(法を)お菓子屋さんへようこそ!   作:新田トニー

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第140話 なんでお前が

 

「ぐっ!」

 

 俺は注射器で刺された首元を抑え、地面に両の掌と膝を着いた。

 

 身体から脊髄や骨を無理やり引っこ抜かれたように身体に力が入らない。

 またあの時と、アルバアムと戦った時と同じだ。

 俺の回復能力が封じられている。

 

「一体…どうし…て」

「何故彼女が裏切ったのか、不思議なようだね」

 

 テミナはセアノサスの肩に手を回し、指先で彼女の鎖骨をすりすりといやらしそうに触った。

 

「テメェ、その手離せ」

「やだもーん。何故かと言うと君の彼女、手触りが大変良い。一生触ってたいですねはい」

 

 俺は今すぐ目の前のこの野郎をぶん殴りたかったが、俺の身体は意思に反して全く言うことを聞かなかった。

 まるで俺の体の中で常に爆発が起きてるような感覚で、激しい激痛と痺れが俺の身体を蹂躙していた。

 そして体を思うように動かさないだけじゃない、会話すら困難なほどだった。

 

「ふむふむ、一体何故彼等は裏切ったのかだって?正確に言えば裏切ってはいない。洗脳したんだよ」

「ぎっ、あっ……」

 

 俺は言葉すら発せず、地面を這いながらテミナを睨みつけることしかできなかった様子を見て、俺の代わりに勝手にベラベラ喋り始めた。

 

「凄いだろ。雑草の時とは違ってガチで君の能力を無効化する薬を作らせたんだ。効果は保証するよ。君は確実に死ぬ。もし生き返ったとしてもまた新しい薬を使って君を殺してあげるから安心して!」

 

 テミナは快活な笑顔でえげつない事を口走った。

 このクソ野郎は俺の女を洗脳し、俺を殺せる薬を作らせた。

 しかも彼女の意思を無視して。

 

「さ、君たちもそんなサイバーパンクな服装はやめて、本当の姿になって!」

 

 テミナがそう言うと、セアノサス、アリーシア、タマリ、アルカンカスの四人はバサッと音を立てて服を脱いだ。

 

 すると現れたのは、ギャルゲーの対局にある乙女ゲーのキャラクターイラストがプリントされた半袖白Tシャツを着用し、どうやって変えたのかは知らないが青髪だったのが黒髪となり、赤縁丸メガネをかけたセアノサス。

 

「サビター!私気づいちゃったの!別にオタクになることは悪く無いって。好きな事を好きって言うってこんなに素晴らしい事なのね!」

 

 セアノサスは瞳に光を宿してはいたが、明後日の方向を見ながら叫んでいた。

 

「サビターさん、最近のオタク女子って可愛いんですよ。ちゃんと本気出せばサークルクラッシャーになることは容易ですよ」

 

 別に風邪を引いてるわけでも無いのに黒いマスクを付け、フリルやリボンが着いた暗いピンク色のブラウスを着用し、黒のミニスカート、別に身長が低いわけでも無いのに黒い厚底のシューズを履き、俗に言う地雷系女子と呼ばれる服装をしていた。

 また、彼女は肩掛け鞄を下げており、鞄にはセアノサス同様乙女ゲーのイケメンの顔がプリントされた缶バッジやぬいぐるみが詰め込まれていた。

 

「ゲームは一日一時間って聞こえた気がするけど、十一時間のま違いじゃないの?」

 

 続いてタマリはマジガミのヒロインがプリントされた黒のフード付きパーカーを着用し、ピコピコと音を立てながら携帯型ゲーム機に夢中になっていた。

 首にはカッコ付けのための赤いヘッドホンがかけられ、黄土色の短パン、そして白いサンダルを履いていた。

 

「サビター、お前には悪いがこの限定Tシャツを渡すつもりは毛頭ない」

 

