ソードアート・オンライン+D   作:シャザ

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31話 城主ヨフィリス登場!

 キリトは悩んだ末にドルモンパンツを履いて大浴場へ足を踏み入れる。ベータ時代と面積は変わらないが見た目はだいぶ豪華になっていた。

 

「おぉ…」

 

 キリトが見惚れていると、アスナはその後ろから追い越すように大浴槽目指して走る。

 

「お先に!」

 

「あ、ズルいぞアスナ!一番風呂は俺のだ!」

 

 そう宣言したキリトはドルモンを肩に乗っけたままアスナをダッシュで追いかける。……しかし、キリトは大切なことを忘れていた。 

 

「うおおおおおッ!」

 

 風呂場のタイルは滑りやすい。そんな場所で全力ダッシュなどすればどうなるかなど馬鹿でもわかる事だ。

 キリトの足はツルンとこの世界の物理法則(エンジン)に従い、彼は宙を舞った。

 

「あ…」

 

「あっちゃぁ」

 

「わあ」

 

 対空時間はほんの数秒。太陽の熱で羽根が溶けたイカロスが示すように、飛べない生き物は重力に引かれ落下するのである。幸か不幸か、キリトの着地先は浴槽内部であった。

 

「「ごぼぼぼっ!?」」

 

「き、キリトくーん!!?」

 

 

 キリトとついでに巻き込まれてお湯の中にダイブしたドルモンはすぐに落ち着いたものの、アスナに軽く説教されてショボンとしていた。

 数分後、アスナは気を取り直してお風呂を堪能しながら夜の湖を目下ろしていた。

 

「……凄い。お風呂のお湯と湖の水面が溶け合って、まるで空に浮かんでるみたい…」

 

「あぁ、確かになぁ…」

 

「良い景色だねー」

 

 キリトはできる限り冷静に会話をしていたが、実際のところ視線を湖に固定するので精一杯であった。

 水着の女の子と一緒に温水プールに入った経験など皆無のキリトにとって針の筵もいいとこである。そんな事をしていると、大浴場のドアがガチャリと開く音が聞こえた。

 

「「「……っ!?」」」

 

 アスナは素早くお湯に身体を沈め、キリトとドルモンは入ってきた人物を警戒するために出入り口に視線をフォーカスさせた。

 湯気の向こうにはほっそりとしたシルエットがあるが、(ダーク)エルフたちは男女ともに細身の者が多いためどちらかは判別できない。

 キリトが注目を続けてようやく黄色のカラーカーソルが出現したその時、聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。というかキズメルだ。

 

「キリト、ドルモン、それにアスナか。やはりここにいたんだな」

 

「やぁ、キズメ……」

 

 キリトは呑気に挨拶をしようとしたが、その前にアスナに頭を掴まれて水没させられる。

 

「ごぼぼ!?」

 

 アスナはすぐに浴槽から飛び出してキズメルのところまで走った。一体何事かと思いながら水面から半分顔を出したキリトは、湯気の向こうでキズメルを押し留めようとしているアスナの姿を見た。

 声が小さいのでよくは聞き取れないが、彼女らは何故か一緒に脱衣所へと引き返した。

 

「……??」

 

 一体なにが起こってるのかと、キリトとドルモンは顔を見合わせた。しばらくすると二人は戻ってきた。

 アスナは相変わらずワンピースの水着姿、その後ろを歩くキズメルは紫色のビキニを着用している。

 キリトはようやく、アスナが飛び出した理由を悟った。

 

(そうか、何も身につけてないキズメルをなんとか説得して、自作の水着を着せるためか…)

 

「キリトも下着…いや、《ミズギ》を身につけているのか。人族には不思議な慣習があるのだな?」

 

「まぁね…」

 

「……うん?だが野営地ではともにはだ…」

 

「キズメル」

 

