深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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5/3─スワン44、蟹

 

 

 

3:30、起床。

辺りはまだ暗い。また日の出前に起きてしまったようだ。

といっても就寝時間は20時前であるし、ざっと7時間は寝ている。十分な休息は取れただろう。実際、目覚めはイイ。

暗がりの中、ヘッドライトで足元を照らしながら、朝露で濡れた芝をサンダルでトイレへ向かう。かかとが地味に濡れた。

そこそこ寒いが、凍えるほどではない。バイクも今日は凍っていなかったし、昨日と違い平地だからだろう。

用を足してテントに戻り、ヘッドライトを天井にブラ下げて朝食の準備を始める。

朝食はいざリベンジ、あのラーメンだ。

然別湖の宿泊地にて、ポットのお湯で作った哀しき半ナマラーメン……

それがまだ1食分残っていたのだ。

今回はバーナーを心置きなく使えるので、半ナマなどにはならないだろう。いや、絶対しない。

テントから半身乗り出し、ローテーブルを展開。その上にバーナーをセットし、コッヘルに水を張り、点火。

お湯が沸くまで、昨日の昼間にセコマで買ったバナナを食べる。立派な一本モノだ。

おっと、そうだ。スマホの充電をしておこう。夜通し充電すると超過してもったいない為、敢えて充電していなかったのだ。

バッテリー残量は50%。うむ、食べ終えて諸々の作業をしていれば丁度いいな。

充電するスマホを横に、グツグツと湯が沸き立ったところで、ラーメンを投下。適当にほぐしながら、次いでモヤシ、スープの素を投入。

 

「お……」

 

箸でグルグル回していると、徐々に目の前が明るくなってきた。

日の入りだ。

キャンプ場の端の方から、夕日のようなオレンジ色の太陽が私を照らした。

快晴である。今日もいい一日になりそうだ。

ラーメンもうまい。しっかり麺が茹で上がっているし、モヤシもシャキシャキだ。

冷たい朝の空気に、温かいスープが身に染みる……

最高だ……

朝日を眺めながらの一杯を十分に堪能した私は、気合を入れる。

キャンパーの朝一番の大仕事、シュラフの収納のために。

コッヘルを軽く水で洗い流した後、狭いテントの中でガサゴソ動く。

面倒だからと後回しにしてはいけない。こういうのはサッとやってしまうのがイチバンだ。

シュラフを折り曲げ、テントの端からグルグルと巻いていく。丸まったシュラフの上に乗って圧縮しながら、袋へイッキに突っ込む!

 

「はぁ……はぁ……」

 

朝から息が上がってしまった。

だが片付けの大物を倒したことにより、後は小物たちをザックに収納していくだけだ。

一部を外に残し、テントの中はスッカラカンに。さて、大物片付け第二弾だ。

我が城(テント)を崩す。

と意気込んだが、コレは簡単だ。

ミニシャベルでペグを引き抜き、紐も回収。支柱の二本を引き抜いて、テントをペシャンコに。後はテキトーに丸めて、袋にイン。シュラフのように膨らまないし、晴天で風もないので楽チンだ。

丸めたテントをザックに収め、バイクの傍に置く。

 

「ふう。終わった終わった」

 

