長い間芝生に寝転がってドルモンと無駄話をしていたキリトはお風呂から上がったアスナを見て手招きした。
「おーい、こっちこっち!」
「キリト君、お風呂空いたよー」
「アレ?アスナ、アルゴとフローラモンは?」
「もう帰っちゃった。キー坊とドルモンにヨロシクだって」
アスナがそう言うと、パーティメンバーの欄にいたアルゴの名前とそのHPバーが消滅する。シヤーヤの村から出たアルゴがパーティから離脱したのだ。彼女は基本的にエルフクエストの情報集めはキリトたちに一任しているので情報を渡すついでに村に招待したのだが、その時間の殆どをアスナとの入浴に費やしたらしい。
「ずいぶん長風呂だったねー。どんな話をしてたの?」
「ふふ、なーいしょ!」
「ドルモン、こういう時はあんま聞かない方が身のためだぞ」
キリトはドルモンに注意する。そんなキリトにクスッと笑いながらアスナはキリトに訊ねた。
「ねぇキリト君、もうお昼だからお風呂入るなら急いだ方がいいわよ?」
「いやー、俺らはまた今度でいいや。こっちもそろそろ動かないとだし」
キリトは視線を北に動かす。その先には長くそびえ立つ迷宮区タワーがあった。
「……本当にALSは単独でボスを倒しに行くつもりなのかな…」
「おいおい……。アスナが掴んできた情報だろ?自信持てよな!」
「わかってるけど……」
二日前アスナはカルルインの地下墓地で落とし穴に引っかかってしまったが、怪我の功名というべきかそこにいたモルテたちのあれこれを盗み聞きした結果とんでもない重要情報を手に入れてしまった。
二大攻略ギルドの片割れであるALSが、大晦日の夜カルルインで開催予定の年越しカウントダウン・パーティーをすっぽかしてALSのみでフロアボス攻略に臨むというのだ。
「今、ALSとDKBはシヤーヤの近くにあるマナナレナ村に滞在している筈だ。村の立地は五層のど真ん中、地下トンネルを使えば2時間でカルルインに戻ってこれる。だから両ギルドは夕方にはカルルインに戻ってきて準備を始めて、パーティーを9時から開始される……」
「……と、ALSはそう見せかけてカルルインには戻らないわけね。あの人たちは迷宮区まで一直線に行って六層到達を狙ってる。……モルテたちの扇動通りに」
「……これ、止めないと酷い事になるよね?」
「そうだな。このカウントダウンパーティーはDKBのシヴァタやハフナーの穏健派幹部とALSの融和派幹部の共同企画らしい。成功すればギルド間の距離を縮めることができるし、失敗すれば……」
ギルド間の対立は最早修正不可能だ。キリトはため息をついた。
「参ったな…。ALSの連中に聞いてもしらばっくれるだろうし、どうするべきか……」
「………待った。本当にそうかしら?」
「へ??」
「今キリト君も言ってたじゃない!カウントダウンパーティーはDKBとALSの共同企画だって、じゃあ企画サイドにいるALSメンバーなら話をしてくれるんじゃない?だってせっかく進めてきたパーティーを抜け駆けボス攻略で台無しにされたら内心怒るでしょう!?」
キリトは目をまんまるにしていたが、すぐに理解して軽く膝を叩いた。
「なるほど!もし抜け駆けがギルドの強硬派のごり押しなら、おそらく穏健派のパーティー企画者の意見は封殺された形になる!………ただ…」
「ただ?」
「もしパーティー自体が抜け駆けの計画の一部だったらどうする?DKBを年越しイベントの提案で主街区に引きつけておけば、抜け駆けの成功率は飛躍的に上がる。その場合はALS側の企画者もグルってことになって、話を聞きに行ったら警戒されて状況が悪化しかねないぞ」
キリトにそう言われたアスナはしばらく黙っていた。
