(法を)お菓子屋さんへようこそ!   作:新田トニー

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第31話 その顔が見たかったんだよ

 

 スウィート・ディーラーは繁盛していた。客の出入りは忙しなく、営業からたった3時間程でメインのいちごが尽きかけ、そろそろ終わりの時間が近づいてきた。

 

『おい、サビター』

 

 俺は耳元につけている黒い球体から聞こえてくる声を拾った。ライラの声だった。ライラ特製の離れた場所からでも連絡を取ることができるインカムっぽいアイテムを使っていた。

 

「なんだ?」

 

『そろそろ在庫が尽きそうじゃ。申し訳ないが最後まで残ってくれている客に次回来てもらうよう伝えておくれ』

 

「うっす、了解」

 

 俺はライラに言われた通り列に並んでいる客達にライラから言われた通り説明をした。客達は残念がり、しかしまた来るよと、ありがたい、それはそれはありがたい言葉を頂いて帰ってもらった。やっと立ちっぱなしのクソ仕事から解放されるぜまったく。俺は客の全員が帰ったことを確認し、店へと戻ろうとした。

 

「……おい」

 

 女の声が俺を呼び止める。そう、困ったことにある二人組の客が未だ元いた列に立ち尽くしたままだった。

 

「あのーお客さん?今日はもう在庫切れだから帰ってもらいたいあいあいあ〜!?」

 

 その最後の客は俺に飛びかかり、俺の服の襟を掴んで引っ張った。俺の首はガクンガクンと揺れ、脳震盪が起こりそうなくらい激しい揺さぶり攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

「おい…!やめろって……やめロッテ!?」

「こんだけ待たせといてッ……!お預けはないでしょうがッ!!」

 

 最後の客、それはビリオネとビフであった。コイツ等は一悶着あったが結局大人しく列に並び、良い子にして健気に待っていたわけだが、あと少しで店の中に入れる、というところで品切れになってしまったのだ。こんなキレ方をしてもまぁ当然と言えば当然だ。

 

「お前うるせぇよ……ねぇモンはねぇんだよ。さっさと帰れクソガキ」

「私を散々待たせた癖になんなんですのその態度は!?こちとらバーソロミューを椅子代わりにして待っていたというのに、これではあんまりですわ!」

 

 ビリオネは未だ四つん這いで椅子の代わりとなっていたビフの姿を指で示した。名前を未だ間違えられている上に、おおよそ人間扱いされているとは考えられない待遇を見て俺はあの執事を哀れに思いながら見つめていると、スウィート・ディーラーのドアがガチャリと音を立てて開いた。

 

「騒がしいのう」

 

 出てきたのはライラだった。錬金術を半日中行っていたせいか、顔には煤か埃か何かの汚れが付着しており、疲れが出ていたのか顔の筋肉が機能しておらず、表情が死んでいた。

 

「あっ!貴方ここのパティスゥェェェェエールね!どういう事かしら!?私との約束を忘れたとは言わせませんわよ!」

 

 ビリオネがプンスカプンスカ怒りながらライラに問い詰めると、ライラは右の小指で鼻を穿りながら死んだ魚のような目で、

 

「いっけね忘れてた」

 

 と空を見つめながらクッソテキトーに答えた。

 

「ハァァァァァァァァァァァッ!?」

 

 ビリオネはそんな相手を完全に舐め腐ったような態度で応対するライラに対し、堪忍袋の尾が切れたかのようなマジギレトーンの叫び声を上げた。

 

「嘘じゃ」

 

 しかし、ライラは疲れた表情でビリオネを揶揄って遊んでいた。このガキは反応が大袈裟だが見てて飽きないからいつまでもおもちゃにしていたい気分だ。

 

「オーディエンスの前で勝負をしても良かったんじゃが、忍びなくてのう」

「…?忍びない?何がですの?」

「お前があまりの美味さに悔し涙を流す所をワシの客に見せるのが、じゃよ」

 

 ライラは見え透いた安い挑発をビリオネに仕掛ける。ビリオネはピクッと一瞬顔を硬直させるものの、「ほほう」と言ってニヤついた。

 

「そこまで自信過剰になるだなんて、さぞかし良い物を作ったということかしら?」

「うむうむ。さ、立ち話はこの辺にして……早く店の中に入ると良い。ずっと待ちくたびれて疲れただろう?」

 