テントの下に敷いていた迷彩柄のレジャーシートに寝転がり、ちょっと休憩。

だが、ただの休憩と侮るなかれ。今からやるのはコーヒーブレイクだ。

外に置いておいた一部の荷物──コーヒーセットを展開する。

コーヒーミルに、手のひら一杯分の豆を投入。ゴリゴリしていく。

メッシュのコーヒーフィルターに箸を差し込み、スノーピークのチタンマグの上にセット。

粉になったコーヒー豆をそこに投入して、ラーメンを食べる前に確保していたお湯を魔法瓶から注ぐ。

円を描くようにドリップしていくと、いい香りが漂ってきた。

マグいっぱいに注がれた黒い液体。それをズズ……とすする。

ウマい。

素人の腕前だが、飲むのは自分だけだから気にしないのだ。そもそも私の舌はそこまで上品に出来ていないので、ぶっちゃけ味は二の次である。

キャンプ場、早朝、バイク、コーヒー……、雰囲気で飲めれば満足なのだ。

私はマグを片手にキャンプ場を散歩する。

丘の方へ上がり、この敷地内でイチバン高い場所にやってきた。

野付半島が海に浮かぶ姿がうっすら見える。

気温も上がってきた。すっかり昇った朝日を眺めながら、ゆっくりとコーヒーを飲み干す。

6:30。

今日の道程も長い。優雅にコーヒーブレイクもしたし、さっそく出発の準備に取り掛かろう。

バイクに戻り、コーヒーセットをしまい、ザックを愛馬に括り付ける。

最後にテントの跡地に忘れ物がないかを確認し、エンジンを始動した。

静寂を切り裂く機械音。

一般的にはまだ早い時間帯だが、お隣に居たソロキャンバイカーなんてすでに居ないし、他のキャンパーたちもチラホラ朝メシを食べている。炊事の煙がなんとも牧歌的だ。

私はそんな彼らに気にせずエンジンを吹かすと、尾岱沼キャンプ場を後にした。

 

 

 

 

沿岸部をひたすら突き進む。

朝イチという事もあってか、交通は非常に空いていた。軽快に道のりを進んでいく。

さて、無事に野付半島というこの旅の目的を達成したワケだが、まさかこのまま直帰するハズもなく。

道東に焦点を絞っているこの北海道旅は、むしろここからが本番かもしれなかった。

今日の大筋の目的地は、日本本土最東端、納沙布岬。そして晩成温泉キャンプ場。

道を折り返したりするので、3日目の今日が一番走行距離が長くなるだろう。

だがスタートダッシュには成功したので、時間はそこそこ余裕があるはず。気ままに行こう。

道は沿岸部から離れ、根室市へ向かう道が現れた。

そのまま広い道路を突き進むと、本日最初の休憩スポットが見えてきた。

道の駅『スワン44ねむろ』。日本最東端の道の駅だ。

時刻は8:20。

バイクを停めると、さすがGWか、結構なバイカーたちが居た。

私はそんな彼らを尻目にトイレへ向かう。コーヒーの利尿作用が発動しているのだ。

トイレから出て、道の駅を散策する。

時間が早いため主要な施設はまだ開いていないが、ココにはデカい湖がある。

風蓮湖だ。デカい湖だ。最初は海かと思った。

柵に肘を乗せ、ボーッと黄昏れる。

案内板を読むに、どうやら根室湾と直接面している汽水湖らしい。あながち海という感想も間違ってはないようだ(間違い)。

休憩もそこそこにバイクに戻る。……と、その途中で見つけた。ソイツらを。

シマエナガ。それに始まり、しまふくろう、白鳥、オジロワシ、オオワシ。

コイツらの、イラストが描かれた看板を。

可愛くデフォルメされたイラストに、古印体で彼らの名前が記されている。そう、古印体だ。いわゆるホラー文字のあれだ。

どうやらこの看板のデザイナーは、古印体をかわいい書体と思ってる勢のようだ。

シマエナガのイラストは可愛いのに、文字のギャップがたいへん面白い。面白すぎて写真を何枚も撮ってしまった。

ふぅ。途中で別の案内板を見つけた。

根室市のスポットをピックアップした看板だ。

これはありがたい。正直、納沙布岬以外はほぼノーマークだったので、こういう案内板があると目星が付けやすくて助かる。

 

「お、ココいいな」

 

そうして本日の道程にひとつの目的地を追加し、バイクに戻る。

今宵のキャンプ場までだいぶ遠いが、まあ一回くらい寄り道する時間はあるだろう。綿密な計画を立てているワケではないので、そこら辺はガバガバだ。ケガ・事故なく過ごせればいいくらいのスタンスだ。

さて、では納沙布岬に向かう前に、事前に決めていた場所へ行くとしよう。

 

 

 

 

道の駅からおよそ30分。

私はとある水産店に来ていた。

目的はただひとつ、蟹だ。北海道のウマい蟹を求めてやってきたのだ。

太陽は完全に昇り、日が照って暑い。

店に入る前にソーラー充電器を付属のカラビナで紐に引っ掛け、ついでに日焼け止めを塗る。

昨日までは雲がそこそこ浮いて影っていたので塗っていなかったが、今日はカンカン日照りだ。ちゃんとケアしないとマズそうだ。

店先でそんな事をしながら、ようやく入店。他に客は居なかった。

 

