(法を)お菓子屋さんへようこそ!   作:新田トニー

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第36話 え?全部ですか?正気ですか?

 

 ジョニー・ニーニルハインツは書類仕事に追われていた。

 組織の頭であれば、ただ剣を振る以外にも仕事は山ほどある。

 始末書報告書依頼書…他にも様々な書類があるが、ジョニーは何ともつまらない、と言った表情でそれらに目を通し、サインを入れる。

 

「ジョニー団長、入るぞ」

 

 ノックと共にジョニーの仕事部屋に入って来たのはナックルとその部下、ヒンジだった。

 鉄塊のような大きな腕が特徴的な彼はドアをノックするのにも力を慎重に制御せねばならなかった。

 

「ナックル、今日は扉を壊さなかったな。偉いぞ」

「団長、やめてくれよ。俺だって結構気にしてんだ」

「悪かったな。それで、何か用か?」

 

 ジョニーはからかうようにナックルに言うと、ナックルは「あぁ」と思い出すように声に出した。

 

「経過報告だ。最近のサビターは犯罪行為を働いていない。真面目に店を経営しているようだ。客がすげぇ入って繁盛してる。俺もこっそり部下のヒンジに買ってきてもらったハーブの効いたケーキ食ったけどよ、めちゃくちゃ美味かったぜ。ありゃ行列も出来る」

「めちゃくちゃ美味かったですよ!」

「そうか。なら今度俺の分も買ってきてくれないか?俺が行くとより民衆に注目されてしまうからな」

「はい!分かりました!」

 

 サラッとそんなことを言うジョニーに「そいつぁ違ぇねぇ」と笑って同調するナックル。

 だが彼の部下は何か不安要素があるような、含みのあるように見える。

 

「どうした?ヒンジ?」

 

 ヒンジは声をかけられ、ハッと前を向く。

 

「あぁいえ、少し考え事を……」

「なんだよ。なんか心配事でもあるのか?良かったら聞くぞ?」

「そうだ。団員の悩みは団長の悩みでもある。遠慮することはない」

 

 ジョニーとナックルが優しくヒンジに語り掛ける。

 ジョニーもナックルも強面だが他人に対しては嫌な態度を取ることは基本的にない。

 あるとしても気心が知れた悪友に対してだけだ。

 

「サビターさんの事なんですけど……」

「?サビターがどうかしたのか?」

「またアイツ俺達の知らないところでなんか事件でも起こしたのか……」

「あぁ、違うんです。ただ、街で噂になってるみたいです。サビターさんがギルドを追放されたって」

 

 ヒンジの言葉にジョニーとナックルは口をつぐんだ。街に凱旋してサビターを追放した、と大きい声で広めてはいない。だが辞めたのは事実で、他のニーニルハインツのギルド団員が酒の席でうっかり口を滑らせたのかもしれない。あの問題児のサビターが遂にギルドを追い出されたぞ、と。

 

「俺、入って一年しか経ってないですけど、結構サビターさんには良くしてもらってて。でも多くの人達から恨みを買ってる、なんて事も聞かされたんです。ギルドの後ろ盾が無くなった今、あの人大丈夫かなって…思ったんです」

 

ヒンジの言葉を聞いて黙っていたジョニーとナックルはお互い顔を見合わせた後、吹き出した。

 

「えっ!?俺なんかおかしいこと言いました?」

 

 何故笑っているのか理解できないヒンジはジョニーとナックルに問いかける。

 だが彼等はただ笑うだけだった。愉快そうに、楽しそうに。

 

「あぁ悪い悪い。小さい悩みでよかったなって安心しただけだよ。蟻んこくらい小さい悩みだな」

「そうだな。本当に小さい、些細な事だ」

 

 ヒンジは彼らが何故ここまで安心しているのか分からなかった。

 問題行動を起こし過ぎてクビにされたとはいえ、あまりにも軽んじていないか、とヒンジはほんの少し猜疑心を感じてしまった。

 

「いや、勘違いしないでくれ。俺はサビターを心配してないわけじゃない。君はさっきも言った通り入って一年だな?なら知らないのも無理はない」

 

 ジョニーは訂正するかのように言う。

 椅子から立ち上がり、ヒンジの近くに寄った。

 

「サビターはな、不死身なんだ」

「不死身?それって比喩ですか?それとも……」

「両方、と言えばいいかな。俺とこのギルドを立ち上げてから、これまで俺とサビターは戦場で何度も死んでもおかしくない場面があった。だが奴は必ず俺の隣に立っていた。むざむざ死にに行くような俺に文句を言いながら20年も一緒にいたんだ。今更、寿命以外で死ぬとは思えない」

「そうさ。悪運の強さもそうだが、奴の身体には秘密があるんだ。絶対に死なない秘密がな。だが、それは同時にアイツの身体と精神を──」

「ナックル」

 

