まずはフェリーの探索だ。
ケツがまだちょっと濡れているため、このままベッドで横になっていると不快指数が上がってくる。
気を紛らわすためにも、まずは船を散策しよう。間取りを実際に把握するのだ。
私は貴重品の入ったサコッシュだけを持ち、寝台から立ち上がった。
まずは先程のエントランスホールに出る。
後続の客が次々に案内され、たいへん慌ただしい。私は階段を上がった。
私たち乗客のスペースは寝台の階とこの階だけなので、便宜上二階と称すが、二階に上がるとそこには既に寛いでいる先人たちが。
ここは自販機コーナーが立ち並ぶ、いわば憩いの場だ。
床から伸びる紐に括られた椅子とテーブルが乱雑に並び、皆思い思いにダラダラしている。もう何度もこのフェリーに乗っているのだろう、歴戦の風格が感じられた。
私は自販機のラインナップを確認すると、その場を後にした。寛ぐのはもう少ししてからだ。
トイレの位置を確認、風呂場の確認をすると、私はデッキに出た。
当たり前だが、夜なので海は真っ暗だ。シトシトと小雨がまだ続いている。
フェリーターミナルビルから漏れる光と、道路の街灯、フェリーの灯り。
あとは大洗の街並みが遠くに見えるだけ。
建物の三、四階分ほどあるフェリーからの眺めだが、正直そこまでの面白みはない。
日が出れば海を眺められる。私はそれを期待して、船内に戻った。
さして広い空間でもない船内(小規模なゲーセンがあったのが驚いた)を探検し終えた私は、寝台に戻ると思案した。
(風呂に入るか、それとも夜食が先か)
浴場はすでに開放されている。
夜風と雨に晒されたこの身は中々に冷えていた。ケツのお陰で心まで。
しかし、着替えはすべてバイクと共にあるザックの中。風呂に入っても、再びこの服を着なくてはならないのだ。
(といっても、いい加減乾いてきたか)
散々散歩していた甲斐あってか、座っても気にならない程度にはなっていた。
お腹もそこまで空いていないし、私は風呂に入ることを決めた。
バスタオル、化粧水、ボディクリームを持っていざ、大浴場へ。
この『さんふらわぁ 』シリーズのフェリーには、そこらの銭湯と遜色ない風呂場が完備されている。
空間が貴重な船に、なんと贅沢な。ありがたい。
私はシャワーで体を流して即、ウキウキと湯船に浸かろうとして、……止まった。
熱い。
ハチャメチャに熱い。
冷えた体に温度差がキツ過ぎる。
私はシャワーに戻って体をゆっくりと温め直した。
一息ついて、ようやく湯船に浸かる。
まだ熱いが、いける。いけた。
じんわりと体の芯にまで熱が浸透し、頭の毛穴が開く。
しばらく放心していた。
熱いお湯も慣れれば極楽。
夜勤明け、夜の高速道路、ケツだけ濡れた約2時間の待ち時間……
疲れが湯に溶けていく。まだ北海道に着いてすらいないのだが──いや、逆だ。これから北海道に行くからこそ疲れを癒すのだ。全力で楽しむために。
そこそこの風呂好きとしては、この大浴場は最高だ。
なにせ足が伸ばせる。
ムダに長い四肢を持つ私は、もう足が伸ばせるだけで文句なし、満点である。
しかも目の前には大パノラマの窓があり、昼間ならば大海原が鑑賞できるであろう。
ひと通り満喫して30分ほど、風呂から上がった。
船内備え付けのドライヤーは人の吐息レベルという代物だったが、何とか乾かして寝台に戻ってきた。
と、そこで船内アナウンスが流れ、船が動き始めるらしい事を告げる。
目下の心配事は船酔いだ。私は三半規管が脆弱なので、他人の操作する乗り物にとても酔う。
酔い止め薬は持ってきたが、しかしまずは様子見といこう。酔う前に飲むのが正しい服用だが、これだけ大きい船だ。もしかしたら酔わないかもしれない。
あまり眠気もないし、私はサコッシュと一冊の本を片手に2階の自販機コーナーへと向かった。
そこには、さっき覗いた時よりもダラダラしている人間が増えていた。これから私もその一員に加わるのだ。
コンビニで購入していた水を飲み、窓際の席に座る。
外は闇夜で見えない。船はすでに動いているのかいないのか、判別がつかない。
私はしばらく読書にふけった。
しばらくして、なんだか地面が揺れていることに気付いた。
いつの間にか出航していたらしい──、地面じゃなくて船か、と思い直したのも束の間、本を読むのに地味に集中できない。
