第二層主街区《ウルバス》にやってきたキリトは、自分以外プレイヤーがいない街を一人で歩いていた。
このまま放置すればボスが死んでから二時間ピッタリ街を独占できるが、そんなことをすれば第二層の《街開き》を待っている一般プレイヤーが怒り狂うことは間違いない。
キリトは街の中央に存在する転移門を開通してからあらかじめ決めていた逃走経路をダッシュで走り抜ける。
建物の中に逃げ込んだキリトはしばらくの間《街開き》に来たプレイヤーたちの様子を見ていたが、なにやら妙な光景が見えた気がした彼はそこに注目してみる。
転移門からワープしてきた女性プレイヤーが、二人組の男に追われている。しかも追いかけられていたのはキリトの友人でもあるアルゴだ。
「……なにやってんだあいつ…。…しょうがない、ちょっと助けに行くか!」
キリトは《索敵》の
「それにしても…
しかもその足取りは圏外に出てしまっている。ウルバス西平原は野牛モンスターが多く生息している危険なマップであり、アルゴがなぜそんな場所に逃げたのかキリトは気になった。
草むらに刻まれた足跡がまだ新しいものになったとキリトが気づいた時、聞き覚えのある声が響いた。
「何度も言ってるダロ、この情報だけは幾ら積まれようが売らないんダ!!」
明らかに機嫌が悪そうな声を出しているアルゴに、追いかけていた男が詰め寄った。
「情報を独占する気はなく、しかし公開する気もない。それでは値段の吊り上げを狙っているとしか思えないでござる!」
「値段の問題じゃないヨ!!オイラがイヤなのは情報を売った挙句恨まれることダ!」
(なんだコイツ、変な語尾だな…)
キリトは傍らの岩壁によじ登り、彼らの真上に陣取りながら盗み聞きする。
「なぜ拙者たちが貴様を恨むのだ!?金も言い値で払うし感謝もすると言っているのでござる!この二層に隠された《エクストラスキル》の情報がそんなに惜しいでござるか!?」
(…!!《エクストラスキル》だって!?ベータ時代に発見された微妙な性能の《瞑想》とは違う、未知のスキルってことか!?)
いったいアルゴが隠している《エクストラスキル》とはなんなのかと考え続けていたキリトだったが、口論は落ち着くどころかどんどんヒートアップしていく。
「今日という今日は引き下がらないでござる!」
「あのエクストラスキルが、拙者たちの完成度を高めるのに絶対必要なのでござる!」
「しつこいゾ!!なんと言われようが
キリトは思わず岩の上から五メートル下の地面に身を躍らせた。《アニールブレード》を右手に構え、アルゴを守るように男たちの前に立ちはだかる。
「そこまでだ!」
「な、何奴!?」
「他藩の
キリトは彼らの姿を見た瞬間、『なんかどっかで見たなこいつら』という既視感に襲われた。
もちろん現実世界でニンジャスタイルの不審者を見たわけではないだろうから、ベータテストで会ったのだろうとキリトは推察するが、なぜかうまく思い出せない。
「あー…なんだっけ?あんたら確か、メンマだかフーガだか…」
「フウマでござる!!」
「ギルド《
「………あー!そうだそうだ、やっと思い出したぞ!」
キリトは思い出せた満足感に指をパチンと鳴らす。彼らはベータ時代にスピードで恐れられた忍者ギルドのメンバーだ。
危なくなると他のプレイヤーにモンスターのタゲをなすりつけてくるのでベータテスターから『死なねーかなこいつら』と言わんばかりの評価を受けた悪のニンジャどもである。
この調子だとデスゲームになった正式サービスでもやってることは変わらないのだろう。
「まったく、まーた悪さばかりしてるのか!風魔忍者の悪行、隠密として見過ごすわけにもいかないな」