 ナックルが何か気になることを言おうとした時、ジョニーが首を横に振ってそれを制止した。

 

「確かにちょっと喋り過ぎた。すまない団長」

 

 ナックルも何か言ってはいけない事を思い出したかのように手を口に当てた。

 

「何の話ですか……?」

「悪いな。中途半端に聞かせちまって。だがこれはジョニー団長とその幹部しか教えられねぇ。もし知りたかったら、幹部になれるよう頑張んな。それじゃ団長、俺達はこれで」

 

 そう言ってナックルはヒンジと共に部屋から出て行った。

 

 再び書類の山に囲まれ一人になったジョニーは机の上にあった写真立てを手に取る。

 そこに映っていたのはいつかの在りしニーニルハインツギルドの全団員の集合写真だった。

 時代が少し古いからか、写真は微妙に色褪せ、ジョニーも幹部達も今より若かった。

 

 ジョニーはその写真の中のサビターの隣にいるある一人の女性を集中した。

 女性は黒に近い紫色のとんがり帽子に身体全体を覆う包むようなローブを着た魔法使いの女だった。

 

「セアノサス……お前は今どこに居る?」

 

 ジョニーはかつて苦難を共にした昔の仲間の事を思い出していた。彼女を忘れないために。

 

『セアノサス!どういうことだ?いきなりギルドを抜けるだなんて。事情だけでも聞かせてくれないか?』

 

 ジョニーはギルドハウスから去ろうとするセアノサスを追いかけ、声を掛ける。

 その時の彼女は、今にでも消えてしまいそうな儚さがあった。

 

『私、あの時サビターさんが死にそうになってたのに何もできなかった』

 

 あの時彼女は、サビターのすぐ傍にいた。

 サビターが仲間を庇って敵の爆弾をまともに喰らい、脳を半分吹き飛ばされたところを彼女は目の前で見ていた。

 

 最愛の人が冷たくなり、死体となって動かなくなる瞬間を彼女は()()()目撃している。

 それは彼女にとって、二度と繰り返したくない悲劇だっただろう。

 彼女は必死に何度も回復魔法を唱えた。

 最高難度の回復魔法を何度も、何度も。

 しかし、最終的には彼女が彼を救うことはなかった。

 

『今のままじゃダメなんです。今の私じゃダメなんです。もっと、強くならなきゃ……』

『あの時の君は最善を尽くした。君の力があったからアイツは一命を取り留めた。今や君以上に回復魔法を使いこなせている魔法使いはいない。君はよくやってる。君がすべてを背負って神や仏になる必要はない』

 

 ジョニーはセアノサスを引き止めるために説得しようとしたが、彼女は困ったようにニコリと微笑む。

 

『いいえ、それは違いますよ。団長。私はあの日、サビターさんに勇気をもらってから、私はあの人の隣に立って支えるために頑張ってきました。ですがサビターさんを救ったのは私じゃない。あの力です』

『……錬金術か』

 

 ジョニーの言葉にセアノサスは黙ったまま縦に首を振る。

 

『私の魔法じゃ私が救いたい人達は救えない。もっと、もっと力が欲しいんです。大事な人を守る力が』

 

 セアノサスの言葉にジョニーはこれ以上何も言えなかった。

 もう彼女はジョニーを見ていない。

 彼女の目の中に宿るのは際限のない未知の力への渇望。

 彼女はジョニーにもニーニルハインツギルドにも振り返ることはなかった。

 

 そしてセアノサスは今日までジョニーに姿を見せていない。

 

「……もう、時間はあまり残されていないようだな」

 

 机の上に飾ってある集合写真立てを指でなぞりながら、ジョニーは呟く。

 

「セアノサス、今度は君がサビターを救うんだ。

 …手遅れになる前にな」

 

 ジョニーはただ一言、誰もいない部屋の中で呟き、再び椅子に座って書類仕事を始めた。

 

 

 

 

⭐︎

 

 

 

 

「お前さ、何かあったら俺の事気絶させるのやめてくれない?」

 

 俺はアリーシアに向かって不満を漏らした。

 

「え?でも大体サビターさんが原因じゃないですか…?」

「人のせいにするなァッ!」

「うわっ情緒不安定過ぎ」

 

 俺は地団駄踏んでアリーシアに憤慨する。

 コイツ、最近俺に慣れてきたのかすぐ反論してきやがる。

 

 しかも手がつけられない、言葉では解決できないと分かった途端直ぐに手を出して来るときたもんだ。

 

「でもお主が悪いのは明白じゃろ」

「じゃろ」

 

 ライラとタマリがアリーシアサイドに立った。このクソミソ共が……!調子に乗りやがってよ……!

