ソードアート・オンライン+D   作:シャザ

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38話 ブラッキーと道化師

 地下墓地のクエストを全て終わらせてから、キリトたちは先日と同じ《ブリンク&ブリンク》で夕食を取ることにした。

 五層が開通してはや三日、キリトはそろそろ《攻略本》を見たプレイヤーたちが中にいっぱいいるだろうなぁと思っていたが、予想に反して閑散としている。

 

「………あれ?マジか…」

 

「どうしたの?」

 

 キリトは卓上のメニューに書かれたブルーブルーベリータルトの一行を指さす。

 

「例のタルトまだ残ってるんだよ。てっきり今日あたり行列ができて売り切れてると思ったのに…」

 

「ホントだ。地下墓地にいっぱい遺物拾いしてた人いたのに…」

 

「あのバフないと見つけにくいのによくやるなぁ…」

 

 ドルモンの呟きにキリトも頷いた。 

 

「アルゴ、攻略本に載せなかったのか?……いや、まさか…アイツまだ攻略本を出してないのか?道具屋でも見かけなかったのは売り切れてたわけじゃなくて、そもそも置いてなかったとしたら…」

 

「まだ攻略本の第一号出してないなんて、アルゴさんにしては遅いわね…。大体開通して二日目の夜には発行してたのに…」

 

「うーむ、ちょっと気になるな…。メッセージ送ってみるか」

 

 キリトはフォークを置いてから簡潔なメッセージをアルゴに送信するが、すぐに眉をひそめた。

 

「……駄目だ、届かない…」

 

「他の層にいるんじゃない?」

 

「いやぁ、それはないと思うよ。だってこれフレンドメッセージだし…」

 

 キリトはそう言ってから、しまったと目線を泳がせた。この事をアスナに教えたことはなかったからだ。彼女の絶対零度の視線が突き刺さる。

 

「へ〜〜、ふ〜〜ん、そうなんだぁ……」

 

「(やべぇ、墓穴掘った!!)ち、ちゃうんすよアスナさん!色々連絡とかあるしアイツたまに他層に行くからフレンドになってた方が得だからで、友達だからって理由じゃないんだよ!!」

 

「別に何も言ってないじゃない…。ってことは、アルゴさんダンジョンに潜ってるのかしら。フレンドメッセージが届かないのって相手がログインしてない時とダンジョンやインスタンスマップにいる時よね?」

 

 キリトは頷いてからうーんと悩んだ。

 

「ただ、ここの地下墓地にそんなヤバいのいたかな…。一応最深部にエリアボスとかいるけど…」

 

「地下って何階まであるの?」

 

「確か三階。最深部にいるボスを倒すと次の街までの近道が通れるようになる」

 

「うーん、アルゴどうしたのかな…。そのうちひょっこり顔見せにくるならいいけど…」

 

 キリトたちは食後にブルーブルーベリータルトを食べてから、宿屋でもある《ブリンク&ブリンク》の二階の部屋を取った。

 アスナが自分の部屋に入ったのを確認してから、キリトとドルモンも部屋に入る。……部屋に入った瞬間、キリトはいきなりこう言った。

 

「なあ相棒、ちょっと行きたい場所があるんだが」

 

「え、もう夜だよ?休むんじゃないの…?」

 

「悪いけどアルゴを探したいんだよ。……考えすぎなら別にいいんだが」

 

 キリトの脳裏に浮かぶのは、三層で命がけの決闘(デュエル)を仕掛けてきたモルテだった。四層では出くわさなかった奴が、あのまま反省して真人間になるとは考えにくい。

 かつての五層がPKの巣窟となったようにモルテも五層の何処かで潜伏し、悪意の刃を砥いでいるのではないか…。根拠のない不安が、キリトの中に渦巻いていた。

 

「しょうがないなぁ、じゃあアスナの部屋に……」

 

「いや、俺らだけで行こう。アスナだって疲れてるだろうし、朝までに戻ってくればバレないバレない!」

 

「……ホントかなァ…」

 

 ドルモンはあまりにも見通しの甘いキリトに懐疑的な視線を向ける。彼はキョロキョロと扉の周辺を見て誰もいないことを確認すると、にやりと笑みを浮かべた。

 

「………な?こうタイミングよくアスナと鉢合わせなんかしないって。こってこての王道RPGじゃないんだからさ!」

 

「こってこてだかなんだか知らんけど、ぱぱっと行ってぱぱーっと帰ろうね。寝る時間削って探しに行くんだし…」

 

