アスナはマナナレナの近くにある枯れ木の森を走っていた。不気味な森を一人で移動していると、彼女は何者かの目線を感じて立ち止まった。
「……そこに誰かいるの?」
アスナは腰の剣をいつでも抜けるようにしてから視線を感じた方向をじっと見つめる。物陰から出てきたのは、紺色の毛皮の狼《ルガモン》であった。
「……オマエがアスナか?」
「!……ええ、そうよ。あなたは…ミトのパートナー?」
「そんなところだ。……ついてきな、案内してやる」
ルガモンはタタッと軽やかに主が狩りをしているところへ走った。アスナは狼についていく。
「……こんなことを言うのもなんだが、オレがアンタを騙してるとは思わねーのか?」
「別に?……わたし、狼の友だちがいるもの。あなたのことだって信じるわ」
「…………そうかよ」
彼はそっけない態度だったが、尻尾をブンブン振っていて喜びを隠しきれていない。
(かわいい……)
アスナは素直じゃないルガモンにちょっと犬好きの血が騒いだが、表情には出さないように我慢する。そうやってついていくと、彼はおもむろに立ち止まって叫ぶ。
「ミト、客人だ!オマエのダチが遊びに来たぞ!」
それを聞いて、枯れ木の死角に隠れていた少女はアスナの前に姿を現した。
「………久しぶり、アスナ」
「ミト……!会いたかったよ…本当に、会いたかった…!」
アスナは一気にミトに近づくと、ぎゅーっと抱き着いた。ミトはなんだかくすぐったそうにしていたが、やがて苦笑しながらアスナのおでこに軽くデコピンをする。
「……もう、なんだか前会った時より甘えん坊になったんじゃない?」
「えへへ…そ、そうかなぁ?(……キズメルに対して甘えんぼモードが常態化してて、油断してたぁ…)」
「まあいいや。…それで?世間話をするためだけに私に会いに来た……ってわけじゃないよね。何か事情があるんでしょ?」
ミトにそう訊かれたアスナは頷いた。
「うん…。……ねぇミト、一緒にボス戦に参加してほしいの。人手が足りなくって…」
「……えっと、それってクエストのボスの話…だ、よね?」
「ううん、この層にいるフロアボスだよ?」
「………マジかー……」
ミトは空を仰いで途方に暮れた。まさかアスナがこんなむちゃくちゃを言い出すとは思わなかったのだ。彼女はこの五層の何処かにいるキリトに恨みの念を飛ばす。
(あのまっくろくろすけめぇ…アスナに悪影響与えやがってぇ…)
「み、ミト?顔がすごいことになってるよ!?」
「あ、ごめんごめん……。………アスナ、私は行けない」
「……理由を聞いてもいい?」
アスナはまっすぐにミトを見つめる。その目には弱いんだよなぁと内心思いながら、ミトは理由を話した。
「……最前線にはいるけど、フロアボスに挑めるほどの熱は今の私にはないかな。ベータテストの時に集めた情報がなくなったらミドルプレイヤー相当でのんびりやるつもり。……ごめんね、力にはなれない」
「ミト……」
アスナはうつむいているミトに何をしてあげられるか考える。自然と脳裏に浮かんだのは、お風呂場でアルゴとチャンバラをした思い出であった。
「……ねぇミト。これからわたしと
「……え?…いきなりどうしたのさ?」
「……今、わたしにはミトの力が必要なの。わたしが負けたら潔く諦めるわ、でもわたしが勝ったなら…」
「協力してほしいって?……確かにアスナはすごいよ、このまま成長していけばいずれトッププレイヤーになれるくらいの原石だと思う。……でもさ。今の成長途中のアスナに負けるほど私は
ミトは背に背負った大鎌を構える。アスナは決意を固めて頷いた。
「ええ、わたしだって今まで遊んでた訳じゃないわ!勝負よミト!」
二人は一定の距離を取って向かい合う。デュエル申請を初撃決着ルールで承諾したアスナはミトに問いかけた。
「ミト、ルガモンはどうするの?」
「……ん?そりゃ見学だよ。
「………別にルガモンと一緒に戦ってもいいよ?わたしはそれでも勝たせてもらうけどね」
「言ってくれるじゃない…。それじゃ遠慮なくやらせてもらうから、後で泣いても知らないからね」
ミトはルガモンを手招きする。
「へー、ずいぶん自信があるみたいだな。なら手加減すんのも失礼だぜミト、最初から本気でやれよな」
「わかってるよ、でも隠し玉は無しでね。アレはプレイヤー相手だとやり過ぎるから」
(………アレってなんだろう)
アスナはミトとルガモンの会話の内容が気になったが、今回は使わないらしいので終わった後に聞けばいいと考え直して集中する。かつてコンビを組んでいた頃より装備はグレードアップされているし、何より大きい差異はパートナーであるルガモンだ。
(ガルルモンが炎を吹くことができるんだから、同じ狼型のルガモンもブレスを吐ける気はするわね…。なら、種類は?炎、雷、あるいはドルモンみたいに全く予想もしていないものを使ってくるかもしれない…)
「さあ、勝負だよアスナ!」
VS
ミト&ルガモン
カウントダウンが0になるのと同時に、ミトは武器を構えてアスナに接近する。
「おおっ!」