「………もしそうだったらALSはフロントランナーを名乗る資格はないわ。でも、わたしは…ALSがそこまでやるような腐った人たちだって思いたくない。地下墓地で出くわしたモルテじゃない方の黒マントは確実にALSに潜り込んでるスパイだし、あいつの扇動のせいで強硬派が優勢になってたとしてもDKBとの融和を望むプレイヤーだっているはずだわ」
「………実際のところ、俺たちの主張は両立する可能性があるよな。強硬派工作員が企画者なら全ては穏健派の知らない所で進行していたって事もあり得るわけで……」
キリトとアスナはうーんと頭を悩ませた。
「…話を聞きに行こうよ!」
沈黙を破ったのは、ドルモンだった。
「ドルモン……」
「だってこのまま見過ごせばきっとナーザの時より酷い事が起こるよ!成功しても失敗してもALSとDKBは完全に敵対しちゃう!モルテたちの計画を止めなくちゃ!!」
「……そっか、そうだよな…。このまま何もしないなんて間違ってるよな!」
「ええ、その通りだわ。なら早くマナナレナに急ぎましょう!」
キリトたちがシヤーヤを出ようとする直前に、アスナはふと訊ねた。
「……あれ?でもわたしたちALS側の企画者が誰か知らないわよね?」
「そうだな、アルゴに調べてもらうのもいいけど…ここは正攻法で行くか!」
キリトはニヤリと笑った。
マナナレナは古代の鉱山跡に築かれた埃っぽい村である。村の奥には鉱山の名残である坑道のダンジョンが存在し中には色んな鉱石や遺物や化石が豊富に眠っている。
しかし、キリトたちの目的地はそこではなく村で一番大きなレストランだ。アルゴからの情報によるとDKBは現在この村のレストラン付近を根城にしており、事実店内にたむろしているのはDKBメンバーがほとんどであった。彼らは夜から始まるカウントダウンパーティーに浮かれているようで、店の外にいても賑やかな笑い声が響いてくる。
「……うわ、あの長髪があそこまで楽しそうなとこ初めて見た…」
「いつも眉間に皺を寄せてる印象があるもんね…」
「まぁ、あいつは今はどうでもいいよ。用があるのはシヴァタだしな」
キリトはDKBリーダーのリンドよりちょっと離れた所でNPCに注文を取っているシヴァタに目線を向けた。彼こそDKB側のカウントダウンパーティー企画者だ。ALS側の企画者とも面識はあるはずなので、彼に聞けば誰が企画者なのか分かるはずである。
「よし、予め書いといたインスタントメッセージを送信してっと…」
キリトはポチッと送信ボタンを押す。即座にシヴァタは内容を確認してビクリと身体を震わせると、慌てたようにメッセージを送ってきたキリトを探し始めた。彼は窓からこちらを覗くキリトに気づくと睨みながら店内から出てきた。シヴァタはキリトたちに近づいて「ついて来い」と短く言い放つと、そのまま歩き出す。
シヴァタが入ったのは村に点在する空き家の一つ。周囲にプレイヤーの姿はない。キリトたちが中に入ると、シヴァタは苛立った顔で叫んだ。
「お前、何が目的だ!?」
「へっ!?」
シヴァタの眉毛が現実世界では不可能な角度まで吊り上がっている。キリトは訳がわからなかった。
「ちょっとキリト君!?あなたメッセージに何を書いたらこんなに怒らせるわけ!?」
「いや普通にカウントダウンパーティーを一緒に企画したALSのギルメンを教えてくれって書いただけだよ!!」
「本当?他に余計な事書いてたりしてないよね?」
「信じてくれよ!本当にそれ以外は書いてないんだって!!」
それを聞いたシヴァタの眉はみょみょみょと困惑を示す八の字に変化していく。
「………お前たち、オレと
「……アイツ?少なくとも俺たちはこのイベントがALSとDKBの共同企画だって事は知ってるけど、ALS側の企画者の事は知らないんだ」
「うげっ……!?」
DKBの幹部は墓穴を掘ったと言わんばかりに頭を抱えた。アスナはそれを見てピンときたのか「ほっほーう……」と何かに気づいたようで、フードを外して落ち着いた様子で話しかけた。