 キリトは店を出た瞬間に全力で走り出す。黒い服装と相まってそれに気づくものはほとんどいなかった。

 

「しっかり掴まってろよ!」

 

「あわわわわ、速いよキリト!」

 

 ドルモンは必死にキリトの肩にしがみついている。あっという間に地下墓地にたどり着いたキリトたちはすぐに圏外である地下二階に降りていた。

 

「うっわ、こんなにすぐ着いちゃうんだ…」

 

「まだ安心するなよ、ここから地下三階まで最短距離だ!」

 

 

 地下三階まで行くためにキリトとドルモンがモンスターを薙ぎ払っていたその時、事態は急変することになった。キリトの視界左上に表示されていたアスナのHPバーが、()()()()()()()()()()からだ。

 

「え!?」

 

「ちょ、ま…ええ!?」

 

 キリトもドルモンも、寝ているはずの彼女のHPがいきなり減ったことに動揺した。悪いことはまだまだ続く。

 

【Asuna が パーティ から 外れました】

 

「…………は…?」

 

 それは、アスナがキリトとのパーティを解除したというシステムメッセージ。表示と共に彼女のHPバーも消滅する。呆然と虚空を見ているしかないキリトに、ドルモンは慌てて声をかけた。

 

「キリト、ボーッと突っ立ってる場合じゃないよ!アスナを探さなきゃ!!」

 

「あ、ああ…!」

 

 脳が凍り付いたような感覚に陥りながらも、キリトはアスナが何処にいるか推測した。

 

(彼女の性格上、街の外でレベル上げ…って可能性は排除していい。HPが減ったんだったら地下墓地の圏外エリアに来てるってことだ。地下二階に湧くモンスターじゃ一撃で彼女のHPを一割も減らせない…なら、落とし穴による落下ダメージか!)

 

 キリトはドルモンの方を見てコクリと頷く。

 

「アスナは多分地下墓地の落とし穴に落ちたんだ!」

 

「どうするの!?」

 

「ここからだと同じ落とし穴で落ちるより下り階段の方が近い!急ぐぞ!!」

 

 地下三階まで降りたキリトは落とし穴の真下辺りに一目散で走った。人の気配を感じた彼は念のために隠蔽(ハイディング)してギリギリまで近づく。

 ……そこにいたのは、黒マントを着込んだ二人組だった。彼らのうちの一人は見覚えのある細剣を持ってはしゃいでいる。

 

「うっひょ、ATKすげぇw両手武器並みじゃんかよ!」

 

「へー、よかったですねー」

 

「しかももう五回も強化してるぜ!えっと何々…シルバリック・レイピアだってよ!名前もイカしてるぜ!!」

 

「…………ッ!!!」

 

 キリトはその武器が、アスナの愛剣である《シバルリック・レイピア》だと確信する。……その時になって初めて、はしゃいでいる男に相槌を打っている黒マントのHPバーに名前があることに気づいた。

 

「よく見てくださいよぉ、シバルリックですよ。シルバリックじゃ意味が変わっちゃいますよ?」

 

 

 

Morte(モルテ)】。かつてデュエルPKを仕掛けてきた殺人鬼(PK)だ。彼らがアスナの剣を持っているということは、つまり…。

 

(アスナは…死んだ……?)

 

 キリトは思わず黒マントたちの目の前に躍り出る。ゆらりと亡霊(ゴースト)のように、冷たい殺意の炎を瞳に宿しながら。肩に乗っているドルモンもまた、険しい顔でモルテたちを睨んだ。

 モルテはわずかに声色を低くしながら、軽薄そうに言った。

 

「……こーれはこれは。相変わらずあなたとは妙な場所で会いますねぇ?」

 

「……そうか?薄汚い殺人鬼が潜むには格好の場所だろ、地下墓地(ここ)は」

 

「いやはや手厳しい!……それで、何時からそこにいたんですかぁ…?」

 

「いや、たった今来たばかりだ。お喋りが聞こえたんでな」

 

 剣呑な雰囲気が彼らのいる部屋に充満する。

 

「いやー申し訳ないですねぇ。激つよレア武器にテンションアゲアゲでメイン通路まで声が届いちゃったみたいで…」

 

「その武器、《シバルリック・レイピア》+5って言ったよな。間違いないか?」

 

「…ええ、間違いなく《シバルリック・レイピア》ですねぇ。それがどうかしたんです?」

 

