『お前は本当にジンジャーラテが好きだな』
俺はクレインに対し、眉を細めながら少しうんざりしたようにジンジャーラテの入ったカップを眺めた。
俺達はテーブルに座りながら食事を摂っていた。
二人で剣の修行を終えた後、俺はクレインが飯を作っている所を待ちながら頬杖をついて待っていた。
コイツは暇な時は必ず俺を呼んでジンジャーラテを飲ませてくる。
俺が何度ももう飽きたから要らないと言っているのにも関わらずだ。
『俺とお前がまだゲンジに入ったばかりの頃、二人でなけなしの金を使ってカフェに行ったことがあるだろう?その時のジンジャーラテの味が忘れられなくてな。あの味を再現したいんだが、未だに出来ていない』
『好きでもないのに毎回飲まされる俺の身にもなれ。俺はもう匂いすら嗅ぎたく無いんだぞ』
俺は自分の鼻をつまみながら手で臭いを払う。
もう何度あのスパイシーでエキゾチックな匂いを嗅いだことか。
嗅ぎ過ぎて嗅覚が拒絶し始めてきたくらいには飲み続けてきた。
しかも奴は修行後に飯を作る時に必ず甘味も作るため、甘い物が嫌いな俺は毎回うんざりしながら食っている。
文句を言ってやめるよう言っているのに当の本人のクレインは『そう言う割には全部飲んでるだろ』と言い、俺は図星を突かれて黙り込む。
俺は話を逸らすためクレインのライトブレードに目を向けた。
『なんだ?俺の剣がどうかしたのか?』
『お前のライトブレード、随分と質の良いクリスタルが使われているんだな』
『ああ、いいだろう?死にかけて手に入れた甲斐があったというものだ』
そう言ってクレインはライトブレードを起動し、刀身を発現させる。
金色の光を放ちながら柄の中から刃が飛び出し、相変わらず強い輝きを放っている。
長いこと見つめていると目が眩んでしまいそうだ。
俺達ゲンジが携帯しているライトブレードは剣の柄の中にクリスタルと呼ばれる特殊な宝石が入っている。
クリスタルはそれぞれゲンジになる為に自分の手で探し出すことを条件とされているくらい重要な物だ。
純度が高ければ高いほど出力は高くなり、そして剣を扱う者の心と繋がっているため、感情が昂れば昂るほど切れ味と破壊力が増す。
『もし俺が死んだら、この剣はお前にやろう』
『は?』
クレインは自分の食い物を分けてやる、というような軽い雰囲気で俺にそう言った。
俺は予想外の言葉に間の抜けた顔になる。
『おい、それ命懸けで手に入れたって自分で言ってただろ?そんな簡単に言っていいのか?』
『俺だって誰にでもやるほど安い物じゃないことは分かっている。しかもこの剣はじゃじゃ馬でな、俺と同じかそれ以上の使い手じゃないと性能をフルに活かしきれない。もしこの剣を使いこなせるとすれば──』
俺、という事か。
ゲンジは剣の達人集団ばかりだが、今いる人員はどれも似たり寄ったりで特出している人物は今の所いない。
そして、ライトブレードには意思がある。
自身の使い手を気に入っていればいるほど、それ以外の使い手には靡きづらい。
頭領候補のゲンジの剣ならなおの事だ。
『そうだな。もしお前が死んだら剣を分解してクリスタルをくり抜き、質屋にでも売ってやる』
『オイやめろよ?本当に苦労して手に入れたんだぞ?ちゃんと後生大事に使ってくれよ!』
クレインが俺の耳元で喚く。
『安心しろよ、冗談だ。お前のライトブレードはお前だけの物だ。奪いやしない。そんな事より頼むから少しはジンジャーラテを作る頻度を抑えてくれ』
俺はそう言って話題を変えようとした。
だがクレインは真顔で俺の顔を見る。
『いや、俺は本気でお前にこの剣を譲りたい。無論俺が死んだあとだが』
『…どうしてそこまで食い下がる?』
『さっきから言ってるだろ。このライトブレードはお前くらいしか扱えない。後進があまり育っていないからな。実力不足の剣士に渡すより、俺と同じくらいの人間に使ってもらった方が剣も喜ぶだろ』
『そうかよ、そんなに言うなら使ってやる』
『ああそうだ。それと追加で言っておく。俺のライトブレードは剣の振り方、持ち方、構えも俺のやる通りにしないと力を貸してくれないからな』
『じゃあいらん』
俺はそう言ってクレインの剣を一瞥し、しかめっ面をしながら視線を外した。
なんで剣を振り回す側なのにその剣に振り回されなきゃいけないんだ。
使ってくれって言われたって使ってやらん。