 キリトは首を振りながら自分の唇に指を当てて静止する。キズメルは何を言いたいのか理解したのか苦笑いした。

 

「うむ、この話はやめよう」

 

「ナイショだよ!」

 

「それはそうと四層の城でこんなに大きいんなら、九層にある女王様の城の風呂場はさぞかし凄いだろうなぁ!」

 

 キリトはアスナの冷たい目線に慌てて話題を逸らす。

 

「もちろん。ここよりも高く九層全体を一望できる、それは豪華な浴場だ」

 

 キズメルの言葉に、アスナはじっとりした目つきを夢見る乙女のそれに変えた。

 

「しかし、その浴場を使えるのは貴族の文官たちと女王陛下に叙任された上位騎士に限られているからな…。残念ながら人族のアスナたちでは入ることは難しいだろうな…」

 

「そっか、残念…。でもこのお風呂もとっても素敵!ずっとこの城で暮らしてみたいくらい」

 

 アスナの答えに、キズメルは複雑な顔をする。

 

「城を気に入ったのは嬉しいが…ここはあまり長居をしない方がいい」

 

「……というと?」

 

「このヨフェル城は四方を湖水と断崖に囲まれた難攻不落の砦だ。だが、この立地故に起こる問題というものも存在する」

 

 キズメルはため息をついた。

 

「恥ずかしいことに、難攻不落だからこそこの城にいる駐留部隊は(たる)み切っている。陸に砦を築いている(フォレスト)エルフたちは船を持っていないからな…。圧倒的有利の上で得た勝利など、幾ら重ねても意味はないさ」

 

「そうなんだ…。攻める方は命懸け、守るこっちは余裕があるんじゃ当然か」

 

 キリトはそう言いながら、何か思い出すべき事があったような気がして顔をしかめた。

 

「その上、神官どもは鎧の音が耳障りだなんだと言い出す始末だ。命をかけて戦った事のない阿呆どもめ…」

 

「…そうだったんだ…。戦う時には役に立たない癖に言うことは言うとか酷いヤツらだなぁ!」

 

 キズメルは苦々しい顔をしてスラリと長い足で水面を軽く蹴る。食事の際に近寄らない方がいいと言っていたのは、自らも迷惑をかけられていたからのようだ。

 

「だからドレスだったのね…」

 

「似合っていなかっただろう?」

 

 キズメルの言葉にアスナは首を振って否定する。

 

「まさか、キズメルの新しい一面が見られてよかったわ!でも、自分のしたい服装が一番よね…」

 

「ふふ、そうだな」

 

「……もしかしてオレが勝手に一匹うろうろしてたら嫌な顔された?」

 

「………それは、どうだろうな…?連中の中に獣嫌いの者がいたら蹴られるかもしれんからあまりそういう事はしない方がいいかもしれないな」

 

 楽しそうに雑談する仲間たちを眺めながら、キリトは深く考え込んでいた。かつての(フォレスト)エルフたちは船を持っていないのにどうやってこの城に襲撃を仕掛けていたのだろうか。

 

(まさかあの浮き輪の実を使ってプカプカ浮かんでたんだろうか?ちょっと絵面がヤバすぎて逆に見てみたいな…)

 

 キリトはもっと思考を深く沈める。浮き輪の実は船を持っていないプレイヤーへの救済措置のような立ち位置なので、(フォレスト)エルフが充分な数の船を手に入れればそんなものに頼らず攻め込めるわけだ。

 だが彼らもエルフ族の禁忌である《樹を伐れない》というルールは破れないハズで、船を用意するのは困難である。

 

(……だからここが攻め込まれるなんてありえない。……そのはずなのに、どうして不安が消えないんだ…?)

