(法を)お菓子屋さんへようこそ!   作:新田トニー

35 / 143
第35話 サビターはここに誓います。二度と貴方に逆らいません。

 

 私、ミラノ・ダスタンはとある商会の平社員である。給料はそれほど悪くなく、1人でも余裕で生活ができるほどには生活は安定している。

 

 仕事は大変だが楽しいし、私の役割が人を助けている事が伝わる商会という仕事は、私に労働の喜びを与えてくれる。

 

 だが私には働く以外に趣味がなかった。忙しいというのもあるが、おそらく他の物事に関心を持つ能力が欠如しているのかもしれない。

 

 しかし、最近、私には密やかな楽しみが一つ増えた。それは仕事の終わり際に寄るスイーツショップである。

 

 店の名前はスウィート・ディーラー。王国の中心から少し離れた土地にあるこの店はつい最近出来たばかりで、開店当時から高品質なお菓子を売っている事で話題が持ちきりとなっていた。

 

 外観はおしゃれな筆記体の文字ので描かれた店名の看板が上に飾られていて、店内は木製の椅子やテーブル、床などを基調としたシックなイメージを持つ内装だ。

 

 さらにスイーツの調理方法は錬金術という不思議な方法で精製されるそうだ。私は興味本位で聞いただけなのにコック長の女の子に2時間もその錬金術とやらについて説明された。

 

 店主の客を客とも思わない態度や不定期に休みがある事等を除けば王国随一とも言えるお菓子屋なのではないかと個人的には思う。現に店員の態度が悪くても店は盛況している。店内では店の中で食べる客がたくさんいて、それが出来ない人はテイクアウトをしている。

 

 しかし私はそれすらも魅力的に思う。店と客が密接となり、距離感が近く遠慮をしなくていいこの店は、私の心をゆっくりと溶かしていく。

 

 私は今日も心を癒すため、スウィート・ディーラーに入ると、カランコロンという小気味の良いドアベルの音が聞こえた。

 

「サビターッ!営業中は酒飲むなって何度言ったら分かるんじゃ!!」

 

 コック長のライラさんが店主であるサビターさんを怒鳴りつけている。私のすぐ隣にいるサビターさんはライラさんに注意されたがそれでも瓶の酒を飲み続けている。非常に酒臭く、匂いだけでこちらも悪酔いしそうだ。

 

「いいんだよ。だって俺億万長者だし!ヒャハハ!」

 

 サビターさんが謎の自慢をすると、キッチンからライラさんの助手であるタマリさんが飛び出てきてサビターさんの頭を思いきり叩いた。

「イデアッ!?」

「お師匠さんからの伝言。要らんことをペラペラ喋るな」

 

 タマリさんにそう言われるとサビターさんは黙り込んで何も言わないまままた酒を飲み始めた。キッチンから「だから酒を飲むなといっておろうに」とライラさんの大きな小言が聞こえた。

 

「いらっしゃませ」

 

 ここのお店の紅一点であるアリーシアさんが私に微笑みながら歓迎の言葉をかける。彼女だけ私達客に対してやわらかい態度で接してくれる。

 

 今日はどのお菓子にしようものか。私は紅茶に合うお菓子はなんでも好きなので特別食べたい物がない。

 

 私はショーケースに並べられたスイーツを眺めながら決めあぐねていると、サビターさんが私の肩を組んで来た。

 

「おい、さっさと決めろよ。こっちも暇じゃねぇんだ」

「サビターさん。仕事中ですので飲酒はやめてください……」

 

 サビターさんはぶっきらぼうに私に言った。アリーシアさんも飲酒をやめるよう言ったが、むしろ浴びるように飲み始めた。彼は元々私達客に対して礼儀と言う物を弁えない。最初はたどたどしい敬語を使っていたのだが、最近に至ってはもはや無法者というレベルにまで酷くなっている。

 

 だが私はそれでもかまわない。おそらくお店ではこういうキャラでやっているのかもしれないし、彼の遠慮しない態度は嫌いではないのだ。

 

「はは、ここのお菓子は美味しいのでいつもこうやって長考してしまうんですよ」

「そういうのは俺じゃなくてアイツに言えよ。飛んで喜ぶぞ」

 

 そう言ってサビターさんはキッチンで鋭意スイーツ制作中のライラさんに親指を向けた。

 

「オイチビ女!このおっさんがお前の作るお菓子美味いってよ!」

 

 サビターさんがキッチンに向かってライラさんに言うと、

 

