにしたばかりなのだ。圏内でも船にダメージを与えられると考えた方が自然だろう。…そう考えていたキリトの耳にこんな会話が聞こえてくる。
「キバオウ、乗れないならもうこの船壊してやろうぜ!あいつらに船が渡るよりは…!」
「なんやアグモン、ずいぶん後ろ向きな発言やないか。……ま、それは最終手段や。なんかフラグが必要かもしれん、もうちょっと調べるべきやで」
キリトは悩んでいる暇がないことを悟った。アスナも同じことを考えたのか冷や汗をかいて呟いた。
「……これ、キバオウさんの気が変わらないうちにティルネル号に乗って逃げた方がいいんじゃない?」
「ってことは…提案その3、強行突破…?」
「いいじゃんそれ、連中の驚く顔が楽しみだな!」
「…しょうがない、俺が先に飛び乗って出航の準備を整える。アスナはロープを外してくれ」
頷いたアスナとタイミングを合わせ、キリトは船着き場に飛び降りた。全力で走りながら周りの人間に声をかける。
「失礼、ちょっと通るぜ!」
「ごめんねー」
緑の集団と青の集団は驚いたのかすんなりと道を開けてくれた。キリトが
「なんでや!?」
何をしようが外れなかった舫い綱があっさり外れ、キバオウはいつものように叫ぶがアスナはそれを無視して船に飛び乗った。
ティルネル号が桟橋から離れていくのを見ながら、リンドは慌てた様子で船に乗っている彼らに声をかける。
「ちょ、ちょっと待てお前たち!その船はいったい何処で…!?」
「造船クエストの詳細は《攻略本》の続報を待っててくれ!あーばよーっ!」
「待てや!!…って、またお前らかーいっっ!!?」
キバオウは喚いているが、既に船は遠く離れていた。南東エリアの水路まで逃げた一行は船のマニュアルを再び確認する。
それによると船には例外なく耐久値が設定されており、モンスターの攻撃や障害物への衝突、他の船の戦闘によって減少するらしい。ゼロになった場合は轟沈することになるが船匠や木工スキルを取ったプレイヤーなら耐久値を回復できる。
「……船着き場に係留中、あるいはアンカーを下ろして無人の状態なら耐久値は減らないみたいだな。あの船着き場でアグモンが火ぃ吹いても大丈夫ではあったのか…」
「でもこれ圏内でも船の耐久値が減るってことよね…。なんだか不安だなぁ…」
ドルモンはじっとキリトの目を見る。下手くそな操舵で船が沈んだ場合、一緒に水底に沈みかねないからだ。
「船を動かして五分でしょうかくで敵の船沈めてるからねー…。また船に乗って戦うなら注意して動かしてね、キリト!」
「はいはい、わかってるよ…。……で、クエストの続きだけど…例の大型船が南東エリアに出てくるのって夕方だよな?」
「そうね…ここでずっと待機しても時間の無駄だし、アルゴさんに造船クエストの情報を渡した方がいいと思うわ。……あの人たちが浮き輪で頑張って泳いでるところを一回見てみたいところではあるけど…」
「ははは、たしかに愉快な絵面になりそうだな!んじゃ、馬鹿話もこの辺にしてメシ食いに行こうぜ!」
キリトたちは昼食のカニグラタンと貝の蒸し煮をシェアしたり防具の更新をしたりアルゴと戯れたりして時間を有効活用した。
四時になって全長十五メートルの大型船を発見した一行はこっそり尾行してみたのだが…、狭い水路を俊敏に通り抜ける船を追うのは至難の業であった。だがしかしキリトはひーひー言いながらなんとか追いかけ、大型船は水没したダンジョンに入っていった。
中が入り組んだ洞窟を移動していたキリトたちは、中に巣くっていた《スカットル・クラブ》と戦闘しているうちに大型船を見失ってしまった。
「……やっべ、迷子になった…」
「結構広いもんねこのダンジョン……、何やってるのドルモン?」
アスナは先ほど倒したカニの脚を掴んでいるドルモンに声をかける。
「……お昼に食べたカニグラタンの中身ってこいつだったのかなーって…」
「……え、不安になるからそういうこと言うのやめて!?」
いやいやと首を振るアスナに苦笑しながら、キリトは二人の不安を払拭してあげることにした。
「い、いや大丈夫だよ!NPCレストランの料理は食材の仕入れが必要ないからシェフがカニと格闘してたりはしないと思う。……ただ、プレイヤーの露天販売でカ二饅頭やらが売ってたら…中身はほぼスカットガニだろうなぁ…」
「…そっかー。…………お腹空いたし一本食ってもいい?」
「だ、駄目駄目!拾い食いの癖がついちゃうわよ!」
十時間以上も前に食べたカニグラタンを思い出し、ドルモンは中身が空の胃袋に思いを馳せている。そんなこんなで進んでいると、何度目かの扉と船着き場にたどり着いた。
「……あ、また扉だ」
「どうせ行き止まりだし無視でいいわ…」
「そりゃないよアスナ!宝箱があるかもしれない!」
「中身はだいたいボロボロの武器とかじゃない、期待するだけ無駄………?…キリト君、なにか聞こえない?」
アスナがそう言ったのでキリトたちも耳を澄ませてみると、確かに話し声らしきものが聞こえてくる。
「……行こう。多分水運ギルドの連中がいるはずだ」
