ソードアート・オンライン+D   作:シャザ

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36話 まばたきと崖っぷち! 遺物の甘い(いざな)

 午後七時を回ったので、キリトたちは五層主街区の《カルルイン》へと戻った。大昔に一度滅んだ街を何処からかやってきた人間たちが再び街として利用しているのだろう、崩れかけた建物とガレキ、革と布の天幕が雑多な雰囲気を醸し出している。

 

「あー、お腹空いた!ねぇキリト君、ご飯食べに行かない?」

 

「そうだな、結構穴場だけど名物メニューがある店知ってるからそこにするか」

 

 キリトはそう言ってから裏路地をスイスイと歩いていく。アスナもそれに続くと、自分が街の南にいることしかわからなくなった。

 

「……よく迷子にならないわね。もしかしてマップ全部覚えてたりするの?」

 

「さすがにそこまでは…、ロービアとかあんまり覚えてなかったし。……このカルルインはベータテストの時、十日くらい拠点にしてたからさ」

 

「え、どうせならロービアを拠点にすれば………。あ、そっか!ベータの時の四層は水路じゃなくて涸れた谷なんだっけ…」

 

「そうそう。でも今のロービアも微妙じゃないか?自由に移動するには船必須なのに自前のゴンドラ乗ってたら襲撃されるんだぞ?」

 

「………水運ギルド潰れてくれないかなぁ…」

 

 キリトたちはぐだぐだ話しながらお店の前までやってきた。店名は【BLINK(ブリンク)&BRINK(ブリンク)】となっている。

 

「ブリンク・アンド・ブリンク…?Lの方はまばたきだけど…Rの方ってなんだったかなぁ」

 

「入ればわかるよ」

 

 キリトがそう言っているのを聞きながら、ドルモンは看板の一番下に書かれている注意書きを読んだ。

 

「……キリト、この『注意! お店に駆け込まないでください』ってどういう意味?」

 

「入ればわかるよ」

 

 同じ言葉を繰り返しながら、キリトは店の扉を開ける。冷たい風が吹きつけ、アスナとドルモンは思わず顔をそむけた。

 恐る恐る中を覗き込んだアスナは思いもよらぬ光景に呆けた顔をする。彼女は奥の手すりを掴んで、かすれた声を零した。

 

「………なにこれ……」

 

「そりゃ、空だよ」

 

 キリトの言う通り、頭上には満天の夜空が広がっていた。漆黒の闇を煌めく星々たちが彩っている。キリトたちはしばし絶景を堪能してから、はぁ…と息を吐いた。

 

「……そっか、BRINKって《崖っぷち》って意味だっけ」

 

「…こんな場所にお店を作ったらお客さん落ちちゃうんじゃない?」

 

 ドルモンは不安そうに下を覗き込んでいる。

 

「あー…落ちようと思わなければ大丈夫だ。外周部から落ちたら普通に死ぬけど、柵とテラスは破壊不能オブジェクトだから見た目よりはずっと安全だよ」

 

「それならいいんだけどさ…」

 

「あ、でも気を付けろよー。ベータ時代にこの店の支援(バフ)付き限定メニューを注文するために開店と同時に全力疾走で店に突入して、曲がり切れずにテラスの外から転落していった馬鹿がいたからさ…」

 

 アスナとドルモンはそれを聞いてもう一度崖の下を見る。……その馬鹿の末路は聞かなくとも明白であった。

 

「表の注意書きはそのせいかぁ……」

 

「まあ、危険がないならいいわ。せっかくだからテラス席で食べたいな」

 

「おぉ、アスナさんお目が高い!テラス席はベータ時代すっごく人気だったんだよ……主にデートしてるカップルに…。そいつらに混ざって限定メニューつっついてる時の惨めさときたら…」

 

 キリトがその時を思い出してぼやいていると、アスナは何気なく答えた。

 

「良かったじゃない、念願かなって二人で来られ……て…」

 

 アスナは自分がとんでもないことを口走ってしまったことに気づき、顔を真っ赤にする。

 

「あ、いやちょっと待ってコレはデートとかそういうわけじゃなくて女の子と一緒に来られてよかったわねってそれも違くて!!」

 

 矢継ぎ早に言葉を吐き出すアスナにキリトとドルモンは目を丸くする。

 

「アスナ、とりあえず落ち着けって!」

 

「おおお、落ち着いてるわよ!?」

 

 アスナが机をばんばん叩くと、それを注文の合図と認識したのかNPCウェイトレスが足早に歩み寄ってくる。

 

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「あ、ちょっと待ってください…」

 

 アスナは急いでメニューを確認する。明らかに怪しい名前のものは避け、直感をフル活用した彼女はすぐに注文を決めた。

 

