(法を)お菓子屋さんへようこそ!   作:新田トニー

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第53話 それまではお別れです

 

 俺は今、自分の家のシャワー室で身体にまとわりついた汗や汚れを落とすためにシャワーを浴びている。熱い水を浴びていると身体の澱みも水と一緒に流れ出ているようで気分がいい。

 

 のだが……

 

「随分、長くシャワーを浴びてるんだね」

 

 何故かどういうわけか、ライラが俺と同じ空間にいる。シャワー室に2人きりなのだ。

 

「なん、なんでお前俺と一緒に風呂入ってんだよ…!?」

 

 俺が最初に風呂場に入った瞬間、ライラもするりと横から無理やり俺と一緒に入って来た。あまりに一瞬の出来事だったので俺は阻止する事ができなかった。

 

 ライラは先にシャワーを浴びてお湯の入った浴槽にそそくさと肩まで浸かって身を沈めていた。いつものアホアホしい態度ではなく、借りてきた猫のようにおとなしい。

 

「あ、ああ〜シャワー気持ちいいな〜!お、お前もそう思うよな!?あっ、いけねぇ!身体を洗わないとな次は!」

 

 俺は声を上擦らせながらライラに話題を振った。ライラは黙ったまま浴槽からチャパンと音を立てて出ると、俺の背後に立ち、

 

「私が……背中を流そうか…?」

「え?」

 

 ライラがぽそりと蚊の鳴くような声で俺に言った。ここは狭い風呂場で、密室でしかも2人きり。彼女の声が聞こえないはずもなく、俺は言葉の意味を完全に理解する。

 

「えーと、それじゃあ……頼む、ますか?」

 

 俺は言葉を詰まらせて変な言葉遣いになりながらライラに背中を洗ってもらうよう頼んだ。

 

 ボディソープの容器からフローラルな香りがする白濁液を両手で混ぜ合わせ、泡立てた。液体は徐々に大きな泡となり、それをライラは俺の背中に染み込ませるように撫でた。

 

「ふおお!?」

 

 俺は突然のライラの手が背中に当たり、アホみたいな声を出す。

 

 ライラの手つきは普通だ。両手を使って石鹸の泡を俺の背中に広げている。ただそれだけ。なのになんだこのむずがゆい気持ちは!?

 

「背中、思ったよりも大きいんだね……」

 

 ライラが俺の背中を指でなぞりながらぼそりと呟く。それがこそばゆくて俺は更に変な声を出してしまう。

 

「お、お前本当に今日はどうしたんだよ…?マジで変だぞ?」

 

 俺はライラにそう言ったがライラは答えない。ただ俺の背中を指や手でなぞるだけだ。荒目の布を使って擦ってくれてもいるが、どちらかと言うと素手で触られている事が多かった。

 

「20年戦ってきたのに、傷が一つもないんだね」

 

 ライラが俺の背中を手でなぞりながら言った。

 

「ああ、俺の能力が軒並み全部治しちまうからな。便利なモンだが、人間ってのは傷の数だけ人生がある。それが全部無かったことにされちまうのはちと寂しいとは思う」

「……」

 

 ライラはまた黙った。今日のコイツは何を考えているかまるで分からない。しかも今の彼女は標準語だ。

 いつものような老人が使うような言葉を一個も使っていない。

 

 天井から雫が落ち、それが俺の鼻の頭に当たった。

 

 再び気まずい沈黙が訪れる。いつもならここで『残念!ドッキリでした!ワシがお前みたいなクソ野郎なんぞに股を開くわけがなかろうが!恥を知れ恥を!』などと言ってもおかしくないが、いまだにその気配はない。

 

「そろそろ泡、流すね」

 

 そう言ってライラは浴槽に溜まっていたお湯に桶を突っ込み、それを掬って俺の背中に掛け流した。

 

 泡は流れ落ち、水に乗って排水溝に流れ落ちていく。俺の背中は垢が落ち、幾分か見た目が良くなった、気がする。

 

「それじゃあ次はま、前洗うから。こっち向いて……」

「は?」

 

 ライラは俺にありえない提案をしてきた。背中の次は前?前はまずいだろ前は。前には棒と球がぶら下がってるんだぞ?

