「サビター君、すまない……私は君にとんでもないことを……」
手錠をかけられたアルバアムが俺に近づき、膝を折って俺の顔を見ながら言った。
「お前さえ、お前さえいなければ良かったんだ!お前がいるから、サビターさんはッ!!」
激昂しながらアルバアムに激しい憎悪の目を向けたセアノサス。その目はあの温和で優しい性格だった彼女と比べると信じられないほど憎しみで一杯の表情をしていた。
そんな彼女の目を見て、アルバアムは彼女の視線から目を離さず、真っ向から受け入れるように罪悪感で満たされた目で見つめ返していた。
「おーいおいおい。俺はそこのアホンダラと命を賭けた喧嘩をしただけだ。その喧嘩でどっちか死んだとしてもそりゃ必然だ。だからソイツを責めてやるな。これからクセェ飯食うことになるんだからよ」
そして俺は「それに」と言ってセアノサスの顔に手を添える。
「良い女がそんな眉間に皺寄せちゃ台無しだぜ」
「こんな時にどうして貴方はそんな……」
セアノサスは悲しげな表情で俺を見つめる。
俺は怒るなとは言ったがじゃあ悲しめとは言ってない。
怒りも悲しみも、その感情は女の顔には毒になるだけだ。
セアノサスにはもっと、もっと笑っていて欲しいもんだ。
「なぁ〜に、俺は今死ぬだけだ。死んだ後は、墓に入れて三日待ってりゃあいい、俺は不死身だからな、すぐにゾンビになって復活するさ」
「残念だが、この国の葬儀は聖炎魔法による火葬だ。お前の身体は清く美しい虹色の炎で焼かれ、肉体ごと死者の国に行ってもらう」
俺が気の利いた事を言ったすぐそばで、ジョニーの野郎が空気の読めない事を言いやがった。
「テメェは相変わらず我が道を行く野郎だ。俺がしんみりしないように冗談言ってたのに何クソ真面目な事言ってんだよ」
「この国は土葬は認めていない。醜く遺体を腐らせるより神聖な火で焼かれて風に乗り、天に昇ってもらった方が死人も喜ぶからな」
ジョニーはこれから俺が死ぬってのに、涙も流さず悲しい顔も見せず、いつもの仏頂面で淡々と言葉を紡ぐ。
だが20年も付き合いがあるからか、俺も奴もお互い何を考えてるかは分かっているようだ。
「まさかお前が死ぬとはな。世の中何が起こるか分からんものだ。今この瞬間がお前の望んだ死、なんだな?」
「まぁ、な。仲間を救うために死力を尽くし、ド派手な戦いの中で散り、仲間に看取られながら逝く。こんな良い死に方、今しなきゃ損だろ。それに、不死身にも色々ある。お前らが俺を忘れない限り、俺は永遠に生きてる事にもなる」
「やめてよ……やっと会えたのに、どうしてそんな事言うの……?」
セアノサスが涙を流しながら唇を噛み締めながら言った。
「お前の顔をもう一度見れた。それだけで俺は十分だ。それにこんな贅沢な死に方逃したら、多分俺はもう二度と出来なくなるからな。お前ら俺の言いたい事分かるだろ?」
「分かりたくもありませんよ……!私達を残していくなんて……!」
アリーシアは本気で怒りながらも、悲しみで顔を歪めて俺に叱咤する。
「俺は死なねぇ!例え今死んでも、また復活してお前らの元に現れてやるさ。だから、今は、しばらく待っ──……」
そう言って俺は今度こそ意識が遠くなり、視界が暗くなって顔の筋肉も動かせなくなる。
最後の俺の顔は笑ったままの顔で目を見開いたまま、息を引き取った。
「……」
「サビター?死んだか?」
ジョニーが俺の顔にぺちぺちと顔を手で叩く。
しかし反応はない。
ジョニーは「ふむ……」と一言呟いた後、大振りの平手打ちで俺の左頬を叩いた。
「痛ェ!」
「むっ、まだ生きていたか」
「お前…痛ェじゃねぇかよ!死んだらどうすんだ!」
「いやお前はこれから死ぬんだろ。やはりお前は死の間際までしつこい男だな」
ジョニーはいつもの陰険な顔で俺を見下ろす。
今度こそ死ぬかと思ったがまだ生きているようだ。
死神が鎌をその辺に放っぽりながら床に寝転んで雑誌を読んでいた。
「お前良い加減にしろよ」とでも言いたげな雰囲気だ。
