ソードアート・オンライン+D   作:シャザ

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3話 騎士の友、ベタモン

 …かつて、少年は流星を見た。

 デスゲーム開始から一ヶ月、キリトはレベル上げと新種のモンスターたちの調査を繰り返していた。

 アルゴと交流したり死にかけのプレイヤーを助けたり、そこそこイベントにあふれた生活をしていたキリトは、迷宮区で再び流れ星を見ることになった。

 

 正確に言えば、キリトの目ですら追えないほどのスピードで放たれた細剣ソードスキル《リニアー》の光だ。

 十数体ものコボルドに囲まれ絶体絶命のそのプレイヤーは生き急いでいるようにも見える。

 キリトはその細剣使いのことが気になってしょうがなかった。

 

(……困ったな、こんなの見せられたら気になってくるじゃないか!そんな凄い《リニアー》ができるのに、なにがアンタを急き立てる?)

 

 キリトはコボルドを斬り伏せながら、細剣使い(フェンサー)に問いかけた。

 

「…なあ、アンタは何者なんだ?」

 

「………は!?いきなり、なに…?」

 

 ()()は困惑しているらしい。苛立ちを込めた目で彼女はキリトを睨みつけた。

 

「邪魔しないで。わたしは、ここで死ぬつもりだったのに…!」

 

「そりゃ悪かった!ならせめてマップデータだけでも置いていってくれ!」

 

 キリトはとにかく彼女を引き留めようとする。ここで別れてしまったら、もう二度と出会えない気がした。

 

「………なんなのよ、もう」

 

 

 キリトは細剣使いと一緒にコボルドたちを殲滅してから、彼女をじっと観察する。あちこちボロボロの装備は、彼女がここで長い間戦っていたことを雄弁に物語っていた。

 

「……いったい何時からここにこもってるんだ?」

 

「…………一週間?」

 

「装備のメンテ無しで…!?」

 

「……全部避ければ装備は損耗しないし、剣は一番安いのを五本買った。……もういいでしょう、わたしはこれ、で……」

 

 細剣使いはおぼつかない脚で前に進もうとして…ばたりと倒れ込んでしまった。キリトは慌てて彼女に駆け寄る。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 キリトは彼女を安全な場所まで運ぶためにベータ時代の知恵を最大限活用し、なんとか運びきることができた。

 

「……もう二度と寝袋担ぎなんかやらないからな…!」

 

 

 迷宮から脱出して新鮮な空気(というのも語弊があるが)を目いっぱい吸い込んだキリトは、少女が気絶から回復するのを待った。

 

「……ん」

 

「おはよう、細剣使い(フェンサー)さん」

 

「………どうして、置いていかなかったの?」

 

 フェンサーの問いにキリトは肩をすくめながら答える。

 

「マップデータ置いてけって言ったのに気絶したからだろ」

 

「……うるさい、もうほっといて!どうせみんな死ぬのよ!!この一層で、みんな!!もう二千人も死んでるのよ、ならせめて自分らしく戦って…!!!」

 

「………。今日、トールバーナの町の劇場でボス攻略会議がある。あんたも来いよ、強い奴は一人でも多く欲しいんだ」

 

 細剣使いはむすっとした顔でキリトを睨んでいたが、ぎゅううという情けない音が聞こえてきた。

 ……それが腹の音だとキリトはすぐに気づく。

 

(…嘘だろ。まさか、一週間何も食ってないのか…?)

 

「………げ、ゲームのくせに…」

 

「ははははは!よし、腹ごしらえにしようぜ!」

 

 キリトは黒パンとクリームの入った壺を取り出すと、しょぼくれた女の子に渡した。

 

「おいしくない黒パンと…これは?」

 

「黒パンがおいしく化ける魔法の壺さ。騙されたと思って使ってみろよ」

 

 彼女は黒パンにクリームを使用すると思い切りかじりつき、そのままぺろりと平らげる。

 よほど空腹だったんだろうなとキリトは内心考える。一週間も飲まず食わずは仮想世界だとしてもキツイ。

 

「………ごちそうさま」

 

「んじゃ、そろそろ行こうか」

 

 キリトはそう言って立ち上がると、トールバーナに向かって歩き出す。

 

 

 キリトたちが劇場に向かうと、既に四十人ほどが集まっていた。

 

「すごい、こんなにたくさんの人がボスに挑むの…!?ボスに殺されるかもしれないのに…?」

 

「ここにいる連中が全員自己犠牲精神でここに集まってるわけじゃないよ。そういうのがいないとは言わないけどね」

 

「…どういうこと?」

 

 細剣使いの問いに、キリトはニヤリと笑う。

 