 

『ああいいぞ。乳首と息子を丹念に洗ってくれ。敏感で汚れがたまりやすいからな』

『わかったのじゃ!ワシが乳首も竿も球も金ピカになるまで擦り上げてやろう!』

『乳首…!?今乳首と言いましたか!?乳首は私が!ライラさんはサビターさんのカシマシさんを担当してください!』

『アイアイサー!』

 

 なんて事を想像したが、全然そういう雰囲気じゃないい。クソ、しかも乳首という単語を頭の中に浮かべたらついでにアリーシアまで現れてきやがった。

 

 乳首という単語を刷り込ませたせいでここまで俺の脳に深刻なダメージを負わせるとは、アイツマジでしばく。

 

「サビター…?」

「はっ!」

 

 ライラの声により俺は正気に戻る。いや、ダメだ普通に断ろう。いつもの俺ながら洗えよと言うが、今の俺もライラと同様まともじゃない。

 

「いや、前は俺が洗う。お前は先に上がれ」

「……分かった」

 

 そう言うとライラは自分の身体にかけ湯をして浴槽から出て行った。アイツの声にどこか残念そうな物を感じた。なぜ残念がるんだ?

 

 俺は身体をささっと洗い、浴槽に身体を埋めてしばらく1分ほど入ってから上がった。

 

 俺は身体についた水をタオルで拭いて取り除き、寝巻きを着る。寝巻きといっての白い半袖と膝丈までの短くて生地が薄い藍色のズボンだ。

 

「ああ〜さっぱりした。やっぱ風呂はいいもんだっ!?」

 

 俺はタオルで濡れた髪を拭いていると目を見開いてギョッとした。

 

「……おかえりサビター」

 

 ライラがいた。ライラが俺のベッドの上にぺたん座り、俗にいう女の子座りでベッドの上にいた。いや、いるのは別に驚きはしないのだが、驚いたのは彼女の服装だ。ライラは普段着ないであろう、青色のネグリジェを着ていた。

 

 部屋は暗めでうっすらとしか見えないが、布の部分が薄く透けていて、服としての機能が疑わしい物だった。肌が全面的に見え、胸部や臀部などの見えてはいけないところも見えそうな服装だった。

 

「お前その服……」

「あっ、これ?持ってきたの。もしかしたらって思って……」

 

 もしかしたらってなんだよ!?こうなる事を予期してたみたいな言い方しやがって!やる気満々じゃねぇかよコイツ!

 

「座らないの?」

 

 ライラはベッドのマットレス部分をポンポンと軽く叩きながら俺に隣に座るよう催促する。

 

「あ、はい」

 

 俺は完全に力が抜けた声で答えると、彼女の隣に座った。俺は少し距離を開けて座ったつもりだったが、ライラはススッと俺の隣に近づいて俺と彼女の腕が当たって密着する距離まで来た。

 

 ライラの服装は改めて見てみるとほぼ裸も同然だった。スカートの丈は膝丈よりも短く、脚なんて丸見え、胸部もほとんど布に覆われておらず、彼女の鎖骨のラインがはっきり見えていた。

 

「そ、そんなにじろじろ見ないでよ……」

「えっ、あっすまん……」

 

 ライラは顔を赤くさせながらそっぽを向いた。

 

 というかなんで俺は謝ったんだ?いつもの俺なら『はぁ~ん?そんな格好して見るなだと?なら俺がお前に見せてやるよ!俺のリトルサビターをなぁ!ヒャッハー!』と言ってチンの棒を振り回していたはずだ。なんで俺は今日和ってしまったんだ?