 アルカンカスはそう言って額には赤いバンダナ、そして前者と同じくマジガミのヒロインがプリントされてはいるがどう見てもサイズが合っていないパッツパツのTシャツを着用しており、肌を隠す服として機能しているのは胸部だけであった。

 下は黒のチノパンを、靴はブーツを履いていた。

 

 

「お前ら……」

 

 俺はただ一言ポツリと呟いた。

 

「そんな、一体いつからだ!?だって?うんうんそう焦るな。時間はたっぷりあるからちゃんと教えてあげる。まずはじめに、僕が作ったメガネ方ゲームデバイスは視覚から脳に作用し洗脳を開始するだけじゃない。聴覚からも洗脳可能なんだよ」

 

 テミナはそう言って奴自身の右耳をトントンと人差し指で叩く。

 

「僕が作ったゲームが純粋に好きな人には効かないんだけど、デバイスからは洗脳映像だけじゃなく音波まで常時流れ続ける。そしてそれは一度聞いてしまえば直ぐに作用する。君がいない間に彼等の元に匿名でデバイスを送付し、僕の操り人形にさせてもらった。違和感がなかっただろう?」

「す、でに計画は……」

「そう、始まってたんだよ。ずっと前から。君達がマッドギアに容易に入れたのも、イベント会場にも入れたのも、僕を捕まえられたのも。全部計画のうちさ」

 

「何で俺達の事を「僕が作ったAIによると、君達が一番の障害だと決定付けたからね」

 

 そう言って奴は俺の言葉に被せるように言い、腕時計を指で操作して弄ると、奴の腕から青白いを発し、大きな坊主頭の人間の首が出てきた。

 

『はじめましてサビターさん。私はテミナ・アーヴァン様により開発されたAI、ラヴィと申します。貴方の事は過去のデータからテミナ様の計画の最大のエネミーである事から、恐れ入りますが貴方様のお仲間をテミナ様の味方へと変更させていただきました』

 

 あまりリアルじゃ無い人間のCG映像で作られた人間の顔が無表情に語った。

 俺は未だ言うことを聞かない身体をなんとか腕と指だけ動かしながらAIのラヴィへと中指を向けた。

 

『おや、ウィルヒルの人間は中指を立てるのが挨拶なのですね。それでは私も例に倣って真似させていただきます』

「いや違う違う。違うよ、ラヴィ。彼は敵意を向けて中指を立てたんだ」

『ああ、そうでしたか。失礼いたしました。我私達は敵対状態であるため、同じく中指を立てさせていただきます』

「ごめんよ。コイツまだ会話機能はまだ完全じゃ無いんだ。だからこんな惚けたこと言っちゃう」

 

 テミナは「困った困った」と言ってAIのラヴィを消した。

 青白い光が消え、建物内は再び暗くなった。

 

「ミシェルは…どうした?」

 

 俺は先ほど通信が途絶えてしまった彼女の事を聞いた。

 連れて帰ると言いつつあの会場に置いてきてしまった。

 まさかアイツもこの男の毒牙にかかっているのでは無いかと嫌な想像が脳裏によぎる。

 

「ああ、彼女?いやこれが難航してるのよね。さすが忍者というべきか…まぁ捕まえるのは骨が折れるけど、時間の問題でしょう」

 

 テミナはそう言って興味なさげに答えた。

 奴の計画の中で彼女は然程重要では無いらしい。

 

「凄いよね。君達の過去」

 

 不意にテミナが微笑みを俺に向けて言った。

 

「不死身の傭兵、不可能をことごとく打ち破る道具を生み出す錬金術士、伝説の女殺し屋、魔導越者に至った天才少年魔法使い、元ゲンジの闇の統率者、一人一人が伝説級の戦士達だ。どうやったらこんなドリームチームが出来上がる?」

 

 テミナは俺と他の四人を交互に見比べながらそう言った。

 俺は奴の言いたいことがわからず、そして未だ声も満足に出せないため短く唸ることしかできなかった。

 