「そりゃあ、最前線から遅れたくないのさ!死ぬのは怖い、生き物として真っ当な精神だ。でも、それと同じかそれ以上に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 少女はそれを聞いて数秒悩んでから、自分なりに理解した様子だった。

 

「……それって、学年十位から落ちたくないとか偏差値七十をキープしたいとか、そういう感じ?」

 

「………そんなかんじ。…いや、ホントにそうか?それってフェンサーさんのリアスペが高いだけじゃ…?」

 

「…ああ、そっか。わたしも、この人たちもおんなじなんだ…」

 

 そう言って微笑む細剣使いにキリトが驚いていると、広場の中心にいた青年の大きな声が響いた。

 

「ハーイ、それじゃそろそろ始めさせてもらいます!今日は、オレの呼びかけに応じてくれてありがとう!知らない人もいるから自己紹介から始めよう!オレはディアベル、職業は気持ち的に《騎士(ナイト)》やってます!」

 

 ディアベルはそう言いながら、キリトのいる方向を一瞬だけ見た。

 

(こっちを見るな、こっちを…)

 

 キリトは、この自称《騎士(ナイト)》を知っていた。

 

 

 ちょうど二日前、キリトはアルゴに呼ばれてとある宿の一室にやってきた。

 

「アルゴ、話ってなんだ?」

 

 そう言って部屋に入ると、そこにいた人物は二人。一人はキリトの友人でありいろいろこき使ってくる情報屋のアルゴ。もう一人は知らないプレイヤーの青年だった。

 

「オ、来たナキー坊」

 

「おっすアルゴ、…その人は?」

 

 キリトの質問に答えたのは、アルゴではなく青年だった。

 

「オレはディアベルだ。……少し、きみと取り引きがしたいからこうやって彼女に紹介してもらったんだ」

 

「……取り引き?いや待て、いきなり初対面でなんだアンタは!」

 

 キリトの言葉に、青年はいきなり笑い出した。

 

「初対面、だって?くくく、あははははは!!……オレはアンタを覚えてるぞ。いつも、ボス戦でラストアタックを取っていたアンタをな!」

 

「………は!!?ちょ、ちょっと待て!アンタ、まさか…」

 

「……ベータテスト以来かな。ボイスエフェクトもアバターも被ってないむき出しのアンタと話すなんて考えたこともなかった」

 

 ディアベルの言葉にキリトは確信する。

 

(この男とは、ベータテストで会っている!というか、会話したこともあるかもしれない…)

 

 キリトはひとまず、アルゴにこの男の事を聞いてみることにした。

 

「アルゴ、ディアベルに俺を呼ぶように頼まれたってことでいいんだな?」

 

「そうだナ、第三者として公平に取り引きを見届けてほしいって依頼ダ」

 

「………で、何が望みなんだディアベル?」

 

 ディアベルは二つの袋をストレージから引っ張り出し、机の上に置く。じゃらりとコルが詰まった重厚な音がした。

 

「右の袋は3万、左の袋は2万入ってる。これからの話によっては両方渡すし、どっちも断るのなら…」

 

「まあ、言うだけならタダだよ…そこにいる情報屋にとってはそうじゃないんだろうが」

 

「ああ、一つは《アニール・ブレード》を3万で買い取らせてほしい。もう一つは…ラストアタックボーナスの権利を2万で売ってほしいんだ」

 

「……アニブレの買い取りは、まだわかる。だけど、LAの権利ってなんだ…?」

 

「ラストアタックボーナスを譲ってほしいということさ。だって放っておいたら取りに行くだろう?」

 

「金で買収するから手出しするなと言いたいわけだ」

 

「さて、どうする?交渉が二つとも決裂したら、オレはあの手この手でアンタをボス戦から追い出すしかなくなるぞ」

 

「…………」

 

 

 キリトの懐には、まだ手をつけてない2万コルがあった。剣を売ってしまえばボス攻略に間に合わないし、断った場合ディアベルがどんな妨害をしてくるかわからないからだ。

 ……2万コルに惹かれたというわけではない、多分。

 

(……なるほど、そういうことだったか…。ラストアタックボーナスをレイドリーダーが取れればその地位は盤石になる。アンタは自分の正体を知られることより、俺のような悪名高いソロにラストアタックを奪われることを恐れたんだな、ディアベル…)

 

「さて、みんなに集まってもらった理由はもう言わなくてもわかると思うけど…。オレたちのパーティーは第一層のボス部屋に到達した!一ヶ月もの間この一層にオレたちを縛り付けてきたボスを倒し、この世界に囚われたプレイヤー全員に希望の()を灯す!!それが、最前線にいる者の役目だ!!」

