ソードアート・オンライン+D   作:シャザ

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29話 古代亀を攻略せよ!

 四層フィールドボスである《双頭の古代亀(バイセプス・アーケロン)》は、その名に偽りない姿をした大型の水棲モンスターだ。攻撃パターンは二つの頭での噛みつき、左右のヒレでの水面叩き、巨体を活かした突進の三つ。

 噛みつきとヒレ攻撃は大したことがないものの、突進攻撃は直撃してしまえばゴンドラが転覆しかねないほどの威力がある。幸い突進を起こす前に二つの頭を進行方向に向けるので、そのプレモーションを見逃さない限りは避けるのはそう難しくないだろう。

 

「回避ーッ!!」

 

 レイドリーダーのリンドの号令に、ゴンドラは急いで左右に分かれる。ほどなくして古代亀が二十メートルほどもある巨体で突っ込んでくるが、被害はゼロに抑え込まれた。

 

「よし、俺たちも移動するぞ!」

 

 キリトはティルネル号を亀の真横に近づける。二大ギルドに所属していないあまり物組は甲羅で覆われている側面を担当させられていた。

 アスナはゴンドラを動かすキリトに尋ねる。

 

「ねえ、ベータの時はここにどんなボスがいたの?」

 

「ああ…前はこの辺りが活火山で陸地だったから、亀は亀だけどゾウガメみたいなヤツだったよ。硬いけど動きが遅いせいであんまり強いとは感じなかったな…」

 

「へぇ…じゃあやっぱりこの層が水浸しになったのって予定通りだったのね」

 

「だろうなぁ…ベータのロービアも最初から二階に入り口あったし…」

 

 そんなことを話しているうちに、ティルネル号はアーケロンの側面にたどり着く。アスナは亀の甲羅にソードスキルを撃ってみるが、オーバースペックな《シバルリック・レイピア》と言えどもダメージを与えられない。

 

「………あーもう腹立つなぁ!!」

 

「アスナ、もうそのくらいにしとこうよ…。剣が折れちゃうよ?」

 

 ドルモンはあくびをしながらそう言った。攻撃が通るならもう少しやる気も出るのだが、全ての攻撃を弾かれて不貞腐れているらしい。

 

「まあまあ、ここなら船が攻撃されることもないし…」

 

「む、むむむ…。それはそうなんだけど…」

 

 アスナはせっかくのボス戦でいるだけの状態なのが不満なようだ。だが、文句を言っても場所を変えられるわけでもない。

 状況が変わったのは、アーケロンのHPバーの最後の一本がレッドゾーンに到達した時だった。

 

「キリト君、ゲージが赤くなったよ!」

 

「おう、とりあえず距離を取って…ん?」

 

 HPがレッドゾーンに入ると行動パターンが変わるボスは多い。だが、キバオウとリンドはこのままアーケロンを倒しきるつもりのようだ。

 

「うおおおおっ!!ラストアタックボーナスはワイのもんやァ!!」

 

「させるか!!今回こそ、おれが…!!」

 

「《ベビーフレイム》ッ!」

 

「《電撃ビリリン》!」

 

 アタッカー担当の四艘のゴンドラに乗っていたプレイヤーとデジモンたち(ベタモンは泳いでいる)の総攻撃がアーケロンの頭部に降り注ぐ。残りHPが一割を下回る、その時。

 

「おい、全員離れろ!!亀の様子がおかしいッ!!」

 

 キリトたちの反対側にいたエギルが叫ぶ。充分距離を取っていたキリトたちには、アーケロンが首、全てのヒレ、尻尾を甲羅に巻き付けるように密着させているのがすぐに確認できた。

 それを見たキリトの脳裏に、父親が見ていた古い特撮の怪獣が『そうはならんだろ』と言わんばかりの軌道で飛ぶ場面が再生される。

 

「……ま、まさか…あいつガ○ラ式飛行でもやるつもりかぁ!!?」

 

「え!あのデカいのが飛ぶの!?……ちょっと離れて観察してみない?」

 

 ドルモンは好奇心にワクワクしている様子だが、キリトはそれどころではないことに気づき叫ぶ。

 