ライラは二人に店に入るよう言った。彼女等は待ちくたびれていたのだろう、あっさりとその言葉に従い、そそくさと店の中へと入って行った。

 

「なぁ、俺も入って良いだろ?」

 

 俺は聞く必要など微塵も無いが、念のため一応聞いてみた。ライラはジトッと信用ならない人間を見るかのような目で俺を見た。そして何故か返答がない。

 

「……」

「えっ……?なんでそんな顔すんの?なぁ、入って良いんだよな?列の整理終わったし、つか俺この店のオーナー兼店長だし。なぁ?」

「……」

 

 ライラは俺の質問にアンサーを送ることはなく、怒ったチワワのような顔で俺をチラリと見た後、俺を無視してビリオネ達を店の中へと誘導して行った。

 

「なんで何も言ってくれねぇの!?なんか言えや!?」

 

 俺は無理やり店の中へと帰って行った。何故アイツが俺に対してあんなぞんざいな態度を取るのかは分からなかったが(十中八九俺の仕事の出来なさが原因だろうけど)、後で謝っておけば良いな。俺はそう自分で自分を納得させた。

 

「あら?なんですの?この大きな……釜?」

 

 ビリオネは店の中に入るなり開口一番で言った。それもそうだ。何故だか客席のど真ん中に釜が用意されていた。いつもは奥の部屋のキッチンに釜を置いて使っているのに、どういうわけか表に移動していたのだ。

 

「貴様は錬金術を見たことがないじゃろう?せっかくだから見ていくがいい。錬金術によって作られたスイーツをな!」

「錬金術って…釜の中にドバドバぶち込んで混ぜる子供のお遊びみたいなものでしょう?私食材で遊んだり見せ物のようにする行為は苦手ですわ。それってお下品ではなくて…?」

「じゃかしいわ!次錬金術に対してナメた口利いたらお前を釜の中にぶち込んで人格矯正してやるぞ!?」

 

 ビリオネの悪意のない偏見にライラは血管ぶちぶちな勢いで怒りながら杖を宙に振り回した。俺は店の備品に当たらないように杖を取り押さえようとするが、奴の杖の鋭利な先端部分が俺の頭に刺さった。

 

「あっ!」

「えっ!?」

 

 ライラがうっかりやってしまった、とでも言いたげな間の抜けた声と、ビリオネの悲鳴にも似た叫び声が店の中に響いた。

 

 ザクっというピッタリな擬音が鳴り、頭から血がピュッピュッと出始めた。

 

「きゃああああ!?だ、大丈夫ですの!?血、血が……!」

「あああ、大丈夫、大丈夫。しばらくしたら止まるから、止まる……」

 

 俺は結構勢いよく杖をぶつけられ、頭から血がドクドクと流れ、頭を抑えながらうわごとのように大丈夫大丈夫と言った。床には俺の血がポタポタと落ちていた。

 

「俺、血、止めてくるから、後はお前らで勝手にやってて……」

 

 俺は血が流れて怒る余裕もなくなり、奥のテーブルへとよりかかり座った。常人なら適切な処置を施さなければいけないほどの大怪我だが、俺の場合は放っておいたら自動的に傷口が塞がる。

 

「というわけで作るぞい」

「いやいや!?貴方自分の従業員が大怪我したのになんでそんなら平然な顔で再開しようとしてるんですの!?しかも貴方が傷つけたのに!」

「大丈夫じゃ大丈夫じゃ。あ奴は頑丈じゃから心配することはない。すぐに元気になって戻ってくるわい」

 

 そう言ってライラは大して俺のことを気にかけもせずに錬金術の準備を始めた。材料はそれぞれテーブルの上に載せてあった。あらかじめ作ったいちごタルトの生地、カスタードクリーム、生クリーム、そしてメインのキングいちご。

 

「…あら?もうすでにいくつか出来上がってるのがありますわね?」

「錬金術は才能が絶対必要じゃが、同時に作るのに多大な時間を要する。それを省略するために予め錬金術で作っておくのも工夫の一つ。いちごタルト一つ食べるために一日中ここに居たくないじゃろう?」

 

 そう言ってライラは火がついた釜の中に材料を入れる。ドポン、ドポンと、物が水に落ちた時の音がし、そのたびに杖で釜を混ぜる。ゆっくり回す時もあれば、力一杯掻き混ぜる時もあった。