「……それは、俺の相棒が装備していたものだ」

 

 キリトの言葉を聞いて、モルテは肩をすくめる。レイピアを持っている男はそれを聞いて騒ぎ出した。

 

「ハァ?コイツはルーターMOBからドロップしたモンなんですけどォ!?コイツはもうオレのだ、返すわきゃネーだろバァカ!!」

 

「ま、そういうわけなんで諦めてもらえますかねぇ」

 

「いや、そういう難癖をつけてるわけじゃない。ない、が…本当にそれはルーターMOBからゲットしたものなのか?……デュエルPKで彼女を殺して奪い取った…そうじゃないとは100%言い切れないよなモルテ!!」

 

 モルテは三日月のような笑みを浮かべた。その様はまるで道化のようだ。

 

「あはぁ…。そう来ますか、確かに前に似たようなことをしちゃいましたからねぇ…」

 

「そういうことだ。武器を取った時点で、俺はアンタらを斬る」

 

 キリトが殺気を発していると、ドルモンが小声で忠告した。

 

「……キリト、連中の中にあの目玉のデジモンが見当たらないよ。どこかに隠れてるかも…」

 

「……わかった、気を付ける」

 

 一触即発、戦いの火ぶたが切って落とされる……かと思われたその時だった。

 

「わ──――――――――ッ!!!」

 

「「「!!!??」」」

 

 第三者の大声が部屋にいた彼らを驚かせたのだ。細剣から自身の得物に持ち替えようとした男は《シバルリック・レイピア》を落とし、それを何者かがかっさらう。

 

「ぢゅーッ!!」

 

 レイピアを持っていたのは、ネズミのような姿の亜人型モンスター《スライ・シュルーマン》だった。かつてキリトに苦汁を飲ませたにっくきあん畜生は細剣を持って逃げようとする。

 

「せぃや―――ッ!!」

 

 逃げ去ろうとするネズミマンを掛け声とともに刺し貫いたのはアスナ。

 

「「アスナ!!」」

 

 キリトたちはもう二度と会えないと思っていた少女の姿を見てほっとする。一方、棚ぼたでゲットしたレア物武器を失った黒マントは金切り声で叫んだ。

 

「な、なな…!?ど、どっから出てきやがったァ!?」

 

「あっはっはぁ、いきなり『ワー』ってされて寿命縮んじゃいましたよぉ。キリトさんもですが隠れるのお上手ですねぇ…。……で、いつからいたんです??」

 

「さあ何時からだったかしら、覚えてないわね」

 

 アスナはシュルーマンから奪い返した愛剣をモルテに突き付ける。黒マントは苛立った様子でダガーを引き抜いた。

 

「あのさぁ、マジムカついてんだけどオレ!もう全部聞かれてる想定でヤっちまった方がいいぜ!!」

 

「あー、まあ言いたいことはわかりますけどねぇ。一旦落ち着きましょ、あのレイピアのスペック込みであの子に勝てます?」

 

「ハッ、PvP初心者のオンナになんざ負けっかよ!それにマグレでバリもんレイピアパクられたまんま終われるかってーの!!」

 

 アスナは身勝手な主張をする黒マントに切っ先を向ける。その言い分に真っ向から立ち向かうつもりらしい。

 ……だが、キリトとドルモンの聴覚に微かな金属音が聞こえてくる。それは、モンスターたちが大声が聞こえた場所に一目散に突っ込んでくる音だ。

 

「……あ、コレやばいな」

 

「だね、逃げよう」

 

「アスナ、こっちだ!!」

 

 キリトはアスナを抱きかかえて通路近くに存在する窪みに入り込んだ。そのまま《隠蔽(ハイディング)》で隠れるが、すぐにモルテの嘲笑う声が聞こえてくる。

 

「あっはぁ、かくれんぼですかぁ?鬼の目の前で隠れちゃすぐにバレちゃいますよぉ?」

 

「……おい、なんか聞こえねぇか?」

 

「…………おや、本当ですねぇ。さっきの『ワー』で雑魚が集まってきてるっぽいです?こりゃイカン、激サックですよコイツは。逃げましょ逃げましょ!」

 

「クソがッ!きったねぇ真似ばっかしやがってあのオンナァ!!次会った時覚えてろォ――ッ!!」

 

 モルテと黒マントはすたこらさっさと逃げていく。その足音を追いかけるようにモンスターたちの奏でる騒音が通り過ぎ、部屋に静寂が訪れる。

 