「そんなこと言ってる場合かよ!!あれに巻き込まれたら転覆……いや、大型船同士激突したら船が大破しかねないぞ!!」

 

 ……しかし、エギルとキリトの声を聞いていたであろう両ギルドは退避しない。このまま押し切るつもりのようだが、準備モーション中は防御力が上がっているのかHPゲージは消えそうで消えない。

 

「キリト君、このままじゃリンドさんたちが…!」

 

「……クソ、こうなったら奥の手だ!二人とも屈めッ!!」

 

 キリトは櫂を思いっきり漕ぐ。

 一瞬、このまま突っ込んで美味しいとこを持っていったらまたビーターの悪評が上がるだろうなぁという逡巡(しゅんじゅん)が頭をもたげたキリトだったが、すぐにその迷いを振り払う。

 

「……知ったことか!俺だってな、ここだけは譲れないんだよ!!!」

 

 ティルネル号の衝角が水面からでもわかるほどに赤く熱を帯び、アーケロンの脇腹に深々と突き刺さる。

 背中から水蒸気を噴き出したアーケロンはそのまま爆散した。

 

「な、なんでやぁあああ!!?」

 

 LAを取れなかったキバオウのいつもの口癖を聞きながら、キリトはラストアタックボーナスの表示を眺めるのだった。

 リンドの乗っている旗艦《リヴァイアサン号》がティルネル号に近づいてくる。

 

「おい、お前たち!一体なにをした!?」

 

「リンド!ヌシ熊の角で作ったオプションの衝角でぶっ刺しただけだよ!」

 

「衝角!?……く、ゴンドラを早く造ることを優先したからそこまでは手が回らなかった…」

 

 リンドはどこかズレた反省をしている。

 

「いやいや、銅鑼を付けてるのDKBの旗艦だけだしオプションの有り無しで気にするなよ…」

 

「そうはいかない!もしおれたちの船に衝角があれば、LAはこちらのものだったはずだ!……悔しいな…」

 

 リンドと一緒に乗っているDKBメンバーもうんうんと頷いている。

 キリトは反応に困って彼らから離れると、アスナに怪訝な顔で質問される。

 

「……で、ここだけは譲れないってなに?」

 

「ひ、秘密…」

 

「むう…それにしても、この層って移動が大変よね…アルゴさんどうしてるのかしら…」

 

 アスナは情報屋兼友人兼ギルドマスターに思いを馳せている。

 

「い、いやー…。流石にあいつも今回ばかりは主街区で待機してんじゃないかな…」

 

「………と、思うだロ?」

 

「…………はっ!?」

 

 背後から聞き覚えのあるコケティッシュな声が聞こえて、キリトは危うく船から落ちそうになった。ティルネル号の後ろでアルゴが水面を走っていたからだ。

 アルゴの近くには浮き輪を装備して必死そうに泳ぐフローラモンの姿もある。

 

「え、えええ!?お前それどうなってんだ!!」

 

「ニャハハ、主街区でいいモン見つけたのサ」

 

 器用に左足で滑りながら、アルゴは右足を上げた。いつも履いているブーツではなく軽そうな木製のフローターが着いたサンダルだ。彼女はコレを使って水面を移動しているらしい。

 

「よっと、お邪魔しまース」

 

「はあ、はあ…やっと一息つけた…」

 

 余裕しゃくしゃくに船に乗るアルゴと、むちゃくちゃ疲れているフローラモンを船に引き揚げてあげたアスナは苦笑いしながらフローターサンダルを見ている。

 

「アルゴさん、それがあったら船要らなくなりませんか?」

 

「イヤー、そーいうわけにもいかないんだヨ。装備AGIがやたら高いうえに装備の重量をかなり減らさないといけないんだナー。バランス崩すと速攻池ポチャだし、戦闘とか無理無理!」

 

「へー…。それにしては装備ほとんど変わってないように見えるけどな」

 

 キリトがそう呟くと、彼女はさらりととんでもない暴露をした。

 

「………実は、この下なんにも着けてないって言ったらキー坊はどうすル?」

 