 

 そのたびに虹色の光が明滅する。ライラはテーブルの中に入っていた小袋に手を突っ込み、何かの粉を握ると、釜の中にそれを散らばらせた。すると、虹色の輝きから黄昏色の淡い黄色が釜の中に浸透した。

 

「へぇ、違う材料を入れる毎に釜の中の色も変わった……不思議ですわね」

「次は火力を上げて溶け合わす」

 

 ライラはそう言って釜の下にある巨大コンロの火を一気に強めた。轟々と燃え上がる火と、それに当てられて釜が泡を立てる。ライラは額に汗をかきながら杖で釜を豪快にかき混ぜる。

 

 甘くて濃厚な香りが釜の中から発生し、その香りが店内全体を包み込んだ。

 

「な、中々迫力がありますわね……まるで給食を作るおばさんのソレですわ……」

「もうちょい嬉しくなるような例えを出してくれんか?」

 

 そう言いながらライラは皿の上に小盛りに乗せられたキングいちごを遂に釜の中に入れた。そして次の瞬間、鎌の中の液体はガーネットの宝石が解けて液状化したような透明な赤色へと変化した。

 

「……!この香りは……ァ」

 

 釜の中にキングいちごを入れた途端、甘い香りだけでなく果物特有の甘酸っぱいフルーティーな香りも生まれた。ずっと外で待っていたせいでもあるのか、ビリオネは顔を綻ばせて恋しそうな顔になった。そして彼女の腹部からキュー、と音が鳴った。

 

「ハッ!?い、いえこれはベンジャミンの音ですわ!そうですわよね、ベン!?」

「いえ、お嬢様。その可愛らしいお腹の音はお嬢様にしか出せません。私の腹の後はこうでございます。ゴキュルルフルグッグッグッ!ギュルララララララララ!ラッラッ!」

「人間の身体はそんな面白い音出す作りになってねぇたろ」

 

 ジジイの空腹時の音を口で再現されて大変不快な思いをした俺は耳を塞いだ。しかし良い匂いだな。俺も一日中外に立ったままだったからか腹が減って仕方がない。そのせいか嗅覚が鋭敏になってやがる。

 

「ここで火を止めて、鎌の中からブツを取り出すぞ」

 

 ライラはそう言うと釜の火を止めた。火が止まって熱も冷めた釜の中は不自然な程静かになった。さっきまでゴボゴボボコボコと煮立つ音がやかましいほど響いていたのに、まるで嵐の前触れのような静けさだ。

 

「…あの、終わったということでよろしいのかしら?」

「シッ!音が聞こえないじゃろ!音を、聞くんじゃ……」

 

 訝しむビリオネを制止し、ライラは耳を釜の中に傾ける。最初こそ無音だったが、よく、よおく耳を澄ませてみると、コポ…と泡が立つ音が聞こえた。聞こえるか聞こえないかの小さな些末な音が段々と強くなり、次第に釜の中の音が過激になっていく。

 

「ちょ、ちょっと!?なんだか不穏な空気になってきたんですけど!?」

「アリーシア、網を用意しろ」

 

 ライラがそう言うと、アリーシアは「はいはい」と慣れたような声で、慣れたような動作で虫取り網と似た用具を持ち出し、構えた。

 

 釜はガタガタと震えて揺れて、今にも爆発するのではないかと思った次の瞬間、ボンッと爆発音と共に上から何かが発射された。

 

「ヒィィィィ!?なんか飛びましたわ!?」

 

 発射物は店の中を飛んで跳ねて、捉えどころがない。ライラが「捕まえろー!」と声を張り切って出しながら、アリーシアと共に網を持って捕まえようとした。

 

「失敗ですわ!これは失敗ですわ!は、早く避難しないと!」

 

 ビリオネが両手で頭を抱えながら店から出ようとしていた。

 

「お嬢様!私がお守りします!」

 

 ビフが彼女の上に覆いかぶさるようにして守っていたが、傍から見れば反復横跳びしているようにしか見えない。

 

「早計じゃ!安心しろい!今飛んでるのがスイーツじゃ!今捕まえてご馳走してやるから待っておれ!」

「あ、あんなのスイーツじゃありませんわ!スーパーボールですわスーパーボール!」

 