「ばっ、バカモン!ワシのお菓子は国一なのは当然じゃろが!」

 

 ライラさんは「当然じゃ当然!」と付け加えるように言っていたが、声色が高くなって上擦っていた。あまり素直な人じゃないのかもしれない。

 

「うーん、どれにしようかなぁ……」

 

 私は未だにどれを食べようか迷っていた。そうだ、ここはひとつサビターさんに聞いてみよう。もしかしたら何かおすすめを教えてくれるかもしれない。

 

「すみません。今日のメニューで何かおすすめはありますか?」

「勧められるものなんかねぇよ。どれも同じだからさっさと決めてさっさと帰れ」

 

 これは手厳しい。しかし裏を返せば『ウチのお店のスイーツはどれも全部美味しいよ』という意味でもある。ふふ、サビターさんも中々どうしてツンデレなんだ。

 

「何笑ってんだお前。面白いモンでもあったのか?」

 

「いえ別に」

 

 私は笑顔で何でもない風に言った。そうだな、今日はシンプルにいちごタルトと紅茶の組み合わせにしよう。いちごタルトはものすごい人気で、なかなかありつけなかったが、最近はブームが落ち着いてきたのか、供給が足りて来たのか、すぐに売り切れとなることはなかった。よしいちごタルトにしよう。うん、それがいい。

 

「すみません。いちごタルトと紅茶を……」

 

 私が注文しようとガラスのショーケースをチラリと見たら、あと一つ余っていたいちごタルトが消えていた。そしてふと隣を見てみると、もちゃもちゃと咀嚼音を立てながら私とほぼゼロ距離の近さで真顔でいちごタルトを食べているサビターさんがいた。

 

「…まさかお前、もしかしてこのいちごタルト食おうとしてたのか……?」

 

 サビターさんはもちゃもちゃと音を立てながら私に聞いた。

 

 なんと、サビターさんが最後のいちごタルトを食べてしまった。

 

「それで最後ですか?」

「あー……そうだ、な」

「そうですか……残念です」

 

 どうやらこれで今日の分は最後だったらしい。いちごタルトのブームは過ぎ去ったとはいえ、美味しくて人気なのは依然変わらない。

 

 サビターさんはバツが悪そうに私を見た。何か罪悪感を感じていたのだろう、そして何か考えでも思いついたのか彼はキッチンをチラリと見ると、

 

「…ちょっと待ってろ。すぐ戻る」

 

 そう言ってキッチンの中へと入っていった。

 

 サビターさんが入ってからキッチンの中ではライラさんの怒号が鳴り響いた。「客の物を食べるな!」とか、「オーナーが何しようが勝手だろうが!」とか、凄まじい声量で怒鳴っている。

 

 

 

 しかし、これもまたこの店のよくある日常風景なのだ。周りを見てみると、店員の怒号が響き渡っているのに、私意外の客達はのほほんとした穏やかな表情でスイーツの舌鼓をしている。

 

 

 

 やがて口論が終わると、店内には静寂が再び訪れ、キッチンからサビターさんが戻って来た。

 

 

 

「おい、お前名前は?」

 

 

 

 サビターさんは私に向かって名前を聞いてきた。私の名前を聞くなんて一体どういう風の吹き回しだろう。

 

 

 

「ミラノですが…」

「お前今時間あるか?」

「ええまぁ」

「じゃあ椅子に座って待ってろ」

「はぁ……」

 

 私は何のために待つのか聞こうとしたが、サビターさんは再びキッチンに入って行きまたもやライラさんと何かを話し合っているのが見えた。

 

 ここの店はキッチンの作業風景が見れるようにガラス張りにしているので何をしているのかが分かる。そして、何かを錬金術で作っていることも。

 

「てめぇ!それは俺のチョコレートケーキだ!」

 

 突然、店内にて男の怒号が聞こえた。

 

「知るか!これは元々俺んだ!」

 

 怒った男の言葉に煽るかのようにチョコレートケーキを強奪した男が言った。

 

「テメェ…!塩顔の癖に一丁前にチョコレートケーキなんか頼みやがって……!それは俺に相応しいから寄越せってんだこの野郎!」

「芋みてぇな顔してる分際で甘党ズラしてんじゃねぇぞこのスカタンが!それは俺のモンだ!とっとと返せ!」

 

 店内にて、大の男二人がチョコレートケーキを巡って喧嘩を始めていた。スウィート・ディーラーではこういうことがたまにある。客層は様々で上級クラスの貴族が来ることもあればこういったスラム街に住んでいそうな人達までもがこの店にやって来る。

