ソードアート・オンライン+D   作:シャザ

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28話 血濡れの将軍ノルツァー

 キリトは《アルギロの薄布》をひっぺり剥がした。彼はそのままじっと布を見つめてみる。

 

(こんな低階層で手に入るアイテムにしてはやたら高性能なのが気になるな…)

 

 そう思いながらプロパティを確認してみると、薄布は五分程度使用しただけで一割も耐久値が減っている。ということはこのアイテムは五十分しか使えないということだ。

 

「……なるほどなぁ。そううまい話はないか…」

 

「でもこの布持って行っちゃったら次に来るプレイヤーが困らない?」

 

「いや、宝箱じゃなくて床に置いてあったってことはクエスト進行中のパーティが入ってくると湧いてくるんじゃないか?まあ俺たちはコレ一枚で頑張ろうぜ」

 

「そうね…、あとどれくらい使えそう?」

 

「耐久値の減りから考えて…あと四十分は使えると思う。できるだけ時間をかけずに木箱の中身を調べて、すぐにここから脱出しよう」

 

 

 一行がアジトの扉をこっそり開けると、離れたところにフォールンエルフの兵士がこちらに背を向けて歩いていた。敵のカラーカーソルは薄い赤色で、強いわけではないものの見つからないに越したことはない。

 その場から去る番兵が戻ってこないうちにキリトたちは移動した。通路にはたくさんの扉があり、全てを片っ端から調べるのは中々骨だ。

 

「……そこそこ広そうだし、じっくりやろう」

 

 アスナは暫定パートナーの少年に頷いた。

 

 

 しかし部屋を全て調べてみたものの、目的の木箱を見つけることはできなかった。宝箱を見つけたり休憩所で休んだりはできたものの、疲労は確実に溜まっている。

 通路の突き当りには下り階段があった。

 

「……後はこの下かー」

 

「勘ではあるけど、目的のものはこの下にあるような気がするのよね…」

 

 一行が長い階段を降りると、地下は倉庫になっている様子だった。扉の着いた正面の壁にはそこそこ強そうな衛兵たちが守っていて両側の壁際に木箱が積み上げられている。

 階段の近くに潜んだ彼らは、移動しない敵に頭を悩ませた。

 

「うわ、見張りがいるぞキリト…。どうする?」

 

「戦うのは論外、他に何かできないか?」

 

「……ここはわたしに任せて」

 

 アスナはエルフクエストでアルゴがやっていた、意識を逸らす技術を試すことにした。石ころを拾い、右側の木箱に向けて投擲する。カツンという小さな音に、見張りのフォールンエルフは首をかしげる。

 

「………今、音がしなかったか?」

 

「まあ鼠かなんかだろうけど…確認はしておくぞ」

 

 衛兵が音の方向に移動する隙を突いて、キリトたちは木箱の近くまで移動することに成功する。

 

(い、いつの間にこんなテク覚えたんだ…)

 

(ぶっつけ本番だったけど成功してよかった…。もうちょっと練習してみようかしら…)

 

「さてさて…箱の中身はなんだろな、っと」

 

 キリトは木箱のふたを開けて中身を確認する。……しかし、中にはなんにも入っていなかった。

 

「……あ、あれぇ…?」

 

「キリト君、きっともうその木箱の中身は持って行った後なのよ。もう一個開けてみましょう?」

 

 慌てて他の木箱も開けてみるが、先ほどと同じく中身はない。

 

「大事そうに運んでたのに、なんで?」

 

「……あんなに大金渡して(から)の箱を購入してたのか…?」

 

 二人が首をかしげていると、複数の足音が聞こえてくる。このままでは恐らく見つかってしまうと考えたキリトは、木箱を開けてアスナの背中を押した。

 

「隠れるぞ!」

 

 アスナも事の重大さがわかっていたのか素直にうなずいて木箱の中に入った。キリトも箱に飛び込むが、箱の大きさから想像していたよりもやけに狭い。

 

「……ちょっと、狭い…」

 

「……確かに…。あの大きさだったらもっと広くてもおかしくないし、使ってる板自体が分厚いのか…?」

 

「ねえキリト、来たよ」

 

 キリトは話すのをやめ、やってきたフォールンエルフを見た。先頭にいるのはフォールンにしては体格がいい大男。名前は【Eddhu:Fallen Elven Forman】となっている。

 たくましい両腕に革手袋を付け、大型ハンマーを携えた彼は後ろに続いていた十人に向けて言った。

 

「本日の荷揚げで、予定の量は全て揃いました」

 

「…うむ、ご苦労。……だが少しばかり組み上げが遅れているようだな、エドゥー」

 

 大男ことエドゥーにそう応じたのは、金属と革の複合鎧と深紅のマントを装備した明らかに偉そうな男であった。黒い覆面には二本の角が生えており、赤く鋭い眼光は直接見たわけでもないのにキリトを萎縮させる。

 

「…申し訳ありません閣下。遅れは三日後には解消するかと」

 

「そうか。では、計画通り五日後には全て完成すると思ってもいいのだな?」

 

(いったい何を完成させるか言ってくれよ!)

