(法を)お菓子屋さんへようこそ!   作:新田トニー

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第81話 ヴァンガード

 

 背中を斬られ、黒いロングコートに血が滲み出し赤黒く変色する。

 アルカンカスの血が木の床に零れ落ち、彼は低く唸りながら痛みに耐え忍ぶ。

 

「そこのマヌケは気がついたようだな」

 

 レネゲイドが「ククク」と笑いながら言う。

 サビターのバイザー越しに映る正体不明のゲンジはレネゲイドに近づくと、溶けるように彼の中に入っていった、

 

「身体ン中に入った……?に、人間じゃねぇのか!?」

「そうだ。今コイツを斬ったのは俺の魔力から作られた魔力分身だ。俺の命令通りに動かせるし、意思を持たせて使役することもできる」

 

 そう言ってレネゲイドは再び彼の身体から魔力分身を出現させる。

 彼の身体から紫色の粒子が炎のように燃えている魔力が人間のような風貌を形作り、再び彼とそっくりの魔力で出来たもう一人の分身が誕生した。

 

「ゲンジは剣も扱うが魔力の扱いも一流だ。俺のように鍛錬すれば分身も、それ以外の使い方も可能だ。だがコイツはまるで物にしていないがな」

 

 そう言ってレネゲイドはアルカンカスの横腹に蹴りを入れた。

 アルカンカスは声には出さないが痛みで表情を歪める。

 

「もっと骨のある戦いを期待していた……なにせゲンジの元次期頭領だったからな。相討ちさえ覚悟していた。だが、なんだこのザマは?何故こうも弱い?」

 

 レネゲイドは舌打ちをしてアルカンカスを睨みつける。

 レネゲイドの瞳には侮蔑と軽蔑、失望の感情が混ざったような目だった。

 

「おい、そこのお前、このクソ野郎を助けなくていいのか?」

 

 レネゲイドがサビターに顔を向けて言った。

 サビターは腕組みをしながら壁に背中を預けて「へっ」と笑うと

 

「漢と漢が文字通り真剣勝負してんだ、俺が手ェ出しちゃあヤボってもんだろ。それに……」

 

 含みを持たせるように途中で口を閉じ、再度開く。

 

アルカンカス(ソイツ)はお前なんかより全然強ェ。だから俺の手なんか必要ねェんだよ」

 

 アルカンカスが勝つことを確信し、サビターはそれ以上何も言わなかった。

 アルカンカスが地面に伏し、窮地に陥っていても、彼は負ける事を考えていなかった。

 

「確かに……腐っても元はゲンジの頭領候補……おい、クレイン!ヴァンガード様を殺したお前はこんなものではないはずだ!俺が本気を出さずに勝てるような相手では無いはずだ!立てよクレイン!この薄汚い偽善の殺人者が!」

 

 レネゲイドは目を見開き、鼻息を荒くして唾を吐く勢いで激しく激昂した。

 彼のアルカンカスに向ける感情は、並の怒りや恨みではない、大切な人間を無惨にも殺された人間の放つそれだった。

 

「俺はあの方の覇道を行く御姿をこの目で見届けたかった!なのに貴様が邪魔をし、彼を死に追いやった!なのに!何故貴様だけが生きている!?」

 

 レネゲイドの言葉に床にうつ伏せになったままのアルカンカスは睨んだまま黙っていた。

 

「お前は…俺を勘違いしている。俺はお前が思っているような人間じゃない……」

「いいねぇここに来てまで自分はそんな大層な人間じゃありませんと謙遜するその態度。全くもって善人らしくてムカつくなぁオイ!」

 

 レネゲイドはアルカンカスの背中を踏みつける。

 斬られた傷口にグリグリと靴で踏みつけられたアルカンカスは「ぐおおお!」と激しい痛みに悶えながら叫んだ。

 

「痛いか?だがヴァンガード様が受けた苦痛はこれ以上の物だったぞ」

「ふふ……」

「何を笑っている?」

「全く、とんだマヌケ野郎だ、俺も、お前も」

 

 アルカンカスは喋りながら両膝に力を入れ、再度奮起する。

 背中は血が滴り頬や腕は小さな切り傷だらけ、それでも彼の目は死んでおらず、闘志も保ちながら二本の脚で立つ。

 