「えーと、《シュブルリーフと十種チーズのサラダ》、《あつあつグラタンスープ》、《ポロポロ鳥のロースト、丸パン付き》をください!」

 

「同じのをもう二つずつと、《フィックルワイン》のボトル一つ、食後に《ブルーブルーベリータルト》三つとコーヒー二つ」

 

 ウェイトレスが注文を復唱してから立ち去るのを見てから、アスナはほっと息を吐いた。

 

「……始めてくるお店の料理ってある意味ギャンブルよね」

 

「それにしては即決だったけど…」

 

「なんかヤバそうな名前のは極力回避したもの」

 

 アスナはメニューに視線を向けてから、キリトに一つ気になったことを訊ねる。

 

「そういえば、例のバフが付く名物メニュー頼んだの?」

 

「そりゃもちろん!ブリンク&ブリンクに来たら《ブルーブルーベリータルト》は頼んでおきたいよな!」

 

「……それで、どんなバフが付くの?」

 

「それは食べてからのお楽しみってことで」

 

 キリトはにやっと誤魔化した。そんな話をしていると、すぐに注文した料理が運ばれてくる。キリトはワインの栓を抜いてアスナのグラスに金色の液体を注いだ。

 

「変な名前のワインだった割に、中身は普通の白ワイ…ン……」

 

 アスナは言葉を失った。なぜかというとキリトが自分のグラスに注いだのは泡立ったピンク色の液体だったからだ。

 

「な、なぁ!?どういうトリック!?」

 

「種も仕掛けもありません…、というのは語弊があるかな。このワイン自体が特殊なんだ」

 

 キリトはドルモンのグラスにワインを注ぐと、今度は赤い液体だった。

 

「このワインは注ぐたびに赤・白・ロゼと甘口・辛口・スパークリングがランダムに入れ替わるんだよ。フィックルはきまぐれって意味らしい」

 

「へー、変なワイン!」

 

 ドルモンはちろっと赤ワインを舐めた。

 

「おぉ、甘みが程よく感じられて美味しい!」

 

「甘口の赤ワインかぁ…。現実世界だとほとんど辛口だけど、甘口も一応あるのよ。……わたしのは白の辛口ね」

 

 アスナは一口ワインを含んで微笑んだ。すっきりと引き締まった味わいはアスナのお気に召したらしい。

 

「…美味しい」

 

「……飲み慣れてるのか?」

 

「…………み、未成年よこう見えて!お父さんのワインとかちょっと舐めたりした経験があるだけ!」

 

 キリトはアスナの言い訳にポカンとした顔をする。

 

「お、おう…。んじゃ話もこのくらいで食うか、いただきまーす」

 

 

 アスナが選んだ料理は総合的に見ても中々の美味しさであった。サラダは葉っぱがマヨネーズ風味、スープはとんでもない温度で煮えたぎり、ローストチキンはフォークでつついただけで崩れていったが、それら全部を含めて楽しい食事だった。

 アスナが三杯目のフィックルワインを飲み干したタイミングで、ウェイトレスが(くだん)のデザートを運んでくる。見た感じ現実世界にもあるブルーベリータルトそのものだ。

 

「……見た目は、普通ね。でも中身がミカン味だったりしない?」

 

 アスナは二層で食べたタラン饅頭やフィックルワインのせいでこの世界の食べ物は見た目通りの味をしていないことがあると知っていたため、訝しげな目線を向ける。

 

「さすがに味は普通だよ…。俺ベータの時コレ食べてるから言うけど、普通にブルーベリータルトだからな?」

 

「……し、信じるからね。嘘だったら一発平手打ちよ!?」

 

 アスナは青みが強いタルトの先っぽを切り取って口に運ぶ。爽やかな甘酸っぱさのブルーベリーとその下の濃厚なカスタードクリーム、サクサクしたタルト生地は抜群のコンビネーションを生み出していた。

 

「………おいしい…」

 

「だろー?トレンブルショートケーキと甲乙つけがたいぜ…」

 

「うまっ、うまっ!」

 

 ブルーブルーベリータルトを食べ終えたアスナは、自分の視界にアイコンが出現したのを確認する。四角い枠の中に開かれた目のマークで、視覚に関するバフであること以外何もわからない。

 

「……こんなバフ初めて見たんだけど」

 

「アスナ、テラスの床を見てくれ。なんか光ってないか?」

 

「………ホントだ」

 

 アスナは光っている何かを拾い上げる。…それは古ぼけた銀貨だった。だが、見慣れたコルではない。

 

「……コレ、コル銀貨じゃないわね。横に二本の樹が並んでる…」

 

「……《遺跡》っていうのはカルルインの建物を構成しているみたいな《遺構》と、もう一つの大切な要素で成り立つんだ。……何かわかる?」

 

