深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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子持山(下)

 

 

頂上に着くと、そこにはすでに先客が居た。

ソロのおじさんに、中年の女性二人組。

 

「こんにちはー」

 

「こんにちはー。暑いですねー」

 

適当に挨拶と雑談を交わしながらザックを下ろす。

ふー……、背中が汗でびっしょりだ。タオルで上半身をくまなく拭いていく。

登頂記念に、頂上の標識や景色をひと通り撮影して登頂を噛み締める。

とはいえクソ暑い。

ちょっとでも日陰に入りたいところだが……あいにくと影になっている場所は少ない。草木は生い茂っているのだが、頂上だからかあまり背の高い木が生えていないのだ。

仕方がないからその場にドッカリ座る。

 

「一人ですか?」

 

「あ、はい。いつもソロで登ってます」

 

中年女性たちに話し掛けられながら、ザックからパンを取り出してモソモソ食べていく。

やべぇ、口内に水気がなくてメチャクチャ食べにくい……

正直そこまで空腹ではないのだが、エネルギー補給と割り切ってゆっくり食べていく。ここまで温存してきたスポーツ飲料で、喉越しの悪いパンをムリヤリ流し込みながら。食い合わせが悪いが、この際味は二の次だ。

……というか虫が多いな。

アブだかハエだかトンボだかが、そこら辺をブンブン飛びまくっていた。虫の湧く季節だから仕方ないが、頂上なんだからもう少し手加減してくれ……。いや私たちの方がお邪魔している側なのだがっ。

会話にソロおじさんも参戦してくる。

 

「今までどんな山を登ってきたんだい?富士山は登ったか?」

 

「いえ、まだ。これから登ろうとは考えていますけど」

 

私より年配の彼ら彼女らの方が元気いっぱいだ。

こんなクソ暑い中よく登ってくるなと感心しつつ、パンを二個完食してゴクゴク喉を潤す。

今しがた開栓したばかりの500mlのスポーツドリンクが瞬く間にカラになった。

イッキに飲むのは体内吸収的にあまりよろしくないのだが、ガマン出来なかった。マジで暑すぎる。

 

「それじゃあ、私たちは先に行きますね。お気を付けて」

 

「あ、お気を付けて」

 

私がようやく人心地ついていると、中年女性二人組はササッと出発していった。

まぁこの頂上、景観が良いかと言われれば微妙だからな。

昭和村方面には素晴らしい景色が広がっているが、それ以外は鬱蒼とした木々に囲まれているのだ。これも夏だから仕方ないのだが。

この草木たちが日陰を作ってくれれば良かったのだが、そこまでの背丈はない中途半端なヤツらである。暑いッス。

その後はポリタンクの水を水筒に補充したり、残ったおじさんとソロ同士会話をしばらく弾ませ、私は立ち上がった。

 

「じゃあ俺も、もうそろそろ行きます」

 

「あいよ。気ィ付けてな」

 

ソロおじさんに快く送り出してもらい、12:20、下山開始。

 

「ふぅ、疲れたから早く帰ろう」

 

当初の予定ではこの後、来た道を戻って大タルミ→浅間山→下山の流れだった。

しかし予想以上に疲労が濃かったため、ルートを逆方向へ変更して獅子岩(大黒岩)ルートから下山することにした。こちらの方が距離が短いのだ。

 

「下山となると、一気に家が恋しくなるな」

 

登山をして毎回思うが、登頂してさぁ下山となると、一刻も早く家に帰りたくなってくる。

目的(登頂)を果たしてワケだからそりゃサッサと帰りたいのが当然の思考であるが、しかし、登山の事故は主に下山時に集中するというデータがある。

確かに、こんな心持ちで山を歩いていたら危ないのは明白。ただでさえ下り坂なのだし、急いで帰ろうモノなら事故るのも必然。

はやる気持ちを抑え、変更したルートをしっかり確認しゆっくり歩いていく。

ガラガラガラ……

 