「そうか、立ち上がるか。そうでなくては。でなければ俺のこの積年の恨みは晴れそうもないからな!」

 

 レネゲイドはそう叫ぶなり、アルカンカスにライトブレードを振り下ろす。

 

 紫色に光る刃がより一層輝き、アルカンカスに襲い掛かる。

 アルカンカスもそれに対抗するべくライトブレードを起動させ、刃を発現させる。

 レネゲイドのライトブレードと同様、彼の剣も金色の輝きを放っていたが、レネゲイドよりかは輝度がやや鈍く、万全に機能してはいなかった。

 

「お前は!俺の崇拝する指導者を殺し!お前は自らの友と呼べる人間を殺した!」

 

 レネゲイドはひたすら剣を振り下ろし、アルカンカスはそれを下から刃を介して受け止める。

 傍から見れば防戦一方であった。

 

「そんな奴が良くものうのうと旅をし!人でなし共とつるみ、店で雑用!初めて見た時は目を疑った!ああ、コイツは本当に腐ったんだとな!」

「……!」

「そんな奴が俺を殺す!?寝言は寝て言え!そして死ね!」

 

 レネゲイドは殺意を込めながら剣を振り下ろし、そしてその一撃がアルカンカスのライトブレードを弾き飛ばし、剣はアルカンカスの手から離れた。

 

 アルカンカスは片膝を着き、肩で息をする。

 

 レネゲイドはライトブレードの切っ先をアルカンカスの眼前に向け、ニヤリと楽しそうに嗤った。

 

「この剣はヴァンガード様の剣とほぼ同じ素材を利用した、善人ズラしたお前の最後に相応しい武器だ。これでお前を細切れにして豚の餌にしてやる」

「さっきから黙って聞いていれば、俺を良い奴だなんだと言いたい放題だな」

 

 アルカンカスはレネゲイドを見上げるように顔を向けて言う。

 

「再三言うが、俺はお前が思っているような奴じゃない。俺は、善人じゃない」

「そうかよ、じゃあお前はなんだぁ!?」

 

 レネゲイドは片手で剣を構え、上から下に振り下ろした。

 

 アルカンカスにはもはやレネゲイドの凶刃を防ぐ得物は持っていなかった。

 待っているのは剣が肉と骨を切り裂く音、そして悲鳴だけだった。

 

 その、はずたった。

 

 ガギィンッ!と金属同士が衝突する耳障りの悪い音が鳴った。

 

「……は?」

 

 レネゲイドが口をぽかんと開けて目を大きく見開く。

 彼は信じられない物を見たような目をしていた。

 

 アルカンカスが、ライトブレードを手にして彼の剣をまたもや防いでいた。

 

 だがレネゲイドが驚いていたのは、アルカンカスが二本目のライトブレードを持っていたことではない。

 

 今まで使っていた金色の暖かな光を放っていたライトブレードとは対を為すような、真っ黒な刀身だった。

 黒過ぎて、周りの光さえも吸収して吸い尽くしてしまいそうな漆黒の剣だ。

 

「な、何故だ……?なぜお前が、その剣を持っている……!?」

 

 レネゲイドは声を震わせ、顔が汗まみれになる。

 歯をガチガチと鳴らしながら「あり得ない、あり得ない」とうわ言のように呟いていた。

 

「俺は善人じゃない」

 

 アルカンカスがぼそりと俯きながら呟く。

 呟くのと同時に、彼の顔がみるみるうちに怒りの感情で満たされ、顔にまで出る程、人相が今までの穏やかな顔から悪人のような人相の悪い顔へと変わって行く。

 

「俺は……ただの悪人だァッ!!」

 

 今まで感情を強く出さなかったアルカンカスが声を荒げて叫ぶ。

 その刹那、彼の身体から黒い波が発生し、レネゲイドはそれをまともに喰らって吹き飛ばされる。

 

 本棚に衝突し、頭に辞書が落ち、レネゲイドは「クソ!」と言って即座に立ち上がり、床に落ちていた本を蹴散らす。

 

「嘘だろ……」

 

 レネゲイドは苛立ちながらも半信半疑な呆然とした顔でアルカンカスを見て、恐る恐る口を開いた。

 

「まさか……ヴァンガード様……?」

 

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