10年追い求めた物を目の前にし、そして手に入れた事に喜びを感じつつ、セアノサスはアルバアムからサッと容器を受け取るとそれを後生大事そうに両手で抱えた。
「目当ての物が手に入れられてよかったね。僕の会社で再生させたものの、使い道は見出せなかったから、有意義に使ってくれる人がいてくれて嬉しいよ」
アルバアムは笑いながらそう言う。
彼はいつも笑っているが、それはただの作り笑いである事は想像に難くない。
何のために笑っているのか、なぜ笑い続けているのか、それはセアノサスにも他の人間にもわからないし、彼女はそれを深く知りたいとも思わない。
「この際君の前だから言うけど僕はね、国盗りなんて大層な事考えてない。僕の部下や幹部達はやる気元気一杯みたいだけど。僕はただこの街と人が燃えるのを見ていたいだけ。それ以外は割とどうでも良いんだ」
アルバアムは立ち上がり、セアノサスに背を向けて今も作業に追われている部下達を見下ろす。
その時初めてアルバアムから笑みが消えた。セアノサスと同じような、目の奥が黒く冷たい氷塊のような暗い目だった。
彼はセアノサスから視線を外し、あくせく働く部下達を微笑みながら見ていた。
(やるなら今しかない……!)
目的の物は手に入れた。もはやこの男に従順な振りをして従う必要はない。今すぐ箱の能力を解除し、ここから逃走しなければ。
アルバアムが完全に気を抜き、油断してると予想したセアノサスは気配を殺し、音を殺しながら二人が今いる部屋の中の壁に飾られてある彼女が作った錬金道具、【断空の箱舟】に近づき、手を伸ばす。
【断空の箱舟】の解除の仕方は至ってシンプルだ。対象に触れ、念じるだけ。
それだけで箱の中に多次元に飛ばされたジョニー達ギルドのメンバーをこの世界に呼び戻すことが出来る。
セアノサスは箱に手を触れ、念じた。
効力を無効化。直ちに彼等をこの世界に戻せ、セアノサスは箱に手をかざして触れながらそう頭の中で念じる。
だが、セアノサスは何かおかしいと感じた。箱が機能した感触がない。
そもそも、箱の手触りに少し違和感がある。
自分で作った物だからこそ、その細かな違いや矛盾点に彼女は気づいた。
これは偽物だ。これでは能力を解除できない。
本物は、本物はどこにある……!?
「何かお探しですかぁ?」
ショップの店員のような抑揚の喋り方でアルバアムは聞いてきた。
「近頃は他人は信用できない。だから本当にされたら困る事は自分で対策しなくっちゃいけないのが困り所だよ」
アルバアムはそう言ってスーツの懐から【断空の箱舟】を取り出し、そう言った。
「ッ……!」
「信じてた人に裏切られるというのはやはり悲しい事だ。僕はこれでも結構君の事を気に入っていたんだよ?本当に、悲しいなぁ……」
アルバアムは目元をうるうると涙を浮かばせながら悲しそうに言った。
本当にそう思っていたのか、それともウソなのかはこの際どうでもいい。
バレたのなら、するべき事は一つだ。
セアノサスは黒いマントの中から手のひらサイズの棒を取り出した。
すると棒は瞬く間に膨張し、形状を変え、先端に鋭利な刃が付いた槍状の杖へと姿を変えた。
セアノサスは両脚に魔力を巡らせ、超スピードで迷うことなくアルバアムに近づき、彼の首筋を狙って上段の構えで振り下ろした。
彼女は錬金術は勿論の事、戦闘も十分に行える。
しかし知識だけでは勝てない事もある。
だからこそ強さも求めた。
一流の槍使いから槍術を習い、強さも手に入れた彼女の一撃と彼女が錬金術で作った杖は、いかなる敵も打ち滅ぼす。
「なんで……」
銀色の刃がアルバアムの首に当たる。
ガギィン!と甲高い不協和音が鳴った。
だが、
「なんで、刃が通らない……!?」
セアノサスは目を見開き、冷や汗を流した。
彼女の一撃はアルバアムの首を切断することは叶わなかった。
それどころか、首の皮すら斬っていない、まるで硬い石や金属に当たったような感覚だった。
この世界には魔力を持つ人間と持たない人間がいる。
魔力を持つ人間は魔法を使いこの世の理から外れた力を使うことが出来る。