「シヴァタさん、わたしたちはカウントダウンパーティーが企画された経緯を知りたいだけなんです。それさえ教えてもらえるなら他の事は一切詮索しないし口外もしないわ」
「………口ではなんとでも言えるだろ」
「わたしたちだってカウントダウンパーティーを楽しみにしてるのよ。…これは推測なんだけど、ALS側の企画者から良くない報告が来てたりするんじゃない?」
「!!な、なんでそれを…!?」
シヴァタが驚いた顔を見ながら、アスナは一歩彼に近づいた。
「《
「……本当に、約束は守ってくれるのか?」
「剣に誓うわ」
アスナの大げさとも取れる宣言に、シヴァタは警戒をひとまず解いたようだ。
「……ちょっと待ってろ。あっちに連絡を寄越す」
そう言うと彼はややぎこちない手つきでフレンドメッセージを作成し始める。その間にキリトはアスナに問いかけた。
「いったい何がどうなったんだ…?」
「すぐわかるわよ」
しかし、約三分後に入ってきたやや小柄のALSのギルメンを見てもキリトにはピンと来なかった。全身を鋼のプレートアーマーに包んだ性別不詳の人物は頭にもガッチリと頭部全体を覆うアーメットを被っていてどんな顔なのかすらもわからない。
(もし悪い予感が当たっていれば、コイツはALSの強硬派工作員、あるいはモルテのお仲間のスパイで今の今までシヴァタを騙しているクソ野郎って事になる訳だが…)
キリトはフルプレ鎧の人物が背負っているロングメイスを万が一抜いた時のために警戒を強めた。
「………シバ、これはどういうことなんだ?」
「急に呼び出して悪いな。でも、この二人がパーティーに協力してくれるらしいんだ。それに…フェンサーの方はどうも気づいてるっぽい」
「「……???」」
キリトはドルモンと顔を合わせた。いったいアスナは何に気づいたというのだろう。フルプレの人物はシヴァタの言葉を聞いて驚いたのか、アスナの顔を眺めた。
「ほ、本当か?なんで気づいた?」
「……シヴァタさんの態度を見てればわかるわよ、見え見えだもの」
「………………。シバ、前から言ってるだろう。お前の顔はしば犬の尻尾と同じくらいわかりやすいって」
明らかに呆れた声色のALSメンバーに、シヴァタはものすごく困った顔をする。
「しょ、しょうがないじゃないか。ナーヴギアが勝手に脳波を読み取って表情を変えてるんだからさ」
「ならお前も密閉型ヘルメットを被れば良いじゃないか。頭部へのダメージも防げて一石二鳥だぞ」
「無茶言わないでくれよ…」
その様子を見ていたドルモンはふと何かに気づいたようだ。
「二人とも、すっごく仲がいいんだね」
アスナはそれを聞いてニッコリと笑みを浮かべながら、ALSのメンバーに話しかけた。
「ね、本当に他意があるわけじゃないのよ。わたしたちALS側で問題が起きている事を知っちゃって、それを解決したいだけなの。話を聞かせてもらえるかしら?」
「………………。」
ALSメンバーはしばらく黙り込んでいたが、やがてゆっくり頷いた。メニューウィンドウを開き、装備の欄を開くと頭部のアーメットをストレージに収納した。その中から出てきたのはオレンジ色の髪の可愛い感じの女の子であった。
「……………!!?」
キリトは予想外の中身に混乱する。彼女は頭部のヘルメットを付けていた時とは違う可愛らしい声でアスナに言った。
「信じます。私、アスナさんのことは尊敬してますから。それに私もシバと一生懸命準備したパーティーを成功させたいし」
その言葉を聞いたシヴァタはほわわんという効果音が似合いそうな表情で破顔した。その様子を見てキリトはようやく気づく。
DKBの陸上部員(キリトが裏で呼んでいる非公式のあだ名)こと幹部のシヴァタは、ALS所属の彼女がいるリア充野郎なのだと。
「……………なんでやぁ!!?」
……と、キリトが叫ぶのも無理はないのだった。