(法を)お菓子屋さんへようこそ!   作:新田トニー

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第32話 誰が雌猿だって?

 

「うう……悔しい……悔しいですわ……!」

 

 お姫様が使うような華美な装飾を施され大きなたベッドの上で、ビリオネは枕に涙を濡らしながら呟いていた。

 

「ビリオネ、居るかい?」

 

 ビリオネの部屋の扉の前で彼女を心配するように低く艶のある声が聞こえた。

 

「パ、パパ……なんでも、なんでもないですわ」

「開けてもいいかな?」

「うん…」

 

 ビリオネが許可を出すと、ビリオネの父は「ありがとう」と言ってビリオネの部屋の扉を開けた。

 

「何があったかはビフから大体聞いたよ。派手に負かされたんだってね」

「私はヴァリエールの名を汚しました……私以外に優れたスイーツを作れる人間はこの国には居ないと思い込んで、絶対に勝てると信じて疑わずに勝負を挑んで、挙句無様を晒しました。私は、悔しい……!」

「その気持ちがあるなら、まだ負けていないよ」

 

 ビリオネの父はビリオネの肩に手を優しく添えながらそう言った。

 

「私を負かした男も似た様なことを言ってましたわ」

「なるほど。どうやらその人も僕と同じ考えを持っているようだ。さて、私が何故この豪邸に住み、富と安寧を享受できているか、君には分かるかい?」

「…分かりませんわ」

「それはね、勝つまで折れない。どれだけ踏みつけられても、自分を張り続ける。そうすれば最終的に勝つのは私達だ。忍耐こそが勝利の鍵となる。だから、今は泣いていい。悔しがっていい。でも、必ず立ち上がると約束してくれるかい?」

 

 ビリオネの父はそう言って彼女を諭す。ビリオネは父の言葉を聞いて涙を自身の手で拭った。ビリオネが泣くことを辞めたのに対し、彼女の父は「それでこそ私の娘だ」と言ってビリオネを抱きしめる。

 

「パパ大好き!」

「ふふ、相変わらずパパっ子だな君は」

 

 ビリオネは父親に飛びつき、ギュウ、と力強く抱きしめた。

 

 その光景を見ていたビフは表情筋がお湯でふやかしたかのように蕩けながら涙を流しながら見ていた。

 

「何度踏みつけられても、最後まで立ち続けた者が勝つ。雑草のように、ね」

 

 ビリオネの父親はそう言って微笑んだ。その微笑みは人生に於いて大切な信条を持っている者から出る、自信が溢れている力強い笑みだった。

 

 

 

⭐︎

 

 

 

 スウィート・ディーラーはまたしても繁盛していた。大蛇のような行列は当然、どいつもこいつもよだれ垂らしながら例のアレをください!としきりに叫んでいる。

 

「ア、アレをください!」

 

 俺の前に禿頭のくせに顎髭だけは異常に生えてるおっさんが会計前に現れた。

 

「ふーん…アレ、ってのはなんだ?」

「は、はぁ!?アレはアレだよ!……脳みそをしゃっきりさせるアレだよ」

「んなやべぇスイーツうちじゃ扱ってねぇよボケ。ちゃんとメニュー表見て注文しろハゲ」

「口悪いなこの店員!?」

 

 おっさんはきったねぇ唾を俺に飛ばしながら叫ぶ。なんで俺の店の客はヤバい奴が多いんだ?ただお菓子(そのまんまの意味)を売ってるだけなのに。

 

「ア、アレだよ。あのヴァリエールの美人コックの舌を陵辱したあのいちごタルトだよ。あるんだろ!?俺はそれのために3時間も行列に並んで待ってたんだ!」

「うーん、事実は事実なんだけど表現の仕方が良くないんだよな」

「サビターさん!真面目にレジやってくれないなら皿洗いしてくれます!?」

 

 アリーシアがぷんぷんしながら俺の両肩を掴んでキッチンへと押して行く。俺は本気で対抗しようとしたのだがこの女、どう言う技を使ったか知らんが俺の体が言うことを聞かず、ものの無様に大人しく俺は従ってしまった。

 

「おっ、アリーシアに怒られたな?さては」

 

