(法を)お菓子屋さんへようこそ!   作:新田トニー

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第29話 マイケルとミッチェルって同じスペルなのに呼び方が違うのはなんでですの

 

 太陽の光が心地よく街を照らす昼下がりにて、ビリオネは優雅にソーサラーを持ちながらカップに入った紅茶を口に運んでいた。紅茶を飲む所作は何百回何千回と練習したかのような、身体に染みついているような慣れたような所作であった。

 

「お嬢様」

 

 彼女の専属執事、ビフがビリオネの名を呼んだ。ビリオネは紅茶を嗜みながら耳だけをビフに傾けた。

 

「あら、ジョージ・マイケル。今日も素晴らしい1日になりそうですわね」

「そうでございますね、お嬢様。ところで私の名前はビフでございます。ワム!ではございません」

「あら、それはごめんあそばせ、実は…マイケルとミッチェルは同じ文字なのに発音の仕方が違うのは何故か違うのか考えていたところですのよ、マイケル・ジャクソン」

「左様でございますか。それと私の名前はビフでございます。ムーンウォークが出来る方のマイケルではございません。そろそろマイケルから離れてくれると助かります」

 

 ビリオネとビフは不思議な問答を繰り返した。彼女達にとってこれは一種のルーティーンのようなものであり、1日に数回は同じようなことをするのだ。

 

 オホン、とビフは一つわざと咳払いをし、話題を変えた。

 

「お嬢様。今日が例のあの日でございます。念の為お耳に入れておきたく……」

「ええ、分かっていますわ。今日は約束の日。彼等が一体私に何を見せてくれるのか、楽しみですわねぇ……」

 

 不敵に笑うビリオネ。その笑みは嘲るような含みのある笑みだった。

 

「さ、ティータイムもほどほどにして、そろそろ行きますわよ、マイケル・J・フォックス」

「かしこまりましたお嬢様。それと私の名前はビフでございます。どちらかと言われると見た目や年齢的に私はドクかと思われますが」

「ふふ、戯れはこれくらいにして、そろそろ行きましょう」

 

 ビリオネは木製の派手な装飾品の付いた高価な椅子から立ち上がり、赤いドレスを翻す。力強く街を照らす日光を浴びぬ為、ビリオネはビフに日傘を掛けるよう指で指示する。その瞬間、言われるのを理解していたかのように即座に彼女の頭上に日傘をかざした。

 

 ビリオネとビフは街へと繰り出した。その目的は1週間前に決めた賭けを実行するために。

 

「あんな大言壮語を叩いていましたが、果たして本当に乗ってくるのでしょうか?」

 

ビフは片手で日傘を持ちながらビリオネに言った。

 

「別に私は勝負を受けても、受けなくてもどちらでもいいんですの。逃げれば邪魔な芽は摘めますし、この国では私の菓子が一番ですから観衆の前で晒せば良い宣伝にもなりますからね」

 

 ビリオネは涼しい顔で明らかに競争相手を下に見るような物言いをした。その態度に、ビフは苦笑する。

 

「しかし、錬金術師と呼ばれる者達は、お嬢様方パティシエールと似ている部分があると個人的には感じております」

「え?例えばどんなところがですの?」

「錬金術師は素材と素材を釜の中に入れ、火力と魔力を注ぎ込み二つのものを一つに溶け合わせて全く異なる物を作り出す能力の持ち主です。特に、ライラと呼ばれているあの少女はかなりの使い手かと思われます」

 

 何か知っているような物言いのビフに、ビリオネは気になってビフの顔を見上げた。

 

「軽く彼等スウィート・ディーラーの従業員を調べ上げてみたのですが、一癖も二癖もある人物達でした。お嬢様もご存じの、死んだ目をしている男、サビターはかのニーニルハインツギルドの元No.2幹部。そしてアリーシア・グァン、彼女は魔法拳法と呼ばれる特殊な戦闘技術を扱う寺の出身です。噂では暗殺を生業としているとか。そしてタマリ・マリソンズ、少年ですが魔法大国アールウェーンの魔法学校では主席だったようです。しかし、何らかの事件を起こしたせいで学校を退学させられたらしいです。そして……」

 

 ビフはあと一人の人物を紹介する前に、言葉を詰まらせた。その様子にビリオネは眉を寄せて「なんですの?」と首を傾げてビフに問いを投げかける。

 

「ライラック・フォルストフ。私が調べて分かったのは、彼女の名前だけです。それ以外はどれだけ調べても出てきませんでした」

 

 ビフの言葉にビリオネは口を開けてポカンとした。

 

「それはあり得ませんわ。私の財力と貴方の分析力なら調べられない事なんてほとんどないでしょう?」

「一切の情報がありませんでした。出身も、家族も、存在しないのです。錬金術をどこの誰に習ったのかも、判明しませんでした。まるで、そこだけすっぽりと抜け落ちているような……」

 

 ビフは「申し訳ありません」とビリオネに対して謝罪の言葉を送った。

 

 あれだけ大騒ぎで破天荒、そして派手な言動をしているあの少女が、何故一切の情報が存在しないのか。ライラという少女の正体は何者なのか。

 

 好奇心が湧き出した頃に、太陽が自分の頭を垂らしていることに気づいた。日傘で影を作っていたはずなのに何故自分が太陽に当たっているのか、ビリオネは辺りを見回すと、ビフが街の真ん中で止まり、呆然としていた。

 

「ちょっと、カーマイン!何ボーッと突っ立っているんですの!?私をちゃんと太陽から守りなさい!」

 

 ビリオネがまたもやビフの名前を間違えて言ったが、注意をしてもビフは心ここに在らず、と言ったような顔だった。

 

「ビフ…?どうしましたの?」

 

 ビリオネもあまりのビフの驚いた顔に驚いたのか、ビリオネはビフの本当の名前を呼んで彼が見ている方へ顔と目を動かした。

 

「……へっ?」

 

 ビリオネもまたビフと同じく舌を巻いて目を見開いた。

 

 彼女達の瞳に映っていたのは、アナコンダよりもずっと長い、たくさんの人間が一列に並び、何かを待っている様子だった。そしてその列を管理していたのが、スウィート・ディーラー店主のあの男、サビターであった。

 

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