『サビター、今日はどんな一日だった?』
「え?」
俺は目の前の男から突拍子もなく突然そんな質問をされ、上擦った声をあげてしまった。
周りを見ると白い壁、ぶら下がった円状の中に光るおしゃれな電灯、木製の年季の入ったテーブルと椅子がある。
目の前にいたのは男だけでなく女もおり、前にも夢で会った人物達だった。
男は茶髪を刈り上げて髭を生やし、メガネをかけた風貌。
女は黒髪のショートボブで、顔はシュッと細く、モデル顔負けのような細身の顔であり、前回と違って腹は膨らんでおらず、スラッとした体型になっていた。
「いや、別に普通だがよ……」
『いきなりそんなこと言われても困るに決まってるじゃない』
女は俺に同情するように俺の肩に手を置いて話す。
彼女の手は柔らかく優しく、温かさを感じた。
こちらを気遣うような雰囲気で手を置いており、俺は殊更訳が分からず違和感を感じっぱなしであった。
俺は何をしているかと言うと、彼等と一緒にテーブルの上に置かれているオードブルの如き量の料理を囲みながら椅子に座り、食事を取ろうしていたようだった。
俺は前にもコイツ等と会話をする夢を見ていた。
おそらく今回もその類なのだろうが、俺の脳は俺に一体何を見せたいんだ?
『サビター、なんでも良いんだよ。今日はこんなことがあったとか、あれをしたこれをしたとか、今日の一日あったことを話してくれ。お父さん是非とも聞きたいんだ』
「お父さん?お前俺のお父さんなの?」
『ちょっと、お父さんに向かってお前とは何よ。言葉遣いには気をつけなさい』
「え?じゃなに?アンタ俺のお母さん?」
さも当然かのように二人は語り、俺は眉を顰めて困惑しながら奴等を見つめた。
なんと…コイツらは俺の親であると言う。
夢の中なのだからめちゃくちゃな設定ではあるが、理由は分からないが、なんとなくコイツらの言うことを信じてしまいそうになる。
『どうしたサビター?寝ぼけているのか?ま、いいや。じゃ今日は俺から話すよ。今日はな……』
そう言って男は楽しそうに、それはもう本当に楽しそうに今日あったことを話した。
魚を釣りに出掛けて最初は小魚しか釣れなかったが、最後の最後で大物を釣り上げた事、その帰りに楽しみにしていた漫画が今日発売されたことを思い出し、本屋に寄ったが売り切れてがっかりした事などを語った。
一方で女は買い物の途中、ガウの特上肉がセール中でなんとか手に入れた事、その後、魔法使いのサーカスショーを少しだけ見て、とても面白かった事など、他愛もない日常の一コマをそれぞれ語り続けた。
『それじゃあ次はサビターの番だ。今日はどんなことがあった?』
そして最後に俺の番が回ってきた。
話題を振られたものの、俺には語るべきことがなかった。
最近の俺の日常は非日常過ぎて、彼等が話した事と比べたらあまりにもぶっ飛んでいるからだ。
「俺は、俺はァ〜と……」
『なんでも良いんだ。楽しかった事、悲しかった事、印象に残ったことを話してくれ。お前の口から聞きたいんだ』
『私もよ』
何故ここまで彼等が俺から話を聞きたいのか分からないが、俺は目を瞑り、一番心の中に残っていた印象深い出来事を頭の中で探り始めた。
「つい最近、久しぶりに父親みたいな男と再会したんだ」
『父親みたいな…男?』
男は首を傾げながら確かめるように聞いた。
「いや、父親とか、育ての親って言うには良い加減で…師っていか先生っていうのか、まぁ昔世話になったヤツだ。突然面倒見てやるって言って、そんである日勝手に俺を置いて行った。そんなヤツと、最近偶然にも会ったんだ」
俺は口をモゴモゴさせて言い渋るような話し方で続けた。
自分で言っていて、何故か分からないが小っ恥ずかしくなってきたからだ。
なのにこの男女と来たら、俺の独り言にも近い話を黙って聞いてくれていた。
身体を向けて、俺の目を見て、傾聴の姿勢を取っている。
「俺は…俺は生まれてから今まで独りだと思ってた。俺には親がいないから、最初から誰かとの繋がりが無くて、人と関わる方法が分からなかった。そんな俺にアイツは、ジョセフは会話と暴力での人との関わり方を教えてくれた。俺はそこに少なからず恩義を感じてる。けど、いざ会ったらどんなツラして話せば良いか分からねぇんだ」
「ならいっそ腹の内を明かせばいい」
男は何を簡単なことで悩んでいるんだと言いたげに俺に言った。
