キリトたちは消耗品の補充と幾つかのクエストを受領してから、再びティルネル号に乗って川を南へ進んだ。
雪の影響かモンスターたちの気配は全くなく、キリトはコレ幸いとスピードを出す。やがてうっすらと見えてきたのは、強力なボスが巣食っているであろう迷宮区タワーであった。
「……もしかして目的地ってあそこ?」
「いや、そっちには行かないよ」
それを聞いたフローラモンが安心して息を吐く。
「…よかった、休日貰ってダンジョン突入なんてやってられないよ…」
「悪いな心配させて!今日はもう戦う予定はないからゆっくりしてくれ!」
そう言いながらキリトは二股に分かれた川を南東に進んでいく。しばらく記憶通りに進んでいくと、ティルネル号の前を白い壁が塞いだ。
「……なんだアレ?変なとこに壁っぽいのが…」
「ちょっと、行き止まりよキリト君!?」
壁?を指さして叫ぶアスナに、キリトは笑顔で答えた。
「大丈夫、アレは霧だから!目的地はここを抜けた先だよ」
「き、霧?先が全く見えないけど大丈夫なの!?」
キリトはそれには答えずに船を濃霧の中に突っ込む。息を吸い込んでみると、微かにどこかで嗅いだような森の匂いがした。
「……この匂い、嗅いだことある!」
「あ、この霧もしかして…!」
ドルモンとアスナがハッと何かに気づいたその瞬間、霧は晴れアーケロンと戦った時のカルデラ湖よりさらに大きな円形の湖が現れた。
その中央には厳めしくも美しい城が建っていた。城の頂上で角笛と曲刀を交差させた紋章が刻まれた旗が揺らめいていた。
「あれ、
「ああ。あれが四層でのエルフクエストの拠点、《ヨフェル城》だ」
キリトは当初、関連情報を集めてからエルフクエストを再開しようと思っていた。水没ダンジョンで水運ギルドと悪だくみをするフォールンたち、それを指揮する強大な敵ノルツァー将軍、造船クエストのログに書かれている『しかるべき相手』とは誰なのか?
集められる情報は集めておきたかったが、攻略が高速化している今悠長にしている暇はない。……というのは表向きの話で、キリトはただ純粋に大切な相棒たちにこの光景を見せたかったのだ。
「……きれい」
アスナは少しずつ近づいている雪化粧の城を見ながら、ぽつりと呟いた。
「
「…それって某ネズミの国にあるヤツ?」
キリトは恐る恐る聞いてみるが、アスナはにっこりするだけで教えてくれない。思えばアインクラッドでこういった城が出てくるのはこの四層からだ。ベータ時代のヨフェル城と形は同じでも、荒れ地が清らかな湖に変わっただけでずいぶんと印象が変わる。
桟橋に船をつけ、桟橋の中央に向けて歩いているとアスナに小さな声で話しかけられる。
「……ありがとう、すごく素敵なプレゼントね」
「よかった、ここまで必死に漕いだ甲斐がある……けど、まだプレゼントは終わってないぜ!!」
「へっ!?」
キリトはニヤリと笑ってから目が点になっているアスナの手を取って歩き出した。彼女なら考えればすぐに残りのプレゼントが何なのか当ててしまうだろうという確信があったからである。
桟橋を抜け城の正門までたどり着くと、その両側にいた
「止まれそこの人族!」
「ここは我ら
彼らは斧槍を交差させて道を阻む。
キリトはあらかじめポーチ内に入れていたスクロールを取り出して高く掲げる。それは三層にいた
「俺の名前はキリト、城主に目通り願いたい!」
重装兵たちはキリトの持つスクロールを見ると、斧槍を元の位置に戻した。直後、巨大な正門が地響きのような音を立てながら左右に開く。
「ほら、行くぞ」
城の中に踏み込むと、名画のように美しい前庭が出迎える。粉雪で化粧をした植木や生け垣、鉄の柵がランプの光に照らされてキラキラと輝いているのだ。