「ん?」

 

ふと、足下でナニか変な音が鳴った。

草木に当たった音にしては、やけに硬質な音。

素早く視線を巡らせると、ソレは居た。

 

「うおっ、ヘビだ」

 

鮮やかな青色のヘビが、こちらをジッと見ていた。自然界に不釣り合い過ぎるキレイな青だった。

互いに相手を認識し、一瞬動きが止まる。

 

「……」

 

「……」

 

もうガラガラ音は鳴らしてないが、明らかに私を威嚇しているご様子。

私としてもヘビの知識はないので、余計なことはせずそそくさと去る。もし毒持ちだったら恐いからな。

 

「……ふう」

 

だいぶ距離を取ったところで息をつく。

しかし、不意の遭遇は恐ろしい。自分よりはるかに小さい相手とはいえ、野生動物の鬼気迫る感じは実に恐い。

……これがクマとかだったらさらに恐いだろう。熊鈴、買おうか(未所持)。

チラリと背後を見やる。ヘビが追ってきていないことを確かめてホッとしつつ、ザックのバランスを正して歩き始めた。

 

 

 

 

12:30頃、前方に人影を発見した。

現在、周りは木々に囲まれ足元は岩場と中々に歩き甲斐のある道を過ぎ、名前の無い1162mのピーク上に立っていた。

そんな中、およそ100mほど向こうに浮かぶように切り立った岩場に、一人の人間が立っているのを見つけたのだ。

 

「メチャ危ない事してるな……。ていうかあの影、微動だにしないな」

 

私はメガネを掛け、その遠くの影をジッと見る。

すると、その影は人影ではなく、何か石碑のようなモノらしかった。

 

「じゃあアレが噂の獅子岩か」

 

あの切り立った岩場は、この子持山で一番の見所である獅子岩らしいと目処を立てる。

頂上の展望は感動が薄かったので、あの遮るモノのない空間は非常に期待が持てた。

ここからアソコへ行くには、今のピークから少し下り、また登り返す道のりを歩まなければならない。

横移動にしてたったの100mぽっちであるが、この高低差が疲れるのだ。

ピークから下ると、獅子岩はもう見えなくなった。

再びの岩と森の中。

 

「うーん……、道が若干分かりづらいかな?」

 

木々の隙間や岩の切れ間など、恐らくけもの道に惑わされながらも進んでいく。たびたび見つけるピンクテープや案内板の、なんと頼もしいことか。

 

「お、こっから獅子岩かな?」

 

頼りにしている標識に、ナナメ右上をさす矢印に『獅子岩』の文字が。前方方向には麓の神社名と矢印が書いてある。分かれ道だ。

私は獅子岩へ至る矢印の方向を見上げると、けっこうな急勾配の岩場が続いていた。もはや半分崖といった感じである。

ふむ、すでにここから獅子岩への登りが始まっているのだろうか。

見た感じキツい岩場であるし、重いザックはここら辺に置いて、貴重品だけの身軽になって登ってみよう。

胸部を跨るチェストストラップをパチンと外し、ショルダーストラップ、ウエストベルトを緩めていく。

さてさて、このクソ重いザックをそこら辺の木に預けよう。

早く重量から解放されたくて、ザックをおざなりに背中から下ろそうとして……

 

「ッ!?う゛ぉお!!」

 

右手の親指が、ザックの一部に引っ掛かった。

およそ10kgはある重量物が、親指一本に一点集中したのだ。

親指が持っていかれる。その一瞬を、私はスローモーションで見た。

指が曲がってはいけない方向へ──、さらに関節が一個増えたかのように曲がる親指。

ザックがドサリと地面に落ちた。

 

「ッッづゥう……っ!?」

 

苦悶の声とはまさにこの事。

人っ子一人居ない山の中、独りで痛みにうずくまる。

 

(折れ……てはないハズ!)