 

 キリトがそう考えた、その瞬間のことだった。

 

『………計画通り五日後には全て完成するのだな?』という、ノルツァー将軍のセリフが脳内再生されたのだ。

 

「………あ、あああ!!?」

 

 キリトはとんでもないことに気づいてしまい動揺する。尋常じゃない様子の彼に、アスナは目を丸くした。

 

「ど、どうしたのキリト君!?」

 

「アスナ!きょ、今日ってイブだから24日だよな!?」

 

「それ夕方も同じこと言ったわよ!?そうに決まってるでしょ!」

 

 キリトは頷いてから暗算を始める。フォールンエルフのアジトで会話を聞いたのは二日前の22日。それから五日後ということは27日が敵の作戦開始日であり、今日から三日後だ。

 ……そう、三日後にフォールンたちは(フォレスト)エルフに船を提供するために対岸で今も船を造り続けている。

 

「キズメル、ヤバいことになった!三日後に敵が、(フォレスト)エルフが大群で攻めてくる!」

 

「……キリト、話をちゃんと聞いていなかったのか?(フォレスト)エルフはロクに船を持っていない。泳いで渡るにせよこちらの軍船に蹴散らされるだけだろう」

 

「それは…なんて説明すべきか…」

 

 眉をひそめたキズメルにどう説明しようか悩むキリトに、アスナの掠れ声が聞こえてくる。

 

「あ…ッ!?もしかしてフォールンが造ってる船ってここを攻めるためのものなの…!?」

 

「な…フォールンどもをこの四層で見たのか!?」

 

 さすがのキズメルも動揺の色を隠せなかった。キリトたちはロービアの街で怪しい貨物船を尾行した話を十分ほどかけて説明する。

 キズメルは説明が終わったその瞬間鋭い声で叫んだ。

 

「なんということだ、ゆっくり風呂に浸かっている場合ではない!三人とも一緒に来てくれ!」

 

 彼女がそう言うと、クエスト進行ログが勝手に開き《昔日の船匠》がクリアされたと表示される。どうやら、《然るべき相手》とはキズメルのことを指していたようだ。

 

 

 急いで着替えた一行は城の五階へと向かう。キリトがベータ時代にもあまり立ち寄った事はない場所であった。

 階段の先の扉を通ると、そこは執務室になっている。しかしほとんど明かりもなくカーテンは締め切られたままで、恐ろしいほどに暗い。

 しかし、そんな真っ暗な執務室にも何者かがいることはキリトも理解できた。部屋の奥にあるデスクの向こう側で腰掛けているからだ。デスクの上にはランプの光が揺らめいているのに、腰掛けている誰かの姿は全く見えない。

 キズメルは敬礼をして暗闇の奥にいる人物に声をかける。

 

「城主ヨフィリス閣下、執務中に失礼致します!緊急に報告すべきことがありまかりこしました!」

 

 キズメルがそう言うと、少し経ってから返事が帰ってきた。

 

「…報告ですか。それはその人族二人を伴っている事と何か関係があるのですか、騎士キズメル?」

 

 ヨフィリス子爵の声は若いのか年老いているのか、男女すらはっきりしなかった。

 

「は……」

 

 と、キズメルが再び敬礼したタイミングでキリトは城に入る際にも使用した紹介状を差し出した。ヨフィリスはそれを受け取って中身を確認する。

 

「……ふむ。なるほど、第一の秘鍵回収に功のあったものたちですか。それではベタモンや魚の餌として湖に捨てるわけにもいきませんね」

 

(ジョークか本気で言ってるのかわからねぇ…)

 

 ヨフィリスはスクロールを机の引き出しにしまう。紹介状を没収されたキリトは情けない声を出した。

 

「あっ!?」

 

「……そのような顔をする必要はありませんよ」

 

 そう言いながら城主は同じ引き出しから何かを摘み、差し伸べた。キリトが受け取ると、それは二つの指輪のようだった。

 

「それを身に着けていれば、今後リュースラの衛兵に咎められることはないでしょう。……もっとも、お前たちが裏切らない限りは…というのが前提ですが」

 

「は、はい!」

 

