ミトとアスナが
最終的に集まってくれたのは十二人。エギルが率いる両手持ち武器軍団四人とシヴァタとリーテン、二人が呼んでくれた助っ人のALSとDKBがそれぞれ一人ずつとキリトが連れてきてくれたネズハだ。
「悪い、ちょっと遅くなった」
キリトがリーテンたちに近づこうと一歩歩いた瞬間、DKBの助っ人から襟首を掴まれる。その時になって初めて、キリトはその人物がDKBのサブリーダー格幹部のハフナーである事に気づいた。
(は、ハフナー…!?なんでコイツがここに!?)
「オイこらブラッキーさんよぉ…今回の件、一個でも嘘があったらぶっ飛ばすからそのつもりでいろよな」
「ヒエッ、おっかね!」
ドルモンはハフナーの怖い顔にびびっている。それを見たシヴァタは苦笑いしながらハフナーの肩を掴んで引き戻した。
「まぁまぁ、落ち着けよハフ。今回はオレたちサイドから出たネタだ、キリトの提供した話はギルドフラッグのことだけでそれが嘘だとは思えない。第一そんなカスみたいな嘘付く理由ないだろ?」
「………そりゃそうだがよぉ…。けどなんで《アルゴ・ノーツ》が総出でこんなヤバい橋渡るような作戦を計画するんだよ?ALSがフラッグとやらを手に入れるのを妨害する理由がコイツにあんのか?」
「ちょっと待った」
キリトはDKB組の会話に割り込んだ。
「……言っとくけどこの作戦はALSにギルドフラッグを渡さないためだけが理由じゃないからな。ドロップしたフラッグはDKBにも渡せない。……どっちがフラッグを手にしてももう片方のギルドが崩壊するかもしれないからだ」
「……そんくらいわかってるよ」
「それよりハフナーさん、アンタ本当にこの作戦に参加するのか?そりゃ猫の手も借りたいくらいには戦力に余裕はないけど、DKBのサブリーダーであるアンタがある意味裏切り者になっちゃうんだぞ?」
キリトの質問を聞いたハフナーは染めている金髪を掻き上げてから唸るように答えた。
「そりゃこっちだって不本意ではあるが…プライド云々より攻略が優先だろうが。このクソゲーのクリアにはDKBもALSも両方必要だ。……たとえ裏切り者とリンドさんに罵られる事になろうが、下の層でクリアを待ってる何千人を裏切る訳にゃいかねーだろ!……あんたらだってそう思ったからここにいるんじゃねーのか?」
ハフナーはリーテンと彼女が連れてきた助っ人に視線を向ける。それを聞いた三十代と思しき、
「…まあそういう事ですな。
落ち着いた口調でそう話したハルバード使いはキリトに歩み寄って右手を差し出す。
「何度かボス戦ではご一緒しましたが、こうして話すのは初めてですねキリトさん。ALSのリクルート担当のオコタンといいます、よろしく」
「あ、あぁ…よろしく頼むよ」
キリトは握手をしてから妙な名前の紳士に気になった事を訊ねた。
「……リクルート?ってことはリーテンさんをスカウトしたのって…」
「ええ、私ですね」
彼はちらりと後方にいるリーテンを見る。そのまなざしからは年齢も相まってどこか父親のような雰囲気をキリトは感じた。
挨拶を終えたキリトの背中をハフナーがびたんと叩く。
「ブラッキーさんよ、オレとオコさんはきっちりと動機を説明したわけだが…まさかアンタは秘密にしておきますぅなんて言わないよなぁ!?」
「うへぇ…」
キリトはめんどくさそうな顔をするが、何故かハフナー以外のレイドメンバーも彼の言葉を待っている。少年は観念して今回の動機を説明した。
「……俺だってここに集まってくれたみんなと同じ理由だよ。最前線で戦い続けるALSとDKBは、攻略集団の両輪だ。片方が欠ければ動けないし、車軸がちゃんと繋がってなかったら前に進めない。それを防ぐためにはALSより先にボスを倒してフラッグを確保するしかないんだと俺たち《アルゴ・ノーツ》は判断したんだ」
キリトの言葉に嘘はない。……が、全てを話しているわけでもなかった。オコタンの認識では今回の抜け駆けの元凶はALSの一部強硬派だが、その中にはほぼ確実にDKBとの対立を煽るPK集団が紛れ込んでいる。ギルドフラッグの情報はPK集団が攻略集団を陥れるための罠であり、その企みを防ぐことがキリトの動機だった。
(……でも、それをみんなの前で言うわけにはいかない。せめてモルテ以外のメンバーの名前を突き止めてからじゃないと無駄な疑心暗鬼を生むだけだ)
