「サビター!?」
俺の異変にいの一番に気がついたセアノサスが地面に倒れそうになった俺を抱き止め、ゆっくりと地面に下ろす。
「サビターさん!?どうしました!?」
「さびたー…?」
アリーシアやタマリ、アルカンカスが俺の近くに駆け寄り、俺を不安げに見つめた。
ジョニーやアルバアム達も俺の元に近寄って様子を見守る。
血反吐が止まらない。
しかもこれまで受けてきた傷が再発している。
古傷が治ってはまた新たな古傷が発生し、それを治してはまた新たな古傷が……というクソみたいなループが起こっており、俺の身体をとことん痛めつけていた。
身体が鉛のように重い。
自分の意思で動かす事が途端に困難になり、身体から力が抜けていくようだ。
それは比喩的な意味じゃなくて、そのまんまの意味、つまり俺の自己回復能力が消えていく感覚だ。
うぅ〜!気味が悪ぃな。
「あ〜、これはもうダメだな。マジの絶体絶命だ」
俺は「ははは」と乾いた笑いで呟きながら天井を見上げる。
しかし天井はほぼ崩壊しており、見えるのは晴れ渡った青い空と太陽が見えた。
「サビターさん?縁起でもないギャグを挟むのはやめてくださいよ!なんですか、私達が貶めたから仕返しのつもりですか?あなたの考えてることくらいお見通しなんですから早くそんな馬鹿げた真似はやめてくださいね!?」
「冗談で済ませてやりてぇところだが、今回ばかりはマジでダメなパターンだなこりゃあ」
アリーシアは作り笑いで冗談を言うように言ったが、俺の浅い呼吸と苦しげな顔を見て、これが嘘や冗談ではないことを理解し、顔を青冷めさせた。
「サビター、お前は俺に約束したはずだ。帰ったら、ジンジャーラテとミートパイを皆で食べると。男が吐いた唾を飲むのか?」
アルカンカスが俺を見下ろしながら言ってきた。
「…悪ぃな。その約束、俺抜きでやってくれや。俺がいねぇとそこの女とクソガキが調子付くだろうが、そこは勘弁だな」
「お前はこんな時もそんなふざけた事を……」
アルカンカスは呆れたような顔と声でため息をつきながら呟く。
そうだ、俺はいつだってこういう男だ。
真剣な時こそふざけ、ふざけるべき時こそ真剣に、俺はいつだって自由な男なんだ。
「サビター、うそ…だよね?いつもみたいに身体治して、僕達を小馬鹿にして笑う気なんだよね……?そうだって言ってよ……」
タマリはいつものような間の伸びた、子供のような話し方ではなく、正確に紡がれた正しい言葉遣いで俺を見ながら言った。
普段見れないコイツの真面目めいたツラと言葉は、そう簡単に聞けるもんじゃない。
死ぬのも案外悪くないかもな。
「お前ら、悪ぃけど俺店に帰れねぇわ。多分ここで死ぬと思うから、今のうちに言えること全部言っておきたいんだがいいか?」
俺は痛みに悶え苦しむ様子を見せぬよう、ヘラヘラと笑いながらそんなことを言う。
「そんな事言わないでくださいッ!!!」
俺の言葉に真っ先に噛みついてきたのは、セアノサスだった。
コイツ、昔と同じ敬語口調に戻ってやがる。
よっぽど焦ってるんだな。
彼女は俺の胸に両手を添え、回復魔法をひたすら唱え続けていた。
「癒しよ!癒しよ!癒しよ!……治れ治れ治れッ!!」
セアノサスは必至の形相で涙を堪えながら回復魔法を詠唱していた。
淡い緑色の光が俺の身体の中を循環するが、暖簾に腕押しと言うべきか、俺の死を幾ばくか遅らせる程の効力しか発揮していなかった。
「……どっかで見たことあるなぁ」
ずっと昔、俺とセアノサスが出会った時、あの時もコイツは助からないってもう分かってたのに、自分の恋人に回復魔法を唱え続けていたか。