 キリトは深く頭を下げてから、指輪の片方をアスナに渡す。ヨフィリスは言葉を続けた。

 

「それで、キズメルよ。報告とは如何(いか)なるものですか?」

 

「はっ。ここにいる人族の剣士キリトとアスナから伝えられた情報ですが…。この四層で、我らが仇敵であるフォールンエルフの将軍ノルツァーの姿があったようなのです」

 

 執務室の空気が、変わった。肉食獣の檻にでも入れられたような緊張感に、思わずキリトは身震いする。

 

「………ほう…?それは確かに聞き捨てならない話ですね。あの悪党、今度は何を企んでいるのです?」

 

「それが…どうやらフォールンと(フォレスト)エルフが本格的に手を組んだようです」

 

 キズメルはキリトたちから聞いた話を適切に要約して伝えた。

 現在進行形でフォールンエルフによって船を大量に造られていること、それらは森エルフたちに譲渡されて三日後にヨフェル城に侵攻してくるであろうこと。狙いはこの城に保管された《翡翠(ひすい)の秘鍵》であることを伝えられたヨフィリスはキズメルに尋ねた。

 

「なるほど、フォールンどもが建造している船の数はわかりますか?」

 

 キズメルに視線を向けられたキリトは地下倉庫にあった木箱の数を思い出した。少なくとも五十箱はあったはずの木箱はキリトとアスナとドルモンがギリギリ入る大きさだったので、それを考えると…。

 

「…十人乗りの船を十隻は造るつもりだと思います」

 

「ふむ……こちらの船は十人乗りが八隻。数の利は敵側にあるということですね。……面白くない」

 

「閣下、城の兵士たちを疑っているわけではありません。……ありませんが、万が一に備えて第一の秘鍵とこの四層に封印されている第二の秘鍵を上層に移すのはどうでしょうか?」

 

 キズメルの提案を聞いたヨフィリスはコツコツと指先で机を叩いた。

 

「確かに、騎士キズメルの提案にも一理はあります。秘鍵を奪われるわけにもいきませんから。……しかし、リュースラの民の役割は六本ある秘鍵が決して一つの場所に集まらぬように各層に分けて守護することなのです。二つの秘鍵を五層に送れば、三つの秘鍵が集まってしまうことになります。その状況は気に入らない」

 

 その言葉にキズメルも頷く。重苦しい沈黙が漂う執務室にアスナの声が響いた。

 

「あの、城主様。六本の秘鍵が集まったらいったい何が起こるんですか…?」

 

「アスナ、それは…」

 

「よい、キズメル。私から説明しましょう。……答えられないのです」

 

「……答えられない、ですか?」

 

 目を丸くした一行に、ヨフィリスは言葉を続けた。

 

「ええ、ヨフィリス子爵家は《大地切断》以前より続く名家であり、私はその当主でもあります。しかし、そんな私でも秘鍵の伝承はほんの一部しか知らないのです。全てを知っておられるのは我らが女王陛下ただお一人……いや、もしかすれば…本当のところは陛下ですらご存じでないのかもしれない…」

 

「……ヨフィリス閣下、それは…」

 

「……失言でした。人族の剣士よ、リュースラの民は全ての秘鍵が集まり、聖堂の扉が開くその時、浮遊城アインクラッドに致命的な破局が訪れると信じています。……一方、(フォレスト)エルフことカレス・オーの民は伝承を異なる形で解釈しているのです。……聖堂を開くことで、アインクラッドの全ての層が大地に帰還し、エルフは大いなる魔法の力を取り戻せるのだと」

 

「「……え!?」」

 

 キリトとアスナは思わず目を合わせた。お互いの顔に浮かぶのは、困惑の顔。エルフたちの信じる伝承のどちらが正しくてもとんでもない大惨事である。

 キリトにはソードアート・オンラインの根底がひっくり返るような結末が起こるとは到底思えなかった。そもそもエルフクエストは不特定多数のプレイヤーが挑むことができ、その結末もプレイヤーやパーティの数だけあるはずなのだ。

