深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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5/3─納沙布岬、車石

 

 

 

 

蟹の余韻に浸りながら、根室の道を突き進む。

今走っている道はそのまま納沙布岬にまで直通しているので、脳死で走っていても問題はないのだ。

しかし、ここら辺の記憶が本当に薄い。

蟹が衝撃的過ぎたのか、ほぼノンストップで突き進んだからか、思い出そうと思ってもマジで何も思い出せないのだ。

せいぜい、風力発電機が乱立していた事くらいか。

市を通過してしばらく、民家すらもない道をひたすら走っていると、そんじょそこらで白いブレードが回っていた。

たまに動いていない機体もあったが、ソイツらが回る中をバイクで通り抜けていく。

割とブレードがとんがっているので、もし羽が折れてコッチに落ちてきたら助からないな、と思いながら駆け抜ける。

途中、他の機体と比べて明らかにデカい発電機があった。

あまりの大きさにバイクを路肩に停め、写真に収める。

が、私の写真技術か距離か、そのインパクトを伝える画像は残念ながら撮れなかった。いやマジでデカかったのだ。この機体だけ。

そんな感じで地味に強い横風に殴られながら、辿り着いた。

9:40。納沙布岬、日本の最東端に。

 

「晴れてるけど、風のせいでけっこう寒いな」

 

妙に建築物の多い場所だった。観光名所だから当然か。

途中、岬の手前にどデカい建物があった。

長い柱の上に、円筒の建物が乗っかった展望台のようなモノ。

人の気配がなかったのでこの時はスルーしたが、後になって調べるとどうやら入れたらしい。予想通り展望台だそうだ。惜しいことをした。しかし、廃墟にしか見えなかったのだが……

スルーしてしまった私は砂利の駐車場に停めて、観光を開始する。

まず最初に向かったのは、どこから見ても目を引く巨大な茶色一色のモニュメント。

四島(しま)の架け橋』。

ぶっちゃけ解説を読まなければ、何が何だか分からない建造物だ。このデカさも何かを表しているのだろうか。

その足元には『祈りの火』があり、私はここで暖をとった。わりと暖かい。風のせいで火が暴れ回っているので、囲われているがけっこう危ない。

「うーん」

 

思った以上に強風で、体力を削られていく感覚がある。

私は早めの昼メシを食べる事にした。そもそも蟹を食べてからずっと腹ペコだったのだ。

しかし、迷う。この岬には何個も食事処があり、選択肢が多いのだ。

蟹も、基本的にどこの店でも提供してくれる感じであるし、どうしたものか……

最終的には、現在立っている所からイチバン近い店に入った。これだけ店が密集していれば、どこに入っても同じだろうと判断である。

 

「……ごめんくださーい」

 

来店すると、手前が土産コーナー・奥が食堂の空間が広がり、誰も居なかった。

ガラガラとはまさにこの事。

灯りは点いているし何となく人の気配はするのでやってない事はないだろうが、それにしても不安になる雰囲気である。

私の声に、奥の方から「はーい」と声が上がった。

ワラワラと女将が三人ほど出てきた。けっこう居たな。

一応、確認してみた。

 

「この食堂、やってます?」

 

「やってますよー。お好きな席に掛けてください」

 

営業中との事なので、一番手近な席につかせてもらった。外套を脱いで椅子の背に預け、私も腰掛ける。

メニューを見ると……あった。

 

「あの、このカニ丼ください」

 

「はーい。カニ丼一丁!」

 

カニ丼。なんと良い響きだろうか。

まさに今、私のために用意されたような品だ。正直、コレ以外のメニューを覚えてすらいない。もはや蟹中毒である。

ぶっちゃけだいぶ高かったが、気にしない。ここで金を出し惜しむほど愚かではない私だ。

カニ丼は定食セットになっており、 数種類の漬物とみそ汁が付いてくるようだ。そしてみそ汁の中には……

 