キリトがテキトーなノリで放った言葉に、ニンジャたちの目の色が変わった。
「「おのれぇ、きさま伊賀者か!!」」
「は!?」
「なに火に油注いでるんだヨキー坊!」
どうやら彼らはカーソルがオレンジになっても気にしないらしい。キリトは呆れた顔をしながら、彼らの後ろにいる
「……あ。後ろ」
「「その手は喰わないでござる、覚悟ォ!!」」
「何の手でもないよ、後ろ見てみろって」
キリトにそう言われた彼らが振り向くと、本当に目と鼻の先に巨大な牛モンスター《トレンブリング・オックス》が二人をターゲッティングしていた。
「「ご、ござるー!!?」」
「知ってると思うけど、ここの牛はしつこいぞー?頑張って逃げろよ!」
キリトたちは岩壁の上に避難してニンジャと牛の鬼ごっこを彼らの姿が見えなくなるまで見ていた。
たしかに全身真っ黒の状態だと忍者に見えるかもなとキリトが考えていると、アルゴが驚きの行動に出た。
なんと、キリトをぎゅっと抱きしめたのだ。彼女の体温にドギマギするキリトに、微かな囁き声が聞こえた。
「……かっこつけすぎだヨ、キー坊。……助けてくれて、ありがとネ」
「お、おう!俺たちは友達だろ?助けるのは当然だ、攻略本にも助けてもらってるし…」
「……ねえ、なにかオネーサンにしてほしいことはないノ?…一個だけなら、なんでも叶えてあげるヨ」
アルゴの声に普段とは違う感情が乗っていることに、キリトはなんとなく気づいてしまった。だが、アルゴに変なことをするのはなんだか後が怖い。
それに、キリトには一つ彼女に聞いてみたいことがあった。優先順位こそ低いがここで聞き逃すともう聞けない気がする情報がある。
「………なら、ヒゲの理由を教えてくれ。前に十万も吹っ掛けてきたアレだ」
キリトが冗談半分で言ったセリフに、それを聞いたアルゴは抱きしめる力を強めて囁いた。
「……いいヨ、教えてあげル。でもちょっと待って、ペイントを取るカラ…」
「え゛?」
なにやらとんでもないイベントが発生しかけてるのではと思ったキリトは…日和った。
女性経験のない少年に、まだこういうイベントは酷だったのかもしれない。
「ごめんアルゴ前言撤回!!さっきのニンジャたちと話してた《エクストラスキル》について教えて!」
キリトから離れたアルゴは顔こそいつもと同じだが、どことなく不機嫌に見えた。
「キー坊のへたれ……」
「なんか言ったか?」
「イヤ、なんも言ってねーヨ!じゃあ、これから《エクストラスキル》習得クエストのあるトコに案内するわけだケド…。約束してくレ、何があってもオイラを恨まないってナ!」
「ああ、もちろん。どんなことがあっても、お前を恨まないよ」
三十分もかけてアルゴについていったキリトを待っていたのは沢山の大岩と一つの小屋がある奇妙な空き地であった。
アルゴに促されて小屋に入ってみるとハゲの老人がクエスト開始地点の【!】マークを頭に浮かべていた。
「……あいつがクエストNPCか?」
「ああ、エクストラスキル《体術》の師匠ダ。……とりあえず紹介はしたケド、受けるかどうかはキー坊が決めてくれ」
「……さっきから変だぞアルゴ。あのジジイになんか嫌な思い出でもあるのか?」
「言わねーゾ」
どうやら様子がおかしい理由は教えてくれないようだ。キリトは話題を切り替える。
「《体術》ってどんなスキルなんだ?たしか師匠NPCは《エクストラスキル》の説明をしてくれるよな?」
「ま、そのくらいは答えるヨ。武器無しの素手で攻撃できるようになるスキルなんだってサ。武器を破壊されたりルーターMOBに武器盗られた時には役立つと思うゾ」
「なるほど、ニンジャたちが欲しがるのもわかる…。フィクションだと素手で戦える忍者はだいたい強いからなあ…」
