(法を)お菓子屋さんへようこそ!   作:新田トニー

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第145話 親子喧嘩は大体しょうもない事から始まる③

 

 口の中で血と唾液が混ざった味を感じながら、俺は地面に這いつくばった。

 

「弱ェくせに……何度殴ったら分かんだよ!?」

 

 俺は血と砂と石が入った唾を吐き出し、膝に力を入れて立ち上がる。

 目の前には5人の敵がいた。

 喧嘩が始まった理由は覚えていない。

 ガンつけてたのが気に入らなかったとか、肩がぶつかったとか、しょうもない理由だった気がする。

 

 相手は仲間連れで、1対5の数の有利で俺はタコ殴りにされていたが、痛みはとうに消えていた。

 今は目の前のクソミソ共をぶちのめすことしか頭にない。

 

「ハァ…ハァ……俺は死なねぇよ……俺は…ハァ強ェからなァ〜!」

 

 そう叫んで俺は我流の喧嘩殺法でラウンド2を開始した。

 

 俺は一斉に襲いかかる奴等を相手取り、その中で大柄のデブに目をつけ、執拗に攻撃を加えた。

 口に含んだ血を奴の目に吹きかけ、視界を奪って喉に手刀を当てた。

 

 デブは己の喉を押さえて呼吸困難になりながら倒れた。

 そしてその取り巻きの奴等がたじろぐ中、俺は精神的優位に立った。

 

「オラ、来ねぇのか」

「マジか…!」

「ヤベェよ……!」

 

 奴等はボス格の味方を倒され、統制が乱れ始め、俺は気分が良くなった。

 たった1人の俺に弱気になってるこいつらを見て、俺が上だと思い込んだ。

 

 だがそれがいけなかった。

 俺の背後にはもう1人敵が居て、酒瓶で頭を殴られ、俺は一瞬意識が途切れ、行動不能になる。

 その隙を見逃さなかったチンピラ達が3人がかりで俺を押さえつけ、タコ殴りにし始めた。

 

「テメェ、ぶっ殺してやる!」

 

 俺が喉に手刀を喰らわせたデブが復活し、怒り心頭で俺の顔面を握り拳で殴った。

 鼻が折れ、ポタポタと血が流れ出る。

 だがそれでも俺は虚勢を張る。

 

「女みてぇなパンチだな?パパにパンチの仕方を教えてもらえなかったのか?」

「ぶっ殺してやる!」

「さっきから聞いてるって。やるならキッチリやれよ?俺はしつこいからな。半端にやったら後が怖いぜ?」

 

 俺の挑発に完全に頭に来たデブは近くにあった作業用のハンマーを見つけると、荒い息を吐きながら俺に近づく。

 

 流石の俺もモロに喰らったらタダじゃ済まねぇなと、ここで人生の終わりが近づいていることを悟った。

 

 別に立派な夢や希望なんぞ持っていなかったが、チンピラに喧嘩をふっかけて逆に殺されるとは、なんで間抜けな死に方だと情けなく思った。

 

 人はいずれ死ぬ。

 だがしかし、この死に方だけは違う。

 

「そこまでにしとけ」

 

 俺の頭にハンマーが振り下ろされるのを待っていたその時、ある男が喧嘩中の俺達に声をかけてきた。

 

「あ?なんだ?」

「おっさんが出しゃばんな!引っ込んでろ!」

「邪魔するんならテメェから──」

 

 チンピラのモブ共が最後まで言う前に、俺は押さえつけてる男の足を骨が折れるくらいに力強く踏みつけ、もう片方の俺を拘束していた男に頭突きを喰らわせて倒れたところに頭を蹴飛ばした。

 

「ヒュー容赦ねェ〜」

「なっ!?」

 

 男は「感心感心」と言いながら頷き、残ったボス格のデブの男は驚愕の表情で俺を見た。

 俺があの状況で反撃できるとは思っていなかったのだろう、俺は奴が混乱で頭が真っ白になってる間にデブが持っていたハンマーを奪い取り、奴の足に叩きつけた。

 ダァン!という音と共にパキッという小気味の良い音が鳴った。

 

「ギャアアッ!?」

「痛そ〜」

 

 ブタ野郎の悲鳴に何の同情も感じさせない乾いた感想を言いながら奴は俺達を見ていた。

 なんなんだコイツは、と思っていたが別に何か奴から敵意は感じない。

 ただ奴の視線が俺達を、主に俺を興味深く観察していたようにも感じた。

 

「親無しの鬼子のクセに…!」

 

 ボコしたうちの1人が悔しげに俺を見上げながら侮蔑するように見ていった。

 そして、その言葉が当時の俺には爆弾で、人を殺す事にも一切の躊躇をしない魔法の言葉だった。

 

「……」

 

 俺は無言でハンマーを握ったままさっきの言葉を吐いた奴の眼前まで近づき、格下共を見下ろした。

 

「な、なんだよ?何する気だ……!?」

「当ててみろよ。正解したら天国まで連れてってやるぜ」

 

