2023年、初春~
何もなかった。
夕暮れ時、周囲は海に囲まれた一本道。
砂と草だけで彩られる遊歩道。
地の果てだ。まさに、地の果てに自分は居た。
ここが、このツーリングの目的地。
北海道の標津町と別海町をまたがる、20km超の砂の堆積場、野付半島。
グーグルマップでここの存在を確認してから、三ヶ月後の事だった。
三ヶ月前、一月下旬。
私は兄と焼肉屋でビールを煽っていた。
兄は早速二杯目を頼みながら、久しぶりの兄弟水入らずにご機嫌で喋る。
「で、写真見せてみ?今日登った山の」
私は黙ってスマホの写真を見せた。
私はこの年、2023年から登山を始めていた。
きっかけは去年、沢木耕太郎の『深夜特急』を読み始めたことと、自分が『歩くのが嫌いではない』とふと気付いたためである。
『深夜特急』の内容は要約すると、二十代後半の著者が外国を渡り歩くエッセイだ。一巻の三章で、ギャンブルにハマり有り金をスってる時の熱量が面白いので是非とも読んで欲しい。
話が逸れた。
『歩くのが嫌いではない』は、ある日の観光中にふと気付きを得たのだ。そこに特に深い理由はない。が、この気付きを得るのに人生二十数年を要したと考えると感慨深い。
そんな二点の事柄をきっかけとし、私は2023年を『出掛ける年』と定めた。
今まで引きこもっていたワケではないが、より一層外出に力を入れようと思ったのだ。
そうして始めたのが、登山である。
道具と心構えさえあれば、誰でもやり始められるレジャー。
あまり推奨されないが、単独でも出来るというのも良い。
私は一月上旬にて登山道具を買い漁り、こうして焼肉屋の肴として話すに至っていた。
「山って言っても、せいぜい800mの里山だけど」
この酒の席までに、私は二度の登頂を果たしていた。
記念すべき初の登山は300m級。
装備は、購入して翌日の登山靴に、貴重品入れのサコッシュ、家で握ってきた梅と塩だけのおにぎり二個と、コンビニで買ったパンといろはすをぶら下げたレジ袋。
天気は曇りときどき雨。もちろん独りだ。
今考えなくても、中々に山を舐めた山行であった。
楽天の山岳保険にこそ加入したが、登山アプリはジオグラフィカ(使い方・見方をよく分かっていない)のみ。基本的な頼りはグーグルマップである。
ともあれ、登山口が分からなかったり雨に降られたりしながらも、初登山は奇跡的に成功した。
山頂ではご年配の団体で賑わっており、そんな集団を尻目に私は隅の方で意気揚々と兵糧を食べ、来た道から何事もなく素直に帰った。
本当によく平気だったな、と今更の感想だ。
登山に魅せられた私は、それから再来週、件の800m級の山に向かった。
装備は更新され、70ℓの大容量ザックにテントやら寝袋やらを担ぎ、出で立ちだけは一端の登山家だ。
しかし実状は、相変わらずのコンビニ飯に500㎖のお湯、グーグルマップだ。とんだハリボテである。
「へ〜、結構景色いいんだな」
兄が、私の撮ってきた写真を見ながら肉を頬張る。
実際800m級の山は、景色も景観も良かった。
山頂付近は岩が露出しており、突出した場所に腰掛ければ遮るものはなく、群馬の平野を一望できた。
この山もいい思い出ばかりだ。つくづく運の良い私である。
そして今、その山から下りて夜、この焼肉屋というワケだ。疲れた体に脂とビールが染み渡る。
一通り栄養を摂取したところで、私が「今年は積極的に出掛ける」旨を話すと、兄はふと思い出したように言った。
「ほー。じゃあ北海道とか行く感じか?」
私は今までずっと「その内北海道行きてぇなぁ」とほざいていたが、結局重い腰を上げてこなかった。
この時もまだ、そこまでの情熱は湧いてこなかった。
兄からその場所を提示されるまでは。
「もし行くんなら、ココとかどうよ?俺もバイクで行ってみてぇんだけどさ」
そうして兄がグーグルマップに表示したのは、北海道の東側、その海岸沿い。
「……え、何これ」
フック状に飛び出した陸地。