「みそ汁はおかわり自由だからね〜」

 

と、女将さんの一人が鍋から一杯、先にみそ汁が提供された。具には蟹が入っており、まさに蟹ざんまいだ。

 

「お待たせしましたー」

 

温かいみそ汁でホッとしていると、遂に来た。

カニ丼だ。ご飯が見えないくらい、(ほぐ)された蟹の赤白い身が散りばめられている。頂点にはちょこんとカニ味噌らしき塊が乗っていた。

ゴクリと喉が鳴る。

試食で蟹の旨さに圧倒され、それから1時間以上空腹に耐えてきた、現在。

食欲のボルテージは最高潮だった。

 

「いただきます」

 

無心でがっつく。

ウマい。噛めば噛むほど旨み成分が溢れ出てくる。

もはや米などなくても良いくらいだが、せっかくの丼なのでマリアージュを楽しむ。

正直、先程の水産店の蟹より旨みが数段及ばないが、それでも私のカニ欲を満たしてくれた。

ありがとうカニ。

 

「ごちそうさまでした」

 

米粒ひとつ残さず完食。

満腹による心地いい余韻に浸りながら、私は店を後にした。

冷たい風の吹き荒れる岬だが、もう私には効かない。

消化のためにゆっくり歩きながら、納沙布岬を散歩する。

他の飲食店を遠目に物色し、海を眺め、私は資料館に入った。

そこは少しだけ雰囲気の重い空間だった。

領土問題は教科書で習った程度のことしか分からないが、やはり現地で目の当たりにすると少しだけ当事者意識が芽生えてくる。

まあ個人でできる範囲なぞ、署名くらいだ。少し暗い雰囲気になったが、これも旅先の醍醐味と割り切る。

さて、気を取り直して観光の続きだ。

私はひとつの土産物屋に入った。ずいぶんと年季の入った建物が気になったのだ。

中に入ると、いわゆるお土産屋で売っている物品がこれでもかと溢れ返していた。

木目の床を歩いて適当に見廻る。

特に欲しいモノはないが、ひとつだけ目を引くモノがあった。

さんまラーメン(袋麺)。

うん、今日の夕飯か、明日の朝メシにでもしよう。

思いがけずイイ買い物に満足していると、窓際にてソレを見つけた。

窓を向こうは一面の海。その方角へ向かって、小型の望遠鏡がセットされているのだ。

覗いてもよさそうな雰囲気だったので、覗いてみる。すると、海の中から飛び出る古びた建造物があった。

灯台だ。

そういえば、この岬を調べた時にそんなモノがあると見た記憶がある。

肉眼では見えないが、望遠鏡から見ると確かにそこにある。ちょっと傾いてるしメチャクチャ古びてるが、よく倒れないな……

ひとしきり見た後、店を後にし私はバイクに戻る。さて、中々に満喫したが、もう少し奥の方に道が続いている。ちょろっとバイクで向かおうか。

本当にちょろっと、歩いても良かったなというくらいの位置に、納沙布灯台があった。

ここが本当の最東端。

バイクを隅に停め、灯台に近寄る。

特に何があるわけでもない。記念撮影だけして戻ろうかとした時、灯台の右側の奥の方に道を見つけた。

 

(海側の方へ行けるのか?)

 

灯台のすぐ向こうは崖だ。

左側は直ぐに行き止まりだったが、せっかくここまで来たのだ。奥の奥まで見ておきたい。

行ってみると、何やら小さな小屋があった。そして中には結構な人がいる。

近寄って見てみると、どうやらバードウオッチングできるスポットらしい事が分かった。

中にはカメラを構えている人が居るので、もしかしたら素人は入ってはいけない領域なのかもしれない。

とりあえず見たには見たので、私はそこで退散した。

 

「まあこんなモンか」

 

