(法を)お菓子屋さんへようこそ!   作:新田トニー

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第44話 宴の後

 

『お前など殺す値打ちもない』

 

 クレインはそう言ってヴァンガードへ背を向ける。

 

 クレインは彼から武器を奪い、誇りを奪い、そして生殺与奪の権も奪い取った。

 

『…ックレインンンン!!!』

 

 ヴァンガードはぞんざいに扱われ、屈辱を与えられたことにより激昂して立ち上がり、クレインに再び攻撃を仕掛けようとした。

 

 だがその時、ヴァンガードの立っていた大地の地盤が崩れ始め、彼の足元は不安定な状態になる。

 

『…しまっ──!』

 

 ヴァンガードの足場はついに崩壊した。戦闘で負傷し、体力が落ちた身体ではもはや脱出は叶わず、ヴァンガードは溶岩へと落ちる。

 

『ヴァンガード!』

 

 だがそんな彼の手を、クレインは掴んだ。彼は自分のライトブレードを投げ捨て、ヴァンガードの元へと一目散に駆けつけた。

 

 彼の腕をギリギリのタイミングで掴み、マグマに落ちる事は防げたものの、お互い傷だらけで体力も落ちていた状態で引き上げることはすぐには出来なかった。

 

『お前も一緒に死ぬつもりか!?慈悲など無用だ!早く手を離せ!』

『離すものか!どれだけ堕ちてもお前は俺の友だ!絶対に死なせん!』

 

 クレインは鬼気迫る表情でヴァンガードのを引き上げようとする。

 

 しかし、火山の噴火とそれに呼応するかのように地震が大地を震わせ、崩壊のプレリュードを奏でる。

 

『ぬううううう……!うおおおおおおお!!』

 

 クレインは苦悶の表情を見せながら最後の力を一滴残らず絞り切るように力を込めてヴァンガードを引き上げる。

 

 クレインは力が余って強く引き上げてしまい、宙を浮かび、地面に叩きつけられるヴァンガード。

 

 ヴァンガードは頭を打ち、数十秒意識を失った。

 

『…ハッ!?』

 

 そして意識を取り戻し、起き上がるヴァンガード。彼は溶岩に沈む事なく、クレインのお陰でその命を終えることはなかった。

 

『…お前に助けてほしいなど頼んだ覚えはないッ!あそこで俺を死なせれば俺は英雄になれたんだ!この偽善者がァッ!』

 

 ヴァンガードは振り返らずクレインに向かって怒声を上げた。

 

 だが、クレインからの返事は来ない。地響きと火山の噴火の音だけが聞こえるだけだった。

 

『クレイン……?』

 

 ヴァンガードはクレインの名前を呼び、振り返る。しかし、彼はいなかった。代わりに、彼のライトブレードが地面に転がっていた。

 

『…まさか……!?』

 

 ヴァンガードは気付いた。先程までクレインが自分の腕を掴んでいた場所が削り取られているかのように消えていた事を。

 

『クレイン…お前……』

 

 ヴァンガードはヘルメットを脱ぎ、素顔を晒す。黒い長髪が舞うように現れる。

 

 そして立ち尽くし、辺りを見回す。

 

 誰も、いない。いるのは自分一人のみ。

 

 そしてクレインの代わりにあったのは彼の使っていたライトブレードだけだった。

 

 地鳴りと火山の轟々とした怒りのような噴火の音、そして、絶望だけがヴァンガードの周りを固めていた。

 

 

 …………

 

 「またあたまにものぶつけられてる。あっ、アリーも混ざりに行った」

 

 サビターが冒険者ギルドの傭兵連中に喧嘩を売り、そしてアリーシアもへべれけな状態で喧嘩に参加して行った。

 

 サビターは殴り殴られ一対多数の状態でなんとか踏ん張り、対してアリーシアはのらりくらりと傭兵達のパンチや蹴りを躱しながら的確に秘孔を突いていた。

 

「おいもっと来いよ!なんだよその眠てぇパンチは!?」

「永遠に寝てろやボケが!」

 

 傭兵に火空の瓶で頭を殴られる。しかし、もはや痛みに慣れたのかそれとも治癒速度が速いのか、今度は倒れずに瓶で殴った男を拳で殴り返した。

 

「あ奴は昔から頭を狙われているのう……」

「昔……?君、アイツとは長い付き合いなのか?」

 

 アルカンカスがライラに懐疑的な表情を向け話しかけた。

 

 彼の言葉にハッとした表情で何かに気づくライラ。まるで何か言ってはいけないことを言った様子で口を噤む。

 

「……あ奴とワシは前世からの付き合い、盟友なのだ」

「そうかい。答える気はなさそうか?」

「ワシは真実を言ったまで」

 

 そう言ってライラはジョッキのビアを飲み干し、新たに入れてもらうよう店員に注文する。

 

 アルカンカスもまたライラと同じ飲み物を注文する。

 

 タマリは夜も更けて眠くなってきたのか、ウトウトしながらジュースを飲んでいた。

 

「しかし、君は本当に不思議だな。見た目は少女なのに成人しているなんて。色々大変だろう?」

「いいや?割と気楽じゃぞ?困ってる時はいろんな奴等が親切にしてくれるからのう。それにこの身体は錬金術の修行の過程でこうなった。元はボンキュボンな身体じゃった……」

 

 ライラは顔を赤くしながらジョッキの中のビアを覗き込む。

 

 しかし、覗き込んでいるのはビアではなく、彼女自身の顔だった。

 

「君は何故、サビターとつるんでいるんだ?」

 

 アルカンカスが話題作りのためか、それとも探りを入れるためか、ライラに話しかける。

 

「奴といれば金儲けと錬金術の研究が捗るからじゃ。奴もまたワシを利用している。ウィンウィンといったところかのう」

 