「いらっしゃい!」

 

元気の良い店主のおじちゃんと愛想のいいおばちゃんがお出迎え。

そして傍らには、所狭しと蟹が敷き詰められた冷蔵ボックスが。

私は不躾に質問した。

 

「あの〜、ここって蟹食べていけますか?」

 

「あー、ウチは売るだけだよ。食う場所はねぇなぁ。悪いね」

 

ふむ。できれば現地で食ってみたかったが、食えんか。元より宅配で買うつもりで寄ったので問題ないが、少しだけ残念だ。

 

「大丈夫です。それじゃあ、宅配を頼みたいんですが……」

 

気持ちを切り替えていざ買おうと思ったが、さて困った。

どれを買おう。

冷蔵されている蟹は丸々一匹のヤツが二種類あり、その横に足だけのバラ売りが売っている。

せっかくの宅配なので丸々一匹を買ってもいいが、ちょいと躊躇する程度にはお高い。

それにバラすのも面倒そうであるし、何より私はカニ味噌の味が分からない。

冒険するには少しばかり私のレベルが足りないと思われた。ならば買うのは、バラ売りの足。

ではどれぐらいの量を買うか……と悩む私に、店主が話しかけてきた。

 

「今の時期は脱皮したてでね。殻はデカいが中身はあんまり詰まってないんだ。そのお陰で普段よりちょっと割安だけど、味は変わらんよ」

 

そう言うとおもむろに冷蔵ボックスから一本の足を取り出す店主。

そしてバキッ!と折ると、デロンと可食部がまろび出た足を私に渡してきた。

 

「ほれ、食ってみ」

 

「え、いいんですか?」

 

まさか試食させてくれるのか?

食う場所は無いと言われた矢先だが、勧められて断る選択肢はない。なにより食べたかったし。

私は蟹の足をもらうと、「いただきます」とその白い身にかぶりついた。

 

「!?」

 

うっっっっま。

執筆している今でも思い出せる、口の中にじんわりと染み渡る『旨み』。

ジュワジュワと後から後から『旨さ』が押し寄せてくる。スゲェっ。

旨み成分の塊を食べている。なんだコレ。こんなにウマいものがこの世にあったのか……

 

「うっっっっま」

 

口について出た。

買うとは決めていたが、この瞬間、絶対に買うことが確定された。

こりゃ高い金積むわ。ウマいもん、蟹。

 

「あっはっは!もう一本食うか?」

 

私があんまりにも蟹素人な反応をしたからか、まさかのもう一本おこぼれに与れることになった。

当然、私は受け取って食べる。

 

「うんまいっス。なんですかコレ」

 

「蟹だよ」

 

こんなプラスチックみたいな殻の中の、この白い筋がアホみたいに旨い。

これが生きて動いていたなんて信じられん。

蟹って不思議な生物だなぁ。そりゃカーシニゼーションするわ。

 

「2kg買います」

 

値段・食う人数・旨さを考えた結果、私はおよそ蟹二匹分の量の足を買った。

これで1万ちょい円くらいだ。この美味さを知ったら最後、万札なんてただの紙クズに感じる。クレカ支払いだが。

北海道旅行にて、ここでの買い物がイチバン高い買い物となった。

 

「毎度あり!」

 

店主がいい笑顔で発送の準備をしてくれる。

おそらく、あまり旬ではない蟹が売り捌けてホクホクなのだろう。

だが私も、私の人生史上最高にウマい蟹が買えたので言うことは無い。甘んじて払おう。

試食があまりにもデカすぎたのだ。衝撃が。

あんなモノを食べさせられたら、蟹初心者の人間はもう言いなりだ。サイフの紐を蟹に切られてしまう。

伝票を書いて支払いを済ませ、私は店を後にした。

バイクに乗り、納沙布岬に向かって走る。正直、ここら辺の景色の記憶があまりない。

なぜなら、運転しながらずーーっと舌の上の余韻に浸っていたからだ。

試食で食べた蟹の旨み、それが永続効果を発揮しているのだ。

旨すぎて腹が減る。朝からラーメンを食べたのに、まだ9時なのに、もうペコペコだ。

私は固く決意をした。

 

(昼メシは、絶対に蟹を食べる……!)

 

 

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