 少なくとも聖堂が開いたせいでアインクラッドが空中で爆散するということはないだろうと、キリトが肩の力を抜こうとしたその時、アスナが小声で話しかけてきた。

 

「…キリト君、たしかあの将軍も聖堂がどうこう言ってなかった?」

 

「あぁ、言ってたな…」

 

 キリトはノルツァー将軍のセリフを思い出しながら発言する。

 

「あの、城主サマ。ノルツァー将軍はこうも言ってました。フォールンエルフが全ての秘鍵を手に入れて聖堂の扉を開いた時、人族に遺された最大の魔法が消えるとかなんとか…」

 

「人族の魔法…?キズメル、心当たりはありますか?」

 

「は…。エルフ族には及ばないものの、人族にも幾つかいにしえのまじないは残されています。ただ、私が知っているのは物を薄い書物に収められる《幻書の術》と、遠く離れた場所に瞬時に書信を届けられる《遠書の術》くらいのものです。それ以外となると、心当たりは…」

 

 ヨフィリスは再び机を指で叩きだす。どうやら城主にとって考える時の癖のようなものらしい。

 

「あれば便利、といったところですか。…ですが、その程度のまじないを取り上げるためにノルツァーが森エルフと手を組むとは考えにくいですね」

 

(《幻書の術(メニューウィンドウ)》がなくなったら攻略にむちゃくちゃ支障が出るんだが!?)

 

 もしウィンドウを没収されたらそこに入れてたアイテムはどうなるんだよとキリトは不安に思った。ヨフィリスはコホンと一つ咳ばらいをしてから落ち着いた口調で話の本筋に戻る。

 

「……ともあれ、この層に封印された《瑠璃(るり)の秘鍵》は念のために回収しておいた方がいいですね。ですがこの城の兵士は敵の襲撃に備えさせねばなりません。……人族の剣士たちよ、騎士キズメルに協力して第二の秘鍵回収の任に当たってもらえますか?」

 

 ヨフィリスがいるであろう場所に黄金のクエストマークが表示される。

 

「は、はい!任せてください!」

 

「おー、大船に乗った気で任せてよジョーシュさま!」

 

 キリトは四層のエルフクエストが始まったことに内心ほっとする。三日以内に秘鍵を手に入れ、時限イベントの襲撃に備えるのだ。

 城主に深々と一礼したキズメルはキリトたちに笑みを浮かべた。

 

「さて、時間の余裕のない危険な任務だがまたお前たちと共に戦えるのは嬉しい。よろしく頼むぞ、アスナ、キリト、ドルモン」

 

「こちらこそ!」

 

「また一緒に冒険できるの嬉しいよ!」

 

「うん、よろしくねキズメル!」

 

 

 執務室から出たキリトは大きく伸びをして緊張をほぐす。

 

「あー、緊張したぁ…」

 

「だねぇ、あの人なんか…怖い!」

 

「ふふ、そうだな。城主閣下は我々(ダーク)エルフの中で最も長く生きておられる方のお一人だ。……実は私も少し緊張していた」

 

 キズメルは微笑みながら同意した。アスナはふと気になったことを聞いてみる。

 

「ねぇキズメル、どうしてあんなに立派な城主様がいるのに神官たちが我が物顔で歩いていたり兵士たちがたるんでいるのかしら…?」

 

「うむ、それには理由があるのだ。……城主閣下は病に蝕まれておられる。そのせいで明るい光の下にお出でになることができないのだ。もう長いこと部屋に籠りっぱなしで、顔を見たことのある兵士もほとんどいないようだ」

 

「病……」

 

「ああ、神官たちが威張り散らしているのも閣下の目が届かないからだ。肝心な時には役に立たない癖に困ったものだ……」

 

