スタキオン前領主の別宅は玄関に入った瞬間広かった。構造の問題で細長い間取りだが、左側の壁側に伸びている廊下はたっぷり幅を取っているため狭いとは感じない。……しかし十年もの間放置されていたので荒れ果てていた。
「……うっひゃーボッロボロ!しかも暗くて物探しどころじゃないよこれ!」
「………」
キリトは無言でランタンを取り出しどや顔する。アスナはそんな能天気な二人に微妙な表情をしながら聞いた。
「………オバケ、出た?」
「出ても大丈夫!オレがぜーんぶやっつけてやるからね!」
「おー、やる気だなドルモン。でも二人とも油断はするなよ?ここは圏内だから敵からダメージをくらうことはないけど、デバフは普通に入るんだからな」
「わ、わかった……」
アスナはビクビク震えながらキリトの後ろにぴったり張り付く。
「……オバケが前から来るとは限らないんじゃないかなぁ?」
「~~~~~~っっ!!は、早く黄金のキューブを見つけて帰るわよ!」
「残念ながらキューブはここにないんだよな…。というかスタキオンの呪いはタイトルに呪いと付くだけあってアストラル系と何度か戦うことになるし、命の危険がない今のうちに慣れた方が身のためだぞ?」
「……ないんだ、キューブ…」
アスナはしょんぼりしながら部屋を探す。そのうち恐怖を誤魔化すためにキリトに質問を始めた。こうでもしないと幽霊屋敷の探索なんかやってらんねー、というわけである。
「そういえばキリト君、パイサーグルスさんを殺したのはサイロンなのよね?だったら凶器のキューブを探してほしいって依頼は変じゃないかしら?」
「あー、ネタバレしてもいいんなら話すけど」
「いいわよ、このままじゃ集中できないわ」
「さっき言った通りサイロンはキューブでパイサーグルスを殴り殺して、それを誤魔化すために偽装工作をしたわけだけど…うまく真実を隠蔽したサイロンは事件現場に残されていたはずのキューブが消えていることに気づいたんだ。血染めで自分の手形がびっちょり付いてる黄金のキューブがね。しかもこのキューブはスタキオンを構成する石と木のキューブの大きさを決めるために作られた街の宝で領主の証でもある。サイロンは呪いのパズルを消し去るにはキューブをこっそり回収して自分がやったって証拠である手形を消してからパイサーグルスの墓に供えるしかないと考えたわけだ」
「とんでもないクズね!!領主館よりも牢獄の方が相応しいわよ!」
アスナのドストレート極まりない罵倒にキリトは大笑いする。プンスカ怒っていたアスナであったが、背後から迫る冷気に気づいてさっと振り向いた。
『ヒョオオオオオオ………』
「ででで、出たぁあああ!!」
2体のオバケこと《アノイング・レイス》は隙間風を思わせるかすれ声をあげている。アスナはキリトの後ろでガタガタ震えていたが、ドルモンはキリトの肩から降りながら彼女を元気づける。
「大丈夫だよアスナ!オレも頑張るからさ!」
「ドルモン、進化だ!」
「ドルモン進化、ドルガモン!!」
ドルガモンはレイスたちのかすれ声に対抗するように咆哮を挙げる。レイスたちはひゅおおおと叫び返しキリトたちに襲い掛かってきた。
「来るぞ、構えろ!」
キリトはドルガモンの背に跨り剣を引き抜く。
(ちょうどいい、ドルガモンが屋内戦でどれだけ戦えるか確認するか!)