「…………へ?マジ??」

 

 キリトは本当か確認しようとするが、アルゴのニヤニヤ顔で嵌められたことに気づく。アスナは冷たい視線をキリトに向けていた。

 

「キリト君、サイテー」

 

「……ッ!この野郎、からかったな!?」

 

「ニャハハハ、キー坊のスケベ!知りたいんなら時価で買うんだネ!」

 

「しかも値段がぼったくりじゃん!!」

 

 ニャハハと再び笑ったアルゴに、アスナは咳払いしてから言った。

 

「アルゴさん、フローラモン、次の村まで一緒に行きませんか?」

 

「オ、じゃあお言葉に甘えさせてもらうヨ」

 

「ありがとアスナ!………実を言うと、アルゴについていくの結構大変だったんだよね…」

 

 フローラモンはぐでーっと座席にもたれかかっている。ドルモンは彼…彼女?が泳げないことを直感的に悟った。

 

「なあフローラモン、こんど一緒に練習する?」

 

「あ゛ー…機会があったら…?」

 

 

 新たな村ウスコはロービアと同じようにベータと大きく変化していた。何の変哲もない村は、水に浮かぶ丸太の上に建築されゆらゆらと揺れる村に変貌したのだ。

 

「…足は踏み外さないでねキリト」

 

「あいあい、わかってるよ。……にしても、やっと四層も半分かぁ」

 

 レストランのテラスでキリトがそうぼやくと、アスナはにっこりと指摘してくる。

 

「あら、やっと半分って言うけど四層に来てまだ三日しか経ってないわよ?攻略まで二ヶ月もかかった一層は例外としても、二層や三層の時よりペース速くない?」

 

「へ??……えっと、四層に上ってきたのが12月21日だろ…?22、23、24……ホントだ、やけに中身が濃かったせいか…?」

 

「オイオイ、ボケるにはまだ早いゾキー坊」

 

 アルゴにそう突っ込まれたキリトはにやりと反論する。

 

「いや、それはどうかな?リアルの俺が定年して暇なお爺ちゃんの可能性だってあるかもだぜ?」

 

「ならこれからはキー爺って呼ぶけどいいのカァ?ン??」

 

「……悪かった、まだ成人すらしてないのに爺呼ばわりは勘弁してくれ!」

 

 緊張感など皆無のゆるいやり取りをしていると、注文していた色鮮やかなジュースが届く。乾杯して半分ほど飲んでから、キリトはこれからの方針を話すことにした。

 

「もうしばらくすれば攻略ギルドの連中もこの村に来るだろうから、その前にクエスト全部受けて楽そうなの進めておこうぜ」

 

「…あの人たち今日は主街区に戻るわよ?」

 

「…はぁ?なんで?」

 

 ぽかんとしたキリトにアルゴは呆れた顔をしてこんなことを聞いてきた。

 

「なんでって…キー坊、今日は何日かわかってるカ?」

 

「え…24日だろ?……それが?」

 

 キリトはそう言ってから、何か忘れているような気がした。

 

「12月、24日………、クリスマス・イブ?」

 

「そうだゾ、イブだゾキー坊。あいつら今夜は楽しい楽しいパーティを予定してるんだとサ!」

 

「…………は!?え、初耳だぞそれ!!」

 

「あー、やっぱり知らなかったんだねキリト君」

 

 アスナはため息をついた。ドルモンはジュースを飲み干してから首をかしげて尋ねる。

 

「ねーキリト、クリスマス・イブってなーに?」

 

「キリストっていう偉い人の誕生日の前の日だな。ケーキをつついたりプレゼント交換をしたりするんだ」

 

「あとはサンタクロースって赤い服を着たお爺さんが良い子に贈り物をしてくれるのよ」

 

「へー…いい子に贈り物かぁ…。へんなおじさんもいるんだねぇ」

 

 ドルモンはパタパタと尻尾を振っている。キリトはドルモンを抱きかかえてからわしゃわしゃ撫でた。

 

「にしてもあいつら、俺たちを誘わずにパーティか…」

 

