8/16、マイカー移動、御殿場ルート駐車場へ
──8/16、お盆も中頃。
雨が降りしきる中、私は
登山を初めて約半年、一気に日本最高峰の頂に挑戦する。心意気は……正直あまり自信ない。
たまたま山荘の枠が余っていて、予約が取れたから行くのだ。
予約が取れたのは1ヶ月前の話。
準備期間はそれなりにあったが、やはり日本一の標高とあって緊張もひとしおだ。
だが、行く。せっかく予約が取れたのもあるが、どうせいつかは富士山に登ろうと思っていたのだ。それが今だ。
「ゆっくり行くか」
車にETCは付けていないので、下道でゆっくり目指す。
今日は1日移動に費やし、明日の明朝、
本当はバイクで向かいたいところだが、生憎と登山決行日の前日は広い範囲で雨だ。
今も車はズブ濡れであるし、体を冷やして余計な体力を消耗したくない。
遠出する時はなるべくバイクで出かけたい民なのだが、年1くらいで車でも遠出イベントを起こしている。その年1が今日だ。
数時間のドライブをコンビニ休憩一回、道の駅に一箇所寄ってほぼほぼノンストップで進み、14:00過ぎに富士山の麓の街に到着。
食料をそこら辺のスーパーで買い込み、英気を養うため近くの温泉を検索。
すると、私の目指す御殿場ルートからほど近いところに温泉施設を発見した。
これ幸いと向かう。
「雨ヤバいな」
……気のせいか、富士山に近づくにつれ雨の勢いが増していた。
そして標高が上がるにつれ霧も出てきた。濃霧だ。マジで全く前が見えない。
恐る恐る運転しながら、無事に温泉施設に到着。
ずいぶんと敷地が広い。ゴルフ場と隣接しているからか。
割と満車気味な駐車場に停め、受付を済ませ、早速風呂場へ。
雨が降る中、長時間の運転を終えた体を癒すために熱い露天風呂に浸かる。
(はぁ、極楽だ……)
途端、気持ちが緩んでいく。
こんな雨だ。どうせ明日は登れないだろう。明日も降ってたら登らん。
一応この後、御殿場ルートの駐車場に向かってそこで車中泊して明日に備えるが、このスコールじゃ登山なんてムリに決まってる。
この時の私の心境は半々だった。
富士山に挑む気持ちと、挑みたくない気持ち。
相反する気持ちが温泉の魔力に当てられて、諦め方向に気持ちが傾く。
正直、登山を始めて半年の人間が登れるのだろうか。しかも健脚向けと言われる御殿場ルートで。
富士山が鎮座するであろう方向を見た。
この霧の向こうでは雄大なその姿が聳えているのだろう。
登る気マンマンで麓までやって来たが、この雨と温泉で完全にやる気が削がれていた。
(明日晴れたら登るけど、雨だったら中止だ。……雨、降り続けねぇかなぁ)
あまりにも日和すぎである。
しかし相手は日本一の標高だ。しかも健脚向きと言われる御殿場ルートからの単独行。
ネガティブになるのも仕方ないのかもしれない。
一応、富士登山に備えて筋トレや食事量を増やすなどの付け焼き刃はしてきた。
それでもいざ挑戦目前となると、不安が募る。
こういう時は逆に何が不安なのかを明確にするといい。
・高山病が恐い。
・遭難、ケガしたら嫌だ。
・単純に登山するのがダルい。
それに対する回答も考える。
・2000mの駐車場で一泊するのだからおそらく平気。
・気を付けるしかない。他の登山者に救助を求める。ファーストエイドキットある。
・頑張れ。歩き始めればどうせやる気出てくる。
こんなモンか。
温泉に溶けだす思考を回収し、シャワーを浴びて温泉から出る。
そして施設の備え付けの食堂で山菜うどんを頼み、温泉施設特有のダラダラできるスペースで存分にダラダラする。
もはやアルピニストの欠けらも無い姿だが、起き上がって準備を着々進めていく。
──時刻は16:00頃。
霧が出ているとはいえ、まだ周囲は明るい。
駐車場の車に戻るとリアシートを倒し、マットと寝袋を広げて簡易ベッドメイキングする。
温泉に別れを告げ、霧の中をノロノロ走る。
途中、コンビニに寄って買い忘れていた汗ふきシートを購入。山小屋で一泊するので、申し訳程度のエチケットだ。
「道、分かりやすいな」
ほぼほぼ一本道の道路をひた走る。
グングン標高が上がっていくのを感じながら運転していると、不意に雨が上がった。
「もう雲を抜けたのか?」
分からないが、目の前にはようやくその姿を現した富士山が斜陽に照らされていた。
「デッケェ……」
遠目から見ても分かる、遠目だからこそ分かるそのデカさ。
明日これを登るのか……。
そのまま御殿場ルートへアクセスする駐車場を目指して車を走らせる。
少し分かりづらい曲がり角を曲がり、後は森の中のヘアピンカーブを突き進む。
「うお!?鹿!?」
途中、道路脇の木が動いたと思ったら鹿だった。
道路には出てこなかったので普通にスルーしたが、突然出てこられるとビビる。少しドキドキしながら木々に囲まれた薄暗い道を往く。