 

親指の付け根がジンジン痛むが、それだけだ。

私はとりあえずその場に座り込み、痛む指を観察する。

腫れは無し。

少し動かしてみても、それによる痛みはない。一定の位置で痛くはなるが。

患部と思しき付け根を軽く触っても痛くない。

……骨折の症状、ギリでナシ!

これまでの人生で、右手首骨折と左肘ヒビの経験が活きた。

経験上、骨折したら速攻で腫れてくるし、ちょっと動かすだけでも激痛が走るのだ。もちろん触ったら痛い。

それらを踏まえて、折れていないと断言する。

 

「痛ったァ……、こんなアホなケガの仕方ある?」

 

まさかザックを下ろすという何気ない行動で負傷するとは思わなかった。重い荷物はこんなリスクも背負っているという事だろう。

次からは必ず、手の形をグーにして下ろそうと誓った。

 

「フー……、さて、登るか」

 

手はまだ痛むが、ここで休んでばかりいても仕方ない。

自己診断でそこまで深刻なケガではないと判断し、獅子岩へ至るであろう岩場を登り始めた。

この子持山、獅子岩を中心にして岩脈が広がっているらしく、恐らく今登っているこの岩もその一部なのだろう。

縦に細長く伸びる板状の岩は、天然の取っ手となって非常に登りやすい。痛めた親指を使わずともスイスイ登っていけた。

 

「お、登りきっ……た?」

 

岩場を過ぎると、そこにはまだ道が続いていた。獅子岩らしい岩は見えない。

どうやら目標はまだ先らしい。私の早とちりだった。

 

「ザック取りに戻らなきゃか。……ん?」

 

面倒くさいが一旦戻ろうとして、至獅子岩の方からガサガサと蠢く音が聞こえた。

次いで、人の話し声も。

 

「あ、こんちわー」

 

「こんちわっす……はぁ、はぁっ」

 

大学生くらいの二人組の男が現れた。

おぉ、なんか凄い新鮮だな。ザ・若い連中と山で会うのは。

とりあえず挨拶を返し、しばし雑談。

 

「お兄さんは一人で登山っスか?」

 

「はい。……そちらはいつも二人で登山を?」

 

「いやー、登山自体、コレがほぼ初ッス。コイツにお願いして一緒に着いてきてもらって。この山は前は寒い時に途中まで来たんスけど、そん時は撤退してリベンジって感じっス」

 

「……山頂まで、あとどんぐらいですか?」

 

「あー、俺が下りでここまで来た感じで大体30分だから……、登りなら1時間くらいかな?」

 

とにかく明るく話す方と、疲れきってあまり喋らない相方。

実に対照的な二人組だが、仲は良さそうだ。

疲れてる方もムリヤリ連れて来られた感じではないし、順調に疲労しているだけだ。

私が獅子岩まであとどれ位の距離かを尋ねると、「もう少し先。まだここじゃない」との回答を得た。やはり荷物を取りに戻らなければ、か。

二人に、私が早とちりしてザックを置いてきた旨を話して、ほんの10mくらいだが彼らと一緒に歩いた。……というより、先ほどの岩場を下った。

私はさっき登ってきたので足場など勝手知ったるモノだが、二人は悪戦苦闘していた。けっこうな急勾配だしな。

先に下りて待っていると、元気な彼が先に下りてきた。口では「こえーこえー!」と言っているが、その動きは身軽である。

そして疲れている相方は、ゆっくりじっくりと下りてきた。うむ、他人の勢いに引っ張られず慎重なのはいい事だ。ケガをしないのが重要なのだぞ、私みたいに(ダメな例)。

 

「うわっ、荷物デッカ……!」

 

元気な彼が私のザックを見て驚いていた。

確かに、彼らのザックの大きさは一般的なリュック程度の物で、対して私のはその倍くらいある。重量も倍だろう。

 