幸い事情を知っているアスナとドルモン以外はその説明で納得してくれたようだった。キリトが一安心したその時、アーメットで顔を隠しているリーテンが右手を持ち上げて質問してきた。
「その、キリトさん。フロアボスとはまっったく関係ないことなんですが聞いてもいいですか?」
「あぁ、大丈夫だよ。俺に答えられることならなんでも聞いてほしい」
「……キリトさんってどうしてALSやDKBじゃなくて攻略ギルドじゃない《アルゴ・ノーツ》に入ったんですか?どっちのギルドでもすぐにパーティーリーダーになれるくらいの実力はあると思うんですが……」
それを聞いた一同の反応は様々であった。三層で起こったリンドの蛮行を思い出し微妙な顔をするDKBの男衆、キリトとアスナの甘酸っぱいやり取りを脳内再生してニヤニヤしているエギル一行とアルゴ、自分の『キリトを信頼している』発言を思い出してしまい顔を真っ赤にしているアスナ、その場面を見ていないため頭に?マークを浮かべて首をかしげるネズハ。
その質問をされた当のキリトはと言うと…苦虫を噛み潰したような顔で何と答えればいいか必死に脳みそを回転させていた。
「あー、えーっと…それはだな……」
「キリトね、ギルドに入るならアスナと一緒じゃダメだって言われちゃったんだよね、長髪に!あ、長髪ってのはDKBのリーダーのことだよ!それで何故か長髪が無理やりアスナをDKBに勧誘しようとして…」
「……ドルモン!!」
キリトは慌てて肩に乗っている相棒を引きはがし、へたくそな口笛を吹くドルモンを縦にシェイクする。
「あばばばば…!」
「なんてことを言うんだお前!!そんな言い方じゃまるで痴情の、もつれ……」
キリトがそれ以上言うことはできなかった。背後からアスナの底冷えするような声が聞こえたからである。
「……キリト君、そこに正座」
「………ハイ」
「ドルモンもお座り」
「あい…………」
そのままアスナは周囲の目も気にせずに説教モードに突入する。その様子はまるで馬鹿をやった父親と息子をしかる母親のようであった。
その様子をリーテンはあっけにとられた顔(なおアーメットのせいで誰も気づいてない)で見ていた。なお、エギルとアルゴはいきなり夫婦漫才を見せられて大爆笑していた。
アルゴから仕入れてもらったポーションを分配したりなどの前準備を整えた時には、時刻は午後三時ちょうどであった。オコタンの情報によるとALSが抜け駆け作戦を開始するのは午後六時らしいので三時間の余裕がある。しかし、想定外のアクシデントが起こる事もあり得るので油断は出来なかった。
キリトは道案内をアルゴに任せてアスナと一緒に最後尾でフロアボス攻略義勇軍(仮)のデータを一通り書き記したメモと睨めっこを始める。
1キリト、レベル19、片手直剣、革防具、パートナードルモン(レベル13)
2アスナ、レベル18、細剣、軽金属防具
3エギル、レベル17、両手斧、軽金属防具
4ハフナー、レベル16、両手剣、重金属防具
5シヴァタ、レベル16、片手直剣、重金属防具、盾有り
6オコタン、レベル15、両手
7ウルフギャング(エギル組)、レベル15、両手剣、革防具
8ローバッカ(エギル組)、レベル15、両手斧、軽金属防具
9ナイジャン(エギル組)、レベル14、両手槌、重金属防具
10リーテン、レベル13、ロングメイス、重金属防具、盾有り
11ネズハ、レベル12、チャクラム、軽金属防具
12アルゴ、レベル不明、クロー、革防具、パートナーフローラモン(レベル10)
キリトはフロアボス攻略レイドとはとても言えない短さのリストを眺めながらため息をつく。
「どうしたのよため息なんかついて。もしかして今更後悔してるの?」
アスナに聞かれたキリトは首を振る。もはや後悔する段階は過ぎているからだ。キリトはメモを可視化してアスナにも見せる。
「迷宮区に着くまでにフォーメーションを決めないといけないんだけど…やっぱりDPSが多いんだよな…」
「「DPS?」」
アスナとドルモンが首をかしげている。普段はあまり聞かない単語だからだ。
「ダメージディーラー、アタッカーのことだよ。このリストだと俺とアスナ、ハフナーとエギルの仲間たちで半数越えしてるんだ。一応両手武器持ちのエギルたちは武器防御である程度臨時の壁役にはなれるけど、純粋なタンクはシヴァタとリーテンの二人だけ、オコタンとネズハとアルゴとついでにドルモンはCCかな…」
「また知らない言葉だ!しーしーって何?」