 ライラは「フフフ」と怪しげな笑いをしながら語り、そしてその言葉に「ふぅん」と胡乱な目で聞くアルカンカス。その目を察したのか、ライラは「なんじゃ」と彼に問う。

 

「いや別に。ただ、サビターは不思議な人間だ。腹に何を抱えてるか知らない人間なんか雇ってこうして酒まで一緒に飲んで、一体何を考えているのやら」

「奴は何も考えておらん。ただその日その日を楽しむためだけに生きている。人生をアドリブで生きているような物じゃ。ワシも奴には散々振り回された」

「よく知っているような口振りだな。まるで10年20年の親友を語るような喋り方だ」

 

 アルカンカスがそう言うと、ライラの顔から微笑みが消えた。

 

「何故かワシは取り調べをされてるようじゃ。お主は尋問官か?」

「いや。ただ酒の肴になる話をしたいだけさ」

 

 アルカンカスはそう言ってビアを喉に流し込む。そして飲み終わった後、ライラの方へと全身を向けて対面するかのような状態になった。

 

「君は何者だ?ライラ?本当に君は君なのか?」

「…どう言う意味じゃ?哲学の授業でもする気かな?」

「いや、先人からのアドバイスだよ。本当の自分を隠す事ほど辛く苦しい生き方はない。もしその生き方を手放せるのなら早々にするべきだ」

 

 ライラはアルカンカスの言葉に押し黙る。

 

「それに、彼が君の大切な人間なら生きている内に真実を話すべきだ。俺にはもう、永遠にそのチャンスは来ない」

 

 アルカンカスはライトブレードを見つめる。クレインに対して深い悔恨を抱いているのは火を見るよりも明らかだった。

 

「…ワシの見立てだが、お主もしやアルカンカスなどという名前ではなく、本当は──」

「さて、俺はもう酔っ払って眠くなってきたし、帰るとするよ」

 

 アルカンカスは立ち上がり、自分が飲んだ分の金をテーブルに置き、ライラの言葉を最後まで終わらせず途中で切り上げた。

 

「そうか、気を付けて帰るんじゃぞ」

「ああ、また明日な」

 

 アルカンカスはそう言ってアスホーの酒場から出て行った。タマリは既にぐっすり寝てしまい、アリーシアとサビターはいつの間にか他の客と仲良く酒を飲んで泥酔していた。

 

 ライラは一人で酒を少しずつ飲み、時間を潰していた。

 

 そして数時間後、遂に酒場から「出て行けこのロクデナシ共が!」というありがたい労いの言葉と共に、客達はつまみ出された。

 

 傭兵達はその場で吐いたり、道で寝落ちしたり、宿へ帰ったりと各々行動を開始した。

 

「うおろろろろろろろっろろろろおろおろ!」

 

 サビターも出てきたすぐ傍でゲロを吐き、嗚咽を垂れ流す。

 

「それじゃあ、解散しましょうか。楽しかったです、久しぶりに大騒ぎ出来て。うぷ……そ、それでは早速で悪いですが私はタマリと一緒に帰ります!」

 

 そしてサビター達はうつらうつらとしながらもその場で解散した。アルカンカスは先に帰り、アリーシアは青い顔をしながら寝ているタマリをおぶって帰り、サビターは泥酔して起きないでいるライラの頬を指で突っつきながら起こそうとする。

 

「うぃ~~~ライラ~~~?起きろ、もうおしゃけパーティーは終わりだぜ?起きろよ~~~」

「う…ん……」

 

 サビターの呼びかけにライラは生返事をしながら答える。

 

 仕方ない、とサビターはライラをおぶって帰ることにした。

 

 ライラの家は以前行ったことがあるおかげで何処にあるのかは把握している。

 

 サビターはライラを背中に乗せて彼女の家路へと向かう。暗かった夜空から一筋の光が差し込む。もう少しで太陽が昇る。

 

「もう朝日を拝むことになるとはな、今日は店じまいだ。うん。それがいい」

 

 サビターは自分に言い聞かせるように何度もうんうん頷きながら歩く。

 

「サビター…さん……」

 

 サビターの背後でおぶられていたライラが、ポソリと口を開く。

 

「なんだぁ?もう少しで着くから大人しく待ってろ。ああ今日は店に来なくていいぞ。頭痛と吐き気を抱えたまま錬金術なんかやられちゃあたまらねぇ。釜の中にゲロ吐かれたら困るぜ。バイオハザードが起こっちまう。ていうか、なんで俺にさん付けなんだ?気味が悪いぞ」

 

 サビターは笑いながら言う。しかしライラは反応を示さない。寝言で俺の名前を呼んだだけか、とサビターは一人ごちる。

 

「こん…どは…わたしがあなたを助ける……から……」

 

 ライラがポツリポツリと言葉をこぼす。彼女の言葉は、いつもの尊大な老人言葉ではなく、普通の女の子のような喋り方だった。

 

「だから……わたしの前から…消えないで……お願い……」

 

 ライラはそう言うと、涙を流しながら眠る。寝言はこれ以上は紡がれず、再び沈黙が続いた。

 

「…お前は出会った時から変な奴だとは思ってたぜ。何隠してるか俺は知らねぇけど、いつか話したい時が来たら言えよ。いつでも聞いてやる。そして何より……」

 

 サビターはカッコつけるようにニヤリと笑いながら

 

「俺は不死身だ。お前の前から消えやしねぇよ」

 

 安心させるように囁く。

 

 その言葉を聞いていたのかいなかったのか、それは定かではないが、ライラもまた微笑みながら彼の背中で眠っていた。

 

 いつの間にか太陽は雲の隙間を掻い潜り、暖かな光をウィルヒルへ向けて照らしていた。

 

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