「持ってみていいスか?……!、おっっも!?ちょっと持ってみコレ!こんなん背負って登ってきたんスか?プロやん」

 

「いやいや、ただの登山歴半年ですよ」

 

「うわ重っ」

 

実際、日帰り登山でわざわざこんな荷物は必要ない。重い荷物はそれだけリスクで、ぶっちゃけ彼らの荷の量の方が最適だ。

私が敢えて大量の荷を抱えている理由は三つ。

1.もしもの遭難時用(テントや水・食料・衣類)

2.修行

3.大は小を兼ねる的発想で、ザックはこれしか買っていないから。要は小さいザックをケチった。

そんな感じの話をしたら、「おー、スゲー」と何故か尊敬の眼差しを向けられた。

やめて、そんな目で見ないで。今の私はその重いザックのおかげで親指をケガしているのっ。

 

「お近付きの印に、どうぞ」

 

何やらグミをひと粒勧められた。

しかし私は固辞する。

 

「いやいや、貰えないですよ。俺はこれから下りるだけですし」

 

しかも私は食料を十二分に持っている。

これから頂上へ向かう彼らから、貴重なエネルギー源を貰うワケにはいかない。

だが元気な彼と段々元気になってきた相方がグイグイ来る。

私はこれ以上問答する時間の方がもったいないと思い、素直にグミをひとつもらった。

 

「それじゃ、行ってきます!」

 

「頑張ってきます!」

 

お返しに菓子類を渡そうかとグミをまごまごしていると、彼らは流れるように先へ行ってしまった。あ、ちょ、はやっ。

少し離れた位置から「いやースゲーな。俺らも負けてらんねーな」とか聞こえてくる。いや、登山は別に競うモンじゃないのでムリしないで下さい。

 

「ふー……」

 

……しかし、今さらだが彼らには引き返すことをオススメしたかった。

時刻は現在、13:00手前。登山者からしたら微妙に遅い時間帯である。

加えて、今日の夕方には夕立の予報が出ている。彼らの下山時間にヘタしたら直撃してしまう恐れがあった。

さらに極めつけは、なんと彼らは登山アプリをインストールしていなかったのだ。会話の流れでそれを聞いて仰天してしまった。

二大登山アプリ、ヤマップかヤマレコは非常に優れた機能を持つ。実際、今日の私はこのアプリが無ければ遭難していた。

彼らにアプリの存在は教えたが、こんな山の中でインストールなど出来ようハズもないので現状は変わらない。

うーん、今からでも追いかけて帰宅を促した方がいいのだろうか……。

しかし登山は自己責任。

第三者である私の指摘はただのおせっかいであるし、楽しそうだった彼らのテンションに水を差すのも気が引ける。

結局私は、彼らの無事を祈りつつ山行を再開した。

 

「よいしょっと」

 

親指に気を付けながらザックを背負い、目の前の岩場を登る。

もう二度目の通過なので難なく突破し、しばし歩く。すると……

 

「来た。コレか」

 

13:00。

鉄のハシゴがあった。マンガやアニメなどでヘリから投下される、あのユラユラする感じのハシゴの鉄製版。

それが巨大な岩の塊にへばりつく様に設置されていた。

私は今度こそザックを着脱し(もちろん手はグーにして)、地面に置くと目の前のハシゴに手を掛けた。

ガチャンと金属音が鳴る。

 

「うぉお、地味に恐い」

 

体重移動でバランスが暴れる。

だがこれくらいなら問題なくイケる。岩と鉄製のハシゴの間に指を挟まないよう気を付けながら、およそ3、4mほど登っただろうか。

私は岩壁の上に立った。

 

「ぉお……!スゲェ見晴らし!」

 

深い緑の山の中、ここだけ岩が突出している。もののけ姫の『黙れ小僧!』のシーンのあの岩場のようだ。

背後に洞穴はないので、360°のパノラマである。

標高的には1000mくらいだが、山頂より景色がいい。子持山の本体はここだな。

先ほど私が人影だと勘違いした石碑が、その岩場の中央にドーンと建っていた。背丈は1mくらいか。

石碑には何やら三つほどの神社の名前が掘られている。麓の周辺の神社かな?