 ライラが錬金釜を棒でぐるぐるかき混ぜながら俺の顔を見ずに話しかけてきた。ライラの近くにはタマリが錬金釜を使って同じことをしていた。だが錬金釜はライラのと比べて新しく、ピカピカの黒い釜で作業をしていた。

 

「なんだこれ?新品か?」

「ああとも。弟子には最高の環境で育って欲しいからのう」

「ふーん、お前でも弟子を想う心はあるんだな」

「お主ワシを鬼畜外道の女とでも思っておるのか?」

「当たり前じゃん。お前俺と同類だろ」

「かっ!?」

 

 俺がサラッと言うとライラは喉に何かを詰まらせたかのような声を出した。

 

「ワシほど慈愛に満ちた天女の如き麗しい女はいないぞ!?」

「あのね、ホントにそんな女だったら絶対自分でそんなこと言わないんだぜ。性格おわおわ女」

「性格おわおわ女!?」

 

 ライラがショックを受けて目を白目にした。しかし錬金術を止めはしない。そういうところはプロ根性で気合が入ってて好きなんだけどな。でも言ったら調子乗るから言わないでおこう。

 

 俺達の一日はそれは辛いものだった。客は開店時間の何時間も前から並び、閉店時間になるまでギッチリ居座り、帰り際はホクホク顔で満足気な表情を浮かべながら帰って行った。

 

「ああ、やっと終わりました……」

 

 アリーシアが床にお辞儀をするように力無く座りながら言った。全身が疲労感を漂わせていた。

 

「なんか客のことを考えるとムカついてきたな……アイツら全員死なねぇかな」

「いやなんて事言うんですかアナタ!?逆恨みにも程がありますよ!?」

 

 アリーシアが驚いた顔で叫ぶ。

 

「どいつもこいつも豚みたいに甘い菓子をバクバク食いやがって……お陰で俺の今日の昼はパン一枚だ。まぁライラが作ったヤツつまみ食いしてたけど」

 

 俺がそう言うとアリーシアは深いため息を吐いて床から立ち上がり、今度は客用の椅子に蕩けるように座った。

 

「お前情けねぇな。それでも凄腕の殺し屋?俺はこんなに働いてもピンピンしているというのによ」

「いや、サビターさんは店の商品を味見したり遊んでただけでしょう……」

「そんなわけねぇだろ。皿洗いは一生懸命やってたぜ。あと店のスイーツはオーナーである俺が食ってもいいってルールになってるんだよ」

「横暴です!横暴ですよこのクソ人間!」

「ああ!?誰がクソ人間だと!?人は皆腹にクソ詰めてんだろが!だとしたら俺もお前もライラもタマリも全員クソ人間だぜ!」

 

 俺はアリーシアにキレて飛びかかった。するとアリーシアは俺の身体を小指でめり込ませるように深く突いた。するとその瞬間、激痛が俺に一気に襲いかかり、俺は「ギャアッ!」と悲鳴をあげて床を転げ回る。

 

 そんな時、店の黒電話が鳴った。ライラが手に取り、「こちらスウィートディーラー、今日は閉店じゃ」と言った。

 

「オイ貸せ!」

「な、なんじゃ?」

 

 俺はライラから電話を奪い取り、耳元に当てて思いっきり息を吸い込み、

 

「閉店だっつってんだろ!こっちは疲れてんだよ!次掛けてきたら殺すぞ!!ハァン!?」

 

 俺は電話の向こうの相手に力強く怒鳴った。俺の行動にタマリ以外の面子が口をポカンと開けながらこちらを見ている。

 

「……ハァ。私よ」

 

 電話の相手は女だった。というより聞いた声だ。蓄音機から流れるジャズ音楽のような深みのある扇情的な、電話口からでも色気の漂う大人の女の声だ。

 

「あ?誰?」

「シルクよ」

「あ、ああシルク!悪いな大声出しちまってよ。店終わった後でカリカリしててな。許してくれ」

「今も耳鳴りが止まないんだけど、まぁいいわ。サビター、ウィードから返信があった。『ぜひ会いたい』だそうよ」

 

 シルクが淡々と簡潔に俺に言った。ウィードが俺達の商品に興味を持っている。

 

