ドルガモンは自身の肉体に驚愕する。確かに大きな身体と早く駆けることができる脚を望んだが、自分でもビビるくらいに動けたからだ。敵がサークルで囲ってくるころにはもう円の外側に離脱できている。
(これが……新しい力!)
ドルガモンの速さに振り落とされないようにしながら、キリトはミトに叫んだ。
「敵の攻撃は主に二種類!床のラインを踏むと天井からストンピングか床から手が伸びてきて掴みかかってくる!!掴み攻撃は装備の耐久値を減少させてくるから絶対掴まれるな!!」
「了解!」
ミトは返事をしながら鎖鎌のチェーンを腕に叩き込んだ。
「ボスの弱点は!?私なら今やったみたいにピンポイントで攻撃出来る!」
「わからない!さっきまでボスの額にゴーレムボス特有の紋章があったけど今は消えてるんだ!もしかしたら腕か足に移ってるかもしれない!!」
「なるほど……だったら!!」
ルガルモンは筋力をフルに使い何度も素早く跳躍する。一気に四本の手足が襲いかかるが、ルガルモンは避けながら叫んだ。
「今だ、紋章を探せェ!!」
レイドメンバーは近くに降ってきたり登ってきた手足を観察する。
「キリトさん、ありましたあああぁぁ!!」
ネズハの声が部屋に響く。キリトが見ると、確かにフスクスの額にあったものと同じ紋章が左足の膝裏あたりにあった。
「ドルガモン、やれ!!」
「おう!《キャノンボール》!!」
ドルガモンの発射した巨大な鉄球が紋章を強かに打ち付ける。階段の位置にあった頭部が絶叫し、ズズ…という重い音と共に沈み込んだ。
ボスの頭部から離れていたシヴァタが感慨深そうな顔で言う。
「……味方だとこんなに頼もしいなんてな」
「シバ、まだやれそう?」
救出に成功したのと引き換えに、シヴァタの鎧は破壊されてしまった。リーテンのフルプレートアーマーにも歯形が付いているが、耐久値の減少は三割程度で済んでいる。
「あぁ、予備の鎧はまだある!キリトたちばかりにいいカッコさせるかっての!!」
シヴァタは新しい鎧を装備する。強化は先ほどまで装備していたそれより出来ていないようだが、防御力に関しては問題がなさそうだった。
「キリト!新しい行動パターンは把握できたな!?ここからはオレたちも戦線に復帰する!!」
「本当に大丈夫か?」
「あぁ、こんなコケにされて黙って帰れるかよ!!」
シヴァタは戦意を漲らせる。キリトはニヤリと笑って頷いた。
「よし、ここから反撃の時間だ!」
フスクスの攻撃は熾烈を極めたが、最も厄介だったのは床に出現した顔が放つデバフのシャウトだった。遠距離攻撃可能な仲間が複数いるとはいえ、ランダムに移動した紋章をデバフが撒かれる前に見つけ出すのは困難だった。
「クソ、目が……っ!」
視覚低下デバフは床のラインを誤って踏んでしまう確率が上がり、平衡感覚デバフを食らってしまえば次の攻撃は避けられない。しかし対処法はわかっているので致命傷を受けたメンバーはいなかった。
フロアボスのHPバーが最後の一本になった時、再び行動パターンが変わる。キリトは周囲に叫んだ。
「またパターン変化するぞ!回復POT足りないヤツ報告!」
「ちっと心もとねぇ!」
「わしもじゃぁ!」
ハフナーとウルフギャングにポーションの入ったバッグを渡す。そうしている間にもフロアボスの一部である青いラインが天井中心の顔に集まっていた。
「……あの顔面野郎、何する気だ…」
ルガルモンは床を見る。先ほどまでプレイヤーたちを苦しめていた青いラインは全て消え失せ、黒い床のみが残されていた。
「……すぐわかるよ」
ドルガモンがルガルモンにそう答えると、フスクスは自分の顔をグググと下に近づけだす。ラインは四つのターゲットラインを形どり、そこから手足が伸び始める。