「わ、あぁ…!」
「すっごぉ…」
アスナもドルモンも感動している。見せた甲斐があったなぁとキリトは嬉しい気持ちを噛みしめた。
エントランスに入るとそこかしこで
「……プレイヤーはいないのね。……それもそうか、あの霧を通った時にインスタンスマップに切り替わったんでしょ?」
「さすがアスナ、頭のキレが鋭いなぁ!ここじゃ誰にも邪魔されずに騒げるぜ」
「いや、別にそういうのはいいからあちこち見てみようよ!」
「わーい冒険だぁ!」
ドルモンたちは城を見て回りたい様子だが、キリトは既に最初に行く場所を決めている。
「まあまあ、その前にこっちこっち!」
キリトたちがやってきたのは、コの字型の城館に囲まれた中庭。茨の生け垣がまるで迷路のようになっているため先を見通すことはできない。
アスナはランタンの明かりで照らされた雪に、誰かの足跡が残っていることに気づく。
「これって…」
「ほら、会いに行こう」
彼らは降り積もる雪で消えそうな足跡を追う。茨の迷路を抜けた先には、立派な針葉樹を囲むように美しい庭園があった。
キリトたちの視線の先に、ベンチに腰掛ける華奢な人影がある。キリトが一歩足を踏み出すと、こちらに気づいた彼女はベンチから立ち上がり凄い勢いで花壇を飛び越えてきた。
「キリト、ドルモン、アスナ!」
人影ことキズメルは一行をぎゅーっと抱きしめる。
「久しぶり、キズメル」
「…ああ、待っていたぞ」
STR全開で抱きしめたキズメルは十数秒ほどで解放してくれた。アスナは涙を軽く拭って笑顔を見せる。
「……また会えるって信じてたけど、本当に嬉しい…」
「私もだよ、アスナ。この城に来てからというもの、お前たちのことをずっと考えていた」
キズメルは三層で身に着けていた騎士装備ではなく紫色のロングドレスを纏っている。キリトは自分の天幕や風呂場以外では武装していたキズメルがなぜそのような格好をしているのか気になった。
そんな風に考えていたキリトに、キズメルは笑顔で話しかける。
「それにしても…よくこの場所に私がいるとわかったな?この城に来るのは初めてだろう?」
「あー、なんとなくだよなんとなく。なあ、そうだろドルモン」
キリトに話を振られたドルモンは一瞬驚いた顔をするが、すぐににっこりと返事を返す。
「そうだよ、たまたま歩いていたらキズメルに会ったんだ」
「そうか。……このジュニパーの樹からはティルネルのお気に入りだった精油が取れるんだ。そのせいか、ついここに来てしまった」
「へぇ、そうなんだ。確かにとてもいい匂い…」
フローラモンの言葉に、キズメルは頷いた。
「フローラモンも来ていたのか。アルゴ殿は一緒ではないのか?」
「えっと、今日はお休みをもらったんだー。アルゴはまだ色々忙しいからニンゲンの街に戻っちゃった」
「そうか、事情があるなら仕方がない」
キズメルは共に戦ったアルゴにも会いたかったのか少し寂しそうに微笑んだ。
「ともあれ、みんなよく来てくれた。《天柱の塔》の守護獣を首尾よく突破できたのだな」
「うん、キズメルが毒に注意してって教えてくれたから!」
「…教えた甲斐があったな。では、城に戻ろう。ここまで船を漕いでお腹が空いただろう?」
キズメルは自分の着ているドレスを見下ろしながら一瞬眉をひそめた。だが、すぐに笑顔を取り戻してアスナの背中を軽く叩く。
「うん、わたしお腹ぺこぺこ!」
「漕いだの俺だけどな!」
ヨフェル城の西翼二階にある大食堂はベータテストの時よりもグレードアップしていた。キリトが周りを見渡してみると、夕食を摂っている兵士たちや長いローブを着た魔法使いのような集団、幼い子どもたちの姿もある。
「なんだあいつら」
「キリト、彼らは聖大樹に仕える神官だ。