「本当かシルク!?コイツぁ朗報だ!ありがとう!愛してるぜ!」

 

 俺は声高々に天にも昇るような気持ちでシルクに感謝と愛を伝える。その時ライラがビクリと反射的に痙攣しながら俺を見た。なにやら焦燥感を抱いていたような表情だったが今はそんな事どうでもいい。いつ、どこで、誰が来るのか。俺はそれが気になって仕方がない。

 

「日時は2日後の深夜24時。場所はカルバラ通りにある迷い人の塔、建設途中の建物よ。人気が無くて密会するのにはうってつけの場所ね」

「そうか、分かった。本当にありがとう。助かったぜシルク」

 

 「別に良いわよ礼なんて」とシルクは言う。

 用も済んだ事で、俺は電話を切ろうとした時、

 

「切る前に一つだけ忠告。過去にもウィードと取引を持ちかけた人達はいたけど、気に入られた人達はほんの一握りしかいない。そしてウィードに気に入られなかった人達はその後一切の消息が不明。もし気に入られなかったら……なんて。頭の隅に置いておく程度でいいわ。それじゃあね」

 

 と言ってシルクは電話を切った。

 

「あの……ウィードとの取引、本当にするんですか?」

 

 アリーシアが心配そうにおずおずと聞いてきた。

 

「裏社会の人間は頭のネジが飛んだ人間ばかりです。一つの判断ミスが命取り。私はそれが原因でこの世から消えた人達を何人も見てきました。サビターさん。貴方は一応私の店長で仲間。死んでほしくないです……」

 

 アリーシアが少し悲しそうな表情で言う。一応、という単語に俺は妙な引っかかりを感じたが、俺は毅然とした態度で

 

「アリーシア……お前はおバカかな?」

「えっ!?」

「あのな、ここにいる全員ネジなんかとっくに飛んでどっかイってんだよ。今更裏社会の人間にビビって『じゃあ商売辞めちゃおっか!』なんて奴ここには居ねぇんだよ」

 

 「それに」と俺は言葉を付け足す。

 

「俺は「不死身じゃ」」

 

 俺が決め台詞的なものを言おうとした次の瞬間ライラは俺の言葉に被せるように俺のセリフを言いやがった。

 

「だぁ!?ってめぇ俺の……!」

「いやぁ〜くっさいくっさい。こんなくっさいセリフを吐ける人間の神経が知れんわ。ほらワシの口の中くっさいセリフで激臭じゃ」

「それ以上俺をバカにしていいのか?」

「わ、悪かったわい」

 

 俺がギロリと睨みながら言うとライラは縮こまったミミズのように俺から距離を取った。

 

「ま、そういうわけで取引には行く。だがここで問題が一つ。俺達の正体を絶対に誰にもバラさないようにしなくっちゃあならない。もしも俺達がヤクを作ってました!なんて事がバレるとジョニー率いるギルドの奴等にしょっ引かれるかナマス斬りにされる」

「でもサビターは死なないんでしょ?」

「いいやタマリ。いくら俺でもアイツの剣撃を喰らうと無事じゃ済まなくなるんだなそれが。一度俺とアイツでガチの喧嘩になって殺し合いにまで発展した事があったんだが、あの野郎俺をミリ単位で細斬れにしてきやがった。再生した瞬間に斬られ続けるのはマジで死ぬかと思った」

 

 俺は唸りながらライラ達に向けて語る。剣聖と呼ばれるだけあって不死身の生命体である俺を殺しかけた。

 

 しかも喧嘩の原因がジョニーのとっておきだったプリンを予備も全部食べただけで本気で殺しにかかってきた。

 

 どうやってるのかまるで分からんがアイツの剣撃は一振りで100回切り刻む技を使ってきた。五体満足でまだ生きてるのが不思議なくらいだ。

 

「そこで!俺達はこれを使う」

 

 俺はそう言って客用のテーブルに4着のスーツと目出し帽を置いた。

 

「んん?なんじゃこれ?」

「コイツは俺のマッドギアコレクションの一つ、アルファ・テックのモーフィーンスーツとマスクだ。ナノテク粒子が身体を包み、全く別人の身体と顔に作り替える。コイツを着れば気に入らない奴ぶん殴っても罪に問われない俺のとっておきさ」