「随分とあっけらかんと言うがな、こんな恥ずかしい事を四捨五入したら四十路のおっさんが棺桶に足突っ込んでるジジイに聞けるわけねぇだろうが」
「でも言わなきゃ一生伝わらないよ。せっかく再会したのにまた別れて、次はいつ会えるか分からないのにそんな悠長なことをしている場合ではないでしょ?」
今度は女が俺を説き伏せようとするかの如く言ってきた。
どちらも的を射ているため、俺は反論をすることができなかった。
「その人に思うことがあるなら、父親だと思っているのなら、ちゃんとぶつけなきゃダメだ。それこそ、手や足を使ってもね」
「そりゃつまりぶん殴れってことか」
「彼の言う通りよ!なんで俺を置いてったんだ、とか思いの丈を拳に乗せてぶつけなきゃダメ!」
女は拳を上げ、俺に熱くそう訴えかけてきた。
男も腕を組みながらうんうんと首を縦に振り、賛成している。
俺にとってもコイツ等にとっても他人でしかないのに、何故こんなにも俺に肩入れしているのだろうか。
「なんでそんなに親身になってくれるんだ?」
『なんでって……俺達はお前の親だからだよ』
『息子の悩みに寄り添って答えるのは当然じゃない?』
そう言って奴等は、父と母は彼ら自身の手を俺の手に添えるように触れる。
『俺達はいつだってお前の事を想ってる』
『どこにいても何をしても、貴方の幸せを願ってるのよ』
「……ッ」
俺はその感触に、なんだか気恥ずかしくなるが、どこか身体の奥から温かみを感じていることを自覚していた。
夢でも幻でも妄想でも、父親と母親からの純度の高い寄り添いは、俺にとっては体験したことのない温かさで、これが現実だったらいいのに、と思わずにはいられなかった。
『とりあえず、ご飯冷めちゃうから食べよっか』
『そうだね。サビター、さっきの話のつづき聞かせてね』
「あ、ああ。そうだな……」
そして二人は「いただきます」と言ってテーブルに並ぶ料理に手をつけ始める。
料理を食べながら他愛もない話をする二人を見て、俺は顔を綻ばせながら俺自身もまた、皿の上に乗っている食べ物を食べるべく、フォークとナイフを掴もうとした。
だがそれは叶わない。
何故なら、俺の手と足がいつの間にか黒い革ベルトでギチギチに拘束されていたからだ。
「あ?なんだ?どうなってんだこれ」
俺が混乱しながらガタガタ、ミシミシと椅子が軋む音を立てながら腕を動かそうとするが、二人は全く俺の異常事態に気づかない。
いくら動かしても全く拘束は解けず、もう一度前を見上げると、謎の人物が俺に相対する形でテーブルの前に立っていた。
全身が黒い塗料で塗られたような、影そのものが生きているかのような見た目の男が、俺を見下ろしていた。
「誰だ、お前……?」
「……」
俺は影にそう問いかけるが、影は答えることはなく、両手に持った大口径の拳銃を男と女に向けた。
「なにしてんだオイ!やめろ!」
俺は全身を使って拘束を解こうとするが、まるで動くことができず、何か別の力が働いて俺を抑えつけられているような感覚だった。
「おいアンタら!何してんだ早く逃げろ!」
俺は2人に警告するが、聞こえていないのか、それとも奴を認識していないのか、動こうとしなかったし、振り向こうともせず、談笑しながら食事を続けている。
「待て待て待て待て待てやめてくれ、頼むそいつ等を殺すな!」
俺は睨みつけながら必死に頼み込み、革の拘束を解こうとしていたが、やはり叶わない。
2人は脳天を撃ち抜かれ、笑顔のまま絶命していった。
意識があればそれなりに痛みが伴うであろう勢いでテーブルに顔を打ち、額に空いた穴から赤黒い血液がどくどくと流れ出る。
分かっている、これは夢だ。
現実では死んでいないし、この人物達も存在しない、全て俺の妄想だ。
この硝煙の匂いも、吐き気を催す血の匂いも、テーブルの脚に伝う彼等の血液も、全ては偽物だ。
「いいや、この死体共は現実に存在している」
「ッ!?」
何も語らないままかと思いきや、唐突に口を開いた黒い影は俺を嘲笑うかのように答えた。
「こいつ等はお前の父親、母親だ」
「出鱈目言ってんじゃねぇよ」
「近いうちにお前は知ることになる。お前の本当の家族、そしてその末路、そして……そいつ等を殺した男を」
男は話し続けながら、ハンマーを下ろし、俺の頭に突きつけた。
その瞬間、俺は違和感を感じた。
あれ、この銃…アイツのと同じ──
そして俺は引き金が引かれたそのすぐ後に悪夢から抜け出した。