「しかも君達以外にもウィルヒルには厄介な男がいるし。しかもこれが計算されてない、ただの偶然で集まったんだから凄いよホント」

「……」

 

 俺はテミナを見上げながら黙って見上げていた。

 今は奴にペラペラと喋らせて時間を稼ぐ。

 少しずつだが身体の制御権が戻りつつあるのを感じる。

 なんとか気を逸らさせねばならない。

 

「お前、ゲームを売りたいなら普通に売れば良いだろ。なんでこんな…バカなことしでかした」

「あぁひょっとして時間稼ぎしようとしてる?」

 

 しかしテミナはわかりきってる顔で言葉を返した。

 だが「でも付き合ってあげるよ」と笑って言った。

 

「さっきも言ったけどね、僕は色んな人が僕の作ったゲームをプレイして欲しい。でも僕がプレイして欲しいのは数万数十万数千万なんてチャチな規模じゃ無い。この世界の人間、いや、生きとし生けるすべての生物に僕の作ったゲームをやって欲しい!」

「承認欲求デカすぎだろ……身の丈に余るもの背負ってるとそんなんじゃ持たねぇぞ」

「身の丈?君がそれを言うのかい?親に捨てられたチンピラだった君が、不死身の能力を手に入れた君が?まぁ既に欲しい物を持ってる人には分からない話かな」

 

 テミナは相も変わらず笑いながら言っていたが、目は全く笑っていなかった。

 無機物を見下ろすような目でなんの感慨もなさそうに俺を見ていた。

 

「夢はデカくなけりゃつまらないってどっかのアニメの曲にもあるだろ?夢は人間のエネルギー、持ってなければヘロヘロの風船みたいに萎んで動かなくなる」

 

 そう言ってテミナは俺の銃、B.B.を手に取り、俺に銃口を向けた……が、何故か銃口を下げ、天井を見上げて何やら考え事をし始めた。

 

「君の事は可哀想に思う。これは本当だ。だから君に配慮してここはこうしてあげよう」

 

 そう言いながらテミナは俺の銃をセアノサスに持たせた。

 

「これで彼を殺してあげて」

「!」

 

 テミナの言葉に一瞬セアノサスはピクリと身体が動いたが、直ぐに「分かったわ!」と言って銃を受け取った。

 

「仲間の手で死ねるんだ。君も本望だろう?」

「この鬼畜野郎が……!」

 

 テミナは口角を上げ、下衆な笑みを浮かべながらセアノサスの手を握りながら俺に銃口を合わせる。

 

「最愛の人に殺される、なんてロマンチックなんだろう。あくびが出そうだね。僕そういうシチュ大好きなんです。絶望、いいですよね。素敵ですよね」

 

 テミナは早口で語りながら「ここだよここ」と言ってしっかりと俺の眉間に銃口を突きつけた。

 俺の愛銃の冷たい銃口が額に当たり、俺はつい最近味わった死の予感を感じた。

 

 俺の身体はまだ動かない。

 激痛や痺れはだんだんなくなっているが、それでもセアノサスから銃を奪い彼女を無力化し、更に3人の洗脳された仲間と相手取れるほど回復はしていない。

 

「あっ電話だ」

 

 テミナはスーツの懐から携帯を取り出し、耳に当て誰かと喋り始めた。

 しかし聞こえるのは「うん」や「へぇ」、「そう」だのと相槌ばかりで会話というより報告を聞いているだけのように見えた。

 

「ごめん皆!僕ちょっと宿題やらないといけなくなっちゃった!せっかく集まってもらったところ悪いんだけどサビターを殺したらこの住所に来てくれる?」

 

 テミナはそう言って四人にそれぞれ携帯を渡した。

 四人は「はーい」「わかった」「りょす」「オッケー」と言いながら携帯を受け取った。

 