『ジンジャーラテを作るのをやめれば使ってやる』
だが俺は一刻も早くこの汚泥から離れたかったため、俺は条件の提案をしたが、クレインはただ一言、『断る』とだけ言って抵抗する。
『今日もちゃんと味見しろ。でないとここから出してやらんからな』
『くそ、そもそも俺があの店にコイツを連れて行かなければ……なんだったか、ア、アルカンカス、だったか?』
俺はかつて訪れたカフェの名前を思い出そうとするが、肝心の店の看板はあまり見ない異国の文字だったため、あやふやで不確かな記憶で自信無く声に出す。
『違う。喫茶アーカンソー、だ。アーカンソーとはこの世界とは違う国の名前らしいな』
『そんな事まで覚えているのか……』
俺はなんてめんどくさい奴だ、と思いながらカップに口を付けて上に持ち上げ、無理やり一気にジンジャーラテを飲み干した。
俺はこの時、この忌々しいジンジャーラテをこれからも飲み続けさせられる日々が続くのだろうと思っていた。
だが、そんな日はもうやって来ない。
あの日俺がクレインを殺してしまった時から、もう二度とあの不味いジンジャーラテを飲むことは出来ない。
そして、俺を助ける為に自らを犠牲にした時のアイツの顔が、俺の頭から今も離れず、焼きついたままだった。
☆
アルカンカスは黒い外套を破り捨てた。
中に来ていた白い服も血が染み込んでいたからか、上半身の服を全て脱ぎ捨てた。
彼の上半身は脂が一切削ぎ落された、鉄のように鍛え上げられた肉体だった。
「まさか、まさかまさか…!そんなわけない!お前がヴァンガード様なわけがない!そんなわけがないんだッ!」
レネゲイドは半狂乱になりながらアルカンカスに魔力分身を出撃させた。
彼の魔力分身はアルカンカスの目前まで迫り、振り上げた剣を下ろそうとした。
しかし、アルカンカスは左手でその魔力分身の首を掴み、地面に叩き落とした。
「なんだと!?」
レネゲイドは先程アルカンカスを追い詰めていた自らの分身が簡単に捕まえられた事に驚くが、アルカンカスはただ叩き落としただけでなく、漆黒のライトブレードを分身にズンッ!と重い一撃で突き刺した。
するとレネゲイドの魔力分身はアルカンカスのライトブレードに吸収された。
「な、なんだ?俺の魔力分身が……」
「どうした?俺を殺すんじゃなかったのか?」
アルカンカスは真顔でレネゲイドに問いかける。
まるで挑発するかのような物言いだったが、彼にその気は全くなかった。
ただ、彼の身体の周囲には怒りの感情が魔力と共に漏れ出ているかのようにドス黒いオーラが可視化されている。
「ち、違う…!お前はヴァンガード様じゃない!これならどうだ!?」
レネゲイドはライトブレードを木の床に突き刺し、「うおおおお…!」と腰を落として力んだ声を出す。
すると彼の身体から魔力が溢れ、人間を形作り、無数の魔力分身を作り出した。
その数、8人。
「行け……行けッ!!」
レネゲイドは半ばやけくそに分身達に命令し、アルカンカスに攻撃を仕掛ける。
分身達八人は数の暴力でアルカンカスを四方八方前後左右囲みながら剣を振る。
分身達はそれぞれ別の方向から攻撃を仕掛け、これでは防御のしようがない。
と、レネゲイドは高を括っていた。
「は?」
ポカン、とレネゲイドは口をあんぐりと開いて見つめる。
今アルカンカスに送った8人の魔力分身がなす術もなく霧散し、アルカンカスのライトブレードへと吸収されていく。
なんだ?一体奴は何をした!?とレネゲイドは焦りを見せる。
「お前が俺に何を期待してたのかは知らんが、お前はゲンジを私物化し、国家転覆という大罪を犯そうとした。元ゲンジ頭領候補として、俺がお前を裁く」
アルカンカスはそう宣言し、一歩、レネゲイドへと向けて歩み始めた。
「う、うるせぇ!なんで、なんで正体を隠してた!?俺はアンタこそこの世界の救世主だと思ってたのに!」
レネゲイドは失望した、裏切られたと言いたげな態度で叫ぶと、アルカンカスは「救世主だと?」と陰鬱な雰囲気を醸しながら鼻で笑って言う。
「お前の目は随分曇っているんだな。俺のどこが救世主だ?救世主は俺なんかじゃない。アイツがなるべきだった」
どこか魂此処に在らず、と表現出来るほど呆っとして上を向きながら何かを見つめるアルカンカスに、得体の知れない恐怖を感じたレネゲイドはもう一度魔力分身を作り出した。