 

「なぁ、最近俺に対する扱いが雑じゃねぇか!?俺を敬えよ!崇め奉れよ!俺はこの店のボスだぞ!?」

「ワシとタマリがいなければお主はただのカカシじゃろ」

「それにサビターさんが働いていない間私1人で会計と注文を伺ってるんですよ。貴方のどこがボスなんですか?」

「ふふ、信頼のないボス」

 

 3人共俺を見もしないで爪を弄ったり本を読んだりしながら俺と話していた。

 

「こ、この恩知らず共が……!」

「それはお主(貴方)(サビター)じゃろ(ですよ)(だよ)」

「あああああああッ!!もう今日という今日は勘弁しねぇ!テメェら全員俺が躾けてやるよ!」

 

 俺は完全に頭に来て拳を振り上げて3人に飛びかかる。

 

するとまず、ライラが読んでいた分厚い本を俺の口にぶち込んだ。

 小さい身体とは思えない膂力と腕力で俺の歯は全部折れた。

 

 そしてアリーシアは俺の下半身の秘孔を集中的に狙い、指で何発も打ち込んだ。

 側から見たら指でツンツンされただけのように見えるが、俺の身体には想像を絶する苦痛が下半身を走り回り、俺は悶絶する。

 そして最後にタマリは床に寝転んで苦痛に喘いでいる俺の顔に筆ペンで落書きをした。

 

 結論、コイツ等は強過ぎる。

 歴戦の傭兵である俺を赤子の手を捻るように叩き潰した。アリーシアは暗殺拳法の寺出身のプロの殺し屋だし、ライラはあの強そうなストロベリーナイトをボロボロになるまで追い詰めた。タマリは知らん。

 

「あなたも懲りないですね。勝てないのにどうして立ち向かうんですか?」

「コイツはそういう奴なんじゃ。頭が悪くて自分の都合の悪い事は忘れ、死ぬまで自分が気に食わない存在に歯向かう反骨精神の塊のような男じゃ」

「つまり救いようのないアホってこと?」

「そうじゃ我が弟子」

 

 コイツ等好き放題言いやがって……!ステゴロじゃまるで歯が立たねぇ。

 しかもライラ、コイツに至っては謎に包まれてる。錬金術しか取り柄がないと思ったら戦闘面に於いても俺より勝ってる。

 

 俺は果たしてコイツらの手綱を握って馬車馬の如く働かせることができるのか、答えはノーだ。

 

「それにしても……」

 

 アリーシアが窓に顔を向けて呟く。

 

「今日はお客さん、来ませんねぇ」

 

 曇天の雲の中でドカン!と音を立てながら閃光が鳴る。

 今、王国内は空前絶後の雨模様だった。

 雨は洪水のように土砂降り、風は台風が突撃し、小さな竜巻を起こしている。

 雷は言わずもがな、腹の中まで突き刺さりそうな轟音を鳴らしていた。

 まるで神様が女に振られて癇癪を起こしているような、そんな感じで酷い荒れ模様だった。

 

「もう看板ひっくり返そうぜ。今日は誰も来やしねぇよ」

「いやでも今日は営業日ですし、勝手に休みにするのは……」

「ここの店長である俺が言ってんだ。命令は絶対だろ」

「平の店員に勝てない店長が命令ですか。随分と強気ですね」

「このクソアマが……!」

 

 マジでこの女生意気だな。一回本気出してひん剥いてやろうか。

 俺がそんなことを夢想している時だった。

 ガチャリ、と店のドアが開いた。

 

「いらっしゃいませ〜。お一人ですか?」

 

 アリーシアが直ぐに店員モードとなって営業スマイルを見せる。

 あまりの身代わりの速さに俺はギョッとした。

 

「ああ」

 

 男はそれだけ言って、ずぶ濡れの黒い外套を脱ぐ。

 なんて大きさであろうか、背丈は俺がライラを肩車したようなサイズだ。

 

「何に致します?」

「このガラスの中にある奴全部くれ」

「え」

 

 男の注文にアリーシアは一瞬固まり、俺とライラを見た。

 ガラスの中、つまりショーケースの中に保存してあるお菓子達は客が1人も来ていないせいで一つも減っていない。

 アリーシアは「どうしますか」とでも言いたげな困った表情で俺とライラを見る。

 

「……」

 

 大男は無表情なまま返事を待った。

 冗談で言っているわけではなさそうであるのはなんとなく分かった。

 

「アリーシア、何してる?さっさとケースの中からスイーツを出せ」

「え、ええ?は、はい!分かりました!」

 

 アリーシアは俺の言葉に若干驚きながら急いでショーケースの中にあるお菓子達を外に出す作業に移った。

 

 せっかく天変地異にも匹敵しそうな天候の中来たのに、冗談言ってんじゃねぇ出てけ!なんて言ってケツ蹴り上げるのも可哀想だと思った俺は大男の望む通り全てのスイーツをご馳走させてやることにした。

 

 これが、4人目の従業員、アルカンカスとの初めての出会いであった。

 

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