アスナは初撃を回避しようとバックステップしようとする。ミトの大鎌の射程ギリギリで避けてそのまま反撃しよう…そう考えていたアスナはミトの表情を見た。………狙い通りとでも言いたげな顔にアスナは嫌な予感がする。
「……っ!!」
アスナは射程ギリギリではなくもっと離れた距離を飛ぶ。距離を大きく取った彼女の聴覚がガシャンという音を捉える。音がしたのは…ミトの大鎌からだった。
鎌の形が変わっている。もしギリギリで避けていたらミトの攻撃がクリーンヒットしていたことに気づき、アスナは戦慄した。
「へ、変形ギミック…!?」
「…すごいでしょ。耐久値は普通の大鎌より低いけど、やれる事はずっと多いよ。この子の真価、じっくり味合わせてあげる!!」
ミトとルガモンの猛攻が始まった。爪と牙を巧みに振るい翻弄するルガモンと、ミトの距離感を掴ませないギミック付き大鎌はアスナを大いに苦しませた。
(やっぱり強い…。しかもこの余裕、まだ手札があると見ていいか…)
「アスナ、防戦一方じゃ勝てないよ。……私だって一緒にやってた頃とは変わってるんだから」
「……そう、だよね…。……ええ、だったらこっちも攻めさせてもらうから!」
アスナは《シューティングスター》を発動しミトに突進する。ミトは大鎌の柄で受け止めるが、その一撃は細剣のソードスキルとは思えないほど重かった。
ミトは思わず身体を逸らし、ソードスキルの直撃だけは免れる。ミトは思わず毒付いた。
「……ッ!?なにその剣、細剣のくせに一撃が重すぎる…!!」
「この《シバルリック・レイピア》はね、ミトのくれた剣の生まれ変わりなの」
「……アスナ、あの剣を大事にしてくれたんだ…。別に乗り換えてくれてもよかったのに…」
ミトはかつてアスナにあげたウインドフルーレが今もアスナの力になってくれている事にジーンと心があったかくなった。
「なら、これならどうだ!」
ミトはルガモンに合図を送りながら大鎌のもう一つのギミックを起動させる。柄の先からジャラリという音と共に鎖と分銅が出てきてアスナはびっくりした。
「く、鎖鎌だったの!?」
「そうだよ。行くよ相棒!!」
「おうとも、任せろミト!《ハウリング・ファイア》!!」
ルガモンの口から真紅の炎が噴き出す。普段アインクラッドで目にする炎より禍々しく燃えるそれは周囲のオブジェクトを溶かしながらアスナに迫った。
「…っ!なんて火力なの!?」
「それ、
超火力の魔炎を避けようとするアスナにミトは追撃を行う。ルガモンの必殺技は陽動であり初めから当てるつもりがない攻撃(というか直撃したらアスナを殺しかねない)、本命はミトの鎖鎌の鎖付き分銅だ。
「………これは無理ね」
アスナの胴体に分銅がクリーンヒットし、
VS
ミト&ルガモン WIN
「いやー、負けた負けた!完敗だよー…」
アスナはにへっとミトに笑いかける。不思議と負けた悔しさはない。結果がどうであれ全力でやったからだろうか。
「すごいなぁアスナは…。正直怒るかと思ってたよ最後の連携攻撃…。私がやられてたら台パンするレベルの害悪コンボだし…」
「そんなことないよ、初見殺しってこういうことなんだなって勉強になったもん」
(……アスナは本当にどんどん成長していくなぁ。次会った時はきっと私なんか敵わないとこまで行っちゃうんだろうな…)
ミトは親友の成長を寂しく感じたが、言葉にするのも野暮だと思い別の話題を話す。
「……そういうわけだから、フロアボス攻略はちょっと遠慮させてもらうよ?」
「わかってるよ。………そういう約束だものね」
「…………それはそれとして、アスナにはこれをあげる!ざんねん賞…ってわけじゃないけど!」
ミトはストレージから自作のペンダントを出してアスナに手渡す。
「……これは?」
「私さ、防具作成スキル上げてるんだ。いつかアクセサリーショップでもやろうかなって思っててさ。……変だよね」
「ううん、すごくいい目標だと思う。お店が開店したら真っ先に伝えてね、お客さん第一号になっちゃうから!」
ミトは裏表のないアスナの笑顔に照れたのか頬を染めながら目を逸らす。
「……ありがと」
「ほー、珍しいなミトがお礼の類を言うなんて…。明日は槍でも降るのか?」
「……ルーガーモーンー?余計な事言うんじゃないっての!」
ミトはルガモンを撫でまわそうと近づくが、ルガモンは撫でられるのは嫌なのか一目散に逃走を始めた。
「ひゃっほう、逃げろぉ!!」
「あ、コラ待て!……それじゃ、また会おうねアスナ!フロアボスに殺されちゃダメだよ!」
ミトはそう言いながらルガモンを追いかける。アスナは遠ざかる背中にブンブン手を振って別れた。
「じゃあねミトー!」
<キリトメモ>
《ルガモン》
紺色の毛並みを持つ狼型デジモン。ドルモンの額に付いているものとよく似た装飾が額にあるため、何かしら関連性がある……と思われる。
その小さな体躯とは裏腹にとんでもない暴れん坊であり、自分が認めた相手以外の命令は決して受け付けない。その反面、気に入った相手を子分にして大切にする親分気質の持ち主でもある。
必殺技は燃焼力の高い魔力を混ぜ込んだ火炎を撃つ《ハウリングファイア》と鋭い牙で噛みつき傷口をねじり切る《スパイラルバイト》。