襟裳岬から脱出し、11:10。
私は目に入って一発目のセコマにて休憩を取っていた。
岬からだいぶ離れたお陰か、すでに高威力の風は吹いていない。風が凪いでいる事に安堵したのは初めての体験である。群馬にもからっ風とかがあるが、比べるのもおこがましいほどの威力差。
これが試される大地、北海道……ッ。
ひと通り戦慄しながら、ご当地らしき微糖コーヒーを一杯。
風で冷えきった体が温まる……
「ふぅ」
さて、気を取り直して旅程を進めたいが、ぶっちゃけここから先は特に予定はない。
道すがら道の駅に寄ろうかというくらいで、まったくのノープランなのである。我ながら勿体なさすぎる旅の仕方だ。
そして、時間が微妙に押しているという現実もあった。
17:00に着けばいいとタカを括っていたが、よくよく考えればフェリー乗船にあたって諸々の手続きをしなければならない。予約してあるからといって、そのまま顔パスで乗れるワケではないだろう。
つまり、もう少し早く苫小牧埠頭へ到着しなければならない。
どこかで停車するにしても、給油を除いてあと二、三回が限度と見た。
もう少しゆっくりしていきたかったが、仕方ない。
私は缶を捨てバイクに跨ると、気持ち急ぎで車体を走らせた。
実は、黄金道路はまだまだ続いていた。
襟裳岬に行くために一度は別れたゴールデンロードだったが、私は再びその軌道に乗った。
海岸線、淡い光に包まれる覆道の中を、バイクで軽快に走り抜けていく。
「お」
ふと、覆道の中腹、海側に、ポッカリと駐車スペースがあった。
おそらくココも、昆布作業や釣り人のためのスペースなのだろう。
塀もなにもないバルコニーのような形状。そこにバイクをいい感じに停め、私は反対車線の、心許ない幅の歩行者通路へ。
写真を撮る。
覆道の薄暗さと、その隙間に差し込む光。照らされるバイクの向こうには大海原と岩礁。
うむ、やはり覆道は映えスポットであるな。映える映える。
素人ながら満足のいく写真が撮れて、ホクホクしながら運転を再開する。
普段は写真など撮らないが、記録という意味でもやはり写真は撮った方がいいと執筆中の現在、痛感している。今この文章を書くのにも大いに役立っているし。もっといっぱい撮っとけばよかった……
撮るといえば、この黄金道路の堤防にはウミネコが大量にいた。
堤防にいる、とは、人の腰丈の堤防の頂点座部分に、ウミネコが列を成して座っているのだ。かわいい。
車がすぐ横を通り過ぎても、誰もピクリとも動かない。人慣れ、いや、車慣れてやがる……っ。
ちょっと停まって写真を撮りたかったが、さすがに逃げられるだろうし、地味に停車スペースがない。撮影は諦めだな。
せめて彼らを眺めて癒されながら、私は黄金道路を通過していった。
しばらく走って黄金道路を抜け出し、ちょっとした町中に出てきた。
左手は変わらず海原が広がっているが、右手の山は内陸へと押しやられ代わりに家屋が立ち並ぶ。何となく、人里に下りてきた山猿の気分だ。北海道に猿いないけど。
「ん?」
ふと、海の方に突出したどデカい岩が目に入った。
それだけならば遠目に眺めてスルーするところだったが、見つけてしまった。
その岩に、階段が付属しているのを。どうやら登れるらしい。
私は急ハンドルを切って進路を変更した。
あんなのを見つけておいて、行かない選択肢はない。幸いにしてそこまでルートから外れていないというのもあり、即決だ。
ちょっとした小道に入り、中々に傾斜のキツい短い坂を登る。
その駐車場は砂利が敷き詰められていた。奥にはデカい岩を登っていく階段が確かにある。
他には、この岩の成り立ちを記した看板、かんらん岩のモニュメント、電波塔と、地味にモノが多い。
私は看板をひと通り読んだ後、さっそく階段を駆け上がった。
しかしこの階段、そこそこの曲者であった。
階段の一段一段が、全体的にナナメになっているのだ。意識して登らないと片側に体が寄っていってしまう。
ピサの斜塔と同じ感じだ。あれも建物全体が傾いているため、階段を上がっていくと片側に寄っていってしまうのだ。今回のはそこまで大仰な傾斜ではないが。
ともあれ、人目もないのでダッシュで駆け上がる。
そして辿り着く頂上。
岩の高さは約70m。そこから望む景観はさぞ素晴らしかろうと期待していたが……──
「うーん……、ここまでしか行けないのか」
辿り着いた場所は、なるほど漁港や街並みは一望できるが、海の広がる左手にはまだ岩が続いていて、せっかくの太平洋が遮られている。
正直、そこまでの展望ではなかった。