 

 俺が自分の異常事態に頭を混乱させていると、俺の手の甲に柔らかい物が当たった。

 

「えっえっ?」

「……ッ」

 

 俺の手の甲に触れていたのは、ライラの手だった。彼女の手が俺の手と重なっている。小さな手だ。か細い五本の指先が俺の手の皮膚、表面をなぞり、関節を彼女の指先が伝っていく。

 

「ひゅっ…ひっ……!」

 

 俺はこそばゆく、そして官能的な指使いに変な声を抑えられずにはいられなかった。

 

 ダメだ、俺は頭がどうにかなりそうだった。脳味噌が変になる。ライラの様子がおかしい。いつものアイツじゃない。一体誰なんだお前は!そう言いたかったが言える状況ではない。そんな気がする。

 

 しかしこのサビター、35年というそこそこの時間と経験をしてきた俺にとって、これが何のサインなのかと言うことは完全に理解している。OKのサインだ、YESのサインだ。

 

「…シないの?」

 

 しかもライラから誘って来た。これはもう退路を断たれた。ここで襲わなければ男が廃るし、なによりコイツライラに恥をかかせてしまう。

 

「……」

 

 俺はライラの両肩に触れると、彼女はほんのりと頬を桃色に紅潮させながら両目を閉じた。彼女はほんの少し唇を突き出し、俺からの口づけを待っている。

 

 俺も覚悟を決めなければならないのか。

 

 俺はライラのピンク色の髪を撫でた。すると彼女は一瞬ビクッと身体を震わせたが、徐々に安堵の顔に代わる。眼を瞑って周りが見えずにいた時に突然頭を撫でられて驚いたのだろう。俺は彼女のそんな姿に愛おしさを感じた。

 

 ん……?なんで俺はコイツライラなんかを可愛いと思ってしまったんだ?俺は今までコイツに恋愛感情を向けたことはない。そもそも俺に性愛はあれど親愛を向けた相手は俺には一人しかいない。でも名前は思い出せない。

 

 思い出せるのは、紫、いや青くて長い髪で、いたずらっぽく笑う笑顔が眩しい女だった。

 

『サビターさん──……』

 

 俺は不意に彼女の声を、言葉を思い出す。俺に向かって呼びかけていた。

 

『サビターさん──……私の事を忘れないでくださいね……』

 

 朧げな記憶の中で、彼女は悲しく笑った。今何故かこの状況で、俺は彼女の、()()()()()の事を思い出した。

 

「……悪ぃ」

 

 俺はライラから少し離れて距離を取った。ライラは瞼を開き、疑問を抱いたような目で俺を見つめる。

 

「……どうして?」

 

 ライラは怒るでもなく、悲しむでもなく、何故か困ったように微笑みながら聞いた。行為に及ぼうとしていたのに中断された女性の顔ではなかった。

 

「俺には、俺の中には……今も大切な女ヒトがいる。顔はほとんど思い出せないし、今しがた名前を思い出したくらい忘れてたけど、ソイツが言ってたんだ。私を忘れないでってな」

 

 俺の言葉に、ライラは口を挟まず黙って聞いていた。彼女の顔はまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな穏やかな表情をしていた。

 

「だから俺はソイツを裏切れねぇ。だから、その……お前とそういう関係になることは…できない」

 

 俺はライラの目を見て真摯な気持ちで言った。俺らしくもない真剣な態度を見て、ライラは少し驚いた表情をしつつも、くしゃっと顔が綻び、

 

「ぷくく……ぷくくくくく……!」

 

 ライラは肩を震わせ、変な声を出し始め、

 

「びゃっははははははははは!わ、ワシが!このワシが!お前みたいなチンピラとまぐわうと本気で思っておったのか!?」

 

 ライラは大げさに大笑いしていつもの調子と言葉遣いになりながらベッドの上でぴょんぴょんと跳ねながら、

 

「お主の慌てふためいた顔、とても面白かったぞ!なぁ~にが『ふおお!?』じゃ!まるで童貞のようなリアクションじゃな!」

 

 そう言っていつもの調子で俺を思いきり馬鹿にする。しかし、俺はライラの言葉にキレて襲い掛かるいつもの行動に乗り出す気分にはなれなかった。

 

「あーあ!もったいないのう!こんなイイ女とシないなんて!今更後悔しても知らんぞ?」

「ライラ……」

「気にするな!今日の出来事は全て忘れろ!明日は忙しくなるぞ!朝早く起きて馬車馬の如く働いてもらうからそのつもりでの!じゃおやすみ!」

 