 今から仲間を殺し、その光景を目の当たりにするのに緊張感がない。

 これが本心からだったのなら少し傷つくが、今のコイツらは正気じゃ無い。

 

「おいお前ら目ェ覚ませよ!こんなオタク野郎の都合のいいように操られて良いのか?良くねぇだろ!?」

「カッチーン、セアノサスさん。今の聞きました?我々オタクをバカにしましたよ?」

「これはオタク侮辱罪で即刻死刑執行が良いわね。弁護士もこれは匙を投げるわ」

 

 だが俺の声は奴らの心には響かない。

 タマリはゲームに意識が没頭しており、アルカンカスは遠くの方を見つめている。

 

 そんな時、複数の人間の地面を歩く音が聞こえた。

 現れたのはマッドギアの兵士達。

 彼等は黒と赤のカラーリングの全身重武装で、顔はガスマスクのようなヘッドギアを装着し、顔は全く見えなかった。

 

「博士。お迎えに上がりました。さぁ行きましょう」

「思ったより早かったね。もう少しお話ししたかったけど……じゃ!後は君達で楽死んで!」

 

 テミナはそう言葉を残し、兵士達にエスコートされながら建物から出て行った。

 いつの間にか立場が逆転していた。

 俺が奴を捕まえたと思っていたが、逆に俺が奴の罠にハマり、身動きが取れなくなっていた。

 

「チンピラのサビターさん。貴方もう一度オタクになる気はない?今ならテミナ様も許してくださると思うの」

 

 セアノサスはニコニコしながら俺に交渉を持ちかけた。

 まぁ交渉と言うには一方的で、逆らえば直ぐに殺される状況にあるが、それでも俺は……

 

「ハッ、オタクを毛嫌いしてたお前がまさかオタクだったとはなぁひょっとしてお前の部屋の中推しのグッズだらけなのか?」

「早口必死過ぎワロタ。直ぐに殺してやるわ」

 

 セアノサスは怒りを孕んだ言い方で俺を撃とうと拳銃を向ける。

 トリガーに指を引っ掛け、後は引き絞るだけ。

 なのにいつまでも発砲音と一緒に俺の脳幹に鉛玉はやって来ない。

 

 沈黙が続き、俺はセアノサスを一瞥し、再び目を瞑った。

 

「お前にまたそんな顔させちまうとは、マジで情けねぇな、俺」

 

 セアノサスは「あ、あれ?」と小首を傾げながら両頬に小さな粒の涙を訳も分からずに流しながら拳銃を持つ手が震えていた。

 

 セアノサスだけじゃない、アリーシア、タマリ、アルカンカスも表情こそ無機質な笑顔を向けてはいるが、瞳の奥は荒れる大海のように揺らいでいた。

 

 コイツ等も争いがたい洗脳と戦っている。

 なのに俺がこのまま地面に這いつくばって楽をしてどうする?

 

 動け。

 

 動け!

 

 動け!!

 

 動けってんだよこの役立たずの肉体がッ!!!

 

 動けよ!!!!

 

 ガァンッ!!

 

 俺が気合で身体を動かそうと鞭打っていたその時、一発の銃声が鳴り響いた。

 

 だがセアノサスが撃った音ではなかった。

 何故なら彼女が持っていた銃は弾き飛ばされ、あらぬ方向へ吹っ飛んでいたからだ。

 

「随分と良い格好じゃないか。不死身の能力にかまけて二足歩行の仕方も忘れたか?」

 

 暗闇の中から聞き馴染みのある男の声が聞こえてきた。

 

 男は暗がりから姿を現した。

 そして俺は絶句した。

 

「なんで、お前が……!?」

 

 現れたのは白髪のオールバックに青い瞳の壮年の男だ。

 

「俺が育てたのはそんなヤワな男だったかぁ?」

 

 その男は、かつて俺を不死身の男へと鍛え上げ、そして俺の元から姿を消した男……俺の、育ての父のような男、ジョセフ・オムニグレイブだった。

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