「あっ地獄か」と訂正して俺はハンマーを空に振り上げ、勢い良く振り下ろした。

 が、ハンマーが奴の頭蓋に穴を開けることはなかった。

 先程の男が俺の腕を掴んで止めたからだ。

 

「うおっ、マジで殺す気だったのな」

 

 そう言って驚いた顔になりながら男は俺の腕を掴みながら地面に投げ倒した。

 俺の攻撃が止まった隙を見て俺がボコした連中は我先にと逃走した。

 

「ああ〜!俺のストレスボール共が!?」

「人間の事そんな風に呼んだやつも初めてだな。今日は驚くことばかりだ」

 

 男は「ガハハハ!」と豪快に笑いながらいつの間にか俺から取り上げたハンマーをポイと捨てた。

 ハンマーは宙を待って元の場所にあった工具箱の中にガシャンと音を立ててすっぽり入った。

 

「お前、名前は?」

 

 男はいきなり俺の名前を聞いた。

 

「ちゃんと挨拶してぇならまずはテメェから名乗ったらどうだ?」

「こりゃ一本取られたな。確かにその通りだ。俺の名前はジョセフ・オムニドライブ。ここらでひと稼ぎしてる傭兵だ。腕は世界一イイ」

「へっ自分で言うことかよ」

「で、お前の名前は?」

「…サビター」

 

 俺は仕方なくぶっきらぼうに答えた。

 するとジョセフは「サビターか」と俺の言葉を反芻すると、

 

「…イイ名前じゃねぇか」

 

 と俺の名前を褒めた。

 何故かわからないが、俺の名前を聞いた途端、ジョセフの目の中で、何かが揺らぐような物を見た。

 

 しかし結局奴が何を考えていたのか俺には分かるはずもない。

 それに名前を褒められたことが今までなかったため、俺は「あ、ああどうも…」なんて格好のつかない返事をしてしまった。

 

「サビター、さっきの喧嘩は誰から習ったんだ?」

「我流だ」

「オイオイそりゃあ流石に嘘だろ。1対5で勝つなんて」

「そんなしょうもない見栄張ってどうすんだ。生きてくために腕を磨いてただけだ」

 

 俺は淡々とそう言った。

 この時代は人の命があまりにも軽過ぎる。

 強い奴は栄え、弱い奴は搾取され、道端でくたばるのが当たり前だ。

 

「ただ俺は死にたくねぇだけだ。人として生まれたんだ、死に様くらいは自分で決めたい。それまで俺は絶対に死なねぇし、それを邪魔する奴はどんな奴でもぶちのめす」

「へぇ…お前なかなかやるじゃねぇか。イイ面してるぜ」

「ああそうかよ。で、そんなに褒めて俺に何を求めてるんだ?」

 

 俺はペースを乱されっぱなしで少し苛立った。

 さっきからコイツの目的がわからない。

 

「でもさっきの後ろ取られたのはダメだったな。多対一で勝負するんだったら後ろに目をつけるくらい気配には敏感になってねぇと」

「だからさっきからなんなんだよ!?喧嘩の解説したいだけなのか!?暇なのか!?」

 

 俺は遂に耐えきれずキレながら聞き返した。

 

「そうだが?」

「そうなの!?」

 

 しかしジョセフはケロッとした表情で答える。

 それに俺は面食らって反射的に聞き返してしまった。

 

「お前の中には生きようとする強い意志と絶対に敵を捩じ伏せる残虐性があった。だからお前の成長をもっと見てみたくなった。それだけだ」

「生きようとする意志……」

 

 ジョセフから言われた言葉に、俺は心の中で何度も響か渡るように反芻した。

 今まで

 

「暇だから俺がこの街の生き方、戦い方を教えてやる。あっちゅう間にお前を最高にイカした戦闘マシーンにしてやるぜ」

「いや要らねぇよ」

「まぁまぁまぁそう言わず」

「だから本当に要らないって」

「いいからいいからいいから」

「いいつってんだろ!?しつけぇぞ!?」

「はいはいはいはい」

「ウソだろコイツ……絶対俺がイエスって言うまで返さねぇつもりじゃん……」

 

 俺がジョセフから逃げようとすると奴は「カバディカバディ」と謎の単語を発しながら俺の進路を妨害した。

 しつこい、あまりにもしつこ過ぎる。

 

「俺に任せとけ!この国で1番、いや2番目か3番目くらいにはまぁそれなりに強い男に鍛え上げてやらぁ!」

「妥協してんじゃねぇよ!しかもなんだよまぁそれなりにって!?」

「まぁイイじゃねぇか!細かい事はイチイチ気にすんな!」

 

 そう言ってジョセフは大声で笑って誤魔化し、俺はコイツに肩を組まれて強制的に奴に連れ回されることになった。

 

「なぁ、サビター」

「あんだよ」

「死にたくねぇって気持ちと、邪魔する奴は全員ぶちのめすって覚悟、死ぬまで忘れんなよ」

 

 奴の言葉は妙に俺に深く馴染み、そして沁みるような錯覚を感じた。

 

 そうだ、アイツと初めて会った時、俺の本当の強さがなんとなく分かったんだ。

 そして、アイツが俺に弱くなったと言ったワケも分かった。

 

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