「わしマッドギアのうさんくさい技術きらーい」

「お前の錬金術ほどじゃねーよ」

 

 俺がヘラヘラ笑いながら言うとライラは俺の膝に杖で思い切り叩いた。膝の皿が割れて俺は悲鳴と嗚咽を漏らす。

 

「これ、本当に効果があるんですか?」

 

 アリーシアは俺のことなど塵程も気にせず、モーフィーンスーツを触りながら言った。

 

「ねぇ、俺のこと心配してくれないの?俺膝壊されたんだけど?普通の人間だったら一生モンの傷だぞ?」

「はぁ、ですがあなたは治るのでしょう?それでこれ本当に効果あるんですか?」

 

 このクソアマァッ!お前は俺の部下だぞ!演技でもいいから心配するふりくらいしたらどうなんだよ!?

 

 俺は痛む膝を手で押さえながらくぐもった声でアリーシア冷徹女に答えてやる。

 

「……着てみろ。そしたら効果が分かる」

 

 俺がそう答えるとアリーシアは早速着た。伸びる服だからサイズが多少ズレてても問題はない。いや、むしろ利点しかない。この女が着たスーツは少し小さかったのか、ボディーラインを最大まで魅せていた。

 

「なんかコレ…キツくないですか?」

「テメェこのドスケベ女がこの野郎。誘ってんのか?」

「そんなわけないでしょう!?ドスケベなのはあなたですよ!」

「俺がムチムチな乳のデカい奴に見えるのか?だとしたらお前は眼鏡変えたほうがいいぜ。多分度がかなりズレてる」

「そういうこと言ってんじゃないですけど!?」

「確かに肥え過ぎじゃ、アリーシア。乳と尻ばかり大きくすれば良いわけじゃないぞ。ワシを見ろ。スレンダーで小さくて可愛らしい形をしておる」

 

 ライラは喋りながら身体をモデルのようにポーズを変える。

 

 しかも俺に見せつけるかのようにクネクネしながら変な動きをしている。これは俺に感想を求めているのだろうか。俺はデカい女が好きなのに。

 

「まぁ、いいんじゃないかな」

 

 俺はなぁなぁに治めるために当たり障りのない言葉でライラを褒める。

 

 するとライラが俺を見て眉を顰める。

 

「お主、今適当に言わなかったか?ワシ、可愛いよな?セクシーだよな?」

「ああ、うん。セクシーセクシー」

「本当の事を言え!お前にとってワシはどんな風に見えるんじゃ!?」

「すまん。俺はロリコンじゃないから何も言えん。お前みたいな何もかも小さい女が好きな奴に聞いてくれ」

「がああああああああああああ!!!!」

 

 俺はあまりのしつこさに少しイラついて本音を出してしまった。するとライラは雄叫びを上げて俺に襲いかかる。

 

「うお!?離せオラ!何回も言ってんだろが!俺は小さい身体は好きじゃねぇんだよ!褒めて欲しいなら他所に当たれ!」

「なら今好きになれ!ワシはセクシーじゃろ!?ワシも本気を出せば恋愛対象外、もとい性欲対象外のワシでもお前を悩殺できるんじゃ!!」

「ちょ、お前力入れすぎだ…!マジで死ぬ……」

「お前は死なんじゃろ!」

 

 俺の首を掴んで締め上げてくる。しかも小さいガキの身体のくせにめちゃくちゃ力が強い。このままだと失神してしまいそうな勢いだった。

 

「ライラさん落ち着いて!サビターさんホントに落ちちゃいますから!」

「落としてみせるわ!ワシのセクシーギルティーボディーでコイツを落としてしんぜよう!」

「いやそっちの落ちるじゃなくて……」

 

 アリーシアは混乱しながらライラを半ば無理やり羽交締めにして止めた。

 

「離せ!コイツはワシが落とすんじゃ!」

「そんなムキにならないでください!こんな人落としても何の得にもなりませんよ!?」

「お、お前……今俺の…事コケに……したろ……」

 

