ミシェルは淡々とした表情と物言いでほぼ売国奴のような自己紹介した。
「え、お前…亡命したの?」
「いいえ、私はニーニルハインツギルドに忠誠を尽くしているわ。ただ混み合った事情があって……」
「売国奴の言い訳なんざ聞いても意味ねぇだろ!あーこれはまずいなジョニーに報告したらお前一発で首チョンパだぜ?可哀想に!おいジョニー聞いてるか!?コイツ亡命してますよ!」
「ちょ、違うわよ!これには深い理由があるの!そもそも私がこのレジスタンスに入ったのだってウィルヒルのより良い未来に繋がるからなの!」
「裏切り者がなんか言ってらぁ!一度裏切った奴は何度でも裏切るからなぁ。その二枚舌は一体何をしゃべ!?」
俺が最後まで喋ろうとしていた何も関わらず、ジョセフの野郎が口拘束用の道具を俺に嵌めて無理やり喋らせないようにさせられた。
「ムゴォ!?ムゴムゴムゴ!ムゥゥゥ!?」
「お前うるせぇよ。話進まねぇからとっととミシェルに喋らせろ」
「ありがとうジョセフ」
ミシェルはジョセフに礼を言い、「オホン」と咳払いをして話を続けた。
「まず私がこのレジスタンスに入った経緯とこの国が何故こんな状況になっているかを説明する前に、この国の政治の事情を話しておく必要がある」
そう言ってミシェルはタッチパネルで機械を操作し、ホログラムでその男の顔を映し出した。
「まずこの人がマッドギアの現大統領、ガダン」
黒のスーツを着た、立派な黒い顎鬚を蓄えたふくよかな見た目だが、眼光は幾多度の政治闘争を潜り抜けてきた強そうなおっさんだった。
「……あ?もしかしてあそこにいるおっさんか?」
俺はそう言って俺の目線の向こう側にいるホログラムに写っている男と同じ顔を指さす。
ミシェルは「そうよ」と肯定した。
マジか、こんな近くに敵国の最高権力者がいるとは。
昔なら素っ首もらって即退散していたものだが、今は奴を殺す理由などないため、チラリと見ただけで何もしない。
「マッドギアの現大統領がまさかこんな地下に押し込められてるとはな。クーデターほぼ成功してんじゃねぇか」
「こんな簡単に国乗っ取れるんだからこの国が潰れるのも時間の問題かもな」
俺の言葉にジョセフも小馬鹿にしながら同調する。
マッドギアの大統領であるガダンは俺達が話し込んでいる様子を発見すると、ズカズカと肩を切るように歩いてこちらに向かってきた。
「もしかしてキミ、ウィルヒル王国の英雄、サビターではないか!?」
「あ?ああそうだけど」
「お初にお目にかかる。私は現マッドギア大統領、ガダン・ラスクだ。キミのこれまでの活躍、そしてテミナを逮捕しようとしていたことは知っている。よくぞ来てくれた」
ガダンは敵国の英雄である俺に握手をし、ここに来た事を感謝した。
だが俺は何故感謝などされるのか全く身に覚えがなく終始首を傾げてガダンを見つめる。
「はは、何故私が敵国の人間にこのような態度を取るのか不思議だろう?」
「そりゃまぁな」
「彼はウィルヒルとの不毛な争いに国民を付き合わせる事に嫌気が差し、停戦から終戦に切り替えようとしていた」
ガダンに代わって今度はミシェルが奴の身の上を話し始めた。
「勿論賛成反対の意見はバチバチに飛び立っていたけど、その中で最も反対していたのがマッドギア帝国の宰相、ハルワンド。この男は上昇志向と支配欲の塊で、仕事はきっちりこなすけど裏ではよからぬことをやっている黒い噂が絶えない札付きの悪ね」
そして今度はゴリラ顔の全身筋肉まみれのおっさんが現れた。
ガダンとは違い、顎には鋼鉄の人体改造手術の痕跡が見られ、目にはバイザーがかけられ赤い光を放っている。
俺だったらこんな見るからにサイバーDQNな奴が宰相だなんて信じられないけどな。