 

 キリトはそう思いながら、閣下と呼ばれた男のカラーカーソルを見る。

 その瞬間、キリトの背筋に冷たいものが走った。ほとんど真っ黒のダーククリムゾンだったからである。

 モンスターのカラーカーソルの色はプレイヤーとのレベル差で赤みの濃さが変わるが、閣下と呼ばれたフォールンエルフのそれは、かつて戦ったハロウドナイトよりも暗い色だった。

 

(……これだけはわかる、こいつは…こんな低階層で出ていい敵じゃない…!!)

 

 敵のカーソルの固有名は【N,ltzahh:Fallen Elven General】となっている。名前はなんと読むのかすら想像もできないが、将軍(ジェネラル)という単語にキリトは戦慄した。

 

「……はっ、我が命に代えても必ず、ノルツァー閣下」

 

「良かろう、頼んだぞエドゥー」

 

 エドゥーの腕を軽く叩いてから、ノルツァー将軍はキリトたちが隠れる箱に向けて歩き出した。

 持ち上げていた蓋を閉め、キリトは心臓をバクバクさせながら箱の蓋をノルツァーが開けないようにひたすら祈った。

 やがて、三メートルほど離れた場所で停止した将軍の氷のように冷たい声が聞こえてくる。

 

「……それにしても、実に滑稽な話だ。遥かいにしえの時代に聖大樹の恩恵を断たれた我々は、今なおエルフ族の禁忌に縛られている…」

 

 その言葉に、甘さと鋭さの同居した女の声が応える。

 

「は…下らぬ禁忌さえなければ、あのようなドブネズミどもと資材の取り引きなどせずに済んだのですが…」

 

「……ふっ、カイサラよ…今は金貨なんぞ好きなだけ払ってやればいい。我らが全ての秘鍵を手にし聖堂を開いた時、人族に遺された最大の魔法が消え去るのだからな…」

 

「その通りです閣下、非願成就は確実に近づいております」

 

「うむ。まずは特務隊司令官が取りこぼした第一の秘鍵を奪還せねば。……()()()、全ての準備が整い次第作戦を開始する。……期待しているぞ、諸君」

 

 はっ!という多くの声が響いた後、無数の足音が遠ざかる。……どうやら、当面の危機は去ったらしい。

 

「………い、行った…か?」

 

「敵の気配は…あの見張り以外はないよ」

 

「ノルツァー、秘鍵、禁忌…。情報が一気に出てきたな…」

 

 どうやら、正式サービスのエルフクエストはベータテストの時より状況が複雑になっているようだと、キリトは頭を悩ませる。

 

「………ねえ、キリト君!こんなとこで考え続けるのはやめてそろそろ移動しない?」

 

「……あ。ご、ごめん!」

 

 キリトはアスナとドルモンを先に箱から出してから本人も続く。アスナは伸びをしてからため息をついた。

 

「……結局、荷物の中身はわからず仕舞いかー…。いったい何処に行っちゃったんだろうね?」

 

「………荷物の、中身…?」

 

 何気ない彼女の言葉に、キリトの脳は違和感を覚える。

 

(計画通り完成、エルフの禁忌。人族との取り引き、秘鍵の奪還…。……五日後…?)

 

 パズルを組み立てるようにその単語たちを転がしていくが、形になりそうでならないもどかしさを感じたキリトはアスナにふと湧いた疑問をぶつけてみる。

 

「なあアスナ、あのエドゥーっておっさんの(クラス)の《フォアマン》ってどういう意味なんだ?」

 

「フォアマン?たしか親方、工場長、職人頭とか物を作る人たちのまとめ役だったような…」

 

「……職人…」

 

 キリトはそう呟きながら、箱をじっと見つめ…驚愕で大きく目を見開いた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そういうこと、だったのか…!!フォールンたち、いやエルフは樹を切れないからロービアの水運ギルドに木材を…!」

 

「何かわかったのキリト!?」

 

「……フォールンエルフは、船を造ってるんだ。ここにある木箱は船の材料で、あの扉の向こうで組み立ててるんだと思う…」

 