 

「まぁ、チョコレートケーキ一つであんな喧嘩までして。みっともないですわ……」

「全く、君の言う通りだ。ところで、よそ見をしているということはこのマドレーヌは要らないと言う事だね?これは僕が貰うよ」

「オイオイ、見ろよ。みっともない。ケーキ如きで喧嘩なんて。この店の民度も程度が知れるな。おい、そのプディング要らないのか?だったら俺が貰うぞ」

 

 客達は他の客の失態にげらげらクスクス笑いながらも虎視眈々と他人が食べているスイーツを狙っていたりで、殺伐とした空気が漂っていた。それにしてもここの店、客層が最悪である。

 

 その雰囲気を楽しむために、私はコーヒーをアリーシアさんに頼んだ。彼女は困ったように笑いながら私にコーヒーを置き、他の客達の暴動を諫めようとしていた。

 

「お前は一回死ななきゃ分かんねぇようだな!塩顔野郎!」

 

 喧嘩をしていた男の一人がフォークを握って威嚇した。

 

「そんなちんけな武器で俺を殺せるとでも?やってみろやジャガイモ野郎が!」

 

 今度は自前のナイフを出す男までもが現れてしまった。段々と穏やかな雰囲気ではなくなってきた。

 

「お客様、店内で騒ぎを起こすのはおやめいただけますか?」

 

 アリーシアさんが彼等の間に割って入り、場を収めようとする。しかし、彼女の言葉を素直に聞こうとはしない二人を見て、アリーシアさんは「ハァ」とため息をついた。どうすればこの二人を止められるのか、やはり優しいアリーシアさんではだめなのか、私はそう思っていると、サビターさんが立ち上がり、二人に向かってズカズカと近づいてきた。

 

「ああ?何だ?こっちはな、大事な話をぶごぉ!?」

「うおっ!?何してんだアンタ、えっ?お前店員だろぼふッ!?」

 

 サビターさんは何も言わずに塩顔さんの頭をテーブルに叩きつけ、じゃがいもさんの鼻の穴に二本指を突っ込んで壁に向かって投げつけた。

 

「俺の店のなかで静かに出来ない奴ァ、死あるのみだ」

 

 サビターさんはじゃがいもさんと塩顔さんが奪い合っていたチョコレートケーキをフォークで刺して口に運び、彼等が飲んでいたコーヒーを飲み干した。あまりにも傍若無人な振る舞いに、店内の客達が青冷めた表情でサビターさんを見ていた。

 

「ア、アンタが一番騒いでただろ…つか俺のチョコレートケーキ……」

「店員の癖に昼間から酒飲んで……俺達客は神様だろうが……」

「違う。神はお前ら客じゃねぇ。この店の神は経営権を持ち、店員(奴隷)を従えるこの俺だ」

 

「な、なんて奴だ……」

「お、お前は神なんかじゃねぇ……悪魔だ」

 

 恐ろしや恐ろしやと恐怖する客達。そしてサビターさんはそんな客達に対し、意にも介さず高々と嘲るように笑う。

 

「ヒャハハハハハハハ!お前らの食ってるスイーツも俺の機嫌次第ですぐに喰えなくしてやってもいいんだぜ!?そりゃ困るよなぁ!?つまり!俺こそが神だろうが!いいかテメェら、俺の店のスイーツを喰いたかったらなぁ、黙って喰って金を吐き出す俺の養分になりゃい──」

 

 サビターさんが最後まで言いかけた時、突然彼は白目を向いて「あひい」と間の抜けた声を出して地面に倒れ伏した。

 

「あまり囀らないで下さい。お客様のご迷惑になりますので」

 

 サビターさんの首根っこを掴みながらアリーシアさんが冷血な目で一人静かに呟いた。サビターさんはいつの間にやられていたのか、白目を向いて舌をだらんと垂らしながら気絶していた。死んでいる、わけではない…はず。

 

「ここにいるのは、私達のお店の商品を気に入って楽しんでくださるお客様と、それを生産し、販売する店員の私達しかいません。ここには神も悪魔もいませんよ。もし必要なら、私がどちらにでもなりますが」

 

 眼鏡を掛け直し、不敵に嗤ったアリーシアさんを前にして、店内の客達は全員黙って俯いて各々のお菓子を食べ始めた。

 

「…あら?いい匂い……」

 

 店の中の匂いが変わった。元々ケーキやお菓子の鼻をくすぐるような甘い匂いで満たされていたスウィート・ディーラーだったが、別の匂いだった。

 

