「梅干しみてぇな顔してんじゃねぇぞコラ!海苔と米で挟んで食べちゃうよ!?」
アリーシアは更にチェンを煽り、ケラケラと笑う。
「貴様……!先程から俺の頭をバカにしやがって……!」
チェンは怒りを露わにし、わなわなと震えると、拳が四本五本と増え、八本の手が出現したかのような錯覚を見せる。
「神ノ手拳法八ツ手の構え!この数の拳を受け止め切れるかぁ!?」
超高速の拳がアリーシアに襲い掛かる。それはおおよそ人間が打ち出せるスピードではなく、残像が見えるほど早く彼女の元に飛び込んでくる。
だがアリーシアはそれを全て手で叩いて受け止める。
「凄い!凄いよッ!油断してたらすぐに一発もらいそう!」
アリーシアは目を輝かせ、頬を赤く染めた乙女のような顔でチェンの全ての攻撃を受け止める。
パァン!パァン!と銃声にも似た高い音がコンマ0.5秒のスピードで迫り来る。
「そろそろ私も反撃しちゃおっかな!?」
アリーシアはそう言ってチェンの猛攻を凌ぎつつ、カウンターで逆にチェンの身体に拳打を数発打ち込んだ。
「ふぶっ!……うぅ!」
チェンは身体の外部内部問わずまともに攻撃を受け、痛みで気を失いそうになり後ろに倒れそうになったが、歯を固く噛み込んで気合いで意識を取り戻した。
「今まで格闘家相手に予備知識で無双してたんだろうけど、私にそれ通じると思ったら大大間違いよ?」
アリーシアは体をクネクネと揺らしながらあっかんべーと舌を出して挑発する。
「アイツキャラ崩壊し過ぎだろ。もう原型留めてねぇじゃん」
サビターが呆れ顔でアルカンカスに言うと、アルカンカスもまた腕を組んでうんうんと頷いていた。
「お前だけが身体強化の秘孔を知っていると思うなよ!俺にはまだ奥の手が……ッ!?」
チェンが何か切り札を見せようとしていた時、チェンの身体に異変が起こる。
彼の身体の皮膚が虹色に発光し始めていた。
「楽心拳は静かに優雅に敵を討つ流派、でも私からしたら退屈そのもの、だから私だけのオリジナルの技を思いついた」
「な、何をした!?」
チェンの身体は膨張しつつあった。
筋肉が異常に発達し、体が大きくなり始めていた。
それと同時に虹色の光が爛々と輝き始める。
「私が今お前を殴った所は魔力の循環を加速させ、暴走させる点穴。暴走した魔力は身体の内を駆け巡り、抑えられなくなる。最終的には、魔力暴走による爆発が起こる」
「な、なにィィィ!?」
チェンは焦りに焦り、急いで自分の身体に自分の指で秘孔を突くが、効果は打ち消されることはなかった。
「チェン・カウロン…私に戦う事を思い出させてくれてありがとう」
アリーシアは血走った目と剥き出しの歯を見せたまま、穏やかな様子で感謝を述べる。
「た、頼む!これを止めてくれ!」
チェンはもはや自力でどうにかする方法が思い付かず、アリーシアに命乞いをする。
「私を死の淵に近づけてくれてありがとう」
「嫌だ!死にたくない!俺はまだ死にたくなァーい!」
チェンの顔は今まで見せたことのない恐怖で引き攣った顔で絶望しながら必死で叫ぶ。
「私に戦う喜びを思い出させてくれてありがとう。そして──」
「や、やめろぉーーーーッ!!!」
「私と戦ってくれて、ありがとう!」
狂気を含んだ顔とは真逆の、少女のようなあどけないとびきりの笑顔で、アリーシアは感謝を述べ、そして……
「うわああああああああああああ!!!」
チェンの身体は吹き飛び、虹色の爆発が巻き起こった。
血と臓物の代わりに撒き散らしたのはキラキラした魔力の残滓、それは花火のような儚さと美しさで、その場にいた全員が見惚れていた。
「すげ〜、こりゃおったまげたぜ……」
サビターは腕を組みながら見上げる。アルカンカスも「美しい……」と呟きながら同じく天井を見ていた。
魔力暴走による爆発の花火は一発では終わらず、魔力の小さな塊が破裂し、小さな花火を作り、そのまた小さい魔力が花火を更に作り…と連鎖反応を起こしながら光を放っていた。
「ハァ〜〜〜!たまに全力で戦うのもいいわね……」
アリーシアは脱力し、大きな息を一つ吐くと、サビターとアルカンカスに向き直る。
「それじゃ、行きましょうか」
そう言ってアリーシアは彼等に向かって歩みを進める。
がしかし、千鳥足のようにフラフラとして最終的には地面に倒れてしまった。
「おいアリーシア大丈夫か?」
サビターとアルカンカスはアリーシアに駆け寄り、彼女を抱き起こす。