 なんで俺の周りの女は俺を小馬鹿にする奴等しかいないんだ。

 

「ライラさん。冷静に聞いてください。本当に惚れさせたいなら、見た目ではなく、内面を美しくするべきです」

「……内面?続けて?」

 

 アリーシアの言葉にライラは興味深く耳を傾ける。

 

「サビターさんはその、子供体型の女性には興味を持ちません。私みたいな大きい身体の女性が好みなようですので、身体だけでは勝負にならないかと思います」

「お?喧嘩を売っとるのか?」

 

 ライラが腕まくりをして拳を握りしめた。コイツ本当に錬金術士なんて頭の良さそうな職を持っているのか?ただのチンピラにしか見えなくなってきたぞ。

 

「身体でダメなら内面で攻めるんです。ライラさんは喧嘩っ早くて杜撰でだらしなく、ひとでなしです」

「やっぱり喧嘩売っとるよな?な?殴るぞー?」

「でも可愛らしい所や乙女なところもあります。そこを強化すればサビターさんみたいなセクハラカス人間でも何とかなるはずです」

 

「オイオイオイテメェ最近調子乗ってんなぁ!もう俺の顔見れないくらいのスゲェことしてやるぞ?」

「ワ、ワシが可愛いとか乙女とか、それ以上誉めるのはやめてくれ。照れてしまうではないか……」

 

 俺は侮辱されてアリーシアに手が出る一歩手前なのに、ライラはさっきまでボロクソに貶されているはずがちょっと褒められただけでだらしなく頬を緩めた顔になっていた。

 

「ねぇ、ぼく早くこれ使いたいんだけど」

 

 話がズレてグダグダになっていた所を引き留めたのはタマリだった。俺の道具に興味を持っているのか、早く使いたくて仕方がないというようなウズウズとした顔で俺を待っていた。

 

「ああそうだな。話を戻すか。腰についたベルトがあるだろ。右の腰についてるボタンを押せ。それで姿が変わる」

 

 俺がそう言うとタマリは遠慮なくボタンを押した。

 

 押したその瞬間、淡い緑色に発光する細かい粒子がタマリの身体を包んで纏うように動いた。タマリはその場で動かず、最後まで粒子が身体に定着するのを待つ。

 

 粒子の動きが止まり、タマリの身体に浸透するように定着する。しかしその姿はもはらタマリではなく、全く別人の顔だった。

 

「…凄いです、ね……」

 

 アリーシアはあまりの驚きに感嘆の息を漏らす。今のタマリの姿は、無数に刻まれた皺を持ち、髪はほとんど生えてない背の小さい老人の姿であった。

 

「わ…ホントに変わってる」

 

 タマリはどこに隠していたのかいつの間にか手鏡を使って自分自身の姿を確認していた。

 

「なんでおじいちゃんなの?」

 

 タマリが純粋な疑問を持った目で俺に問いかけた。

 

「いや特に理由はねぇよ。友達に譲ってもらったからな、スーツの中に入ってた人間のデータをそのまま使ってるだけだ」

「え、じゃあこれって中古品って事?大丈夫なの?」

 

 タマリの怪訝な目に対して俺は目を逸らしながら「さぁ」とだけ言った。俺だって新品が欲しかったが、正規品で買えば金があっという間に吹き飛ぶ。そのくらい技術力の高い品物なのだ。

 

「私も早速……!」

 

 アリーシアも興が乗ったのだろうか、意気揚々と腰のボタンを押した。するとタマリの時同様、淡い緑色に輝く粒子が彼女の身体を包んで肉体を変化させる。

 

「アリーシア、どんな人の姿になるのかな」

 

 タマリが興味津々でアリーシアを見る。

 

「私の姿は……と」

 

 アリーシアがベルトのボタンを押す。するとタマリの時と同様に緑の粒子が身体を包んで変身を開始した。

 

 変身が完了してアリーシアは自分の手や足、身体を見る。

 

「え、あの、これってどういうことですかね……?」

 

 アリーシアは困惑しながら俺を見て言った。俺たちの目の前にはアリーシアではなく、筋肉ダルマのロン毛野郎が突っ立っていた。

 

「僕この人の顔見たことあるかも。サンゼーユ国の王様だね」

 