 確かにビリオネの言う通りいちごタルト(でいいのか?)が店内を縦横無尽に跳ね飛んでいた。

 

「そこだァ〜〜〜〜!」

 

 ライラがそう叫ぶなり、網を持って大きく振りかぶる。飛んで跳ねるいちごタルトは遂にライラの手中に収まった。網の中で脱出しようともがいていたが、次第に大人しくなり、やがて完全に動かなくなった。

 

「このすっとこどっこいが!ワシの手から離れようなだと、億千万年早いわ!」

 

 ライラがいちごタルトを人間の首根っこを掴むように両手でグラグラと揺らしながら掴むと、それに犯行するかのようにライラの額目掛けて頭突きしそうな勢いで迫りそうにあった。ライラもそれに負けじと上下に揺さぶっている。本当にお菓子を作っている光景かこれが?

 

「わ、私は悪夢をみているのかしら……」

「いいえお嬢様。現実です」

 

 自分の主人が現実逃避しそうになっているところにすかさず真実を教えるビフ。とはいえ俺も目の前の現実が受け入れられない。だって、グツグツ煮えた釜の中に材料そのままドボンと入れたら見た目が完璧なケーキが出来上がってるんだぜ?信じろと言う方が土台無理な話だろ。

 

「待っておれ。今捕まえたから皿に盛りつけてテーブルにお出ししてやるからのう」

 

 ライラはそう言って捕まえたいちごタルトを網から出し、丁寧な手つきで皿に盛る。アリーシアも一緒に捕まえたもう一つのいちごタルトを皿に下ろした。

 

 見た目は下から順にタルト生地、生クリーム、メインのいちごが乗っている。タルト生地は黄金とも呼べるような色合いで、純白の生クリームは目も眩むような白一色。そしてこのお菓子の主役であるキングいちごが赤い宝石のように輝き、一番上に玉座の上にいるかのように鎮座していた。

 

「おまたせしたの。コイツが今のワシの最高傑作、その名もキングいちごタルト!ご賞味あれ!」

「……いくつか質問がありますわ」

「おう。なんでもドンと来い」

 

「なんであんな滅茶苦茶なやり方でこんな綺麗なスイーツが出来たんですの!?ありえないでしょう!アツアツの釜の中に入れたら飛んで跳ねて攻撃性のある物体が出てきて!しかもあんなあっつい釜の中から出てきた物が冷気を帯びているのが一番あり得ませんわ!どうなってるんですの!?」

 

「錬金術とは不思議な物じゃ。ワシ等の常識など平然と超えてくる。うーん、不思議じゃ」

「まさか知らないんですの?」

「御託はいいんじゃ。はよう食べろ。冷めないうちに。さぁ!」

「いや最初から冷めてるんですのこれ……」

 

 ライラは話を逸らしてビリオネに早く食べるよう催促した。ビリオネは不満を抱きつつも、目の前のキングいちごタルトの存在感を五感で感じ取っていたはずだ。一度視界に捉えると、目が離せなくなる。ビリオネはゴクリと唾を飲み込むとナイフとフォークを持ち、ナイフを使って垂直に切り込み、フォークでキングいちごと生クリーム、タルト生地をまとめて刺し、それを口に運んだ。

 

「……」

 

 口の中に入れ、咀嚼して味わうビリオネ。アリーシアは心配そうに見つめ、ライラは自信満々な表情でニヤニヤしながら見ていた。タマリはこっそり自分でキングいちごタルトを作って隅のテーブルに座って喰っていた。おい。

 

「……!~~~~~~~~~~~ッッッッッ!!!」

 

 ビリオネは最初こそ仏頂面を貫いていたものの、次第にその仮面は剥がれ、涙袋に涙を溜め、悔しそうに唇を嚙んでいた。

 

「ま、まぁまぁですわね……」

 

 負け惜しみを言っているが、顔が少女特有の泣き顔になっていた。それを見てライラが彼女に自分の顔を近づける。

 

「ん?それだけか?まだワシは聞きたいことを聞けてないんだがのう……」

 

 ライラは「んん?」と眉をクイックイッと動かし、わざと惚けた表情でビリオネに聞く。もし俺が彼女だったら、遠慮なくビンタして分からせてやるくらいムカつく顔だった。

 