恒例のパシャタイムを経て、一旦落ち着く。

ふと今来た道の方向を振り向けば、子持山山頂が見えた。けっこう歩いてきたな。

 

「お、歩いてる歩いてる」

 

山頂(それ)よりだいぶ手前の位置で、先ほどの大学生二人組の姿が木々の合間からチラリと見えた。

登頂はもちろんしてほしいが、何よりも無事に下山してほしいのもだ。

引き止める選択をしなかった私は、もはやそう

祈るばかりである。

二人の姿が森の中へ消えたところで、改めて絶景を見渡す。

今まで森に遮られていた吹きささらす冷たい風が、暑い直射日光に丁度いい。時おり陰る雲もありがたい。

頂上でも見た昭和村や、国道17号を走る車がうっすら見える。トミカだな。

子持山の全貌を五感で堪能できる場所、獅子岩。ルート変更してここに来て良かった……

私はこの場所で、およそ30分ほどボーッとしていた。それだけ気持ちのいい場所だったのだ。

 

「……あー、ちょっと雲が多くなってきたかな」

 

頭上はまだまだ晴天だが、山の向こうの方がなんだか怪しさを漂わせてきた。

私の観天望気などアテにならないが、夕立の予報がある手前、あまりのんびりする事は憚られた。

名残惜しく岩から立ち上がる。

足下は断崖絶壁という言葉が相応しく、半刻過ごした今でも十分恐い。

ロッククライミングは私には出来ないかもしれん。

伸びをした後、半四つん這いで岩場を移動。

鉄のハシゴをゆっくり降りて、置いてけぼりのザックを迎えた。

 

「よし、帰ろう」

 

後はもう完全に帰るだけ。

天気が崩れる前にサッサと退散だ。

先ほどの親指をケガした分岐点まで戻らずとも、このハシゴの場所から行けるルートがある。

この獅子岩に用がない人が、先の分岐点ルートの方を歩くのだろう。

ここから先は、特に問題なく進めた。

30分ほど歩くと、ふと頭上の木々が開けたので見上げる。

すると、さっきまで私の居た獅子岩がローアングルでよく見えた。

さっきまであんなトコに居たのか、私……。30分でスゲー下りてきたな。

やはり下りは速い、……が、同時に雲が空を埋めつくす光景が目に入った。雲8割、青空2割くらいだ。

まだ底が真っ白なやる気のない雲だから今すぐ降るわけではないだろうが、少しばかり焦る。

焦ってはいけないと思いつつも、ついつい早歩きになってしまう。下り坂もそれを手伝う。

早足で数分後、トの字の分岐に着いた。

トの下の方から来た私。

真っ直ぐも右も、どちらでも帰れるが、真っ直ぐだと下山地点がバイクを停めた位置を少し通り越してしまう。つまり遠回りだ。

私は右を選択し、進む。

ここはトラバース道だった。

左側が谷底で、地面を這う緑に侵食された道っぽい道を歩んでいく。

 

「……」

 

少し歩いてふと、不安が鎌首をもたげてきた。

私以外誰も居ないから当然なのだが、人の気配がまったくない。

加えてピンクテープも見当たらない。

早く帰りたい手前、このルートを選んだが、あのトの字の分岐は本当に合っていたのか?

この道、もしかして獣道なのでは?

足下に蔓延る植物のせいで先人たちの足跡も見えないし、何よりピンクテープが無いのがおかしい……。

道、間違えたか?