手足どころか肩と腰、四角い胴体までもが出現し、フロアボスは特大の咆哮とともに天井から分離する。身体に刻まれた青いラインが、血管のごとく赤く染まった。
「………やーっと見覚えのある姿になりやがったなこの野郎!人型になったなら最初に考えてたフォーメーションで対抗できるはずだ、気合入れろ!」
「へへ、やっともぐら叩きからはおさらばか!ストレスばっかかけてきてこっちは楽しくねぇんだよゴーレム!!」
シヴァタとリーテンが挑発スキル《スレットフル・ロアー》を発動し、フロアボスの攻撃を誘発する。フスクスの右腕の叩きつけをなんとか盾で受け止めながら、二人は叫んだ。
「「スイッチ!」」
「おう、任せろ!!」
ハフナーは敵の右腕にソードスキルを叩き込む。
「よし、俺たちも攻めるぞ!」
ドルガモンは走りながら《キャノンボール》を放ち、敵の足元に近づく。
「キリト、今だ!」
「食らえ!」
キリトは《バーチカル・アーク》を発動するが、ドルガモンの足の速さを見誤ってカス当たりになってしまう。ドルガモンは慌てて謝った。
「あ。ゴメーン……」
「いや、タイミングはわかった。次は外さない!」
「キリト君、スイッチ!」
ドルガモンは技後硬直中のキリトを乗せたまま離れる。それと入れ替わりにアスナが飛び出し、上下二連続突き《ダイアナゴナル・スティング》を繰り出す。ほかの仲間たちも同様に敵の足を攻撃していた。
「いい感じね!」
「アーちゃん、ポーションの補充は必要かイ?」
「ううん、まだ平気!ねえキリト君、次はどこを攻めよっか?」
キリトはそう言ったアスナの顔を感慨深そうに見つめている。もはやニュービーと呼べないくらい、彼女は立派に成長した。知識面はまだ教えられそうだが、いずれ自分が追い抜かれる日も近そうだなぁとキリトは寂しくなった。
(……いや、そうなっても悲しむ必要なんかないけどな。俺たちは同じギルドの仲間なんだ、もし追いつかれたんなら置いて行かれないように俺も頑張らないと…)
「……ちょっと、聞いてるのキリト君!?次、どこ、攻撃する!?」
「あー、スマン考え事してた。……で、次の攻撃箇所だっけ?アキレス腱あたり突っついてやろうぜ」
「ひゅー、性格悪いネキー坊!オネーサンドン引き!」
フスクスはHPが減るそのたびに行動パターンが変化していった。両目から熱線のビームを放とうとするフスクスに、ミトは相棒をバンバン叩いて叫ぶ。
「ルガルモン、アレよろしく!」
「おう、アレだな!?」
ルガルモンの口内の魔炎が収束していく。口内で圧縮された魔炎はビーム状になって敵のビームを迎え撃った。
「《ハウリングバーナー》ッ!!」
一瞬だけ拮抗した二本の熱線だったが、すぐにルガルモンの《ハウリングバーナー》が押し切った。眼球を焼かれたフロアボスのHPが赤の危険域に突入し、狂乱攻撃を繰り出してくる。
その猛攻をA隊が全員で耐えしのぎ、シヴァタがキリトに叫んだ。
「キリト、LAはくれてやる!派手にぶっ倒せぇええ!!!」
「行け、ドルガモン!」
「うぉんどりゃああああ!!」
ドルガモンはトップスピードでボス部屋を疾走する。壁を三角跳びの要領で蹴り、ボスの眼前に迫る。ボスの目線がドルガモンとその背に乗ったキリトを補足しようと細かく振動していた。
「これでぇ、終わりだあああああ!!!」
キリトはドルガモンの背からジャンプし、四連撃技《ホリゾンタル・スクエア》を発動する。高速回転を掛けた青い閃光がフスクスの赤く染まった紋章に刻み込まれた。
フロアボスは腕を持ち上げようとするが、紋章が砕かれてしまってはもはや岩石の肉体を維持することは不可能だ。巨体に刻まれたラインが炎のような輝きを放ち、爆散する様子をプレイヤーたちはしばらく呆然と眺めていた。