 いきなりクイズを出してきたキリトにアスナは脳をフル回転させてそれっぽい言葉をひねり出した。

 

「……出土品、かしら」

 

「んー、まあ正解!より正しく答えるなら《遺物》だ。遺構と遺物があって初めて遺跡…つまり遺跡の街であるカルルインにはこういった小さい遺物があちらこちらに落ちてるんだよ」

 

「あ、オレも落ちてるのみっけ!」

 

 ドルモンは床に落ちていた遺物を発見し、椅子から降りて拾い上げる。

 

「見て見てー、今度は銅貨だよ。探すの楽しい!」

 

「ここで遺物拾いにハマると沼るぞー、何せアインクラッドは落ちている物を探す難易度が高いからな!こんなちっぽけなコイン一枚探すのにどれだけ苦労するかって話だ!」

 

「え?でもわたしには光って見えたけど……、あ!」

 

「そう、コレがブルーブルーベリータルトのバフなんだ!《遺物発見ボーナス》って言って、カルルインの街中と地下でしか効果はないけど落ちているコインやら宝石が光って見えるようになるんだぜ」

 

 アスナは目をキランと輝かせた。

 

「宝石?」

 

「おう、といっても金貨やら宝石やらは相当レアだからバフ有りでも見つからないんだけどな。更にレアなのだと特殊効果付きの指輪とかネックレスだったり…」

 

「指輪?ネックレス!?」

 

「………う、うん…」

 

 キリトは微妙な顔を浮かべながら目をキラキラさせだした仲間たちを見た。

 

「わたし、遺物拾いやりたい!」

 

「オレも!お宝お宝!」

 

「……お前ら俗過ぎないか?」

 

 キリトが呆れた目線を向けると、アスナはむっと言い返す。

 

「なによぅ、いつもならこの街の遺物を根こそぎ拾いまくろうとするくせに!」

 

「よくわかってるじゃないか!でもベータ時代にちょっと色々あって…。……まあ、街中でやるだけなら大丈夫か…」

 

 キリトはなにやら悩んでいたが、勝手に納得したようだ。彼は椅子から立ち上がってアスナたちが拾った二枚のコインを指さす。

 

「ちなみにその《カルルコイン》は街のNPC両替商がコルと交換してくれるからな」

 

「わかった、ちゃんと持っておくね」

 

 

 外の通りに出てきた一行はそのまま遺物を探すために歩き出す。

 

「ところで、このバフって効果時間どのくらい?」

 

「焦るなよ、たっぷり一時間もあるからさ」

 

「たったの一時間でしょ!……ところで、あのタルトってテイクアウトできる?」

 

「残念ながら店の外で食うとバフ自体が付かないんだよなぁ。しかも一人一個かつ一日三十個限定」

 

 キリトはちょっと残念そうに言った。そうやって話していても地面を向いて遺物探しを続けていた一行だったが、光っている物は見当たらない。

 

「………意外とないね」

 

「道路は遺物少なめなんだよ、NPCの店やら住宅の屋内はほぼゼロ。狙い目は広場とか神殿、ガチで誰もいない遺跡だな」

 

「そっかー。こういう遺物って宝箱の中身みたいに拾ったらそれっきり?」

 

「ベータの時はメンテで復活してたけど、今はどうだろうな…。正式サービスに入ってからはサーバーがぶっ続けで稼働してるから…」

 

「……そういえばそうね?ゲームのメンテナンスってどんなことをしてるの?」

 

 アスナに聞かれたキリトはこめかみを指で押しながら答えた。

 

「情報源はあやふやだけど…確か、ソフトウェアとハードウェアの破損チェックとか問題の修正とか、プログラムアップデートとバグ取りとサーバー再起動だよ」

 

「そんなに!…………なんでSAOは二ヶ月近くもメンテ無しで平気なのかしら…?」

 

「さてな。あの茅場(かやば)が相当の熱量で作り出したゲームだ、現在進行形でスーパーAIが自動修正してても驚かないぜ…」

 

 アスナはそろそろ専門外の話になってきたので話を本筋に戻す。

 

「なら、現状遺物が復活しない可能性もあるわね…」

 

「だねぇ、早い者勝ちだ」

 

「そうよ、うかうかしてられないわ!広場と神殿に急ぎましょう!」

 

 たったたと軽やかに走るアスナに、キリトは慌てて別の方向を指さした。

 

「アスナさーん!?一番近い広場はあっちだぞー!?」

 

「あ、ごめんねキリト君!」

 

 

 そうして一時間でキリトたちが集めた遺物は以下のような感じであった。

 

十コル相当の銅貨:23枚 

百コル相当の銀貨:9枚 

五百コル相当の小金貨:2枚 

千コル相当の大金貨:1枚

宝石:3個 

ネックレス:1個 

ブレスレット:1個 

指輪:2個

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