「ごめんなさいサビターさん。私ちょっと無理をし過ぎたみたいです。しばらくここで休憩してても良いですか?」
「ああいいぜ。ちょっと息を落ち着けよう。お前無茶し過ぎなんだよ。楽しむのはいいが体壊しちゃ元も子もねぇだろ」
サビターはアリーシアに対して今までにないくらい落ち着いた口調で語りかける。
「サビターさん」
アリーシアが真っ直ぐな目でサビターを見つめる。
彼女は不安な目をしていた。
私は殺し屋で、人を痛めつけて快楽を見出す殺人鬼のこの私を、もはや仲間とは認めない、思いたくもないだろう。
せめて何か弁明をしなければと彼女は口を開こうとした。
「私は──」
「アリーシア」
サビターはマスクを取り外し、直接アリーシアと目が合うようにして彼女の言葉を遮る。
「お前は考えすぎなんだよバカ」
「は、はぁ?バカ、ですか私が?」
サビターは小指で鼻の穴をほじりながら阿呆面を晒し、心底どうでもいいような事を話すトーンで言う。
「お前が殺しを楽しむのが本性の女だとしても、俺についてきた時点でお前は俺の仲間だ。だから俺はお前を見捨てやしねぇし、失望もしたりしねぇ」
「……」
「いやサビター、お前さっき彼女の衝撃の姿を見てドン引きしていただろう。早く帰ろうとしていだだろ?」
「黙れ!チャンバラごっこ野郎!俺は今すっげぇ良い話してんだよ!」
痛い所を突いたアルカンカスにサビターは言葉だけ彼に向けて言う。
「チャンバラごっこ野郎……」とアルカンカスは何か胸に突っかかりが生まれたかのように呟いて俯く。
アリーシアはサビターを見上げ、目を丸くさせる。
「前も言ったかもしれねぇが、俺は負け犬だ。失敗ばかりして遂には仲間にも見放された。だがな、そんな奴でも信念の一つや二つ持ってんだ。仲間やダチがちょっと頭おかしいくらいで俺はそいつを見捨てやしねぇ。絶対にな」
今この男は自分が笑いながら拳法で人を爆死させたのに、真っ直ぐな目で見捨てないと言ったのだ。
普通の人間ならば忌避し蔑むはずなのに、この男は微塵もそんな素振りも感じさせない。
サビターの言葉に嘘が一つも篭っていないのは、アリーシアにも分かっていた。
「セアノサス…いやライラを助けるために俺と一緒に来た時点で、お前ら全員一生モンのダチだよ。だからとっとと休憩してとっとと俺達の後着いてこい」
サビターはそう言ってニッカリと笑うと、踵をエレベーターに返して向かった。
彼の笑顔は悪童がそのまま大きくなったような捻くれた笑い方だったが、アリーシアにとっては、彼の言葉に彼女はずっと抱いていた胸のしこりが消えたような、すっきりとした感覚を抱いた。
「さっきは帰る帰ると言っていたくせに」
アルカンカスが告げ口するかのようにボソっと呟く。
彼の言葉にサビターは「うるせぇよ!」と肘でアルカンカスを突っついて諌める。
「おいアリーシアお前聞こえてねぇよな!?俺は部下のことを大事にする上司の鑑だからな、そこんとこちゃんと覚えとけよ!」
「アリーシアの笑う姿を見てすぐに帰りたがってたくせになんてこざかしい奴だ」
「お前ほんとにウルセェよ!その軽いガバガバな口閉じろや!」
二人はエレベーターに乗りながら、今度はアルカンカスの臀部を足で蹴り上げると、サビターは彼に首根っこを捕まれ「今のは痛かったぞ」とサビターを睨む。
「ギブギフギブギブ」とサビターが青い顔をしながら締め上げられている所を最後に、エレベーターの扉は閉じて彼らの姿は見えなくなる。
「ふふ、相変わらずやかましい人達……」
アリーシアはそう言って横たわりながら天井を見る。
今の彼女はもう不安や憂いの感情はなく、あるのはただ疲れたから休みたいという気持ちだけ。
そして回復したら、今度は笑顔であの人達と隣に立ってまたお店に戻るんだ。
アリーシアは心の中でそう決めていた。
強張り、捨てられる恐怖でいっぱいだった姿はなく、憑き物がすっかり落ちて笑みが溢れていた。
そこにはもはや過去と自分の本性に怯える女はいなかった。
いたのはただ、また皆といっしょにお店でバカ騒ぎをしながら働きたい、日常に生きる事を夢想する女の子の姿だけだった。
アリーシア回終わりました。本当は彼女をこんなイカレ女にするつもりはなかったのですが、普段はお淑やかな女の子が実は暴言吐き散らし戦闘狂というキャラが好きなのでこんな感じになりました。でもちゃんと仲間思いな良い子だから……