「一応、キリト君も誘おうって言った人もいるみたいだけど、ALSの一部からあいつにタダで飲み食いさせてたまるかって意見が出たみたい」

 

「………で、アスナはそれ誰に聞いたんだ?」

 

「フィールドボス攻略会議の時にDKBのシヴァタさんからね。ちなみにわたしは誘われてるわよ、断ったけど」

 

「……へー、ふーん……」

 

 キリトは机に突っ伏して不貞腐れた。

 

「キー坊、そんな拗ねんなっテ。オイラも誘われてないしサー」

 

「す、すねてない…。俺ソロだし、関係ないし」

 

「ふーん…キリト君、まだソロのつもりなんだ?……ギルドに入ったんだし、そろそろその言い分はきつくない?」

 

「言うなよ、俺もだいぶ苦しいとは思ってるから!」

 

 アルゴはそんなキリトの肩を叩いてから席を立つ。

 

「じゃ、オイラは主街区に戻るヨ。まだ色々仕事も残ってるシ、パーティの様子もチラ見しとかないとだしナー」

 

「アルゴ、ぼくはどうしよう?」

 

 フローラモンに聞かれたアルゴは数秒考えてからにっこり微笑んだ。

 

「ンー…なら今日は休暇ってことで別行動するカ。じゃあまたナ、メリークリスマス!」

 

「メリークリスマス、アルゴさん!」

 

「メリクリ!」

 

「じゃーねーアルゴ。め、メリー?」

 

 アルゴは手を振ってあっという間に姿を消す。

 

「……行っちゃったね。……ホントは、アルゴさんこそ真っ先にクリスマス会に招待されるべきなのにね…」

 

「むしろVIP対応してもいいくらいだろ、あいつの仕事の危険度を考えたら…」

 

 キリトはジュースを飲み干しながら、これからのことを考える。飲み干したグラスを机の上に置いて、相棒に聞いてみた。

 

「……なあアスナ。ロービアのクリスマスパーティ行きたいなら送るぞ?せっかく誘われてるんだし…」

 

「別に?最初から行く気はないし、クリスマスに現を抜かすなんてもってのほかでしょ!」

 

 その言葉を素直に信じるほどキリトは幼稚ではなかった。

 

(でも、今までイブのこと忘れてた俺が言ったところでな…)

 

「……じゃ、これからクエスト消化するわよ!えい、えい、お……?」

 

 アスナの頬に、冷たい何かが触れた。

 

「………え、今の…」

 

 アスナの戸惑う声に、キリトは頭上を見た。曇り空から白い点のようなものが落ちてくる。ドルモンは鼻に付いたそれに驚いた。

 

「つめたッ!?」

 

「これ……雪だ。……確かに12月だけど、今まで降ったことなかったのに…」

 

 そうこうしているうちに、雪はドンドン降って積もっていく。

 後にクリスマス限定の天候イベントだと発覚する雪景色に、キリトたちは呆然としていた。

 

「わあ、まっしろ。前に食べたケーキみたいになってるね」

 

「………ああ、もう。せっかくクリスマスのことなんて考えないようにしてたのに、ずるいわ」

 

「…悪かったよ、クリスマスの事忘れてて…」

 

 キリトはウスコ村をじっと見つめてみる。たしかに風情はあるが、せっかくの雪景色なのだからもっといい場所があるんじゃないか…と思っていたキリトの脳裏にとある風景が映し出された。

 ベータ時代は埃っぽくて印象に残らない城だったが、今はきっとこの層にふさわしい場所になっているだろう。そう考えたキリトはぼーっと雪化粧を見るアスナに話しかけた。

 

「……なあアスナ、ちょっとついてきてくれないか?」

 

「…どうしたのいきなり?」

 

 キリトは恥ずかしそうに頭をかきながら提案する。

 

「罪滅ぼし…ってわけじゃないけど、一つプレゼントしたいものがあるんだ。形があるものじゃないけど…」

 

「………まあ、くれるっていうなら遠慮なく。でもお返しは期待しないでね」

 

小さな声で答えるアスナに、キリトは頷くのだった。

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