 沈黙の中でタマリが最初に口を開いた。タマリの今の声はしゃがれたジジイの声だったので俺は突然そんな声が聞こえてギョッとする。

 

「サンゼーユ王国って、あれか?異世界の文化を取り込んでもう元の国の原型がなくなっちまったアホタレ共が住んでる国か?しかもその王様?なんで登録されてんだよ?」

「しかも何代か前の王様だね。この人はそんなアホタレ共が住む国をまとめてた先代の王様だ」

 

 俺が「へー」と特に何の感慨もない声で言うと、アリーシア=アホタレ王が「イヤアアアア!」と甲高い悲鳴を上げた。

 

「な!?なんで私がこんなむさ苦しいおっさんの姿なんですか!?私は女性なんですからっ……て私の声が!?クッソ低いディープボイスになってるゥゥゥ!?」

 

 アリーシアは今までの類を見ない動揺の仕方をしているせいか、いつもの丁寧な言葉は使わず「クッソ」などの汚い言葉を使っていた。化けの皮が一枚剥がれたな。

 

「まぁ良いじゃねぇか。似合ってるぜお前。高身長だしピッタリだ」

「変えてください!今!すぐに!」

「代えはない。そのまま使いたまえ」

「そんなァァァァァァァ!!」

 

 もはや今までの麗しい女、アリーシアはいない。今ここにいるのはドチャクソに低い声で泣き叫ぶロン毛の筋肉質なおっさんだ。俺でも近くにいるだけで身震いする。

 

「次はワシの番じゃな!」

 

 ライラは待ち切れずボタンを押した。もう3回も同じ事聞きたくないだろ?割愛。

 

「クックック……さて、ワシの姿はどうなっているやら……」

 

 ライラは期待を声に込めながらお披露目ショーに臨む。しかし、そのお披露目ショーは爆笑エンタテインメントショーとなる。

 

 ライラの変装した姿は猿だった。ピンク色のフリフリな服を着せられた猿だった。

 

「……は?」

 

 ライラはタマリに手鏡を渡され、自分の姿を見た。

 

 猿だった。

 

 見紛うことのない毛むくじゃらの猿だった。しかも小さい。

 

「サビター…?」

 

 ライラは呆然とした表情で俺を見る。何故この姿になったのか疑問に思って仕方がないのだろう。

 

 そんなライラに俺はニコリと微笑みかけながら頭を撫でる。

 

「見ろよ!俺達スウィート・ディーラーが飼っている雌猿のライラちゃんだ!可愛いねぇ〜!」

 

 と俺は天井を見つめるくらいに仰け反って心底愉快に笑った。

 

「は?」

 

 ライラはまたも呆然としながら俺を見る。

 

「……ぶふ!」

「!?」

 

 タマリが無表情で吹き出し、ライラは衝撃の様相を呈する。

 

「んふ、んふふ!」

「!?」

 

 あの真面目一辺倒なアリーシアまでもが笑いを堪えずに笑いを抑えられず、手で口を押さえている始末。

 

「こっ、こりゃ傑作だぜ!お前はキーキーキーキー喧しく吠える女だと思ってたけどよ、こんなピッタリな姿があるかァアーッハッハッハッハッ!」

 

 俺は腹が捩れるくらいライラを見て笑った。ライラは無表情を貫き通し、怒っている様子はなく、無言で俺に近づいた。

 

「おっ?どうした?またタマでも蹴るのかな?悪いけど俺痛みにはある程度の耐性があるんだよな。だからお前が何をしようと──」

 

 俺が最後まで言い終える前に、ライラは俺を見てニコリと猿の表情のまま微笑み、両手で俺の股間に触れて、

 

 パキン!

 

 俺の二つの魂を砕け散らした。

 

「ダァーーーーーーーーーーーー!?!?!?」

 

 俺はサンゼーユにまで届くような声量で絶叫し、床に蹲って気絶した。

 

 そうだ、忘れていた。俺もイカれてるが、この中でもとびきりイカれてるのは、ライラック・フォルストフであった。調子に乗りすぎた俺は後悔する暇もなく涙を流して意識は完全に消失した。

 

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