「……し……です……」

「えっ何聞こえなーい」

「いしいですわ……」

「あぁん?聞こえないが???」

「美味しいですわ!私の作るいちごタルトより美味しいですわ!!これで満足!?」

 

 ビリオネは椅子を引いて立ち上がると叫んだ。よほどライラの詰めがウザかったのだろう、悔し涙を浮かべながらライラを睨む。

 

「音が出るくらいサクサクなのに、しっとりして砕けるほんのり甘いタルト生地。そして舌触りのいい生クリーム。これはウィンター・ガウの牛乳を使ってるのでしょうね。そしてこのキングいちご。これがこのスイーツの主人公とでも言うべき活躍ですわ。瑞々しいフルーツ特有の果汁、そして甘味と酸味が強く、食べ応えのある物へと進化してますわ」

「確かに美味しいですねお嬢様。研究用に私めがいくつか買っておきましょう。すいません。キングいちごタルトとプディングとショートケーキとモンブランとチーズケーキを下さい」

「ちょ、貴方自分で食べる分だけ買ってんじゃねぇですわよ!職務放棄しないでくださる!?」

 

 涙と鼻水をハンカチで拭きながらも流暢に解説するビリオネに、仕事そっちのけでショーケースを食い入る様に見るビフ。

 

 だがしかし、流石はスイーツ作りのプロと言ったところか、おそらくライラが考案したレシピをほとんど言い当ててるのだろう。ライラが一瞬真顔になった。

 

 だが直ぐに調子を取り戻し、ニヨニヨと気色の悪い笑顔でビリオネに詰め寄る。

 

「言ったじゃろう?オーディエンスなんて残したら醜態を晒すことになるじゃろうて」

「……悔しいけど、今日のところは完敗ですわ。でも次こそは必ず打ち負かして差し上げますわ……!」

 

 ビリオネがキッと睨んで帰る準備をしながら言うと、ライラは「はぁぁ?」と口をあんぐりと開けて首を傾げる。

 

「お主、なぁんか約束を忘れてるんじゃないか?」

「約束……?あっ!」

「ワシが勝ったらお主のその口!でお主の顧客にワシの店を宣伝してもらうとな。あと『私はライラ様の錬金術に舌もスイーツも負かされました。生意気な口を聞いてごめんなさい』とも言ってもらうと。まさかこのまま何もなしに帰れると思っとりゃせんか?」

「い、いや最後の方は約束に無かったでしょう!?何惚けた事言ってるんですの!?」

「負けた奴がごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ。早くやれよ」

 

 ライラはいつもの胡散臭い口調はどこへやら、マジトーンでビリオネにそう言う。ビリオネは「くぅぅ」と子犬のような声で鳴くと、床に正座し、ライラを睨む。

 

「おっ?なんじゃ?なんか目が…反抗的かの?自分で喧嘩吹っ掛けといて負けた奴のする目とは思えんの〜〜」

 

 自分で売った喧嘩で自分が負けたらまぁこんな顔するだろ、とは思いつつもこのガキにはちょっと痛い目を見てもらった方が今後のためにも良いだろう、ということで俺からは何も言わなかった。

 

「わ、私が調子に乗って挑んだ勝負にも関わらず……私は無様に負け、ヴァリエールの名を汚した愚か者です……グスッ……この度はご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありませんでした……ッ!」

「……うぅ…!うああああああああああ〜〜〜〜ん!!」

 

 ビリオネのあの高飛車な態度はどこへ行ったのか、今は年相応の少女の泣き顔しか無かった。そして床に座り込み、ガチ泣きし始めた。店の空気が最悪になる。アリーシアは平然としているライラと俺にドン引きし、タマリ嫌な雰囲気を感じ取ったのかお菓子を食べる手を止め、ビフは鬼の形相で俺達を睨んでいた。

 

「オイ。まぁ立てよ」

 

 俺はビリオネの両肩に手を置いて立ち上がるよう促す。ビリオネは涙と鼻水を垂らし、力一杯泣いている。よほど悔しかったのだろう、悲しい涙と悔しい涙を両方流していた。

 

「まぁ良いから立てって。床に座ってるとばっちいから」

「うぅ……ひっく、グスッ……」

 

 ビリオネは完全に恥も外聞もかなぐり捨て、ハンカチを使わずに手の甲や手のひらで涙と鼻水を拭っていた。

 

「悔しいか?」

 