「大統領の保守的な動きと宰相の苛烈な侵略思想もあって、彼等は主義主張の違いもあって相入れない仲だったけど、国のためなら手を取り合い、割り切って使命を全うしていた。でもそれは世を欺く仮の姿でしかなかった。ハルワンドは一線を超えたの。国民全員を洗脳して大統領を権力の座から引き摺り下ろし、国民総出でウィルヒル侵略をするために、ある男を雇った。それが……」
「テミナ・アーヴァン。あのオタクさ。アイツは自分のゲームのクオリティを上げること、そしてゲームを全世界の人間に遊んでもらうことだけを条件にこの馬鹿げた計画に参加したんだよ。今や世界中の過半数の国が奴のゲームの虜になっちまってる。マッドギアはもう特にダメだ。ほぼ全ての人間が洗脳されちまってる。このレジスタンスの外の人間達はもう手遅れだろうよ」
ジョセフは胸糞悪そうに鼻で笑いながらタバコを口に咥えて先の部分に火をつけ、煙を吸って吐く。
「私がウィルヒルの民をテミナの毒牙から救うためには、この国のレジスタンス、サンズオブリバティに頼るしかなかった。彼等も停戦中とはいえ敵国の人間と組むのは良い気持ちはしなかったでしょうけど、今は一心同体で動いてる」
「モゴモゴモゴ」
俺は聞きたいことがあり喋ろうとしたが口の拘束具がまだ装着されていたため、言葉にならない声を上げてこの馬鹿げた動画を外すよう意思を見せた。
ジョセフが首の後ろにあるボタンをポチポチと押すと、ピッという機械音を発して拘束具が緩み、俺は「もごぁ……」と拘束具を床にはたき落とす。
「この国の人間達がテミナのデバイスで洗脳されたのは分かってる。でもなんでお前らはまだ無事なんだ?」
俺はここに来てから浮かんだ疑問を言葉にした。
テミナが作ったあのデバイスは、直接装着してしまえば洗脳は確実にされる上、外していた状態でも催眠音波絶えず鳴り続ける厄介な代物だ。
「奴のデバイスを調べたらあるパターンを発見した。元々アニメや漫画を好きな人間、洗脳する前からオタクだった人間は洗脳の対象外だ。例えばコイツ」
ジョセフはその辺にいたレジスタンスのメンバーの首根っこをひっ捕まえ俺たちの前に並べた。
その男の見た目は黒髪七三、度が強い丸いメガネに出っ歯という冗談みたいなテンプレオタクの見た目をしていた。
「お前は生まれながらのオタクだろ?」
「えっ、ああはい、オタク……いやマ、オタクと名乗る程の者ではないですが人並み程度にはアニメや漫画を嗜んでおります。一番好きなアニメは中二びょ──」
「あー解説どーも仕事に戻れ」
ジョセフはそう言ってオタクの肩をポンポンと叩いて強制的に追い出した。
勝手にこっちに引き寄せて用が済んだら放り出す、この男の傍若無人さにほとほと呆れるが、それには直接言葉にせずに受け流す。
「あのデバイスは常人を強制的にオタクにさせて自分の都合の良いように書き換えるけったくそわるい代物だが、最初からオタク趣味がある人間には洗脳は効いていなかったようだ。オタクでも今の体制に不満があるまともなオタク達はレジスタンスの呼びかけにこうやって応えて行動している」
「じゃあお前やミシェル、それにガダンやオタク趣味を持ってなさそうな傭兵共は?アイツらなんかネギ背負ったカモだろ」
「それについてはサンズオブリバティのオ……科学者達がデバイスを分析して反作用するナノマシンを開発したの。時間は掛かったけど。それを体内に打ち込んだ人間は洗脳の外にあるから安心よ」
今度はミシェルが理由を答えた。
洗脳を無効化するナノマシンだって?それの開発がもう少し早けりゃセアノサス達も洗脳されることはなかったはずだ。