「へー、なんか偉そうな態度だなぁ」
「あぁ、余り近寄るのはやめておけ。妙な言いがかりをつけられるかもしれないからな」
苦虫を噛んだような顔でそう言うキズメルに今度はアスナが訊ねた。
「あの子たちは?」
「城主の子どもたちさ。皆素直でいい子たちだよ」
キズメルに席に案内され、一行は
「はぐはぐ…うんまいッ!」
ドルモンもローストチキンにご満悦のようだ。キリトたちは四層での冒険をキズメルに話す。特に彼女が気に入ったのは主街区まで浮き輪で泳いだ話と、船の素材を手に入れるためにヌシ熊と戦った話だ。
「それにしても、樹を直接
「そうだ、キズメルにちょっと聞いてみたいことがあったんだよ。
「ああ、我々は生きている樹を伐採しない。……禁忌で縛られているのもあるが、そんなものは些細な問題だ。どちらかと言えば長き時を生きた樹を敬う気持ちが大きいかな。船などを造るときは、お前たちがやったように怪物が暴れて倒した樹や自然に折れた樹を使っているのだ」
「へー!じゃあ苦労してよかったなぁ」
キリトは内心ほっとしながらデザートの果物を食べ終えた。
夕食を終えたキリトたちは、城の東翼四階にある士官用の部屋に案内される。部屋はいわゆるスイートルームであり、共用の居間に二つの寝室が接続されている。
(ベータの時は二階にある兵士用の部屋だったのを考えると結構なグレードアップだ…)
「城に逗留している間はこの部屋を使ってくれ」
「わあ、素敵な部屋…!」
アスナは喜んで部屋に入っていったが、両サイドの壁に備え付けられた扉に気づき微妙な顔をする。なんと言おうか、それとも黙っているか悩む彼女に、キズメルは口を開いた。
「では、私は左隣の部屋にいる。何か用があるならすぐに訪ねてきてくれ。……今夜はゆっくり休むといい」
「うん、おやすみー」
キズメルが去っていくのを見送ってから、アスナたちは顔を見合わせた。
「………まあ、考えてもしょうがないわね」
「何の話?」
「いえ、独り言だから気にしないでドルモン。……キリト君、これだけは言っておくわ」
キリトは首を傾げる。
「クリスマスプレゼントのこと!…キズメルと再会できたのがプレゼントなんでしょう?……すっごく嬉しかった、ありがと」
「どういたしまして。ちょっと来るのを前倒しにした甲斐があった…って言いたいところだけど、なんかキズメル元気がないような気がするな…」
キリトの言葉にフローラモンはきょとんとした。一方ドルモンはうんうんと同意する。
「元気ないよね、いつもと服装が違うからかな?」
「んー…、ぼくには普通に見えたけど…。キリトたちがそう思うんならきっとそうなんだ」
「剣も持ってないしな。この城に留まっている理由自体があまり本人に良くないかも」
キリトは隣の部屋にいるはずのキズメルに思いを馳せる。あまりにも自然に接していたが、彼女は他のNPCとはずいぶん違う。
船匠のロモロは自然な受け答えをしていたが、キリトたちがそもそも船とは無関係な話をしないように注意していたからだ。キズメルはどうも、応答パターンに設定された言葉に反応して言葉を吐くNPCの会話能力から逸脱しているらしい。
ならば何故、彼女は他のNPCを超えた思考能力を持っているのか?……その答えを、まだキリトは導きだせなかった。
物思いにふけっているキリトに、アスナは怪訝な顔で話しかける。
「キーリートーくーんー?ちょっと聞きたいことあるんだけど!」
「………。…お、おー。なに?」
アスナは指で左右の寝室を順に指し示した。
「寝室どっち使いたい?」
「別にどっちでもいいよ」
「じゃあわたしこっちね。フローラモンも一緒でいい?」
「もちろん!寝るまでお話しようよ!」