だが、良い場所であった。
立ち寄れないフェンスの向こう側では、岩肌に数多くの植物が生い茂っている。
空にはもはやお馴染みのウミネコが多く飛んでいて、ニャーニャーとやかましいくらいだ。
……ウミネコの鳴き声、猫というより、遠くの公園から響いてくる子どもの声みたいに聞こえる。ニャーというよりキャーだ。
日中になり陽光は暖かく、時折冷たい風が吹いて非常に快適だ。
特に、私以外誰も居ないところがいい。
私が通ってきた道路も一望できるのだが、一台たりとてコチラへ来ない。こんなにいい場所なのに。
思いがけずまったり空間に出会ってしまった。襟裳岬で削られた体力が回復するようだ。
しかし、あまりゆっくりしてもいられない。
私は寄りかかっていた手すりから体を離すと、階段を降り始めた。
バイクに戻り、時刻を確認する。
12:00。
そういえば、割とお腹が空いている。今日はまだマトモなご飯を食べていないので当然だ。
北海道の大地で食べる、〆のメシ。
さて、何を食べるか……
「寿司だな」
バイクを走らせながら考える事、数分。私は『解』に辿り着いていた。
海鮮丼・モノは食べたが、肝心の寿司をまだ食べていない事に気付いたのだ。トリを飾るにも相応しいし、昼メシは寿司で決まりだ。
……だが問題は、どこに寄るかだ。
運転しながら考えていたので、当然どこに寿司屋があるのか把握していない。道沿いに現れてくれれば世話ないが、そんなに上手い話があるか……。
もうチェーン店でもいいか、と一度どこかに停まって調べようかと思って信号待ちしていると、ふと真横に看板が見えた。
(アレは……、完全に寿司屋!)
個人経営の、カウンター席しかないようなお高そうな雰囲気の寿司屋があるではないか。
なんたる僥倖。
タイミング的に左折が間に合わず、一度直進してから曲がって戻って寿司屋に辿り着く。
駐車場は激狭。しかし海側にスペースがあったので、そこにバイクを停める。停めてても怒られない事を祈ろう。
一応、営業中かどうかをスマホで調べる。
店は目の前だが、いざ目の前で本日休業を突きつけられた場合よりダメージが少ない気がするからだ。ワンクッション挟む的な。
よし、営業中。突撃だ。
「いらっしゃい」
入って直ぐ、目の前のカウンターから大将の声が掛かったので会釈する。
予想に違わぬカウンター席と、それを囲むように座敷席が周りにある。
店内にはカウンターに二組の客が居るだけで、空いていた。良かった、正直混んでいたらどうしようかと思っていたところだ。
しかし、一応確認してみるか。
「すみません。予約とかしてないんですけど、大丈夫ですか?」
「あー、時間掛かるけどいいかい?」
?、つまり、これから予約客が来るってことか?それまで私の相手は出来ないという……?
しかしよくよく話を聞いていくと、どうやら予約客の話ではなく、ニギるのが遅いけど構わないかい?という話だった。
私はずっと空き席の確認をしていたのに、大将は調理時間を気にしていたのだ。
まったく噛み合わない会話に、食事をしていたマダムに笑われてしまった。くそぅ。
一悶着あったが、まぁいい。最後の北海道メシと洒落こもう。
金に糸目はつけない。クレジット払い出来ることは、レジの表示を見てすでに確認済み。心置きなく
と言っても、ひとつひとつネタを頼むのはコスパが悪い。ここは十貫色々乗りセットを頼もう。
腹の空き具合的にも丁度いい量だ。
「大将、コレお願いします」
「あいよ」
あとは待つのみ。
熱いお茶を啜りながら、残りの道程を再確認。
残り100kmほど、時刻は13:00、道順はほぼ直進。
まぁ何とかなるか、といった感じだ。
最後にもう一箇所くらい寄れる余裕まである。
朝、出発が遅かったのでどうなる事かと少し後悔していたが、杞憂に終わりそうだ。
私は本当に運がいい。こんなに杜撰な計画……というよりほぼ無計画な旅をしておいて、ここまで順調に来れたのだ。
まぁ、キャンプ場や、寄る予定だった店が休業していたりしたが、旅を彩る些細なトラブルといっていいだろう。
バイクも故障することなく動いてくれた事だし、感謝に絶えない。
タイヤの溝、前後とも無くなってきたから帰ったら買い変えないと……よくこれで走って来れたなレベルで溝がないのだ。普通こういうのは旅に出る前にやっとくべきだろ私。
「へいお待ち」
大将の声に顔を上げると、まずは四貫やってきた。
マグロ赤身、ホタテ、ブリ、ホッキ貝。
どれもデカい。ツヤツヤしている。肉厚だ。これは予想以上に腹に溜まりそうだ。