NPCのジジイにキリトが声をかける。
「…入門希望かね」
「そうだ、《体術》を教えてくれ!」
「道は険しいぞ?それでもやるのじゃな?」
「望むところだ!」
「ホッホッホ、ついてくるがいい新たな弟子よ」
老人についていくと、大岩の一つを指さした。
「おぬしに課す修業はたった一つじゃ」
「はいっ!」
「武器を使わずにこの大岩を叩き割れ。そうすれば儂の
「……なんて??」
キリトは慌てて大岩を軽く叩いてみた。ゲームに慣れると叩くだけでそれがどれくらい硬いかわかるようになるが…。
彼の手に伝わった感触は『破壊不可一歩手前のやべえ硬度』であった。まともにやったらどれだけ時間がかかるかわかったもんじゃない。
「この岩を割るまで山を下りることは許さぬ!おぬしにはその証を立ててもらおう!!」
ジジイは、壺と筆を取り出す。逃げようとしたキリトの顔に墨がたっぷり含まれた筆が踊り狂った。
「ぎゃああああ!!?何するんだ!!」
キリトは慌てて顔を拭うが、墨が落ちる様子は全くなかった。アルゴはこうなることが分かっていたのか笑いをこらえている。
「その証はおぬしが岩を割り修行を終えるまで落ちることはない!では、始めるがよい我が弟子よ!!」
「………アルゴ、お前が情報売りたがらない理由よくわかったよ。……さてはこれ、
「ニャハハハハ!!正解だヨ、キー坊!ベータ最終日までヒゲのままプレイしてたんだが、これが存外気に入ってネ。正式サービスに入ってからも着けさせてもらってるのサ!《ヒゲの理由》と《エクストラスキル》の情報、どっちもゲットできてよかったナ!」
「嬉しくねーなあ…」
キリトの苦笑いに、アルゴも楽しそうに笑った。
とりあえずキリトは大岩に一日中拳を撃ちこんでみたが、破壊不可一歩手前の岩を砕くのは並大抵のことではない。
「……とりあえず寝るか…。明日にはいい方法が思いついてるといいな…」
キリトはタマゴを撫でた後、寝袋の中に入る。
「お休みー」
彼の言葉に反応するようにタマゴが揺れた。
翌日の朝、キリトはセットしていたアラームの音で目を覚ます。その時、キリトの耳にパキリという何か割れたような音が聞こえた。
「……ん?」
タマゴの方を見ると、大きなヒビが入っている。そのヒビがだんだん大きくなり、強い光を放つ。
……光が収まると、そこには小さなモンスターがいた。
「がう!」
「う、生まれた!!」
キリトはタマゴから生まれたその小さな生き物《ドドモン》を撫でようと手を差し出す。
「ガブリ!」
「うおっ!?いた…くはないな、歯がまだ生えてないのか…。噛みながらでもいいから聞いてくれ、俺はキリトだ」
「はぐはぐはぐ…。??」
ドドモンは噛むのをやめると、キリトを不思議そうに見つめてくる。なんとも可愛らしいが初手で噛んでくるあたりふてぶてしい。
「いいか?これから俺はお前と一緒に冒険したりするわけだ、言うことを聞くのはこの際後回しでもいいとして、まずは仲良くなろう!」
「がう、がう!」
ドドモンはピョンピョン飛び跳ねている。キリトは本当に話が通じているのか不安だったが、まあなんとかなるだろうと考えなおす。
「とりあえず飯にするか!何が好物か知るのも大切だからな」
「がう」
これがキリトとパートナーの出会いだ。……彼らは、その出会いを生涯忘れないだろう。
<キリトメモ>
《ドドモン》
第一層のボス部屋で手に入れたタマゴから誕生した、小さな毛玉のモンスター。初めて見たものにはなんでもかみつく。体毛は結構硬い。
敵が近づくと《小さな鉄粒》を吐くが、精々目くらましくらいにしかならないため、多分野生では生きていけないだろう…。