本当にこんな所を走れるのか、という感じの一本道。
野付半島。
この変な土地を、バイクで走りたい。
私の、北海道行きが決定した瞬間である。
その後はバイクの話や他にどんな山を登るのかと語った後、居酒屋へハシゴしようとたら目当ての店がやっていなく、やむなく代行で帰った。
帰って翌日、私は早速野付半島と北海道への道のりを調べた。
約三ヶ月後。
4月29日、21:30。
私は大洗フェリーターミナルに到着していた。
GW初日である。
北海道行きを決断してまず私が決めたことは、日時だった。
この身はプロレタリアート──労働者階級なので、北海道遠征に赴ける長期休暇など、GW・お盆・正月しかない。
私は最速のGWに決めた。思い立ったが吉日である。
この三ヶ月後弱、私は準備に奔走した。
フェリーの予約、北海道を走るルート、日程、荷物……──、登山も並行しながら、ついにこの日がやってきた。
その日、私は夜勤明けだった。
8:00に帰宅し、バイク──愛車のXJR1300にザックを括り付け眠る。17:00に起床し、高速道路を爆走してきた。
大洗港から最寄りのICで下りて、20:00。私はコンビニでバイクを止めた。
水と温かいコーヒーを購入。
まだ春の風が香る四月下旬、夜も相まって、地味に冷えていた。空が一面、曇り空なのも影響しているだろう。
実を言うと、道中降られた。
と言っても小雨程度だったが、闇夜の高速を爆走する身に雨はキツい。なかなかに幸先の悪い滑り出しだ。
コンビニに止まった現在、雨は止んでいた。
すっかり熱の籠るエンジン部分とコーヒーで暖を取りながら、道中のSAで一目惚れしたバウムクーヘン詰め合わせのひとつを取り出した。アソートになっており、プレーンぶどうメロン苺ピスタチオと色とりどりだ。
しかしこのバウムクーヘン、買うにあたりとても迷った。なにせ荷物はパンパンなのだ。五、六個も入った木目のお菓子は、さながら丸太を運ぶに等しい。それでも買ったのは英断であったと言わざるを得ない。
私はぶどう味を食べながら、今後の予定に思いを馳せた。
このコンビニから数分の所に港がある。21:00から受付が開始されるので、コーヒーを飲み終わったら早速行くつもりだ。
迷うことなく辿り着き、眼前には【大洗⇔北海道】の青い文字が。
ここまで来たら、もう北海道へ行くことは確実。
別にする必要のない緊張をしながら、つつがなく受付を終えた。
フェリーの出発時刻は、深夜2:00。
後は出航時間までダラダラするだけである。
だが、このダラダラ時間が中々のクセモノだった。
バイクを受付の建物からフェリーの前にまで移動し、待つ。
目の前にはこれから18時間お世話になるフェリー『さんふらわぁ だいせつ』が。
デカい。
四階建てくらいの高さに、陸上トラック1.5個分ほどの縦横幅がある。
ちなみに私は、こんなにデカい船に乗るのは初めてだ。デカい船はあまり揺れないから船酔いにはならないと聞いていたが、はたしてどうなる事やら……
しばらく船を眺めてぼけーっとしていたが、直ぐに手持ち無沙汰になった。
と同時に、雨が本格的に降り始めてきた。
バイクの乗船待機場所は、ターミナルビル二階からフェリーへと伸びる連絡通路の真下、そのちょっと横である。
私たちバイカーは連絡通路の柱の影に隠れ、三々五々に雨を凌いだ。バイクは吹きさらしだ。
私は地べたに座り、ヘルメットを膝に抱えて読みかけの電子書籍で暇を潰す。
こんな暇な時用に本を三冊持ってきていたのだが、いずれも雨に打たれるバイクの中だ。取り出せないワケではないが、少々面倒くさい。私はそのままスマホとにらめっこした。
……しばらくしてキリのいいところまで読み進めた頃、私は固まった体を伸ばそうと立ち上がった。その瞬間、ケツに違和感が。
(ビショビショだ……)
ケツを触ってみると、生温い水で濡れていた。無論、パンツまで浸透済みだ。
見ると、私が座っていた横には雨樋の放出口があるではないか!