「いただきます」
まずは定番のマグロ赤身からいただき、次いでホタテ、ブリと食べていく。
当然、旨い。そしてなんだろう……、濃い。
本州で食べる寿司よりも、味が、厚みが、存在感が濃く感じる。
普段寄らない、回らない寿司屋というロケーションも一役買っているだろうが、これが北海道の寿司か……
続いて甘エビ、サーモン、鯛、サザエ。
ガリを食べて落ち着く。
最後にイクラの軍艦と、ウニの軍艦だ。
どれも美味しかった……
〆に相応しいラインナップであった。
……ふむ、私に食レポの才能はないようだ。正直に言う。ただウメェウメェ言いながら食ってました。もうウメェ以外出てこねぇです。
「ご馳走様でした。お会計お願いします」
「あいよ。……アンちゃんは旅行者かい?どっから来たんだい?」
「あ、群馬です」
最後に当たり障りのない会話をし、大将と女将に快く送り出された。
食べ終わる頃には客は私一人しかいなかったので、けっこう喋ってしまった。ずっと一人の旅路だったからか、さすがの私も人肌が恋しくなっていたのかもしれない。
店から出て、バイクに跨る。停車時間3、40分くらいだったか。
満腹になったし、食べたいモノはあらかた食べて満足もした。
さあ、帰ろう。
……と言ったが、最後にもうひとつだけ食べたいモノが生えた。
次の道の駅『サラブレッドロード新冠』の、ピーマンソフトクリームだ。
さっきの寿司屋で調べていた時に発見して、これはもう食べるしかないと思った。
寿司で膨れた腹だが、食後のデザートくらいは入る。これが本当に北海道最後の食事だ。
そして14:00。道の駅に到着した。
「うわ、結構人いるな……」
敷地の広い駐車場にも関わらず、バイクの私ですら停める場所に困るほど混んでいた。時間帯的にも仕方ないか。
誘導に従いなんとかバイクゾーンにまで辿り着く。
さて、あまり時間はない。私は早速ピーマンソフトを求めて施設内へ入った。
施設内も当然、人でごった返していた。厚岸グルメパークといい勝負だ。
人垣を避け、一目散に突き進む。目指すはただひとつ、ソフトクリームコーナー。
そこは、少し広い休憩スペースだった。
ベンチやイスが雑多に置かれ、窓口に販売員が立っている。
そして横には、ピーマンソフトののぼりがデカデカと置いてあった。そんなに推してるのか……
ともあれ、ここはそんなに人が居ない。ゆっくり食べれそうで何よりだ。
「ピーマンソフトひとつください」
「はーい。300円でーす」
売店のお姉さんから受け取る、薄緑色のソフトクリーム。
写真を撮り、椅子に座っていざ実食。
……うん。割と普通のソフトクリームだ。なんなら普通のソフトクリームよりも爽やかな風味で食べやすい。
私の想像ではもう少し苦味が来るかと思ったが、予想外にスッキリとした風味だ。味ではない、風味。ぶっちゃけピーマン感は全然ない。
うーん、個人的にはもっとピーマンを押し出して欲しかったが、しかしコレはコレでウマい。
かつて静岡でわさびソフトクリームを食べた時も、名前からくるゲテモノ感に対して非常に美味だった。もしかたら緑色の食べ物はソフトクリームと親和性が高いのかもしれん。
「ふぅ。ごちそうさま」
そんなことを思いながら、私は瞬く間に食べ終えて席を立った。
やる事は終わった。後はもう帰るだけだ。
心配なのは、残り距離と時間。
ここまで余裕ぶっこいて来たが、やっぱりちょっとギリギリかもしれない。
おそらくまだ平気のハズだが、時間が近づいてくるとどうしても不安になってくる。小心者なのだ。
私は急ぎ足でバイクに戻り、エンジンを回す。
「お」
道の駅を出てすぐ、ガソリンスタンドがあったので給油しておく。これで完璧だ。
後はノンストップで走る。駆ける。走行する。
このまま一直線でもいいが、少しだけショートカットだ。
あらかじめ調べておいた箇所を曲がり、傾いてきた西日に向かってひた走る。
さっきまで走っていた道路は車の往来が激しかったが、ここはガランとしていた。やはり曲がったのは英断であったな。
石油コンビナートやガスタンクなどが立ち並ぶ、敷地が街一個分はあろう工業地帯を抜けていく。
これだけデカい敷地の工業地帯……海が、埠頭が近い。
目的地……いや、終点までもう直ぐだ。
目印のコンビニを曲がり、直進。そしてブチ当たる、見た事のある道。
「戻ってきたな……!」
あまりにも太く広い、片側四車線の道路。
遠くには登頂を断念した山、樽前山が夕日を背負って聳えている。
北海道の海の玄関口、苫小牧にとうとう帰ってきた。