俺は歯軋りしながらどうにもならないことに思いを馳せるが、意味が無い行為に時間を費やすことは無駄であると俺は直ぐに雑念を払拭した。
「しかし意外だなぁ。お前はオタクでも無いのに、ましてやナノマシンを打ち込んでもいないのに洗脳を跳ね除けてるなんてよ。それも女神の血液のおかげか?」
「だろうな。でも今じゃ使い物にならねぇ。多分次致命傷を受けたら本当に死ぬかもな」
俺は眼前まで拳を持っていき、強く握り締める。
俺の体の中にある不死身の力、今まではなんとなく感じていたそれも、今は霧散したように感じ取る事ができない。
「俺の不死身伝説も場合によっては打ち切りになる可能性があるな」
そう言って俺は自虐して笑った。
不死身の能力が消えれば俺は二つ名だけは立派なただの傭兵だ。
ジョニーのように最強の剣技もなく、ジョセフのように歴戦の戦闘を重ねたわけでも無い、ちっぽけな人間だ。
「……」
ジョセフはそんな俺の事を黙って見ていたが、最後まで俺に対しては何も言わず見つめていただけだった。
「そういえばジョセフ、テメェなんでレジスタンスの活動してんだ?どうせ金さえもらえばなんでも言うこと聞く傭兵なんだから、俺ァてっきりハルワンドの下に着いたかと思ってたぜ」
「…確かに俺は金が好きだ。金を貯めれば安心するし、散財すれば気持ち良くなれる安全で合法の薬物みてぇなモンさ」
ジョセフは金の話を楽しそうにしたが突然顰め面になり「だがな」と言葉を続ける。
「俺の金になる木である国がオタクまみれのアニメイトみてぇなくせぇ国に変貌しちまうのは、流石に我慢ならねぇ」
「すげぇ差別と偏見だな」
「だってアイツら風呂入らないだろ?そんな奴らがウヨウヨいるダニまみれの帝国なんぞ絶対にごめんだ。だから俺はこっちに着いた」
「お前もうやめとけってそれもうただの悪口じゃねぇか」
「まっ今言ったことはただの冗談だが、それでも見過ごせない事だって俺にはある。金の問題じゃない。権力者が市民を押し潰して国を支配するなんてあってはならない。徹底的に対抗しないとな」
「アンタ…少し変わったな」
俺はジョセフの偏見まみれの価値観を混ぜ合わせた理由に、最低だと思いながらも少し関心を示した。
俺を勝手に拾って勝手に捨てた男だが、彼のこうしたプライドや考え方を聞くのは初めてだった。
コイツと一緒に戦えば、なんであの時俺を捨てたのか、その理由を知る事ができるのだろうかと、俺はぼんやりと考えた。
「いやいや、金の話じゃないよみたいな言い方してるけど、貴方ガダンに傭兵として雇われた挙句露骨に値段交渉してがっつりお金は取るつもりなのは知ってるのよ?」
「ハァ?お前も随分抜けたことを言うんだな。俺は傭兵だぜ?完璧な仕事には正当な報酬がマストだろ?」
「やっぱ変わんないわお前」
が、所詮コイツは金次第で動く事が分かり、安心したような落胆したようなどっちつかずの感情が湧いてきた。
「確かに貴方はお金にはガメツイけど、必ず仕事をやり遂げると評判は聞いているから安心ね」
「そりゃそうさ。なんたって俺は不死身だの剣聖だの、二つ名をつけられるダサい二流三流の傭兵共とは違うからな」
「お前さっきから喧嘩売ってんなぁ。俺オカネモチだからその喧嘩店ごと買ってやるぞコラ」
俺が腕捲りをして戦闘態勢に入りながらジョセフにガンつけ、それを呆れながらミシェルは「ちょっとやめてよ」と諌めようとしたが、ジョセフは
「いや、丁度良い。お前が今どれくらい戦えるか知りたいから久々に喧嘩しようぜ」
「えっマジか」
「ここじゃなんだから付いて来い。おあつらえ向きな場所がある」
ジョセフはそう言って俺に後をついてくるよう命令した。