「クラウドコントローラー、モンスターの群れをコントロールする役割の事だ。他のゲームだと魔法職が多いけど、基本プレイヤーは物理攻撃しかできないからな…デバフ付きのソードスキルで足止めしたり弱体化させるのが仕事だ。わかったかドルモン?お前はいつも通り鉄球を敵に吐き出して攻撃しろってことさ」
「なんだ、難しいことごちゃごちゃ言ってるけど普通に戦えばいいのか!」
「そういう事!」
ドルモンはひとまず納得した。一方アスナはキリトの説明を聞いて内容を理解できたものの、キリトの悩んでいる事もわかってしまった。
「……これ、セオリー通りにタンクの二人を別々のパーティに入れちゃうと問題が起こるのね?」
「……あぁ。ゴーレムボスの攻撃は基本手足を使ったシンプルなものしかないけど…その分威力が高いんだよ。通常攻撃はまだマシな方で、スキル付きの攻撃は盾一枚じゃとても防げない。……そんな攻撃をギルドに入ったばかりのリーテンが耐えられるかと言われると…」
「ちょっと荷が重すぎるわね。明らかに経験が足りてない状態でそんなきつい役目を任せたくないって気持ちはわかるわ」
キリトとアスナはうーんと頭を悩ませる。たった十二人の編成でもこんなに苦労するのだから、フルレイドを対象にメンバーを振り分けるキバオウとリンドはすごいなぁとキリトは感心していた。
(……だけど、今回ばかりは連中を出し抜かなきゃいけないんだ。……正道が駄目なら邪道を試すべきだな)
キリトがそう考えているとフロアボス攻略義勇軍(仮)は巨大迷路の前にたどり着いた。この迷路は五層に存在する遺跡の中でも最大級のサイズを誇り、まともに攻略すれば数時間単位で彷徨う羽目になるだろう。しかし、それは馬鹿真面目に迷路に挑むならの話である。
「アルゴ、どうせお前のことだからもうマッピング終わってるんだろ?」
「モチのロンだゼキー坊。本当なら金を取るところだけど、今回は別にいーヤ。というか迷路を通る必要ないゾ」
「……はぁ?」
キリトは意味不明なことを言いだしたアルゴに怪訝な顔をする。彼女は自慢げに長さが十五センチ近くもある鍵を取り出した。
「うわ、おっきい!それどうしたの?」
「ニャハハ、コイツはボスクエの報酬だゼ。コイツをこうして……」
アルゴは迷路の壁に近づくと壁の隙間に巧妙に隠された鍵穴に鍵を差し込んで回す。そうすると石壁がズズ…と重い音を立てて動き出した。
「「「おお……!」」」
いくつかのブロックが奥に引っ込み……それで変化は終了した。
「「「………おお……?」」」
アルゴ以外のメンバーはあまりの変化の乏しさにちょっとガッカリした顔をする。
「……アルゴ、隠し扉とかは…」
「ないヨ、売り切れダ」
アルゴはブロックが引っ込んだ場所に手を突っ込み、そのままするすると登りだす。
「お、おいおい…。まさかコレを登れってわけじゃねーだろうな。二十メートルはあるぞ」
エギルは思わず顔を青くする。しくじれば高所落下ダメージは免れない高さだったからだ。
「オヤ、フロントランナーナンバー1のタフガイが弱音を吐くなんて珍しいナ」
「あんたみたいに身軽じゃねーんだよこっちは…」
「……しゃーねーナァ、ちょっと待ってロ。今落ちても大丈夫なようにクッション敷いてやるカラ」
アルゴはストレージから大量のクッションをオブジェクト化して地面に落下させる。アルゴはそのままクッションに落下するがまったく落下ダメージを受けた様子はない。そのままポーズを取ってから、彼女はキリトに流し目を送った。
「オイラは最後にクッション回収してから行くからヨ、先発頼むゼーキー坊!」
「……了解、リーダー」
一行は苦戦しながらもなんとか全員石壁のてっぺんまで辿り着くことが出来た。アルゴが用意してくれたクッションのおかげで変に緊張しなかったことも要因の一つだろう。
石壁の向こう側を見ると、五層最大の大きさを誇る遺跡迷路が見える。それを見たエギルの仲間たちの一人、ウルフギャングが顔を引き攣らせながら呟いた。
「……確かにコレを真面目にクリアするのは大ごとじゃなぁ…」
「……オイオイ、この迷路をALSは夜にぶっつけ本番で突破する気なのか?馬鹿じゃねーのあいつら」
シヴァタは呆れた顔で隣にいるオコタンに聞く。彼も迷路の複雑さを初めて知ったのか苦笑いしながら頷いた。
「ええ、お恥ずかしいようですがそのようで……。ただ元ベータテスターから情報は貰っているとの事で、スケジュールによれば一時間で突破する予定らしいです」