キリトはドルガモンに乗った状態でレイスの胴体を横なぎするが、霞を斬っているような薄い感覚しか返ってこない。事実、レイスのHPはほとんど減っていなかった。
ドルガモンは全くダメージを負っていないレイスに驚いていた。
「な、なんだこいつ無敵かぁ!?」
「ビビるなドルガモン!アストラル系は武器の攻撃が効きにくいけど、根気よく攻撃すればいずれ倒せる!」
キリトは部屋の隅っこに逃げるレイスを忌々しい目で見ながらアスナの方を確認する。
「この、ふにゅ、うにゃああああ!!」
『ヒュオオオオ……』
アスナは必死な顔でレイスを突きまくるものの、業物のシバルリック・レイピアでもレイスに致命傷は与えられない。
「(なんか猫じゃらしに飛びついてる猫みたいだ…。でも、いくら圏外でもあそこまで冷静さを失ってるのはだいぶ不味いな、とっととコイツを片付けて助太刀するか!)ドルガモン、撃て!」
「こんにゃろ、《キャノンボール》!!」
ドルガモンの放った鉄球がレイスの下半身に命中して吹き飛ばすが、思ったよりはHPが減らない。キリトは左手に持ったままのランタンで敵を照らす。アノイング・レイスは光から遠ざかろうと右に逃れるが、そこはキリトの攻撃の射程範囲だ。
「そこだぁ!!」
キリトは《シャープネイル》を発動する。獣の爪の最後の一撃を繰り出した、その時だった。ソード・オブ・イヴェンタイドの切っ先がわずかに軌道を逸れ、レイスの身体の中心…胸の真ん中あたりを切り裂く。小さな硬い物体を砕くような感触と共にレイスのHPを削り切った。
ドルガモンから降りたキリトは不思議そうに自身の剣を見る。先ほど砕いたのはHPの減少量を考えるにレイスの弱点だったのだろうが…キリトは今までレイスに急所があることなど知らなかった。つまり…。
(ソード・オブ・イヴェンタイドそのものがレイスの弱点を斬りにいった…?いや、正確さを強化してるからその恩恵か…?)
「うにいいいいい!!」
一方アスナはレイスに有効打を与えられない苛立ちで頭に血が上っていた。無鉄砲極まりない刺突を上に避けた亡霊はそのままアスナの後ろに回り込むと、彼女を枯れ木のような腕で撫で回す。
「へっくち!」
「アスナ、大丈夫か!?」
アスナのHPバーに青白い手のアイコンが点灯する。体感温度を下げて風邪のような症状になる《
「一人でやる!……一人で勝てなきゃ、わたしがキリト君たちと一緒にいる資格なんてないもの!」
「アスナ…。わかった、信じるよ」
「でもヒントだけはちょうだい!こいつ攻撃しても全然ダメージないし!」
キリトは近くのテーブルに置かれたままのデザートナイフを掴み、先ほど小塊を砕いた時に剣が通過した場所…胸の中心に投擲する。
「今ナイフが当たった場所にソードスキルを叩き込め!!」
言い終える前に彼女は床を蹴る。アノイング・レイスはゆらゆらとアスナの攻撃を避けようとするが、既にアスナは回避パターンを見切っていた。
「そこ!」
アスナの剣がライムグリーンのライトエフェクトを纏いながら変則的な記号を描くようにレイスの身体を切り裂いた。ℓを描くように相手を斬る斬撃ソードスキル《フォーリウム》だ。細剣カテゴリでは斬撃系はかなり珍しいが、その分軌道に癖が強くベータ時代にこの技を愛用しているようなプレイヤーはいなかった。
アノイング・レイスは小塊を破壊されて倒されたが、アスナは自分の身体を抱えて寒そうだった。
「うぅ…さっむ…」
「大丈夫??むっちゃつらそうだけど」
「アスナ、ナイスファイト。それじゃ次の部屋に……!」
キリトは再びレイスが出現したことに気づき、アスナの手を取って敵の奇襲を避ける。カーソルに表示された名前は《リゼントフル・レイス》、パイサーグルスの別宅に巣くうボスモンスターだ。
(しまった、この部屋が
「アスナ、いったん逃げよう!………あの、アスナさん?」
「ドルガモン、背中貸して!!」
「…………へ?」
アスナはドルガモンの背を踏み台にして宙を舞い、レイスの弱点に照準を合わせた。そのまま《シューティング・スター》を発動し、アスナは文字通り一筋の流星となって亡霊に大きな風穴を空けた。
「オバケの相手なんか、もううんざりなのよ!!」
空中で叫んだアスナだったが、ソードスキルの勢いで剣の切っ先が天井にぶつかってしまい跳ね返されてしまう。そのまま落下するアスナをキリトは慌てて受け止めた。アスナはきょとんと少年剣士の顔を見つめていたが、ふふっと頬を緩ませた。
「……もう、ここは圏外じゃないからHPは減らないのに…」
「…HPが減らなくたって見ているだけってのは違うだろ」
キリトはアスナの身体が冷えていることを思い出し、彼女を降ろしてから言った。