 

「ちょお待ってんか!」

 

 ディアベルは声のする方向に視線を向ける。階段の上からジャンプで降りてくるソイツは、どうあがいてもいがぐりかウニの擬人化であった。

 

「ワイはキバオウってもんや。ナイトはん、ボス攻略前に言いたいことあるんやが…構わへんか?」

 

「もちろんいいとも!()()()()()()()()、だからね」

 

「なら遠慮なく言わせてもらうわ。こん中に、詫び入れなあかん奴らがおるハズや!!」

 

「………と、いうと?」

 

「あんさんもわかっとるやろ。今まで死んでった二千人は奴らに、ベータテスターどもに殺されたようなもんや!!連中がなんもかんも独り占めしたせいでアイテムも経験値もロクに集まらずに、危ない狩場へ行かざるをえんかったせいでみんな死んだんや!!」

 

(………それを、元ベータテスト経験者のディアベルに言うのか…)

 

 キリトはキバオウの言葉に苦笑する。ディアベルの事情をある程度知っているとなんとも滑稽な話だ、彼はレイドリーダーにアイテムをよこせと言っていることに気づいていないのだろう…。

 

「ワイの要求はベータテスターが今まで死んでった連中に詫び入れて、今まで貯め込んだアイテムやら金やらを全部差し出せっちゅうことや!」

 

「………発言いいか?」

 

 キバオウの要求を聞いたプレイヤーの一人が立ち上がる。褐色の肌の巨漢という、日本人離れしたその男に周りにいた者たちは注目した。

 

「オレの名前はエギルだ。あんたが言いたいことは、ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ。だからその責任を認め謝罪しろ…で、いいんだよな?」

 

「せや、あいつらが見捨てんかったら二千人も死ぬことはなかったとワイは思っとる!アイテムの分配ができて、必要なやつに必要なものが行き届いとったらここにはプレイヤーがもっとおったハズや!」

 

「そうは言うが…あんた、コレ持ってるか?」

 

 エギルはストレージから一冊の冊子を取り出した。キリトも情報提供に協力させられた、通称《アルゴの攻略本》だ。

 

「持っとるで、それがどうしたんや」

 

「たしかに、SAOに限らずMMOってのはリソース提供が限られてる。…だが、情報はあっただろう?なにせ無料で配られてたんだからな、このガイドブック。……オレが村や町に着いた頃にはもう既に情報屋がこれを道具屋に置いていたんだ。……いくらなんでも、情報が早すぎるとは思わなかったのか?」

 

「……な、何が言いたいんや…?」

 

「この情報を情報屋に提供したのはベータ経験者しかありえないってことだ。いいか、情報はあった。それなのにたくさんのプレイヤーが死んだのは彼らが他のMMOと同じ感覚で戦ってしまって退くべきポイントを見誤ったからだと思ってる。……なにか間違ってるか?」

 

 キバオウは反論した。

 

「あんた、情報はあったと言うとったな…。でも、このガイドには抜けがあるで!危険なモンスターの情報が入っとらんやないか」

 

「……抜け?ちょっとあんたの持ってるガイド貸してくれないか?」

 

「……ほれ」

 

 キバオウが持っていた攻略本を、エギルはパラパラと確認する。

 

「……確かに、ガジモンとかの情報が載っていないな…。オレが使っているのには記載があったが…」

 

「な、なんやと!?」

 

 キバオウはエギルの攻略本を奪い取り、その中身を確認する。

 

「……ほ、ほんまや…。なんでこんなことになっとるんや!?」

 

「………、キバオウさんの方には第二版って書かれてるな。最後のページにこんな注意書きもある…『正式サービスにおいて追加されたモンスターの情報を募集中、有力な情報には報酬アリ』…」

 

「…最後のページに書くな、最初に書けや情報屋!」

 

「悪かったネ、次はそうさせてもらうヨ」

 

 いつのまにか現れたアルゴにキバオウはぎょっとした顔をする。

 

「第二版は新種の情報が集まらない時期に出したやつだから色々抜けがあるんダ、残念なことに元ベータテスターも犠牲者が出てル。第三版は情報を追加してるんで、町に来た時は追加ページがないか確認してほしイ。…二度手間だとは、自分でも思ってるけどナ…」

 

「キバオウさん、きみの言うことも一理ある。でもベータテスターの人たちだって未知の強敵に苦戦してるし、彼らの情報は間違いなくオレたちの助けになってくれたんだ。今はただ、彼らの協力に感謝しようぜ!」

 