酔いの前兆だ。どうやら私は大型船でもダメらしい。
それにお腹も空いてきた。
もしかしたら空腹を満たせば平気になるかもしれないと思い立ち、私は自販機に向かう。
「うお」
存外、揺れる。
いや、最初はバランスを崩しただけだと思ったのだが、数歩進むとまたグラリとたたらを踏んでしまう。
揺れている。
まともに真っ直ぐ歩けない。
着地点をしっかり意識しても、フラフラと千鳥足になってしまう。澄ました顔でフラフラ歩く、実に滑稽な姿だっただろう。
しかし、他の客も割とフラフラ歩いていた。私だけじゃなくてよかった……
私はフラフラ歩きのまま、自販機からカツサンドを購入。そして隣の電子レンジへIN。
ボーッと待っていると、静かな空間に突如としてボンッと破裂音が鳴り響いた。
そういえばカツサンドの袋を少し開けるのを忘れていた……。他の客の視線が痛い……。
恐る恐る取り出すと、開けた覚えのない袋がしっかり開いている。中身は……少し散らかっているが無事だ。
私は逃げるように自分の席へ戻り、モソモソと食べ始めた。
時刻は4/30、3:00を過ぎた。
……また雨が降り始めたらしい。窓にパシパシと雨粒が当たっている。
絶妙な薄暗さの照明、客のボソボソと話す声、古びた自販機たち。
アングラな雰囲気だ。しかし悪い気はしない。
本を片手にカツサンドを食べ終えた私は、キリのいいところで立ち上がった。
さて、酔い止めの薬を飲んで仮眠しよう。
4/30、AM6:00。
目が覚めた。
薬と睡眠のおかげか、酔いはなくなっていた。
カーテンを開けると、窓の外が白んでいる。曇っているが、概ね晴れのようだ。
私は顔を洗ってサッパリした後、昨日(眠る前)と同じ席に座った。
曇った朝日だが、アングラな雰囲気は吹き飛んで一転、清々しいムードになっている。
人が少ないのも良かった。
私は少しボーッとした後、自販機に向かった。
シーフード味のカップ麺を買い、3分の待ち時間にリアルゴールドをチビチビ飲みつつバウムクーヘン(何味を食べたか忘れた)を一個消費した。
窓の外を眺めつつ、満を持して食べた熱いカップラーメンが美味いこと……
私は懲りずに本を読み始めた。が、しばらくすると少し気持ち悪くなってくる。完全に克服できたワケではなかったらしい。
休憩を挟みながら、時に甲板に出て潮風と日光を浴びる。
風が強い。
ともすれば飛ばされて海に落ちそうなほどの風量だ。下からは水飛沫が舞うし、とても長居できない。
私は船内に引っ込むと、その足で朝風呂に向かった。
朝風呂は控えめに言って、最高だった。
船の揺れに合わせて湯船が踊り、デカい窓ガラスの向こうには期待通りの大海原が望めた。
熱いお湯が寝起きの体に沁みる……。フェリーでの一番良い思い出は風呂に決定だ。
それからの私は再び本を読み、風を浴びて、バウムクーヘンをかじって寝台で横になる……、このサイクルを日中何回も繰り返した。
デカい船でも、私は酔う。本を読まなければもう少しマシだったかもしれないが、如何せん18時間の船旅だ。
積ん読していた本たちを三冊もピックアップしてきたのだ。是が非でも読む。
……結局、行きの船では半分しか読めなかった。一冊目の。
18:00頃、下船準備のアナウンスが流れた。
長いようで短った船旅が終わる。
と同時に、始まりだ。これから始まるのだ。北海道・道東の横断が。
18時間の船旅ですっかりクールダウンしていた旅の気持ちが、ふつふつと再燃してくる。
私はサンダルをしまい、厚手の靴下を履き、登山靴で引き締めた。
などと意気込むのはいいが、下船した後に向かう先は宿だ。
なにせ時刻は20:00。とっぷりである。
この北海道旅行で唯一の予約を入れた初日の宿で夜を明かし、ようやく真にスタートするのだ。
荷物とヘルメットを抱え、バイクの待つ階下へ。
すでに固定の解かれたバイクたちが、ドルンバルンと船内にガスと騒音を撒き散らす。中々にうるさい。
私もその大合唱の一員になると、来たる誘導に従って発進した。
ついに、ついに念願の北海道の大地に、車輪が上陸した。
テンションは最高潮。
そのまま苫小牧の埠頭を駆け抜ける。
初日の目的地は予約した宿だが、その前に目指すべき場所がある。
それは、彼の地を席巻するあの店。
そう、日本初のコンビニ店、セイコーマートだ。