「悪いなお前ら。そうだ、言い残しがねぇように今まで言わなかった事言っておくとするか」
俺はそう言って「まずはアリーシア」と声をかける。
「お前は乳だけが特徴の女じゃねぇ。拳法はめっぽう強ぇしすげぇ気が利く女だ。これからもソイツらの世話頼むぜ。俺がいないと大変だからな」
「別に、貴方がいないくらいで変わる事と言ったら、一人の穀潰しの尻を叩く必要がなくなるだけ…です」
アリーシアは強がって言っていたが、本気で言っている雰囲気は全くない。
こんな時くらい上手く嘘をついたらどうなんだコイツは。
「タマリ。お前は頭のネジが緩んでるクソガキだが、魔法だけは超一流のエリートだ。これからもその魔法でそこのポンコツ共を助けてやれ。いいな?」
「うん……」
タマリはそれだけ言うと、とんがり帽子を目深く被り直し、落ちる涙を見せないようにした。
コイツは見た目は女みてぇなガキだが、中身は俺の見込んだ通りの男のようだ。
この調子なら心配の必要は微塵もない。
「アルカンカス。これからもお前は雑用係だ。店を綺麗にしろ。お前が粗相した分までな。それと……アイツらを守ってやってくれ。それに関してはお前が一番のプロだろ?」
俺の言葉にアルカンカスは片膝を突き、胸に右の拳を添え、誓いを立てるようなポーズを取った。
「ゲンジの誇りにかけて……なんて言うつもりはないが、お前と、お前の仲間に誓う。俺は彼等をいついかなる危機からも守る。だから、安心しろ」
アルカンカスは相も変わらずクソ真面目な表情で俺に宣誓の言葉を言った。
こういう男は最後まで必ず約束を守る男だと俺は確信し、「そーかよ」と言って笑った。
「ジョニー。ジョニジョニジョニー……」
俺はジョニーに声をかけた。
するとジョニーは「なんだ、俺にもあるのか」と驚いたような顔で俺を見た。
「お前は…そうだな。俺の一生のお願いだ。コイツを飲め」
俺はそう言ってズボンのポケットからポーションを取り出した。
透き通るような淡い緑色の液体が入ったポーションだ。
「俺に違法ポーションを飲め、だと?分かってると思うが俺はニーニルハインツギルドの団長だぞ。そんな俺にお前も随分と酷な事をさせるな」
「うるせぇよいいから飲め。もうすぐ死ぬお前の親友の最後の言葉だぞ。聞けねぇのか?」
俺のその言葉に弱ったジョニーはうんざりしたような顔だった。
「一気、一気、一気、一気!」
俺が両手で音のない拍手をしながらポーションを飲むよう急かす。
俺のコールにジョニーは腹を括ったのか、「ハァ……」とため息をこぼし、苦い顔をしながら俺からポーションを受け取り、最後まで抵抗する雰囲気を見せつつも最終的には諦めて一気に飲み干した。
「はっはっ!これでお前も地獄行きだ!先に行って待ってるからすぐ来いよ!」
「そこはゆっくりでいい、だろ」
「気分はどうだ?ん?」
「最悪だ」
「はっはっはっそりゃ結構……」
俺はそう言うと途中で言葉を止めた。
呼吸が苦しい。
息が出来ない。
血が気管や喉に溜まって酸素が通りにくいのか、それとも本格的に死神が鎌を振り下ろそうとしているのか、ともかくとして俺の死期は近づいていた。
俺は口腔内に溜まっていた血反吐を床に吐き散らす。
口の中は血の味で満たされて最悪だ。
「今からかなりクセェこと言うぜ。俺はな、生まれた時から親なんていなかった。周りには俺を殺そうとする奴等ばかりで常に気を張ってたなぁ」
俺は一人語りをし始めた。
全員が俺の話に注目している。
一言一句聞き漏らさないように、耳をこっちに向けて聞いていた。
「ずっと一人で生きてると、たまに身体が寒く感じることがあってよ、服なんか全身着込んでんのにさみーさみーって。でも仲間が居れば寒さが消えてよ、あったかくなれたんだ。俺がバカをやるとお前らが俺を追いかけて構ってくれるだろ。それが俺には心地よかった」
「随分と寂しんぼなんだなお前は」
ジョニーが鼻で笑いながらからかうように小馬鹿にするように言った。
だが言葉の中に嘲笑のような意味合いは込められていなかった。