「ア、ちょっと待ってくレ。…ホレ、攻略本のボス編ダ。ベータテストの時の情報を基に作ったから、正式サービスでは変更点があるかもだけどナ」

 

「ああ、ありがたく使わせてもらう」

 

 

 ディアベルとともにレイドボスの情報を見たエギルは、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「すげえ情報量だな、これならいけるんじゃないか?」

 

「ああ、数値的にはそこまでヤバい要素はない。これなら偵察戦無しでもぶっつけ本番でなんとかなるはずだ」

 

 キリトはその言葉を聞いて物凄く不安になった。確かにレベルだけならベータテストの時よりここにいる連中の方が間違いなく高いが、ボスのプレッシャーに気圧される可能性もあるからだ。

 

(だ、大丈夫なのか…?リーダーはボス戦経験があると言っても、想定外があったらメンバーの動揺をうまく抑えなきゃいけないのに…)

 

「それじゃあ、レイドの構成を決めるためにみんなにパーティーを組んでもらうんだけど…。その前に、オレから紹介したい仲間がいるんだ!」

 

 ディアベルは後ろを振り向くとそのまま手招きする。

 

「ほら、こっちにおいで?みんなにきみのことを知ってもらいたいんだ」

 

「……いいの?」

 

「いいともさ」

 

「なら、そっちにいくねー」

 

 ぺたぺたとディアベルの方に這いずってきたそいつは、オレンジ色のトサカに緑の体色のモンスターだった。

 

「どうもー、ベタモンです」

 

「「「も、モンスター!!?」」」

 

 みんなが驚くのも無理はないだろう。なぜならベタモンは水辺に生息する新種のモンスターで、積極的にプレイヤーに襲い掛かることはないものの戦闘では電撃を発生させる極めて危険な敵だからだ。

 

「お、おいおい…大丈夫なのかディアベルさん?こいつ、けっこうヤバいヤツだったよな?」

 

「心配なのはわかるけど、大丈夫だよエギルさん。システム的に駄目だったらそもそも町に入れないからね!」

 

 ディアベルはベタモンを抱きかかえるとそのトサカをわしわし撫でてから少年のような笑顔を見せた。

 

「一週間前に仲良くなったんだ!ベタモンのおかげで窮地を脱したことも一度や二度じゃない。こいつが一緒なら、どんなボスだって倒せるさ!」

 

「ほーん…。まあ、ディアベルはんがそう言うんなら…」

 

「…たしかに、敵として凶悪な部類だもんなぁ、ベタモン…」

 

 キリトはしみじみとベタモンと戦った時を思い出す。水辺で電撃を撃ってきたときは流石にびっくりしたが、その甲斐あって危険な敵だと知れたのは攻略本の完成にも役に立った。

 そんなことを思い返しているキリトをよそに、ディアベルはこんなことを言い出した。

 

「さて、ベタモンの紹介も終わったことだし…みんなにはパーティーを組んでもらおうかな!」

 

(………ああ、考えないようにしていた時間がきてしまった…。パーティーを組まずにレイドに入るのは無理だよなぁ…)

 

 キリトは周りを見渡すが既に仲間や友人、知り合いでパーティーを組んでいるのかあちこちで六人組が出来上がっている…。

 

「……ああ、ディアベル…。根回しなんかしなくても俺レイドから締め出されそうなんだけど…」

 

 キリトはどこか人数に余裕のあるパーティーがないかと必死に周りを見渡すが、そう都合のいいことなどおこらないものだ。

 ……が、あぶれたのはキリトだけではなかった。キリトが連れてきた細剣使いがポツーンと座っている。

 

「……ど、どうしよう…」

 

 細剣使いの震える声を聞いて、キリトは思わず声をかけた。決してかわいそうだと思ったわけではない。

 

「あ、アンタもあぶれたのか……?」

 

「あぶれてないわよ!!」

 

「そ、そっすか…。えー…じゃあ、俺とパーティー組んでくれないか?このままじゃボス戦に参加できなくてさぁ…」

 

 キリトは言い訳というか建前を言いながら彼女をパーティーに誘う。

 

「…パーティー、か…。…そっちから誘ってくれるんなら、別にいいけど」

 

「あ、ありがとうフェンサーさん!」

 

 キリトがパーティー申請を細剣使いに送ると、すぐに彼女のHPバーと名前を示すアルファベットが視界の左方向に現れる。

 彼女の名前を、彼は決して忘れないようにじっと見つめた。

 

(……アスナ、か…)

 

 

 会議が終わってキリトは自分の部屋に戻ってきた。その後ろにはそわそわしながらついてきたアスナの姿もある。

 