日が沈む前には駐車場に着いた。
駐車場はいくつかあって、ここ?こっち?そこに停めていいのか?と思いながら、何とか停車。
「着いた……」
エンジンを止めると無音だった。
標高が高い場所特有の、静謐で静かな空気。
影に染まってきた富士山と、眼下には街の灯りと雲。
ひとまず、御殿場ルート登山口に到着だ。
周りを見ると、まばらに車が停まっていた。
どれも無人だから、絶賛登山中の人達のモノだと思われる。
バイクも一台だけあった。今日の天気は雨だというのに、なかなか根性のある奴だ……
(さて、本格的に暗くなる前に周囲を下見しておこう)
現在地では雨は降っていないので、サンダルTシャツ短パンのラフな格好でうろつく。
駐車場から少し登ると、山奥だというのに随分とキレイなトイレと、やけに新めな施設があった。
なんの施設かはイマイチ分からない。近づこうにも現在時刻は封鎖されていてこれ以上入れないのだ。ただデカめのスクリーンが光を放っており、現在の富士山頂上付近の天気とかが映っているようだった。こんな山奥で妙にハイテクだな。
登山道の入口を確認し、トイレを済ませて車に戻ってきた。まさかの水洗でびっくりだ。
さて、後はもう寝るだけとなる。
時刻はまだ18時だが、もう暗い。
5時くらいには出発したいので、もう寝よう。長時間ドライブでそこそこ眠気も感じている事だし、早々に横になる。
天井は低いが、マットも寝袋も敷いているので快適だ。私が眠りに就こうとすると……
ヴォンヴォン!とヤケにやかましい車がやってきた。
音楽もドンドコ鳴らし、私とほど近い場所に停車する。
あまりにもうるさいのでガラス越しに見ていると、その車からワラワラ人が出てきた。言葉が全然分からないから外国人ぽい。
彼ら彼女らは、影を纏う富士山を撮影したり眼下の景色をひと通り眺めて騒いだ後、30分ほどで帰っていった。
(こんな時間に来といて帰るんかいっ。……いや、俺の方が珍しいのか?)
こんな夕暮れ時に来るからてっきり私と同じ車中泊登山者かと思ったが、ただの観光客だったようだ。
他の車の中を見ていないから分からないが、もしかして今この場で車中泊してるのは私くらいなのか?え、みんな車中泊しないの?
そんなどうでもいい事を思いつつ、静かになった空間で眠りについた。
途中、雨の叩く音で少しだけ目が覚めたが、長距離ドライブで疲れていたのかその夜はグッスリ快眠だった。
──4:00。
辺りはまだ暗いが、起床。
狭い車内から這い出て、パキポキと体を伸ばす。
「よく寝た〜っ。……快晴だわ」
暗いが、それでも晴れだと分かる。
清涼感漂う朝の空気。
濡れた地面。
雲海に隠れる下界。
──そしてよく見える、富士山の姿。
登山は決行だ。昨夜は雨のせいであまり気乗りしなかったが、こうまで晴れ渡ると登る気が漲ってくる。我ながら単細胞だ。
さて、夏真っ盛りだが標高のおかげで肌寒い中、ヘッドランプを頼りにとりあえずトイレを済ませ、顔を洗って再び車内へ。
少しボーッとした後、昨日スーパーで買っておいたジャンボお好み焼きを食べる。
(やべ。冷たい……)
温める手段を用意してなかった。凡ミスだ。
ボソボソするお好み焼きを半分ほど食べ、封。食べ残してしまった。寝起きにはちょっとツラい献立であった。
朝食もそこそこに水で喉を潤し、エンジンを点ける。
スマホの充電をしながら、辺りが明るくなるまで本を読んで過ごす。さすがに行動に起こすにはまだ早すぎる。
「ん?」
そんな感じで車内で過ごしていると、周囲にはいつの間にか登山客がチラホラ歩いていた。
やっぱり車中泊民は他にも居たらしい。新たな車はまだやって来てないなので、彼らはずっと車内で潜んでいたのだ。
そんな彼らを見送りながら、本をダッシュボードに置いて私も準備を進めていく。
ザックを地面に下ろし、登山靴を履き、持っていく荷物の再確認。
いつもはどんな山にもテントと寝袋を持っていくが、今回は無し。山荘に泊まるのと、長距離&日本一の標高なので軽量化を優先した。
食料はほぼほぼ行動食。もはやお菓子詰め合わせ状態だ。
飲料水も500mlペットボトル五本(水2、ポカリ、アクエリ、ソルティライチ)とバリエーション豊かに揃えてみた。
小物は日焼け止め・帽子・サングラス・雨具・レジャーシート・充電器・着替え・タオル二枚などだ。
日焼け止めを塗りつつ準備を進めていると、日が出てきた。
富士山が朝日に焼かれていく。
木の一切ない岩肌が、オレンジ色に染まる。
頂上までハッキリ見え、こう思った。
(今日1日であんなとこまで行くのか?)
約10kmの道のり。
現在地から頂上までの標高差、実に2250m。
この現実を目の当たりにして、改めて思った。
「こんなん歩いて登るとか、アホだろ」