「………勝ったんだよな?」
「ボスが爆散四散したんで、たぶん…?」
キリトは床の材質が黒い石材から迷宮区タワーを構築している石材に変化していることに気づく。彼が床をなんとなく撫でていると床が震え、上の層に続く階段が現れた。
「………よっしゃあああ!!」
ハフナーがフロアボスを倒したことを確信し歓喜の声を上げると、それに続いてレイドメンバーの歓声が大爆発した。キリトもそれに加わりたかったものの、疲労感でふらついてしまう。倒れそうになるキリトを、ドルガモンが大きな身体で支えた。
「おっとと……」
「へへ、お疲れキリト」
「キリト君、お疲れ様!」
アスナとグータッチをして勝利を祝っていると、後方で大きな歓声が聞こえた。振り向くとシヴァタがリーテンを高々と抱き上げてぐるぐる回転している。
「……アレ大丈夫かな…」
「シヴァタはタンクだから筋力にかなり振ってると思うぞ。……後日噂になってたりしてるかもだけどな!」
「ニャハハ……さすがにこの情報は個人的にも危険度的にも売れねーナァ。それに、ここにいる連中にバラすような性悪はいねぇだロ?」
「なるほど、一番バラしかねないヤツがバラさないことを誓ってくれるなら安心だな!」
アルゴは無言でキリトの脇腹を小突いた。
「それにしても、レイドリーダーって大変なんだなぁ…。キバオウとリンドへの見る目がちょっと変わりそう、だ……」
キリトはそこまで言って、とんでもなく大切なことを忘れていたことに気づいてしまった。……ギルドフラッグである。SAOのルールでは、モンスターのドロップアイテムは戦闘に参加した全員のストレージに直接送り込まれ、本人以外が知ることはできないのだ。
……つまり、もし仮にギルドフラッグがドロップしたプレイヤーが入手したことを隠匿した場合、そもそもドロップしていないかドロップを隠しているか見分けることができない。
「……キリト君、おなか痛いの?」
「………いや、ヤバいことに気づいた…。……二人とも、ギルドフラッグドロップしたか…?」
「「………あ!?」」
二人はキリトの言っていることの裏の意味を察したのか一気に顔が青くなった。
「………とりあえずみんなに話を聞こう。ちゃんと報告してくれるんなら、それに越したことはないんだからさ」
キリトがシヴァタに近づくと、彼はリーテンを降ろしてから右手を持ち上げる。
「やったなぁオイ!」
「イエーイ!」
笑顔でハイタッチを交わすと、その音に惹かれて仲間たちが集まってくる。キリトは全員の顔を順に見て話し始めた。
「……まずはお疲れ様、そしてありがとうみんな!今回は想定外のことが起こりまくって大変だったけれど、間違いなく最強のボスに犠牲無しで勝てたのは全員の力があったからだ!そして土壇場で参戦してくれた助っ人にも感謝したい!」
「……どーも。……助けになれたんなら来た甲斐があったかな」
「これから階段で六層に上がって主街区の転移門でカルルインに戻るわけだけど…その前に大切な話をしなくちゃならない。………今回の目的であるギルドフラッグがドロップした人はそれを申告してほしいんだ」
「あー、そういやそうだったな。すっかり忘れてたぜ」
エギルはそう発言してから、自分は違うと両手を広げた。エギルの仲間たちやネズハも同様で、助っ人に来てくれたDKBとALSメンバーも首を振る。アスナたちも否定した今、意思表明をしていないのは…最後の助っ人であるミトだけであった。
「……ど、どうなんだよ…。アンタ以外はドロップしてないって言ってるぜ!?」
ハフナーはとんでもなく嫌な予感が頭をよぎっているのだろう、眉間にはいつも以上にしわが寄っている。……数秒の沈黙の後、ミトはようやく口を開いた。