……いや、知っていた。私はそれを承知でこの地べたに座っていたのだ。水が流れてくれば分かるだろうと高を括っていたのだ。
だがしかし、全然分からなかった。
じっとりと侵食してきた雨水は、完全に足下を水溜まりに変えていた。私のケツは壊滅的だ。
私はスマホをしまい、ヘルメットを抱え、フェリーターミナルのトイレへ向かった。
目的のモノは無論、トイレットペーパーである。
個室に入りペーパーを剥ぎ、露出したケツとパンツを拭うが、もはや紙ごときでは太刀打ちできない濡れ具合であった。
仕方ない。フェリーに乗ったら、ザックの中にある服に着替えるしかあるまい。それまでの我慢だ。
(いや、ダメだ。バイクに括りつけたザックは下ろすのに手間が掛かる。着替えを持っていくのはムリだ……)
フェリーに乗るにあたり、バイク勢の荷物はバイクに括りつけたまま乗船する。
乗降時の混雑を避ける為、寝台に大量の荷物を置けない為などなど、理由をあげればキリがないが、ともかく荷物は寝台にまで持ち込めない。
そして事前に持ち込むために分けておいた荷物の中に、着替えはない。
私はケツが濡れたまま、初めてのフェリーに乗船するのだ。一生の思い出になること確定だ。
一応、今この瞬間にザックから取り出すという案もあるが、却下した。
降りしきる雨の中、二重の紐で括りつけたザックカバーに包まれたザックを解放し、着替えだけを取りだし、再び取り付ける。
考えただけで萎える。
それからの私は、苦肉の策でそこら辺を散歩した。
歩くことにより風を取り入れ、少しでも乾かすのだ。
ウロチョロ動いたお陰か、多少はマシになった……気がする。
23:10。
そんな事をしていたら、唐突に係員らしき人物の声が響いてきた。
「それでは、これから乗船準備に入ります!バイクのエンジンを始動させてください!」
存外早い時間に、来た。
出航時刻2:00から逆算すれば納得な時間である。
この時、雨は小雨になっており、ヘルメットを被れば気にならない程度になっていた。
各自、濡れたバイクをマイクロファイバーで拭いていく。
もちろん私も備えている。ザックの他に、バイクの側面に取り付けてあるサイドバッグから取り出し、拭く。持ってきていて良かった……
バイクに跨り、エンジン始動。
二列に並んで四十台ほどだろうか。ブオンブオンとやにわに騒がしくなる埠頭。
そんな私たちに係員からカードが渡された。客室の番号が書かれた、何やらバーコードの印字もある重要そうなカードだ。
ソレをサコッシュに手早く入れて、そこから10分ほど待ち、いよいよ移動が開始された。
誘導に従って続々と機械の馬が一列に並び直される。
フェリー後方側面、搬入口が開かれ、内部の灯りが闇夜に浮かんだ。
一台、また一台とバイクがそこへ吸い込まれていき、いよいよ私の番になった。
本当にする必要はないのだが、緊張しながら2速で進む。
雨と潮風に濡れて滑りやすそうなタラップを駆け抜け、船内に入ると誘導員を一人、また一人と通過していく。
そして最終地点、私の停車位置を知らせる誘導員が目に入る。
ギアを1速に落とし、ゆっくり、ゆっくりと進んで
「もうちょい前でお願いします」
「あ、はい」
私は腕力で押し進めた。
所定の位置に停まったことを確認すると「ローギアでお願いします」と船員に言われたので、エンジンを切ってローギアにし、サイドスタンドを立てて降りた。
ようやく人心地ついた……と思ったのも束の間、船員がテキパキとバイクの固定に掛かる。
これはマズい。作業が速すぎるっ。
サイドバッグを開け、中身を掴んで引き上げる。
船に持ち込む荷物は事前に、サイドバッグの防水袋の中に詰め込んでおいたのだ。
ヘルメットはどうしようかと思ったが、生憎と私のバイクの固定できる場所は壊れている。このまま被って船内に突入しかない。
最後にバイクの鍵を回収、ポケットへ突っ込むと、さてどう動いたものかと周りを見渡す。
バイクを降りた先人たちが船員の誘導に従って歩いていく姿が見えた。
私は彼らの後を追い、狭い階段を三階分ほど登ると、無事に客室へと着いた。
エントランスホールと思しき場所に出ると、そこで待ち構えていた船員からカードの提示を要求された。
先程のバーコード付きのカードだ。
私はそれを見せると、私の寝台の番号が割り振られた部屋を教えられた。
私はお礼を言ってそこへ向かうと、想像していたよりも広いスペースの寝台があった。
ベッド一畳、床一畳ほど。ベッドの下には引き出し有り。
十分すぎる広さだ。
私は早速ヘルメットと荷物を引き出しの中に入れると、荷物の中からサンダルを取り出し、登山靴と靴下を脱いで履き替えた。
これだけでずいぶん楽になった。後はこのまま乗っていればいいだけだ。気楽なものである。
ベッドに腰掛け、少し物思いに耽る。
思い立って三ヶ月、ついに後戻り出来ぬところまで来た。
たった一人で本州から離れるのは、初。
しかし不安はない。むしろ楽しさしか湧いてこない。
私は一人でニヤニヤしながら、ベッドに横になって大きく伸びをした。