 ライラはそう言うと俺のベッドの布団をばさりと翻すと、それを自分に掛けて俺からそっぽを向いたような俺とは反対側の向きで寝た。

 

 俺はライラにどう声を掛けていいか分からず、俺も彼女に背を向けながら眼を瞑る。パーティーで色々あったからか、睡魔はすぐに訪れ、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 真っ白な病室の部屋の中で、男二人、女が一人、ベッドの上で浅い呼吸をしながら眠っている男の様子を見守りながら沈黙していた。

 

『状態は?』

 

 ベッドの上で眠っている男を見ながら、ジョニーは沈黙を破り、大きな杖を突いた老人、サイラルクに眠っている男の状況を聞いた。

 

『一先ずは安定しておる。一先ずはな』

 

 サイラルクは長く蓄えられた白い顎鬚を撫でながら答えた。

 

『いずれ目を覚ますだろう。回復もするだろう。そして、人間を超えた能力を手にするだろう』

『超高速再生能力……あの薬、【女神の血液(サング・デラ・デア)】の作用か。遂にお前も人間卒業だ。良かったなサビター』

 

 ジョニーはベッドの上で眠っているサビターに励ますように、嘲るように無理に皮肉を言った。しかしサビターに反応はない。

 

『そして、恐るべき代償もな』

 

 サイラルクの言葉に、ジョニーと青髪の女、セアノサスがサイラルクに顔を向ける。

 

『……どういうことだ』

『わしは警告したはずだぞ、使うなと。サング・デラ・デアは未完成だった。副作用を解消していないサンプルをお前らはワシの制止も聞かずに使った。この男は将来悩み苦しみ、苦痛に悶えて死ぬ』

『どういうことだと聞いている』

 

 ジョニーはサイラルクの胸倉を掴んで凄みながら質問する。サイラルクはジョニーの筋力により数センチ宙を浮き、苦しそうに身悶える。ジョニーの目はギラつき、殺人者の目でサイラルクを睨む。

 

『ウッ…クッ……!』

『団長!それ以上は……!』

 

 セアノサスがジョニーを肩を添えるように掴んで彼を下ろすよう目で訴える。彼女の目を見たジョニーは自身が何をやっていたのかを理解し、『すまない』と言ってサイラルクを下ろす。

 

『この野蛮人が……!死ぬところじゃったぞ!』

『加減した。あのくらいじゃ死なない。それで、どういうことだ。サビターの身に何が起こっている?』

『……サビターは頭部に爆弾を受け、半分が吹っ飛んだ。だがサング・デラ・デアにより外側は再生した。だが脳は完全には治っていなかった。記憶をつかさどる部分、海馬が不完全な状態で再生していた』

『サビターさんは……どうなるんですか?』

 

 セアノサスが不安げな顔でサイラルクに聞いた。

 

『いずれ時間の経過と共に記憶が消え、思い出も何もかも消える。自分の事さえ忘れた廃人になるじゃろう』

『治せるんだろう?』

『無理じゃ』

 

 ジョニーの言葉にサイラルクは即答した。サイラルクの言葉にジョニーは無表情のまま怒りと共に可視化出来る程の魔力を滲ませるように放出する。

 

『うッ……!』

 

 セアノサスはジョニーの魔力とプレッシャーに当てられ、眩暈で床に片膝を落とした。サイラルクもまた同じだった。

 

『お前が作ったんだ。改良もできるはずだろう。違うか』

『…お主はッ……!ワシの完成されたものを作るという美徳、ポリシーを侮辱した……!これはワシなりのお主等に対する復讐じゃ……!ワシは絶対作ってやらん!』

 

 ジョニーは無表情だった顔から初めて怒りの感情を露わにし、剣の柄に手を触れる。その瞬間、無色透明だった魔力が赤が混じったような橙色に代わる。地面が揺れ、窓ガラスには亀裂が入る。

 

