「さ〜ん……て…さい。ター…ん」
聞き慣れた声がゆさゆさと俺の身体を揺らす。
「サビターさーん。早く起きてください。もう着きましたよ〜」
アリーシアが俺肩を何度も揺さぶり、起こそうと試みていた。
俺は「あー」と適当に返事をしたが、アリーシアは首を傾げた。
「起きないですね」
「いや起きてるよ」
今度はちゃんと声に出して答えるとアリーシアは「ああ、起きてましたか」と言って何故か握っていた拳を後ろに隠すように引っ込めた。
「お前今何しようとしてた?」
「いえ別に。ただ起きなかったら少し強めに叩こうとしただけですよ」
「拳握って俺になにしようとしてたんだよ!?ただ起こすだけだったらグーにする必要ないよな!?」
「二人ともうるさーい」
タマリが耳を押さえながら眉間に皺を寄せて文句を言った。
俺達はマッドギアへ向かっていた。
馬車や車を使えば通行不能なところや魔物、盗賊などに遭遇して無駄に金と設備を浪費してしまうと考え、本当は徒歩で行くつもりだったが、徒歩だと三週間もかかってしまう。
そこで苦労と時間を短縮するため、タマリが呼び出した六本の脚で一つ目の丸い頭が特徴的な魔法動物を使役し、俺たちがそいつに乗って移動していた。
コイツにかかれば三週間が一週間もなり、安全に行けると豪語しており、俺はアイツの自信満々な言葉を信じて全て任せた。
俺達が今いるのは荷馬車で言う客車の中で、これもまた今度はセアノサスが改良を加えており、外から見れば入れても四人程の車中なのだが、実際に中に入ると、パーティで三十人程呼んでも問題がないほどの広々とした空間があった。
どうやら錬金術によって空間を無理やりこじ開けており、そのため荷物もたくさん置けて衣食住も全く問題がない。
錬金術って言えばなんでもどうにかなるもんだな。
そして魔法動物が思いの外強いため、魔物が出ても盗賊が出ても全てコイツが排除し、俺達は揺れ一つ感じることなく快適に過ごしていた。
「そろそろ着くって」
タマリがどうやって魔法動物と意思疎通をしていたのは知らないが、じきに目的地に着くと言い、俺は皆に集合をかける。
「いいかお前ら。俺たちがこれから入るのはマッドギアだ。これまでにマッドギアに入国したことがある奴はいるか?」
俺の質問に四人全員かぶりを振る。
マッドギアがどういう国か、読者の皆さんもあんまり記憶にないだろうから復習のためにも改めて教えておこうと思い、四人に説明し始めた。
マッドギア……土地の広さ、領地の所有数はウィルヒルそれなりで、かつては他の国と遜色ない文明レベルで、国名もマッドギアという名前ではなく、テングリンという普通の名前だった。
魔法が栄えたアールウェーンや凄腕の冒険者達を輩出するウィルヒルと比べてしまうと、そのどちらにも劣っており、お世辞にも特徴があるとは言えない国だった……宙から未知の舟が落ちてくるまでは。
マッドギアの領地に降ってきたその舟は、どの国にも及びがつかないような未知の科学技術で出来た、小国一個分の巨大な舟だった。
マッドギアの人間達は飽くなき好奇心と探究心、そして野心を胸に舟の内部に潜入し、調査を行なった。
内部には未知の技術と一緒に、未知の生命体がいたが、全員もれなく死んでいた。
理由は定かではないが、とにかく奴等は全世界を凌駕する科学技術の情報が詰まったお宝を手に入れた。
しかし、いかに宝の山が目の前にあったとしても、その価値を理解し、扱えるものでなければ豚に真珠、宝の持ち腐れだ。
だがマッドギアには一人の天才科学者がいた。
その名はキリアン・マッドギア。
彼はこの世界で最も賢い男として歴史に名を連ねており、科学者を志すものなら誰もが知っている世界一有名な男だ。
ソイツが先導して舟の中身を探索し、通常なら何十年、何百年もかかるであろう調査と解析を僅か5年で終わらせた。
生活に必要な魔力は電気に置き換わり、衣服はより機能性を重視し、建物はもはや「ただ雨風を凌ぐため」ではなくなった。
石造りの壁は薄く削られ、内部に無数の管と回路を抱え込む。
窓は採光のためではなく、情報を映し出すために開かれ、
塔は祈りを捧げる場所から、都市全体を制御する中枢へと役割を変える。
国が、人の生活を学習し、眠る時間、働く癖、恐怖さえ記録する。
扉は鍵を必要とせず、拒むべき相手だけを静かに選別し、街は生き物のように振る舞い、住民はその内部を流れる血液の一部となる。
キリアンのおかげで国の技術力は他の追随を許さず、通常なら千年、二千年をかけなければいけない技術革新をあり得ない程のスピードで済ませ、一大国家へと発展を遂げた。
キリアンの偉大な功績を讃え、国のお偉方は彼の苗字を国名へと変更し、ここにマッドギアが誕生した。
「そして技術力が発展した国がやるといえば土地が欲しい資源が欲しい名誉が欲しい欲深い奴等の唯一の娯楽、ドンパチさ。まぁそれは俺達が阻止したがな」
「最終的に自慢し始めましたよこの人……」
アリーシアは「はいはい、でたよいつもの」とでも言いたげなうんざりした目とへの字の口でぶつくさ呟く。
「マッドギアは名前の通りイカレた歯車みてぇに戦争をあちこちに仕掛けてなぁ、ほとんどの国が降伏したり滅ぼされたりしたもんさ。だけどこの俺ニーニルハインツギルドきっての精鋭、サビター様の誰もが舌を巻く英傑のような活躍をしたことにより!奴等は停戦、事実上のウィルヒルへの降伏を申し出たというわけさ」
「ねぇそのおはなしいつまでつづくの?」
「歴史のお勉強をしている暇はないぞ」
タマリとアルカンカスさえも文句を言い始め、俺は眉を細めながら睨みつけたが、奴等は欠伸をして集中力を切らしていた。
「まぁでも、サビターさんが活躍していたってのは本当なのよ?」
「おおセアノサス!お前は俺の味方か!」
セアノサスが俺は助け舟を出し、俺は思わず感謝の視線を送る。
「そりゃあ私はいつでもサビターさんの味方ですわよん。だって、サビターさんはあの国じゃ結構良い印象は持たれていないみたいだから」
「「「あ〜……」」」
セアノサスの言葉に三人全員が納得するかのように同じ声を出した。
俺はいつも通り「何納得してんだよ!」とか「ハモッてんじゃねぇよ!」とか言いたかったが、これには言い逃れできないある事実がある。
「俺は奴等には結構、いや、かなり甚大な被害を与えていてな、恨みを買っちまった。それに、マッドギアの奴等はウィルヒルの事をあまり良くは思ってねぇ」
「だから」と言って俺はワードローブの中から服を出した。
「俺達がウィルヒル出身じゃねぇ事を信じさせ、奴らの目を誤魔化すため、今から試着会を開始する!」
俺はニヤリと笑ってそう言った。