「………あ、ホントだ鎚の音がかすかに聞こえてきてる…。ならもうここに留まる理由はないわね、あの布の耐久値が全部なくなるまでに戻りましょうか」

 

 

 一行は幸いフォールンたちに見つかることなくティルネル号に戻ることができた。《アルギロの薄布》の耐久は一割しか残っていない。

 

「ギリギリセーフ…」

 

 キリトたちがダンジョンから脱出するとクエストログが更新される。確認してみると、そこには【手に入れた情報をしかるべき相手に伝えろ】という曖昧な指示があった。

 

「……ロモロのじっちゃんに伝えろってことか…?」

 

「それならズバッと『船匠』って書くんじゃない?」

 

「じゃあ水運ギルドか?」

 

「襲われるだけだと思うなー。あいつら普通に悪いことしてるし…」

 

 ドルモンの言うことも一理ある。船に乗っているだけで襲ってくる連中に『オタクらフォールンと取り引きしてるんでしょう?』などと言ってもクエストが進むとは思えない。

 

「……とりあえず街に戻ってから考えようぜ。腹は減ってるし眠気すごい来てるし…」

 

「宿屋は変えましょう、また騒ぎになっても困るわ」

 

「……そ、そうだな…」

 

 

 翌日、十二月二十四日にフィールドボス討伐のためキリトたちはカルデラ湖に来ていた。ベータ時代は火山地帯で酷く暑かったが、今は涼やかで見栄えもいいなぁとキリトが思っていると、一艘(いっそう)のゴンドラが近づいてくる。

 

「よお、造船クエストお疲れ」

 

「そりゃこっちのセリフだ。オレたちは斧持ちが二人いるから素材集めも楽だったが、昨日の《熊森(くまもり)》は大騒ぎだったぜ!…ま、ノーマル素材オンリーだから自慢にはならんが!」

 

 エギルは豪快に笑いながら中々堂に入った櫂さばきで船を動かしている。

 

「じゃあ、船匠のところには一番乗りか?」

 

「おう、タッチの差で二番手になっちまったDKBの連中は悔しそうにしてたがな!……あのデータを取ったのはお前たちだろう?本当に助かったぜ」

 

「あ、あー…、そうだな…」

 

 …結局、造船クエストの後半は攻略本に載せていない。アルゴとの話し合いの結果、水没ダンジョンまでの尾行が難しいのと、万が一にもノルツァーに喧嘩を売ることがないように情報を伏せることにしたのだ。

 レベル16のキリトですらカーソルがどす黒く見えた敵に、キバオウやリンドを殺されるわけにもいかない。

 なんだか気まずいキリトは目線を逸らし、エギルのゴンドラに注目してみる。落ち着いたブラウンの船体にオプションは付いていないものの、乗っているパーティーメンバーが全員両手武器使いなのでもはや船員自体が水上兵器みたいなものだ。

 そこまで考えてから、キリトはエギルの武器が水運ギルドのゴロツキが使っていた斧と同一のものだと気づいた。

 

「アレ、エギル。お前その斧何処で?」

 

「ああ、こいつか?圏内で船乗りに襲われるイベントが起きてな…。とりあえず叩きのめしてみたらドロップしたんだよ」

 

「……あはは、お疲れ様です…」

 

 アスナは苦笑いしている。

 

「あの襲われるイベント攻略本には書いてたが、起きる確率はそこそこ低めらしいな」

 

「そうなのか、それで性能の方はどんな感じだ?」

 

 興味本位で聞いてみたキリトに、エギルは楽しそうに答えてくれた。

 

「強化試行回数はちょっと少な目だが、人工物に与えるダメージが増える特殊効果があるぜ!攻撃力も申し分ない、今回のボスには使えんが…」

 

「今回は水上戦だしな。…ある意味、操舵は一番責任がある仕事だぜ。たとえボスにダメージを与えられないとしてもだ」

 

「だな…。連中がどのくらいわかってるかは知らんが」

 

 エギルは青い船に乗ったDKBと緑の船に乗ったALSの方を見てから肩をすくめた。ALSもDKBもたった一日でゴンドラを三艘用意したようだ。

 ロモロ老人はさぞ忙しかっただろうなぁとキリトは思った。

 DKBの旗艦がオプションの銅鑼をジャンジャン鳴らしてから、リンドが声を張り上げた。

 

「時間だッ!これより、第四層フィールドボス攻略を開始する!!進撃せよ!!」

 

「「「おうッ!!」」」

 

 カルデラ湖の戦いが始まる。

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