「凄く良い香り……ライラさんとタマリ、一体何を作っているのかしら?」

 

 アリーシアさんも匂いに釣られて鼻腔を動かす。彼女も知らないということは、何か新しいスイーツを作っているということだろうか。しかも予告もせず。

 

 改めて匂いを嗅いでみると、爽やかで甘酸っぱい匂いだ。眠くなるような甘い匂いだった店内が、今は目が覚めるような爽快さのある香りで包まれている。全てキッチンから出ている。

 

 一体何を作っているんだ?私はキッチンに目を向けた。ふと周りを見てみると全員がキッチンに注目していた。やはりこの店に足繁く通っているから新作が気になるのだろうか?全員の目が迸っていた。

 

 

 

「完成〜!」

 

 ライラさんの明るい声が聞こえた。彼女は基本的にサビターさんに対しては怒りん坊だが錬金術でスイーツを作っている時は柔らかな雰囲気になる。笑顔でわざわざ作ったスイーツをキッチンから持ってきた。

 

 香りの正体はブルーベリーだ。ブルーベリーのタルトだった。バターの甘い香りのするタルト生地に爽やかな香りのブルーベリーがゴロゴロと乗っている。

 

「先程はウチのバカがすまなかったの。お主がいちごタルトを食べたかったと言っていたみたいだが、お生憎様キングいちごを切らしてしまってな、代わりにと言っては何だが採れたて新鮮なブルーベリーを乗せたタルトを作ってみた。勿論タダで良いぞ」

 

 ライラさんはそう言って私のいるテーブルにブルーベリーのタルトを乗せた。近くで匂いを嗅ぐとフルーツ特有の爽やかな香りとタルト生地の甘い香りで私の食欲は更に刺激された。

 

 ご厚意に与って早速頂こう。

 

 まず私はフォークを使ってブルーベリーが乗ったタルト生地を一口分に切断した。そして私はそれをフォークで刺し、口の中に入れる。

 

 すると口の中では優しい甘味が口の中でジンワリと広がった。しかしそれだけじゃない。甘味だけでなくブルーベリーの程良い酸味と爽やかな匂いが鼻の奥を駆け抜けて行く。甘味と酸味のハーモニーが私の舌と鼻腔の中で奏で合っている。

 

「いやぁ……美味しいなぁ」

 

 私は心の底から思った事をしみじみと感慨深く呟く。

 

 その私の言葉に大変満足したのかライラさんは「ふうん」はなを鳴らし、自慢げな表情になっていた。

 

「ず、ずるい!私も食べたいわ!」

 

 一人の客が堰を切ったかのように叫んだ。

 

「俺も!俺も食べたいぞ!」

 

 次々とこの店の客達は「俺も!」「僕も!」「私も!」と求め始めた。その求めに対してサビターさんはうるさそうに耳を塞ぎ、アリーシアさんはあたふた慌て、タマリさんはぼーっとし、ライラさんは居れ思想に頷く。

 

「ハイハイ、全く欲張りな子豚ちゃん達め。そんな哀れな子豚ちゃん達をワシは決して見捨てたりせん。今は鋭意制作中である。出来次第販売してやるからせいぜい金を落とすがよい」

 

 ライラさんの言葉に店内の客全員が歓声を上げる。中には奇声を発している者までいた。そうそう、これこれ。この空間が好きで私はここにきているんだ。

 

 私は更にブルーベリーのタルトを食べ進める。彼等にあてられたのか、それとも私の食欲が活性化してきたのか、私はタルトを一気に平らげてしまうと、追加で更なるケーキの注文した。

 

「すいません。追加で注文を頼みたいのですが……」

「はい!ただいまお伺いします!」

 

 アリーシアさんが笑顔で応対し、再び店は活気になる。

 

 そうだ。そうだった。私は他の店では味わえない、この店の、この店だけの客にも店員にも忖度の無い、誰もが笑顔で食事を楽しめるこのスウィート・ディーラーという店が好きなのだ。

 

 私はその後、追加注文したケーキを食べ終わり、会計で精算を済まして店を出た。アリーシアさんの「ありがとうございました」という感謝の言葉と、ライラさんの「また来るのじゃぞ」という粋な言葉、タマリさんの「……」という言葉は不要という粋な心、そして──

 

 サビターさんの気絶したアホ顔が私をまたこの店に誘うことはもはや言うまでもないだろう。私は今日も満足し、仕事をがんばろうと前向きな気持ちを胸に、家路へと向かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。