「とりあえずその《チルネス》をなんとかするか」
「うぅ……これに回復手段なんてあるの?」
「あー……まあ、あるにはある」
キリトはドルガモンの方を見る。ストレージから毛布を取り出してアスナに手渡したキリトは、そのままドルガモンを指さした。
「アスナ、それにくるまったままドルガモンに抱き着いてくれ。相棒、ちょっとくらい我慢できるよな?」
「もちろん!はい、いつでもどーぞ!」
「し、失礼しまーす…」
アスナはちょっと遠慮気味にドルガモンにひっつく。ちょっと毛は硬めなものの、体温がちょうどいい感じにあったかいなとアスナが思っていると、《チルネス》が解除されて身体がじんわり温かくなる。まるで寒い場所に長時間いて冷え切った身体をたっぷりとお湯の張られたバスタブに浸けて温めているかのようだった。
「ふあぁ……」
「解除できたようでよかった」
「………キリト君、これ返すわね」
アスナはちょっと恥ずかしそうに毛布を返す。
「ありがとうなドルガモン、アスナの《チルネス》解除を手伝ってくれて。流石に俺がアスナを抱き寄せるわけにもいかないしな…」
「どういたしまして!そのくらい朝飯前だよ」
「………キリト君、前にも経験あるの?もしかして女の子と…?」
アスナはじとーっという目でキリトを見るが、キリトは《チルネス》にかかった時を思い出しながらガクガクと震え始めた。もう二度と思い出したくないショッキングな出来事があったからだ。
「俺の時は筋肉モリモリのマッチョガイだったんだぞ!!もう二度とあんなことは御免だ……」
相手が女の子のアバターならまだ我慢できたが、ゴリマッチョに身体を暖められたという事実はキリトの心に大ダメージを負わせた。ベータテスト時代のトラウマの中でもトップ3は手堅い出来事であろう。
「…………ごめん」
「いいよ、気にしてないし……」
しばらく気まずい雰囲気が流れる。キリトはため息をついてから仕切り直した。
「とりあえず、この部屋を探してみようぜ。キーアイテムが落ちてる場所は確定で《リゼントフル・レイス》が出現するから、この部屋の何処かに落ちてるはず…」
「………あ」
問題のキーアイテムはアスナの足元に転がっていた。アスナはちょっとだけ黄金の鍵を見つめてから拾い上げる。
「なるほどね、確かにキーアイテムだわ」
「うっわ、趣味悪い金ぴかのカギ!これを使えばキューブのあるダンジョンに入れるのかな?キリトが場所知ってるだろうし早くキューブを取りに行ってあの領主を脅そう!」
キリトは口元を隠しながらにやりと笑う。《スタキオンの呪い》クエストはここからが面白いのだ。
「よし、それじゃここから出ようぜ。もうここに用はないんだからな」
キリトは平常心を装いながら部屋を出ようとする。後に続こうとしたアスナとドルガモンはコロンと丸っこい壺が転がってくるのを見た。
「………え?」
キリトはあからさまな不審物に目線すら合わせていない。中から緑色の煙が垂れ流され、瞬く間に部屋に広がった。
「き、キリトく……!?」
「大丈夫だアスナ、心配するな!」
「それどういうい、み……!?」
アスナの身体が崩れ落ちる。キリトたちのHPバーは麻痺状態を示す緑色の枠で囲まれていた。
「キリト、アスナ!?いったい何が……ぐえっ!?」
ドルガモンは緑の煙を吸っても何故か平気そうだったが、死角から頭を強くぶん殴られて昏倒する。退化してしまったドルモンを見てキリトは後で二人に謝ろうと反省した。
行動不能に追い込まれたキリトたちを、二人組の男たちが見下ろした。ドルガモンを殴り倒した大男は無言で立っていたが、もう片方の男は壺を懐に収めて顔を覆うガスマスクを外す。その顔を見たアスナは息をのむ。何故なら…。
「いやはや…まさかここまで早く隠れ家を発見してくれるなどとは思いませんでしたよ。ですが、まさかスタキオンではなくスリバスにあったとは…」
男の正体がスタキオン領主サイロンであったからだ。サイロンは本棚をちらりと見てから言った。
「パイサーグルスのパズルの秘法も気にはなりますが、まずはこちらが優先です。キューブ本体が見つかればよかったのですが…幸いなことに鍵を使う場所には心当たりがあります。探し物はそこにあることでしょう」
サイロンは一度ヒゲを触ってから、アスナの手から転がり落ちた鍵を拾って懐に収める。
「本当にいい仕事をしてくれました剣士殿。ですがここでお別れです……と言いたいところですがあなた方にはもう一仕事していただきましょうか。申し訳ありませんがご同行願いますよ」
サイロンは後ろに突っ立っていた大男に指示を出すとキリトたちを袋詰めにして何処かに連れ去った。