「オイ、やめろ」
「嫌です、やめません」
俺はセアノサスに回復魔法を続けるのをやめるよう促す。
しかしセアノサスは止めない。
俺の言葉を聞こうとしない。
目の前の現実を受け入れようとしない。
無理だと内心わかっているのに、諦める事をやめようとしない、やめたくない。
そんなあの時と同じ惨めな気持ちを、俺はまた味わわせてしまっているのか。
「やめろって言ってんだ」
「嫌です」
「わからねぇのか。無駄だっつってんだ。もうやめろ」
「やめない!やめたくない!!」
俺の頬に、熱い雫が落ちた。
セアノサスの涙だった。
「やっと…やっと貴方を守れる力を手に入れたと思ってたのに…彼等に捕まって、貴方に迷惑をかけて……私まだ何も貴方に返せてないよ……ごめんなさい……!本当にごめんなさい……!」
「お前は本当にアホだな。俺がいつお前に貸しなんか作った?俺は俺のやりてぇ事をやっただけだ。お前に貸しなんかねーし、ましてや責任なんか感じる事なんか何一つねぇんだよ」
そう言って俺は「バーカ」と舌を出して言うが、喉元から血の塊が込み上げ、俺は激しい咳をして吐き出す。
「サビターさん!あまり喋らないで!」
アリーシアが声を張って俺に命令した。
彼女は自分の両膝を使って俺の頭を乗せて「頑張って!」とか「大丈夫ですから!」なんていった励ましの言葉を俺にかけ続けていた。
なんだよコイツら。
皆バカみてぇに必死こいた顔しやがって、今まで見た事もないくらい迫真めいた表情だ。
「あー死ぬってこんな感じか。久々だなこの感じ」
俺は身体が段々冷たくなり、力が抜けていくのを改めて感じた。
徐々にゆっくりとだが、死神が俺に向かって大きな鎌を掲げて一歩ずつ迫っていく錯覚を覚えた。
「さびたー、どうしたの。お前ってこんなもんじゃないでしょ。早く死んで、また復活してよ」
タマリだけはいつものペースで俺にむちゃくちゃな事を言ってきた。
さっきは信じられないものを見るかのような神妙な顔で俺見ていたのに、またいつもの奴のマイペースな雰囲気に立ち戻っていた。
ったく、状況分かってんのか?俺は今死ぬんだぞ。
「テメェこの野郎。こんな時まで生意気な事言いやがるのか。まぁお前らしくていい──」
俺がそう言って鼻で笑いながら奴の顔を見ると、奴は、タマリは目から大粒の涙をポロポロと頬を伝って、口元を固く縛りながら身体を震わせて泣いていた。
「さっさと死んで、またいつもみたいにバカにさせてよ……!」
「お前……」
あまり感情を表に出さないあのタマリが、俺を想って泣いていた。
普段は俺小馬鹿にし、調子に乗っているあのタマリが年相応の子供みたいに泣きじゃくっている。
俺はその姿はおかしくて面白くて、そして何故か安心して口元を少し歪めて笑った。
「俺はもうダメみたいだ。お前ら、一緒に過ごせて楽しかっ──」
そう言って俺は言葉を最後まで言い切らず、死んだ。
「サビター……?」
「サビターさん!」
「サビター!」
タマリとアリーシアとセアノサスが俺の名前を呼び、身体を大きく揺さぶった。
「……うおっ!あぶね!死ぬところだった。多分ここで死ぬのかなって思ったけど意識がまだ残ったままだ」
俺の意識が一瞬飛んですぐ戻った事に三人はほっと胸を撫で下ろす。
ちらりと目の前の奥側の景色を見ると死神が壁に背を持たれかけて両腕を組みながらこっちを見ていた。
右手で横に空を切るようなハンドサインをしていた。
まるで「早く死ねよ」と言わんばかりの身振り手振りだ。
どうやら俺は死神すらもうんざりさせるほどしつこさに定評のある男らしい。