そこそこ観光は済ませた。時間も地味に押しているし、もうそろそろ出発するとしよう。

東の果てから折り返し、とうとうここから帰路に就く。

あとはひたすら海沿いに進み、明日には苫小牧港へと辿り着く予定だ。

あっという間な感じもするが、しかしまだ1日ある。距離も、苫小牧までおよそ400km以上の道のりを残しているし、まだまだ先は長い。

帰路と呼ぶにはあまりに長すぎる道に、バイクの舵を取った。

 

 

 

 

帰路とは言ったが、それで観光しない理由はない。

私は道の駅『スワン44』で突発的に決めた、ある寄り道に向かっていた。

向かう観光地は花咲港の奇岩、車石。

特に岩に詳しいワケではないが、何となく目に止まったのだ。こういうのは実に観光らしい行いであるし。

ガソリンスタンドで補給しつつ、少しばかり細い道を往く。

その突き当たりに、あった。

バス一台に数台の車だけ。広くもなく小さくもない駐車場の向こう、海が広がる手前に灯台と岩の塊が。

11:20。奇岩・車石に到着。

ここら辺は風も穏やかになっており、お昼時とあって過ごしやすい気候になっていた。観光日和である。

駐車場から下ると、すぐ真横に車石があった。

本当に岩の柱が半円状に立ち並んでいる。こんなモノが自然に出来上がるなんて、かくも自然は不思議である。

そのまま下まで降りていき、前方に海、背後に岩と囲まれる。

いくらか景色を眺めていると、バスの客だろう三人組がやってきた。

先生ぽい人に、生徒二人といった感じだ。

何やら講義しているようだが、あいにくと強くなってきた風で内容は分からない。

私は彼らを尻目に、偶然近くの岩に留まったウミネコをパシャパシャしていた。折れそうなほど細い足にモコモコの体、鋭い目付きが最高にかわいい。一応言っておくが、車石の方はすでにパシャっている。

さて、そこそこ満喫したので戻ろうとすると、何やら小屋を見つけた。

なんだか既視感があり、思い出した。

ついさっき納沙布岬で入るのを諦めた、バードウオッチングの小屋と造りが同じなのだ。

今度は中に誰も居ないので、失礼する。

少しホコリ臭く、バーのカウンターのような座席。座ってちょうど目線の位置に、上に開閉式の横長の窓があった。ガラスはない。

なるほど、ここから海と鳥を眺められるのか。中々に快適ではないか。

ニャアニャアと、本当に猫のような鳴き声で飛んでいくウミネコたち。

吹き抜ける風に、小屋がカタカタ震える。

断続的な波の音。

私は誰も居ないのをいい事に、この居心地のいい空間をしばらく独り占めしていた。いや本当に誰も来ないな。

 

「……ん?」

 

ふと、机の片隅に大学ノートを見つけた。脇には鉛筆もある。

中身は……ここに訪れた人たちの感想ノートだ。日付となにか一言を残している。

パラパラめくりそれを眺める。みんな元気がいいな。どれ、せっかくだし私も一言書くか。

23年5月3日、何を書いたか忘れたが、確かに記入した。当たり障りない文章だったと思う。

もしまたこの地を訪れる事があれば、過去の自分の言葉を探してみるか。このノートがいつまで保管されているかは分からないが……

カニ丼のお陰で満腹だった私は、結構な時間をここで寛いだ。

ぶっちゃけココは、車石以外なにも無い場所だ。

それ故にあまり人も来ないようなので、一人旅の人間にはけっこう居心地の良い場所だと思う。

……しかし、また北海道に来るとなれば、今度は西南北を踏破しに来る時だろう。こんな東の果てに再び来るのはいつになる事やら……

──そんな先のことよりも、まずは今だ。

まだ根室から脱していないのに、すでに昼前だ。もうそろそろ動き出さないとマズイ。

小屋から出て、ほぼ誰もいなくなった駐車場にエンジン音が響く。

 

(さらば、最東端)

 

もしかしたらもう二度と来ないかもしれないと思いつつ、私はバイクを走らせた。

 

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