「この迷路を一時間!?流石にちょっと無理があるだろ…」
「いや、確かこの迷路には謎解きギミックがあってそれをクリアできればショートカット出来た筈だ」
キリトはそう言いながら、その情報もPK集団の息がかかっているものなんだろうなとため息をつく。キリトは近くにいたアルゴに礼を言った。
「色々ありがとうな、アルゴ」
「なーに、まだまだこれからだロ?こんな迷路に時間と体力持ってかれる訳にゃいかねーもんナ」
「あぁ、そうだな。それじゃ、みんな移動するぞ!」
キリトたちは迷宮区タワーの前まで辿り着くが、まずは小休止をする事にした。アスナがテイクアウトしたマナナレナのバナナロールケーキを全員に配ると、ほとんどの人は存在を知らなかったようで中々好評だった。
エギルやハフナーといったガサツな連中は手づかみでバクバク美味そうに頬張る一方、リーテンとシヴァタは仲良く並んでロールケーキをフォークでつついている。ちょっとオコタンの様子が気になったキリトは彼の方向を見るが、いつの間にかネズハと仲良くなって楽しく談笑していた。
(リーテンと恋人同士のシヴァタのことがバレたらどうしようかって思ってたけど、心配はなさそうだな…。………いや、ネズハをスカウトしないか別の意味で心配ではあるけど…)
「キリト君、いよいよだね」
「………ああ」
キリトはアスナと一緒にロールケーキを食べる。マナナレナで食べた時より味が薄く感じて、キリトは少しだけ戸惑った。
「………あれ。なんか、味薄い…?」
「何言ってんのさキリト、さっき食べたのとおんなじだぞ」
「そ、そうなのか?」
「………キリト君、緊張してるんじゃないの?」
アスナにそう指摘されたキリトはしばらく無言だったが、観念したのか素直に頷いた。
「……そうかもな。ALSの抜け駆けが実行に移された時点でフロントランナーの瓦解は決定的になる。だからこそ、今回先んじてフロアボスに挑むわけだけど……」
「「けど?」」
キリトは首を振ってかすかに聞こえた幻聴を振り払う。他人を急かし、嘲笑うかのような旋律は嫌でもPK集団を思い出してしまい、キリトは思わず目をつぶって忘れようとした。
「……俺は、本当に自分の意志でこの選択をしたのかわからなくなってきた。もちろん勝算はあるし、偵察もちゃんとするつもりだ。……けど、これもPK集団の煽動による結果だとしたら?抜け駆けを知って少数でフラッグを獲得しようとする大馬鹿野郎を嵌めてそれにのこのこ着いてきた人たちごと抹殺するための謀略だとしたら…?そう思うと、怖いんだ…」
「……キリト君、右手出して」
アスナはおずおずと差し出されたキリトの右手を両手でぎゅっと掴んだ。キリトの脳はアスナの手の温かさにフリーズする。
「……?………!!!???」
「……一人で考えすぎるのはあなたの悪い癖よ。慎重なのは確かにいいことだけれど、石橋を重機で叩き割って『この橋は危険だ!』なんて言うのは間違っているでしょう?それに…」
「な、なに?」
「…間違えていたらわたしとドルモンが引っ叩いてでも正しい道に引き戻すわ。それだけは忘れないでね」
キリトはアスナの目をじっと見つめていた。その目には彼女の中で燃える決意の火が揺らめいているように感じて、キリトは柔らかな笑顔を見せた。
「アスナには敵わないなぁ…。きっと、一生敵わないんだろうな」
それを聞いたアスナは手を離すとそのまま自分の腰に回す。彼女は首をかしげて尋ねる。
「……もう大丈夫そう?」
「あぁ、まだ俺は俺自身を信頼できないけど…そう言ってくれたアスナの事を信じるよ」
キリトはアスナの手の温かさが残る右手をギュッと強く握る。この熱が残っているならきっとフロアボスにも臆せず立ち向かえるだろうとキリトは確信した。
<キリトメモ>
《デジモンのレベルについて》
デジモンたちはプレイヤーたちと同じく経験値でレベルアップするが、それだけでステータスが決まるわけではなく、別に進化レベルというものが設定されているらしい。
レベル1幼年期Ⅰ、レベル2幼年期Ⅱ、レベル3成長期、レベル4成熟期の順に進化し、数字が大きくなればなるほどステータスに補正がかかる。
幼年期はステータスが低く頼りにならないが、成長期に進化すれば頼れるパートナーになるし成熟期に進化できれば大きな戦力になるだろう。
なお、現在確認されている最大値がレベル4なだけで、更にその先が存在する可能性は否定できない。