「とりあえず、だ。これからボス戦までの間よろしく、フェンサーさん」

 

「そ、そうね…。それで、その…お風呂はどこに?」

 

 アスナの尋常じゃない雰囲気を感じ取ったキリトはひとまず彼女の要求を叶えることにした。

 

「あそこの扉の先。……えーと、ごゆっくりー…?」

 

 アスナは小走りで扉を開けて突入する…前に、キリトをじっと睨んだ。『入ってきたら殺す』という意思を存分に含んだそのまなざしは、ある意味ボスよりも恐ろしい。

 扉が閉まり、キリトは備え付けられた椅子に座りながら大型のピッチャーに入った新鮮な牛乳(借りている部屋は農家なのでタダで飲み放題)を飲み干して、頭を抱えた。

 

(どうしてこうなった!!)

 

 キリトは必死にこうなった原因を思い出す。結局アスナ以外とパーティーを組めなかったキリトは、レイドリーダーのディアベルに取り巻きコボルド専門のサポートをしてくれないかと頼まれた。

 …とはいうものの、取り巻きに専念した方がお互い都合がいいことも確かなので快く承諾したのだが…。

 問題はその後だ。キリトはアスナに自分が泊まっている部屋の話をして、風呂の話になった瞬間彼女の目に強い光が宿った。彼自身は風呂が苦手というかVRMMOの中でまで風呂に入りたくないなーという困った男なのであまり利用してこなかったが…どうやら彼女は違ったらしい。

 

「……現実でこんなイベント起きたら玄関からこっそり家を出てマウンテンバイクで県道51号を荒川方面にまっしぐらだな…。いや、いっそ今からでもロバに乗って迷宮区方面に突っ込むか?」

 

 キリトは血迷った独り言をぶつぶつ呟いていたが、コン、コココン、といった感じの小刻みのノックが彼を現実に押し戻した。

 そのノックをしてくる相手を、彼は一人しか知らない。キリトは扉の鍵を開け、扉の向こうにいる人物に話しかけた。

 

「……鍵開けたぞ、入ってこいよアルゴ」

 

「オー、邪魔するゼー」

 

 凄いいい笑顔で入室してくる情報屋に、キリトは呆れた顔をする。

 

「お前、三日前も来てたよな?暇なのか?」

 

「ンー?なんだキー坊、居心地のいい場所で休むのは当然だロー?」

 

「自分で借りた部屋に行けよ!?つーかアルゴ、男の部屋に入り浸るんじゃない!一応女の子だろうお前!!」

 

「泊まり込むわけじゃネーからヘーキヘーキ。……仕事終わりの時くらい、ゆっくりしたいんだヨ」

 

 キリトは社畜の悲哀を感じた気がした。しょぼんとした顔をしていたアルゴは気を取り直してゆっくりくつろごうとしているようだ。

 

「ヨーシ、牛乳一杯飲んでから風呂でも借りようかナー」

 

「………待て待て待て!!!」

 

 キリトは慌ててアルゴを制止する。なぜなら、今風呂場にはアスナが入浴中なのだ。もし情報屋と細剣使いが出くわしてしまった場合キリトは社会的に抹殺され、罪人として始まりの街にある黒鉄宮に放り込まれてしまう。

 

「なんだヨ、そんな慌ててサー?オイラが風呂に入るとなんか不都合でもあるのカ?」

 

「ああ…その…。昨日、ランダムイベントが発生してな!風呂場が故障して修理イベントをしないと使えなくなったんだ!!いやー、困ったなぁ!!あ、あははは…」

 

「……ほー、そうなんダーそりゃ気になるナァー。もう一仕事して入る風呂はサイコーだろうナー」

 

 アルゴはキリトの言葉を聞き流しながら、風呂場の扉を開けた。

 

「……へ?」

 

「……ア、先客いたのかー…」

 

 風呂から上がったばかりで下着姿のアスナとアルゴが鉢合わせる。キリトにとって最悪の展開だった。

 アスナは《アイアン・レイピア》を装備する。

 

「い、いやああああ!!!」

 

「……キー坊、骨は拾ってやるからナ…」

 

 アスナが放った《リニアー》の光が、キリトが覚えていたその日最後の記憶だった。




<キリトメモ>

《ベタモン》
湿原地帯や水辺でその姿が見られる両生類型のモンスター。比較的おとなしいが攻撃して怒らせると《電撃ビリリン》という電撃攻撃でプレイヤーを麻痺させてくる強敵。ソロで戦うべきではないだろう。
第一層攻略会議にて、ディアベルのパートナーとしての個体が現れ、最前線で戦ってきた多くのプレイヤーを驚愕させた。
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