また、魔力を身体に巡らせて空高く跳躍したり、素手で岩や鉄を容易に破壊したりなど、超人的な力を発揮することができる。
魔力を持たない人間は当然ながらそれはできない。
ネズミが猫に立ち向かっても蹂躙されるのと同じように、勝つ見込みはほぼゼロだ。
だが──
「まさか…ボーグマン……!?」
マッドギアという機械技術が発達した国ならば、人体改造を行う事で魔法や魔力に対抗することが出来る。
身体に機械を埋め込むのだ。
「なに、少し身体を弄っただけさ」
アルバアムはそう言ったその瞬間、両目が赤く光った。
「眼球まで改造して何が少しよ……!」
セアノサスは距離を取り態勢を立て直そうとした、が、直ぐにアルバアムが距離を詰め、彼女の武器である杖を奪い取り、首を掴んで上に掲げた。
「が…!ぐっ……!」
「僕は基本的には裏切りには慣れてる。10年も裏社会にいると色々あるからね。こんな風に人体改造でもしないと寝首を掻かれちゃうんだよ。いや困った困った」
アルバアムは笑いながら言う。
「くそ!離…せ!」
「おいおい。さっきまでのお行儀良い言葉はどうした?僕はさっきの猫を被った君が好きだったんだがね」
アルバアムはセアノサスの首を片手で絞め、気道を圧迫させた。
「報酬を受け取って姿をくらませるくらいなら見逃しても良かったんだが、流石に僕の命を狙ったんだ。罰は受けてもらうよ」
アルバアムはセアノサスから聖者の花が入った容器を奪い取った。
「やめろっ!それを返せ!」
「何言ってるんだ?元々これは僕の物だよ?あっでもさっき君にあげたわけだし、君からそれを奪って君は怒っているわけか。ごめんよ?」
アルバアムはセアノサスを掴んでいる右手の力を少し強くし、さらに彼女の首を絞める。
セアノサスは口から涎を垂れ流し、アルバアムを激しい憎悪の目で睨みつける。
「凄いな。もう失神しかけてるのにまだそんな目をしてるなんて。よっぽど悔しいみたいだね。でも、おやすみ♡」
そう言って、アルバアムはセアノサスを落とした。
彼女の身体から力が抜け、ダランとして意識を失った。
「ボス、お忙しい所失礼します!緊急事態です!」
アルバアムの部下達が部屋に入って来た。
彼等は慌てた様子だった。
「緊急事態?今僕がこの子に襲われてたのにそれより重要な緊急事態?君達は随分とのんびりした性格なんだね?」
「も、申し訳ありませんっ!」
「いや、冗談だよ。僕だって少しは戦えるんだから」
「は、はぁ。そ、そうだボス!緊急事態なんですよ!侵入者が我が社の敷地で暴れているんです!」
「侵入者?それを阻止するのが君達の仕事だろう?その人達は君達の手に負えないほど暴れ馬なのかな?」
アルバアムはハァとため息を吐きながら聞く。
しかし直ぐに気持ちを切り替え、いつもの張り付いたような微笑みを浮かべる。
「今行くよ。その前にここにいる彼女を拘束してセーフティールームに置いといてくれ」
アルバアムは目線で気絶して倒れているセアノサスを示す。
部下の一人は「了解しました!」と元気の良い声で返事をし、彼女を抱えて連れて行った。
「して、どんな人達なのかな?人数は?」
「よ、4人です……」
「4人。君達はたった4人に警備を突破されたのか」
「そ、それが奴等国王討伐隊を全員始末し、さらに彼等に爆破呪文を掛けて我々にぶつけて来るほどネジが飛んでる奴等なんです!」
「ははは!確かにそれはイカれてるな!一体どんな…だなんて、本当は誰が来ているかなんて分かってるけどね」
そう言ってアルバアムは映像がたくさん写っている部屋へと着く。
その中でも大きな画面に、アルバアムが抱える私兵の死体が不自然な形で並べられていた。
「……ふーん、言うねぇ彼等も」
アルバアムはそう言うと不敵に笑った。
楽しそうに表情を歪ませ、悪どい顔でニヤける。
既に侵入者は建物内部に侵入しており、社外の監視カメラの向こう側に映っていたのは、兵士の死体で文字を作り、かたどられたアルバアムに対してのメッセージだった。
内容は、
"そこにいろよ、クソ野郎"
不死身の傭兵とその仲間達を怒らせた男に向けた、死刑宣告であった。