 俺がそう聞くとビリオネは黙ったまま頷く。ポロポロ落ちていた涙は徐々に止まり、段々とビリオネは落ち着いてきた。

 

「お前はまだガキだから、世界がどういう作りになってるかまだ分かってねぇ。世の中いつも才能と金のある奴が勝つわけじゃねぇ。それを超えるすげぇ奴もわんさかいるもんさ」

「……」

「でもお前がそれに胡座をかいてねぇでもっとタフな修行をすればいずれ俺んとこのムカつく面のクソガキにも勝てるさ」

 

 俺がそう言ってライラをチラリと見ると「誰が、なんだって?」と言いながら杖をバシッバシッと手で叩いて音を出しながら威嚇してきた。俺はそれを見てタマタマが縮み上がるのを感じ、そっと顔を逸らした。

 

「よ、要するにだ、常に勝ち続けるなんて無理な話ってことだ。たまには負けて泥水啜って研鑽すればお前はもっとすごい女になれる」

「私と貴方達はライバルなのに、なんで私にそんなこと言ってくれるんですの?」

「あぁ?美味いケーキ屋を成長させるのに理由がいるか?」

「……貴方は──」

 

 ビリオネが俺に対して驚いた顔を向けていると俺は「それはともかく」と言って遮った。

 

「これは大人として言わせてもらおうか。やっぱり……」

 

 俺はふう、と息を一つ漏らしてこう言った。

 

「調子乗ったガキ泣かすのは最高だなァ!」

「「「「!?」」」」

 

 俺の言葉にライラ以外の全員が目玉をおもむろに見開いて俺の言葉に驚いた。

 

「ライラ!お前はよくやった!お前の作ったスイーツがこの天狗お嬢様のデカッ鼻を叩き潰したんだ!やっぱお前は最高だ!」

「そうじゃろうそうじゃろう!流石はワシが見込んだ男!この小童め、ワシと対等に並ぼうとするなぞ十年早いわ!せいぜい今は悔し涙を飲んでおれ!」

「「ヒヒヒハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」」

 

 ゲラゲラゲラと俺とライラは大口を開けて高笑いをした。俺とライラが愉快そうに笑ってるのに対し、アリーシアとタマリが完全に人間の屑を見るような、下等生物を見るかのような侮蔑の目を向けていた。

 

 そしてビリオネといえば、頬を風船みたいに膨らませ、顔を真っ赤にして俺達を親の仇のように睨む。

 

「ああああああああああああああああ!!!お前ら絶対に許さねぇ!!!!必ず私の店がこの街の覇権を取り戻してお前ら全員この街に居られないくらいぶっ潰してやるからなァ!!!!」

 

 先程までのお嬢様言葉は鳴りを潜め、汚い言葉を使い始めた。

 

「クックックッ……化けの皮がはがれ始めたようじゃの。は~面白くて仕方がないわ」

「な~にがですのですのだ。俺達と同じ人種じゃねぇか。馬が合いそうだな。どうだ?ヴァリエールなんてやめてウチに来ねぇか?雑用から始めさせてやるよ」

「~~~~~~~~~~~ッッッ!!!殺す!!!!!」

「お嬢様!今日はもう帰りましょう!その方が賢明です!」

 

 完全にブチ切れたビリオネはビフに羽交い絞めされながら自分が注文したケーキの入った箱を持ちながら玄関扉まで引きずるように歩いて行った。

 

「サビター!ライラ!お前らだけは絶対に許さない!この屈辱は倍にして返してやる!覚悟しておけよクソミソ共が!!」

「おー怖。楽しみにしてまちゅよー」

「些か口が悪いのう。親からどんな教育を受けておるんじゃあ?」

 

 俺達はビリオネが店の前からいなくなるまで煽り続けた。完全にビフがビリオネを引きずって帰る形で店のまえから見えなくなった後、俺とライラはお互いの右手でハイタッチをした。

 

「これが……友情の力じゃあ!」

「おうよ!俺達の前に、死角はねぇ!」

 

 俺とライラが盛り上がり、和気あいあいと勝利を喜んでいる傍で、アリーシアとタマリは顔を引きつらせながら、

 

「働く店を間違えたかもしれない……」

「僕も同じこと思ってた」

 

 陰気そうなツラをしてため息交じりに呟いた。

 

 

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