声のする方に向かうと、そこは百メートルもある半円のホールになっていた。キリトたちが潜む水路を含め五本のトンネルが口を開き、その桟橋には…。
「みっけ。水運ギルドの大型船だ…」
「あいつら、運んできた荷物を運んでるみたいだね」
ごつい水夫たちはダークグレーの革鎧とシミターを装備した怪しい連中に大きな箱を渡している。彼らの耳は尖っていた。
「……!?…なんで、ここにフォールンエルフが…?」
そう、三層のエルフクエストのクライマックスに出てきた第三のエルフ族だ。彼らはかつて聖大樹から強大な力を得ようと企んで追放されたロクでもない悪党の末裔であり、毒や罠などの卑怯な手段を積極的に使う。
どうやら彼らもエルフクエストのキーアイテムである秘鍵を狙っているようなのだが…それがなぜこんな場所にいるのか一行は首をかしげた。
「ベータの時はどうだったの?」
「…そもそもこのダンジョン自体正式サービスで追加されてるっぽいからな。フォールンがこんな風に人間と一緒に何かしてる場面とかなんて初めて見たぞ?」
「嫌な感じ…。あの人たちってロービアの人間よね?水運ギルド自体がフォールンエルフとグルなの!?最悪にも程があるんだけど!!」
アスナは怒りをあらわにしている。何も知らなかったとはいえ、フォールンエルフと組んでいるような連中のゴンドラに乗って楽しんでいた事実に頭にきたのだろう。
「あいつらがロモロのじっちゃんを虐めてた理由って、この商売を隠すためか?」
「だろうな、奴らの貿易には知られたら困る事実があるんだ。……あの箱の中身、なんだろうな?」
キリトが話しているうちに木箱を運び終えた水夫たちは、フォールンエルフから革袋を受け取ってにんまりと笑みを浮かべる。中身が何かは明白だった。
「……あの袋ずっしり重そうだなー」
「流石に奪おうとか考えてないよね…?」
「いやいや、まっさかー!多分アレ、見つかったらクエスト失敗だぞっていうシステム側の警告だぜ?これ見よがしにあんなの見せられたら俺でも警戒するよ…」
キリトたちは毒にも薬にもならない話を続けていたが、貿易を終えた大型船がこちらの潜む水路に向かってくるのを見て動揺する。
「こ、こっち来てる!?」
「クソ、こうなったら…!」
キリトはティルネル号を全力で後退させ、先ほど見つけた船着き場に係留させる。その狙いに気づいたアスナだったが、彼女はその欠点もまた気づいていた。
「だ、駄目よ!これじゃわたしたちは隠れられてもティルネル号が見つかっちゃう…!」
「わかってるよ、でも他に逃げ道はないし無人の船なら壊されることはないはずだ…」
しかし、船が見つかれば水運ギルドの水夫たちが部屋に入ってくることは明らかだった。
キリトは床に落ちていた大きな布を手に取る。鈍い銀色に光る布は全員で隠れるには充分な大きさだ。
「とりあえず、この下に…」
「……待った、ただの布にしては妙に綺麗じゃない?」
アスナが布のプロパティをポップさせると、長めの説明文が現れる。
【アルギロの薄布:水中で暮らす希少な蜘蛛の糸で織られた布。周囲を水で囲まれた場所でのみ、この布で覆ったものは不可視になる。】
その説明を読んだ瞬間、キリトは扉を開けて水路の出口を見る。大型船はまだトンネルには入ってきていないため今なら誤魔化せるだろう。
キリトはアスナと視線を交わしてからティルネル号にアルギロの薄布を覆いかぶせる。すると布の表面は水路と同じ色に同化し、被せた本人にすらほとんどわからなくなってしまった。
「うわ、本当に透明になった!?」
「……ヨシ、隠れろっ!」
キリトは再び部屋に戻って身を隠す。そのすぐ横でアスナはため息をついた。
「…先にこの部屋を探っておけばよかったって、今更ながら後悔してるわ…」
「……だろー?次はマッピング100パー目指そうぜ!」
「えー、やだ。……っと、来るわよ」
幸い、大型船はティルネル号にもキリトたちにも気づくことはなく素通りしていった。
「………ふぅ、行ったわね…。…わたし、この手の類のスニーキング?それ系のクエスト苦手…」
「……わかる…、かくれんぼ苦手なんだよなー」
「アスナが布の特殊能力に気づいてなかったらクエスト失敗だっただろうな…ナイスッ!」
「……どういたしまして」
アスナは困っているような、それでいて恥ずかしがっているような曖昧な笑みを浮かべる。
「そ、それでどーするの?このままゴンドラを追う?」
「………いや、多分あいつらはロービアに戻るだけだ。それより木箱の中身を調べるべきだと思う」
「…そ、そうよね…。…ってことはフォールンがいっぱいいるあそこに行かなきゃいけないんだ…。スニーキング継続かぁ…」
アスナは嫌そうな顔をしているものの、ここからロービアに戻って休むのは文字通り二度手間だ。
「……大丈夫か?」
「うん、まだ平気。それよりドルモンはどう?」
「……もうちょっと頑張るよ、うん…。アスナだって辛いのに弱音なんて吐いてられないもんね…」
そう言いながらも、ドルモンは敵のアジトに腹持ちのいい食べ物がないか期待するのだった。