「………………」

 

 キリトはアスナをぎゅっと抱きしめた。その熱は仮想のものであっても、アスナという女の子が存在しているという何よりの証だ。

 

「………本当に、生きててよかった…」

 

「こわかった…本当にこわかったよ…。《シバルリック・レイピア》は落とすし、道もわからないし…」

 

 アスナは頭をキリトの胸元に強く押し付けてきた。いつもなら見せることはないであろう、彼女の弱音がぽつぽつとこぼれてくる。

 

「全部ここで終わっちゃうんだって思った。……わたし、キリト君に頼ってばかりで何も返せてないのに…」

 

「……大丈夫、大丈夫だ。もしまたはぐれても、絶対に見つけて助けに行くよ。アスナは……俺のパートナーなんだから」

 

「だからもう怖がらないで!オレも一緒にいるからね!」

 

 キリトはアスナの頭を何度もゆっくり撫でる。ドルモンから見てもぎこちないが、彼女を想う気持ちは痛いほどに伝わってくる。

 しばらくの間、地下ダンジョンの奥深くでキリトは彼女の頭を撫で続けた。

 

 

 その後、キリトは落ち着いたアスナと共にアルゴの捜索を続けた。

 

「あ、そういえば忘れてた」

 

「……?何の話?」

 

 キリトは無言でパーティー申請を送り付ける。アスナは頬を引きつらせた。

 

「………あ、あー…」

 

「…なんであの時パーティー抜けたんだよ。本当に心配したんだからな!?」

 

「え、えーっとぉ…。き、キリト君に迷惑かけちゃダメだって思って、自分を鼓舞するためにやけっぱちで……」

 

 キリトはドルモンと目線を合わせた。

 

「どう思う相棒?有罪か、無罪か」

 

「う――――ん、有罪!ほっぺつねりを求刑しまーす!」

 

「あいあいさー」

 

 キリトはアスナの頬をむにっとつねる。

 

「い、いふぁいふぉひひほふーん!(い、いたいよキリトくーん!)」

 

「ええい黙らっしゃい、この意地っ張りめ!思い立ったら即実行は悪癖だぞ!!」

 

「ひひほふんひはひはれはふはいほー!(キリト君には言われたくないよー!)」

 

 そんな風にコントを続けていると、通路から人影が姿を現した。

 

「……アレ、アーちゃんにキー坊?なにやってんダこんな地下で?」

 

 アルゴである。彼女はランタンを片手に首を傾げていた。キリトはアスナのほっぺから手を離す。

 

「アルゴ!探したんだぞお前、今まで何やってやがった!?」

 

「まぁまぁ…とりあえずついてこいヨ、キー坊」

 

 アルゴは空いた手で手招きする。キリトたちがついていくと、エリアボスが待ち構えているであろう大きな扉の前の小部屋にたどり着いた。

 小部屋にはアルゴが野営していた痕跡が残っていた。ちょっと萎れた感じがするフローラモンはキリトたちを見て驚いた顔をした。

 

「あれ!?キリトじゃないか!」

 

「よおフローラモン!ちょっとしなびたか?」

 

「まあね、もう昼か夜かわかんないや…」

 

「植物だもんなお前……」

 

 キリトはフローラモンにストレージの中にあった水を入れたボトルを手渡してから、アルゴに向き直った。

 

「……それで?エリアボス部屋で何やってんだ?」

 

「……部屋に入れば嫌でもわかるヨ」

 

 キリトとアスナが部屋に入ってみると、明らかに人間サイズじゃない大型ゾンビがいた。

 

「ヴェロロロロ…」

 

 ソイツを見たキリトは厳しい顔になり、アスナはその気持ち悪いモンスターに引いていた。

 

「うっわ、気持ち悪…」

 

「……ベータの時とは全く別のヤツだ」

 

 アルゴのところに戻ったキリトたちはアルゴからコーヒーを貰って一息つく。

 

「……なるほど、だいたい事情はわかった。あれは確かに調べないと駄目だな…」

 

「ダロ?ここのボスゾンビ打撃以外はほぼ軽減する鬼畜ボスなんだガ、ギミックパズルを解くと弱体化するらしイ。オレッちはフローラモンと必死こいてパズルを解いてたってワケ」

 

「もう疲れたー!日光浴びたいよぉー!!」

 

「……ねぇ、わたしたちも手伝いましょう?このままじゃフローラモン枯れそう…」

 

 アスナの提案に否と答える者はいなかった。

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