 キズメルは軽くかぶりを振ってから自室の前で立ち止まる。

 

「……ともあれ、キリトたちが持ってきた情報はとてもありがたい。今日はもう遅いから、また明日から任務に取り掛かるとしよう。……みんな夜更かしはしないでちゃんと寝るんだぞ?…特にキリト」

 

「信用ないなぁ…。たしかに夜更かしは好きだけど…」

 

「ちゃんと寝てよねキリト君!……じゃあ、おやすみキズメル!」

 

 キズメルは微笑みながら頷き、自室に戻っていった。

 

 

 スイートルームに戻ったキリトは、さっそくヨフィリスから貰った指輪の性能を確認する。

 

「えーっと、名前は【シギル・オブ・リュースラ】…。お、AGIプラス1とスキル熟練度上昇率にちょっとだけボーナスか、結構いいじゃん!」

 

「ふーん…ま、オレには関係ないから別にいーや」

 

 アスナは少し離れた場所からキリトの左手をじぃっと見つめていたが、ふと自分の左手に目線を移し顔を真っ赤にする。素早く右手で左手に触れて指輪を装備した指を変更した彼女に、キリトは首をかしげた。

 

「どうしたんだ?」

 

「え、いや…なんでもないわよ!」

 

「そっか。……じゃ、キズメルにもくぎを刺されたことだし俺はもう寝るよ。おやすみ」

 

 キリトが寝室に行こうとすると、アスナに呼び止められる。

 

「キリト君、ちょっとだけ待って」

 

「……?」

 

「……今日は、本当にありがとう。現実世界(あっち)で過ごしたクリスマス・イブよりずっとずっと素敵で、楽しかった」

 

「「アスナ……」」

 

 キリトとドルモンはその言葉が嬉しかった。

 

「楽しんでくれたならよかったよ。……どうせならケーキも用意できればもっと良かったんだけどなぁ」

 

「来年はケーキ食べようね、キリト!」

 

 食いしん坊なドルモンのセリフに、アスナは優しい笑みを浮かべた。

 

「……そうね、来年の楽しみに取っておくのが一番だと思うわ。…二人とも、おやすみっ!」

 

「また明日ねー!」

 

 寝室に入ったキリトは、防具とブーツを装備から外してベッドに転がり込んだ。ドルモンは枕の横でゴロンと丸まった。

 そんな様子を見ながら、キリトはボソリと呟いた。

 

「来年のクリスマス、かぁ…」

 

 キリトは来年のクリスマスについて思いを馳せる。毎日が命懸けの戦いの今、来年の事まで考えられないというのが彼の本音であった。たとえ安全マージンを取っていてもモンスターとの戦いで命を落とす可能性は付きまとうのだ。

 

「俺には、どう頑張っても今日と明日の事を考えるので精一杯だよ」

 

 ふと彼が横を見ると、目を開けていたドルモンと目が合った。

 

「うおっ!?起きてたのか?」

 

「うん。……それより今日と明日のことって?」

 

「文字通りの意味だよ。俺は、効率良く金と経験値とレアアイテムをかき集めていた。でもそれは徹頭徹尾自分がこの世界で生き残るためっていうのが大きいと思う。……でも本当の事を言えば、来年を生きて迎えるのなら圏内で閉じこもった方が確実なんだ」

 

 キリトはぼんやりと考える。何故、自分は戦おうと思ったのだろうかと。フロントランナーたちは何のために自分の命を掛けるのだろうと。

 

「このアインクラッドは百層もある、これを死なずに登り続けるのはとても難しい。……それでも、お前は俺についてくるのか?」

 

「当然だろ!」

 

 ドルモンはニヤッと笑う。

 

「一緒にテッペンの景色を見に行こうよキリト!きっと最高だっ!」

 

 キリトには、その純粋な笑顔が眩しく感じた。アスナとドルモンがいてくれる今は恵まれているとも思った。

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