アスナは東側の寝室を指定する。居間には寝室の他にも二つ扉があり、西はクローゼット東はバスルームになっている。
「アスナ、たしか三階にでけぇ大浴場あるぞ?バスルームは使わなくていいんじゃないか?」
「大浴場!………えーっと、男湯と女湯で別、よね?」
「え、どうだったかな…。ちょっと覚えてないかも」
ベータ時代ゆっくり湯を堪能するよりモンスターを狩るのを優先していたキリトはそんな細かいことを気にしていなかった。
「……まあいいわ、とりあえず案内してくれる?」
「……俺が?」
「だってわたし場所知らないもの」
「あー…それもそうか…」
一行は三階の大浴場に向かう。中を覗いてみるがそこは既に脱衣場になっていて、男女で分かれてる気配はない。
「………こ、混浴…」
「三層でも風呂は一つだったからな。エルフは基本混浴なんだろ、多分。……んじゃ、ごゆっくり……」
「ま、待って!!」
アスナはキリトのコートの襟首をつかんで引き留める。キリトが振り向くと彼女は上目遣いに睨んでいた。
「………うぅ」
「ど、どうしたのアスナ?」
ドルモンの困惑した声にアスナは答えなかったが、キリトはなんとなく言いたいことが分かった気がした。
「もしかして…また誰か来ないように見張っててほしいのか?」
「………ん」
恥ずかしそうに相槌をうつアスナに、キリトは困った顔をする。
「…ここまで広いと知らせるのも難しくないか?かといってやってくる
アスナは脱衣所を見ながら唸った。お風呂に入りたいが誰かが来て裸を見られるのが恥ずかしい気持ちと板挟みになっているらしい。
「うー………。……あ、いいこと思いついた!」
不意に何かを思いついた彼女は脱衣所に置かれている椅子に座って長テーブルに裁縫道具と布をオブジェクト化する。
「なにするんだろ」
「……さぁ?」
キリトとドルモンはちくちくと裁縫を始めたアスナをじっと見守った。しばらくするとアスナは満足そうにワンピースタイプの水着を掲げる。
「でーきた!」
「えっと、その水着を着て風呂に…?」
「別に違反行為じゃないでしょ?…それとも、わたしがコレを着てお風呂に入ると困ることでもある?」
「な、ないです!」
キリトはぶんぶんと首を振る。アスナは嬉しそうにしばらく水着を身体に当てたりしていたが、ふと楽しいことを思いついたのか笑みを浮かべてキリトに言った。
「そういえば、キリト君へのお返しプレゼントしてなかったわね」
「えぇ、いいよ別に!なにか実物のあるものがなかった苦肉の策みたいなもんだしさ!」
「ううん、アイテムなんかよりも何倍も嬉しかった。せっかくのイブだし、ちゃんとお返しさせて?」
「キリト、アスナもこう言ってるし貰っとけば?」
ドルモンにもそう言われたキリトであったが、なんとなく嫌な予感は拭えない。
「………わかったよ」
「よーし、ちょっと待っててね!」
アスナは黒い布地を取り出すとあっという間にサーフパンツを完成させる。
「おお、カッコイイじゃん」
キリトは水着を受け取ろうと一歩踏み出すが、アスナは右手で制止する。嫌な予感はさらに増した。
「あ、アスナ……さん??」
「……(ニッコリ)」
彼女はそのまま紫色の端切れを手に取ると、パパッとパンツになにか作業をした。何も変化がないことに首を傾げるキリトに、アスナはにんまりと笑みを浮かべてからサーフパンツをひっくり返した。
「な、なんじゃこりゃぁあああ!!」
水着のケツの部分にドルモンを模ったアップリケが輝いている。それを見たドルモンはのんきに喜んだ。
「わーい、オレそっくり!」
「はいどうぞ、メリークリスマス!」
とても良い笑顔で差し出された水着を、キリトはお礼を言って受け取る他にないのだった。