『俺はソイツ親友の為ならただの殺人鬼にだってなってやる。治せ。さもなくば……!』

『そうか。殺せ。殺して国を救った英雄からただの人殺しになるがいい』

 

 サイラルクは冷や汗を流しつつもジョニーの目を見据えてヘラヘラと笑いながら強気な態度に出た。

 

 その瞬間、ジョニーは鞘から剣を抜き、刀身をサイラルクに振り下ろそうとした。

 

『やめてッ!!』

 

 セアノサスがサイラルクの前に移動し、盾替わりになった。ジョニーは彼女の首筋に触れるか触れないかギリギリのところで剣を止めた。彼女を殺さずに済んだのだ。

 

『セアノサス……何故だ』

『私が……治療法を見つけます』

 

 セアノサスの言葉に、ジョニーは驚いた表情で彼女を見る。

 

『私がサイラルクの元で錬金術を学び、私の力と知識でサビターさんを治します』

『本気で言っているのか?』

『はい。このギルドを抜けてサイラルクに従事することを条件に彼とは既に話をつけていますですよね?』

『……ワシの手ではサビターは絶対に治してやらん。しかし、もしも小娘がワシの元で錬金術を学んで自力で治療法を見つけたなら、後はお主らでどうにでもすればいい』

 

 そう言うや否や、サイラルクは病室から出て行った。『荷造りは早く済ませるんじゃぞ』とだけ言い残して出て行く彼の姿を、ジョニーとセアノサスは黙って見送った。

 

『……本当なのか。今の話は』

 

 ジョニーが俯きながらセアノサスに話しかける。

 

『…はい』

『奴は外道に落ちた錬金術師と呼ばれている程の男だ。何をされるか分かった物じゃないぞ』

『それでも、私はやり遂げますよ』

『そうか。お前は、それほどコイツを愛しているんだな』

 

 ジョニーはサビターをチラリと見ながら何かを諦めたふうに乾いた声で笑った。

 

『お前の覚悟が本気だと言うことは分かった。今はもう何も言わない。君にサビターを任せる。この男を助けてやってくれ』

 

 そう言ってジョニーは病室から離れて行った。最後に残ったのはセアノサスとサビターだけだった。

 

 セアノサスは椅子に座り、未だ眠ったまま目を覚まさないサビターの左手に自身の右手を重ね、彼の体温を確かめる。彼の手は温かかった。生きている人間の体温だ。サビターはまだ死んではいない。

 

『絶対に貴方は私が助けます。どれほどの時間がかかっても、辛くても。貴方が私を助けてくれたように……』

 

 セアノサスは寝ているサビターに微笑みを向けながら、左手から更に右手を彼の手に添えて持ち上げる。

 

 持ち上げられているサビターの手に、ポツリと雫が落ちた。

 

『貴方から……』

 

 セアノサスの声が震える。彼女はサビターの手をギュッと強く握り、項垂れる。

 

『貴方から離れたくないよぉ……!』

 

 セアノサスは目から涙が溢れ、ぽつりぽつりとサビターの手に流れ落ちる。今まで抱えていた思いが零れ、止まらなくなった。

 

『私は…また大切な人を助けられなかった。私に力がなかったから……そんなのもううんざりよ……!』

 

 セアノサスはサビターの手を下ろし、涙を自分の服の袖で拭って歯をくいしばり、眉を中央に寄せて真剣な表情となって彼女は覚悟を決めた。泣き腫らした目の中には燃えるような光が宿っていた。

 

『貴方の隣に立つのに相応しい女になるまで待っててくださいね。それまではお別れです。どうか私のことを忘れないでくださいね』

 

 セアノサスは椅子から立ち上がり、サビターに背を向けて一歩ずつ、一歩ずつ歩を進めて彼から離れる。

 

 しかし、セアノサスは途中で止まる。半分だけ顔をサビターに向け、悲しそうに微笑みながら、

 

『さよなら──』

 

と小さく呟いた。

 

 その声はサビターにとって2人の声に重なった。1人は青髪の女性、セアノサス。

 

 そしてもう1人は、桃色の髪の少女──……

 

 ライラック・フォルストフだった。

 

 

 

 

 

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