ドクドクと心臓が脈打つ。

親指がズキズキと痛む。

自分が今、どこに向かって歩いているのか分からなくなってくる。

しかし、疑問に思うも私の足は止まらない。

道に迷ったかもしれないと思いつつ、早く帰りたい一心でズンズン道を進んでいく。

──この時、なんで私は立ち止まってスマホを開き、道の確認をしなかったのか。ものの1分で済むのに。

指が痛いから。

夕立が来るから。

早く帰りたいから。

理由は様々だが、どれも確認を怠る理由にはなりえない。

私の愚行は留まるところを知らず、ノンストップで下り坂を下りていく。

そして私はついに……

 

「あ……、良かったぁ……っ!」

 

『遭難時にこの番号を伝えてください』の文字が目に飛び込んできた。

木に括り付けられた、登山道によくある標示。通報ポイントなる数字と、注意書き。そしてその上の幹に巻きついた、一本のピンクテープ。

 

「道、間違えてなかった〜……」

 

無限に続くかと思われた獣道が、終わりのある登山道に変わった。

これで安心して進めるというもの。

私は軽くなった心でスイスイ進み、道中の折れ曲がってアーチ状になっている木や、日傘のように広がる枝葉などを撮る。安心した途端、道の景色が綺麗に見えた。

途中から合流してきた小さな沢で患部を冷やしたりしつつ、14:10。

 

「あ。アレは」

 

赤い小さな鳥居が、どデカい岩の下にチョコンと置いてある。

屏風岩だ。

私はとうとう、帰ってきた。

 

「っよかった〜……、無事に帰ってきた〜」

 

知っている場所に出れて、とてつもない安心感が胸に去来する。

しかし気を抜くにはまだ早い。せめてバイクの場所に戻ってから一服つこう。

苔の生えた木道で滑らないよう一歩一歩進み、舗装路に下り立つ。

 

「さすがに居ないか」

 

半日前にここでガチおじさんと邂逅したが、さすがにもう居ない様だった。

別に何か用があるワケでは無いが、居たら改めて地図のお礼をしようかと思っていたが、まぁ仕方ない。

帰ろう。

コンクリの道路を歩き、14:20。ついにバイクの下へ帰ってきた。

 

「つ……っかれた〜ー……っ!」

 

ザックを地面に転がした瞬間、私も地面に寝転がる。大の字だ。

私は寝っ転がりながら、ダラダラとヤマップで下山報告を上げて空を見上げた。

葉っぱの隙間から雲が見えるが、まだ降る気配はない。

 

「……」

 

今回の登山は私史上、もっとも反省点の多い登山だった。過去の登山も今考えれば反省点は多いのだが、この山はダントツだ。

何より、ついさっきの下山時の奇行。

不安に思うなら、進むよりまずはチェックが先だろうとセルフツッコミを入れる。

早く帰りたいのは今もだが、山の中では焦燥レベルがダンチだ。

アレが、下山時に遭難が起きやすい心境というヤツなのだろう。

敢えて理屈を付けるなら、ケガ・天候の崩れの不安・疲れ・焦りが一気に畳み掛け、一種のパニック状態になっていたのかもしれない。

下山して時刻を見れば14:00ちょいと、正直まだまだ余裕があるタイムだ。

んー、やはり予定にないルート変更がよくなかったのだろうか。

とはいえ浅間山方面からだとまだ下山途中だろうし、結果的にはコッチで正解だったのだが……。

 

「とりあえず、今回はバチクソ運が良かった……って事か」

そう、運が良かったという言葉に尽きる。

半年の登山で微妙に付き始めた自信は、この子持山でコナゴナに砕かれた。

登山後の恒例、プロテインバーをモシャモシャ食べて水で流し込みながら、そう反省に耽る。

夏の熱の真っ盛り、頂上よりも何故か涼しい麓の駐車場で、子持山の登山を終えた。

ちなみに親指のケガは、特に病院などに行くことはなく、およそ1ヶ月半でようやく痛みが引いた。皆さんは怪我したらちゃんと病院行ってください。

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