「………ギルドフラッグっていうのは、コレのこと?」
ミトはストレージを操作し、そのアイテムを実体化させる。白銀の旗がボス部屋の中心ではためいた。その細かい装飾や
「おお……これが!」
オコタンはギルドフラッグの放つ迫力に息を呑んだ。ミトはフラッグをクルンと一回転させながら言う。
「……スペック見たけど、確かにこれ強いね。ギルドメンバー限定でも、複数人に四種類バフをかけられるなんてぶっ壊れだよ」
「………頼む、それを俺に渡してくれなんて言わない。フラッグの取り扱いを、ここにいる全員に委ねてほしいんだ。……フロントランナーや下層で待つプレイヤー…そして、このデスゲームを誰かがクリアする日のために…!」
キリトは深々と頭を下げる。助っ人として戦ったミトにギルドフラッグがドロップした以上、フラッグをどうするかは彼女の自由だ。もはやキリトは頼み込むしかない。
ミトはキリトが頭を下げてくるとは思わなかったのか目を丸くする。
「ちょっと、頭を下げないでよ!まるで私が悪いみたいじゃない!……そんなこと言われなくてもソロの私には無用の長物だわ。お金にも困ってないし、アンタが処分してよ!」
ミトはグイッとフラッグをキリトに押し付ける。そして小さな声で呟いた。
「……アスナのこと、お願いね」
「…………え?」
「なんでもない。……それじゃ私たちは先に行くから!」
厄ネタを処分したミトはルガルモンの背に乗って六層に向かおうとする。ルガルモンはドルガモンに視線を向ける。
「……お前の覚悟、見せてもらったぜ。……縁があったらまた会おうな、キョーダイ」
「??………オレのキョーダイはキリトだけだよ?そもそもオレたち、今日が初対面じゃ…?」
ルガルモンは一瞬だけ寂しそうな顔をするが、ニヤリと笑って誤魔化した。
「…………。……ま、そういうことにしとくか。あばよ!」
「じゃーねぇルガルモン!」
ミトたちが一足先に六層に向かったのを見届け、キリトは豪華な旗竿をマジマジと見つめてため息をついた。
「……それじゃあギルドフラッグの処遇について話し合うかぁ…」
それを聞いたハフナーはやれやれと肩をすくめた。
「あん?そりゃお前が管理するしかねーだろ、レイドリーダーなんだから」
「……はぁ!?いや、待て待て話し合いも無しに決めるなハフナーさん!」
「いや、ハフさんの言う通りだ。
「え、ええ…?……み、みんなはどう思う…?」
キリト は 助けを求めた!
「異議なし」
「イヤー、オイラは持ちたくねーナァ。キー坊任せたゾ」
「僕もキリトさんが持っている方が安心だと思います!」
「キリト君、覚悟を決めなさい」
しかし 誰も 助けてくれない!
「…………………わかったよ、もう…。……ギルドフラッグは俺が責任をもって預からせてもらう」
キリトは覚悟を決めて頷いた。
「そういうわけだから、みんな先に行ってくれ。……俺はちょっと休憩してから後を追わせてもらうよ」
「わかった。……じゃあカウントダウンパーティーで会おうぜ!」
シヴァタはそう言いながらリーテンの手を取って階段に向かった。即席レイドメンバーが全員ボス部屋から去ったのを確認してから、キリトはドルガモンに寄り掛かった。
「……ふう。もう二度とこんなことするもんか…」
「うん、本当にお疲れキリト…。それよりオレ大きくなったよ!これならキリトもアスナも乗せて走れるね、うれしいなあ!!」
「そうだな、俺もお前が進化できて本当に嬉しいよ」
キリトはドルガモンを撫でながら、一層で戦ったドルガモンのことを思い出す。かつて戦った敵がこんなに頼もしい相棒になるなんてと感慨深くなり、キリトはポツリとつぶやいた。
「……これからもよろしく頼むぜ、相棒」
「………へへへ、もちろん!」